第32話 制圧

 「この防御魔法の効果はどれくらい続くの?」


 ミルディアの問いにトータ君がゆっくり首を動かしながら答える。


 「数時間は持つと思います」


 「その間にフレキを元に戻す方法を見つけなくちゃいけないのか」


 「いや、もう少し時間を延ばす方法があるぞ」


 浮遊魔法を解除したヴェルモットがそう言ってミルディアの傍らに立つ。


 「お前の『時流操作クロノスタシス』をあの穴の中に発動させるんだ。そうすればあの中の時間を遅らせることが出来よう」


 「なるほど。それなら防御魔法の効果も長くなりますね」


 ミルディアは早速時流操作クロノスタシスをフレキがいる穴の中に放つ。術が発動するとフレキの動きが止まった。正確には時間の流れを遅くしたので止まったように見えているのだが。


 「最大効果で時間の流れを遅くしました。これで数日は稼げるでしょう」


 「ですがフレキさんを元に戻す方法が分からなければ時間稼ぎにしかなりませんね」


 スフィーが心配そうにフレキの方を見つめて言う。


 「それなのだが、ミルディア。我は先ほど天啓を受けた」


 ヴェルモットが神妙な顔で言う。


 「天啓を?」


 「アーテルの能力は現在世界で起きている事を知るものだが、我が元々持っていた天啓は預言に近い。フレキの今の状態を解決するためのヒントのようなものが閃いたのだ」


 「本当ですか?それは?」


 「第三の魔女だ。第三の魔女がこの事態を解決するカギを握っている」


 「第三の魔女?第三の魔女を見つけろということですか?」


 「おそらくはな」


 ミルディアは懐からアドジャスターから受け取った本を出して開く。すでに覚醒した二人以外の四人が黒文字で書かれている。三番目は「碧眼へきがんの魔女」となっていた。


 「碧眼の魔女、か」


 「アーテル、お前は大体の場所が分かると言っていたな。この碧眼の魔女はどのあたりにいる?」


 ヴェルモットの問いにアーテルはしばし沈黙したのち、


 「残りの魔女は大陸のあちこちに散らばっておるようですが、お尋ねの『第三の魔女』はどうやら北方にいるようです」


 「北か。兄さんがいるビスクの近くかな。それとも聖竜公国とか。まさかデラース山脈の向こうってことは……」


 「細かい場所までは分かりませんが、ミルディア様は魔女とは惹かれあうようになっていると思います。北へ向かえば出会える可能性はあるかと」


 「行き当たりばったりだけど他に手掛かりがない以上しかたないか。でも急いで見つけないとな」


 「しかしその前にリミステアの守りを確かにしなくてはなるまい?王国軍を片づけて帝国軍の動きも抑えなければ危険だろう」


 ヴェルモットの言葉にミルディアが頷く。


 「城と屋敷を取り返した今、駐屯部隊を指揮しているジュダー少佐を拘束すれば王国軍の動きは止まるでしょう。駐屯地に乗りこみましょう」


 「騎士団の半数近くが敵に回っている現状では城と屋敷の守りを固めるだけで精一杯だろう。獣人族ワービーストを連れて行った方がいい」


 「はい。協力してくれる獣人ひとを募りましょう」


 フレキが落ちた穴を見つめながら厳しい顔でミルディアはヴェルモットとスフィーの手を取った。



                 *



 「ルメーラ様、竜葉茶が入りました」


 ドアがノックされ、声が聞こえた。編み物をしていたルメーラが手を止めドアを開けると、銀の盆にティーポットとカップを載せたパメラが立っていた。


 「あら、ありがとうパメラ。珍しいわね、私のところに来てくれるなんて」


 「アニメラ様がよい茶葉が手に入ったのでぜひルメーラ様にもと」


 「まあ、それはそれは。お姉さまにお礼を言っておいてね」


 「はい、必ず」


 そう答えるパメラの顔は微笑んでいるが、その瞳は深い闇の底のような暗さを湛えている。だが人を疑うことを知らないルメーラはその奥深い闇に気付くことは無かった。


 「まあ!美味しい」


 パメラの入れた茶を飲み、ルメーラが微笑む。それを見てパメラが冷たい笑みを浮かべた。


 「お気に召して何よりです。では私はこれで。盆は後程下げに参ります」


 「ありがとう。お姉さまによろしく」


 微笑むルメーラに深々と一礼し、パメラは彼女の部屋を後にした。



                  *

 


 「焦熱爆球バーニング・ボム!」


 ミルディアの放った魔法が王国軍の駐屯地の入り口で炸裂する。門に立っていた兵士がパニックを起こし、中へ駆け込む。ミルディアは自治領から連れてきた獣人族ワービースト数十名を率いて兵舎に突入した。


 「な、何だ!?」


 隊長室で帝国軍の動向を確認するよう指示を出していたジュダー少佐は階下の物音に驚き、窓に駆け寄った。窓の下で上がる爆炎となだれ込んでくる獣人たちを見て目を見張った少佐は部下に指示を出すよりも早く、部屋を飛び出す。


 「やれやれ、部下を放って自分だけ逃げようってかい。呆れたもんだね」


 「だ、誰だ!?」


 廊下に出たジュダーは後ろからいきなり声を掛けられ、ぎょっとして振り向いた。見ると黒衣に身を包んだ美女が立っている。


 「悪いけど拘束させてもらうよ」


 ヴェルモットが手を伸ばし、魔法を発動させる。青白い光が放たれ、少佐の体を包み込んだ。


 「な、何だこれは!?」


 バタバタともがく少佐だが、光は体にゴムのように纏わりついて動きを封じてしまう。ヴェルモットは冷ややかな目で近づくと、額に小さな光の矢を放って昏倒させた。そのまま体を包んだ青白い光が収縮し、少佐がその中に姿を消す。


 「ふう、こっちは終わったぞ。後は任せるからな」


 少佐が取り込まれた光の球を宙に飛ばし、ヴェルモットは呟いた。


 「ぐあっ!」


 獣人の手にしたこん棒が王国軍の兵士を叩き、丸太のような腕が革鎧レザーアーマーの上から骨を砕く。王国軍の駐屯地は流れ込んできた獣人たちの急襲で蜂の巣をつついたかのような大混乱に陥っていた。


 「命までは奪わないで。無力化させればいい」


 攻撃魔法で兵士を倒しながらミルディアが叫ぶ。そこに青白い光の球が兵舎の窓から飛んできて、彼の手元に止まってふわふわと浮かぶ。


 「少佐を拘束したか。流石だな、ヴェルモットさん」


 光の球を掴み、ミルディアは宙に浮かぶと風魔法の応用で自分の声を拡大させて叫ぶ。


 「僕はフォートクライン子爵の息子、ミルディア・フォートクラインである!ジュダー少佐は我々が拘束した!リミステア城も子爵邸もこちらの騎士団が掌握している。これ以上の抵抗は無意味だ!武器を置いて投降せよ!」


 ミルディアの言葉に兵士の間に動揺が走る。ミルディアの魔法と獣人の力に圧倒されていた彼らは顔を見合わせ、次々と手にしていた剣や楯を置いていった。


 「ふう、何とか片が付いたかな」


 地面に降り、ミルディアは息を吐いた。このまま全ての兵士を無力化できれば……


 『後ろだ!』


 突然心の中でもう一人の自分が叫んだ。ミルディアは反射的に剣を振りながら振り向く。


 ガキッ!


 ミルディアの振りぬいた剣に衝撃が走る。驚くミルディアの目に、黒と白に半分ずつが塗られたのっぺりした仮面が映る。一瞬遅れてそれが背後からいきなり攻撃してきたマントを羽織った怪人の被っているものだと気づく。怪人の両手からは二本の幅広の剣がまるで体から生えているかのように伸びており、そのうちの一本がミルディアの剣と激突していた。


 「何だこいつは!?」


 押し込まれながらミルディアが叫ぶ。怪人がもう一方の剣を振りかざし、ミルディアは慌てて剣を引いて後ろに跳ぶ。


 『代われ!こいつは普通じゃねえ!』


 心の中でもう一人の自分が叫び、ミルディアは距離を取りながら人格を交代する。黒髪になったミルディアが慎重に剣を構えて怪人と対峙する。


 「ミルディア様!」


 異変に気付いた獣人が叫ぶ。いきなりの怪人の乱入に王国軍の兵士たちも唖然としている。


 「来るな!下手に手を出すと死ぬぞ!てめえらもじっとしてろ。こいつは別にお前たちの味方じゃねえようだぜ」


 獣人と兵士をけん制し、ミルディアが怪人を睨みつける。今まで感じたことのない異様な気配、そして背筋が震えあがるほどの強烈な殺気だ。


 「こいつ、何もんだ?ヤバそうな感じがビンビンにするぜ」


 冷や汗が額を流れる。相手の出方を見極めようと思ったその瞬間、仮面の怪人の姿が視界から消える。


 「何っ!?」


 体を反らしたのはほとんど本能的な危機察知能力だった。くの字になったミルディアの体のすぐ上を怪人の剣が通り過ぎる。目にも止まらぬ速さで右手に回り込まれていたのだ。反応が一瞬遅れていれば首が胴から泣き別れになっていただろう。


 「こいつ!」


 剣を地面に突き刺し、怪人に蹴りをくらわすようにして体を無理やり戻す。相手は剣を二本持っている。初手を躱したからと言って安心はできない。


 「……」


 思いがけないミルディアの反撃を受け、怪人が飛びのく。本来なら躱した後の不安定な体勢のミルディアにもう一方の剣でとどめを刺すつもりだった。


 「危ねえ、危ねえ。てめえ、なかなかやるじゃねえか。アドジャスターの言ってたの手の者と考えていいんだよなぁ?見た感じ首魁じゃなくて兵隊の殺し屋ってとこだろうが、お前を使ってる奴は誰だ?」


 「……」


 「だんまりかい。まあおしゃべりな奴は好きじゃねえが、この場合は黙ってられちゃ困るんだよな。腕の一本ももらえばしゃべる気になるか?」


 挑発するように笑い、ミルディアが剣を構える。


 「出来るものなら……」


 怪人がぽつりと呟いた。小さくてよく聞こえなかったが、思ったよりも高い声だ。


 「ちっ!」


 再び怪人の姿が掻き消えた。だが今度は極限まで精神を集中していたのでなんとか動きが追えた。


 ガキィッ!!


 剣と剣がぶつかり合い火花が散る。「管理室」で十三武聖から直接剣を伝授されたミルディアをもってしても怪人の剣戟は捌くのが精いっぱいだった。


 「この腕で二刀流ってのは厄介だぜ!人のことは言えねえが反則なんじゃねえか、こりゃ」


 珍しく愚痴をこぼしながら、それでもミルディアはどこか楽しそうだった。

 

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