第30話 銀髪の魔女

 「これはミルディア様」


 半獣人ハーフビーストの集落に着いたミルディアとヴェルモットは一族の長だという垂れた耳の老人に出迎えられた。案内してくれた兎顔の獣人がスフィーを探していると伝えると、すぐ近くにいた若い半獣人ハーフビーストの男が彼女を呼びに行く。


 「先日は本当にありがとうございました。私たちを助けてくれたのが領主様のご子息様だと聞かされて驚きました」


 長の家に通されたミルディアはやってきたスフィーにそう言われ頭を下げられた。絹のように美しい白い肌と、思わず見とれるような可愛らしい顔立ち。頭の上の半分垂れた耳も愛くるしい。そして何より目を引くのが輝くばかりのショートの銀髪だ。右目が半分隠れるような感じで顔にかかっている。


 「いや、お礼を言うのはこっちだよ。君の魔法がなければ僕は盗賊の頭目の魔法で殺されていたかもしれない」


 「後から聞かされたのですが、本当なのですか?私が防御魔法を使ったなんて今でも信じられないのですが」


 「覚えていないの?」


 「は、はい。あの時のことは記憶が曖昧で」


 確かに頭目の上級魔法を防ぐまで彼女は気を失っていた。だがあの防御魔法が無意識のうちに発動されたとは信じられない。それとも「魔女」ゆえに出来たことなのか。


 「君が敵の上級魔法を防いでくれたのは確かだよ。今まで魔法を使ったことは?」


 「ありません。半獣人ハーフビーストは魔法が不得手ですので」


 「ミルディア。のんびり話している暇はあるまい。早く本題に入ったらどうだ」


 ヴェルモットが冷ややかな目で言う。ミルディアは少し顔をしかめ、はあ、と息を吐いた。


 「あの……何か私に御用があるのでしょうか?」


 ミルディアは意を決し、スフィーに話を始めた。この世界に危機が迫っていること、自分がそれを食い止める役目を世界の管理者から託されたこと、そのためには六人の魔女を集めてその力を覚醒させる必要があること、そしてスフィーがその魔女の一人である可能性が高いことを。自分の前世や世界を創ったもののことについては例によって伏せた。


 「そんな!私ごときがそのような重要な役目を担っているなど信じられません」


 スフィーが恐れ多いといった風に頭を振る。


 「でも間違いないと思う。ほら、これを見て」


 ミルディアはアドジャスターから渡された本を見せる。


 「ほら、読めないだろうけど二つの言葉が赤くなってるだろ。これは僕がすでに出会っている魔女の二つ名なんだ。一つは『黒衣の魔女』、このヴェルモットさんだ。そしてもう一つは『銀髪の魔女』。僕が出会っている女性で銀髪なのは君と幼いころ世話をしてくれた乳母くらいだ。その乳母は一昨年亡くなっているし、状況からみても君以外が『銀髪の魔女』である可能性はほとんどないだろう」


 「私が……銀髪の魔女……」


 スフィーが呆然として呟く。


 「君の防御魔法は力になってくれる。僕たちに協力してくれないかな」


 「……私がお役に立てるのでしたら」


 少し沈黙した後、スフィーはおずおずと言う。


 「ありがとう」


 「おい、肝心なことを話してないじゃないか。遠慮している場合じゃないだろう」


 ヴェルモットが呆れたように言って、ミルディアを小突く。


 「い、いや。いきなりそこまでは」


 「何を言ってる。我とてそれで覚醒してアーテルが顕現したんだろうが。こやつとて今よりも遥かに高い能力に目覚めるだろう。の手の者に相対するには必要不可欠だとお前とて分かっているはず。迷ったり遠慮している暇があるのか?」


 容赦のないヴェルモットの正論にミルディアは言葉に詰まる。


  「ご主人様、確かにおっしゃる通りですが、スフィー殿のお立場を考えればミルディア殿の逡巡もやむを得ぬところもあるかと。そう急かしてはお可哀そうでしょう」


 アーテルがヴェルモットの肩で言う。


 「ね、猫がしゃべった!」


 スフィーが驚いてアーテルをキラキラした目で見つめる。


 「初めまして、スフィー殿。私はヴェルモット様の使い魔ファミリア、アーテルと申します。よろしく」


 「可愛い!」


 「え?」


 ミルディアが驚いていると、スフィーはヴェルモットに近づき、アーテルを嬉しそうに見つめ、ヴェルモットに触ってもいいか尋ねる。


 「好きにしろ」


 ヴェルモットの許可を得たスフィーはアーテルの頭や喉を楽しそうに撫でる。


 「気持ちいい?アーテル」


 「そうですな。存外悪くないです。これが気持ちいいという感覚なのですな」


 喉を鳴らしながらアーテルが言う。


 「お前、普通の猫みたいなところもあるんだな」


 ミルディアが意外そうに言い、それにしても獣人でも猫は可愛いと思うんだな、と心の中で呟く。


 「我が魔女の力に覚醒したことでこやつが顕現した。おそらくお前にも使い魔ファミリアが付くだろう」


 ヴェルモットの言葉にスフィーは真剣な顔になり、ミルディアを見つめる。


 「何かすれば私の力が覚醒するのですか?ミルディア様のお役に立てるならどの様な試練でもお受けします」


 真っすぐな目で言うスフィーにミルディアの胸がチクリと痛む。このような幼気な少女に体を重ねてくれとは言いにくい。


 「お前が言いづらいなら我が言ってやる。魔女の力を覚醒させるにはこいつと体を重ねて一つになる必要がある。簡単に言えばミルディアと×××しろということだ」


 「ヴェルモットさん!もっと言葉選んで!」


 ミルディアが顔を赤くして叫ぶ。目を丸くしてそのミルディアを見つめるスフィーの頬はそれよりも赤く染まり、まるでおきを熾したようだった。



                *



 「な、何だあの化け物は!?」


 レグル少尉が悲鳴を上げながら逃げ回る。獣人族ワービーストの自治領を封鎖する関所に足を運んでいた少尉はそこで身の丈数メートルの獣人に襲われていた。燃えるような真っ赤な目を光らせ、長く伸びた鋭い爪で目に付くものを片っ端から薙ぎ払う狂暴な巨獣だ。少尉を護衛していた兵士も次々にその爪の餌食となっていた。


 「射て!射て!近づけるな!!」


 弓兵に怒鳴り、木々の合間を必死に逃げ惑う少尉だったが、凶暴な獣人は飛んでくる矢が刺さってもそれをものともせず暴れ続ける。いくら射っても進み続ける獣人に兵もパニックになり、我先にと逃走を始めた。


 「逃げるな!貴様ら、俺が逃げるまで足止めを……」


 声を張り上げるが、誰もレグル少尉の命には従わない。上官の命令でも自分の命には代えられない、というより命がけで守ろうとは思えない上官であったということだろう。


 「ぎゃああああっ!!」


 凶獣が振り下ろした爪がレグル少尉の胸を貫く。絶命のその瞬間まで少尉は自分を殺した相手が濡れ衣を着せて殺そうとした人狼であるとは気付かなかった。



                *



 「本当にいいの?」


 ミルディアの問いかけにスフィーはしっかりと頷く。時流操作クロノスタシスの魔法をかけ時間の流れを速くした長の家の一室。簡易なベッドに座るミルディアの前に立つ彼女は生まれたままの姿だった。張りのある白い肌が美しい。


 「その……スフィーは初めてなんだろ?いくら世界の危機を救うためとはいえ無理にとは……」


 「自分がそのために選ばれたというなら務めを果たします。無理強いされたからではなく、自分の意思でお役に立ちたいと思います」


 「強いんだな、スフィーは」


 まっすぐな目で答えるスフィーにミルディアが優しい声で言う。


 「私は強くなんかありません。力もないですし、集落ではあまり役に立っていませんでした。でも自分に何かできるのならそれをしたい。もうあんな辛いことは起きてほしくないんです」


 目を伏せてスフィーが言う。奴隷商人に子供たちが攫われたことを思いだしているのだろう。


 「分かった。出来るだけ優しくするから」


 ミルディアはスフィーを抱きしめ、そっとベッドに連れて行く。モリアがいつか言っていたように経験しておいてよかったと思う。初めてで不安だろうスフィーに落ち着いてもらえるようゆっくりと愛撫をして緊張を解かせる。


 「く、くすぐったいです」


 頭の上の耳を触ると、スフィーは恥ずかしげに身をよじった。胸が破裂しそうに高鳴り、ミルディアは深呼吸をして自分を落ち着かせる。


 「じゃあいくよ」


 小さく頷くスフィーにキスをし、ミルディアは彼女と体を重ねた。



 「大丈夫?」


 事が済み、スフィーの頭を撫でながらミルディアが訊く。


 「はい。少し痛いですけど」


 はにかみながらそう言うスフィーの肩口辺りに黒い靄が立ち上った。アーテルが顕現した時と同じだ。緊張しながら見ていると、黒い靄はやはり集まって何かの形を形成し始める。


 「私の……使い魔ファミリア?」


 スフィーが震える声で呟く。と、靄は実体化し、ベッドの上に降り立った。


 「え?」


 それは一匹の亀だった。くすんだ緑色の甲羅としわだらけの手足をしている。


 「無事顕現出来たようじゃな。初めましてご主人様。儂はあなた様の使い魔ファミリア。あなた様の力が具現化した存在です」


 亀がしわがれた声で言う。どうやら年老いている亀のようだ。あちゃ、これは外れたな、とミルディアは頭を抱えた。アーテルのように可愛い使い魔ファミリアを期待していたであろうスフィーが落胆しないか心配になる。


 「可愛い!」


 「え?」


 スフィーの上げた歓声に、ミルディアはぽかん、となった。

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