第29話 悪しき予測

 ミルディアとヴェルモットが転移したのはフレキが囚われていた森の外れの仮兵舎だった。慎重に近づくと、すぐに違和感を覚える。入口に見張りの兵が立っていないのだ。


 「おかしいな。人気がない」


 兵舎の壁に体を這わせながらミルディアが呟く。


 「気を付けてください。先ほど視た時はここにフレキ殿がいたと分かったのですが、今はその存在が見えません」


 アーテルが警戒するように言う。


 「何だって?それじゃまさかが」


 「可能性は高いです。ご注意を」


 「アーテル、フレキが捕まってる場所は?」


 「先ほど見た時はこの奥の監房に囚われていましたが」


 「注意しながら進もう。ここでじっとしていても始まらん」


 ヴェルモットの言葉に頷き、ミルディアは兵舎のドアを開ける。そして足を踏み入れた途端、その様相に目を見張った。


 「これは……」


 屋内はあちこちに破壊の跡があり、兵士の死体が転がっている。壁には大きく穴が開いており、その周辺が一番ひどい有り様だった。血まみれの兵士の死体には五体満足なものがほとんどなかった。


 「ひどいな。一体何が……」


 「何かが暴れたように見えるな。壁を壊して外へ出たようだ」


 「まさか!」


 ミルディアは嫌な予感を覚え、兵舎の奥へ走る。あちこちが破壊され兵の死体が散乱する中、監房の前に立ったミルディアはその様子を見て言葉を失う。木製の格子はほとんどが乱暴に折られており、辺りは兵士の血で真っ赤に染まっている。


 「ここにフレキが囚われていたのか」


 「おそらく。しかしこの惨状は……」


 「ここに獣人の死体がないということは、これをやったのが当人だと考えるのが妥当だろうな」


 ヴェルモットが兵の死体を見下ろしながら言う。


 「そんな!フレキがこんなことを。それに彼は負傷していて……」


 「だからの手の者に何かされたんだろう。アーテルが見通せないのが証拠だ」


 「一体どこへ……」


 「さてな。この有様から見るに正気を失っている可能性が高いが」


 「そんな状態のフレキが町にでも行ったら……」


 「パニックは避けられんだろうな。アーテルが見通せぬ以上、手分けをして探すしかないが」


 「フレキ殿自身が視えなくとも、騒ぎが起きれば感知することは可能ですが」


 アーテルが前足で顔を撫でながら言う。


 「被害が出てからじゃ遅い。フレキにこれ以上罪を犯させたくない」


 「なら獣人族ワービーストを早く開放した方がよいだろう。奴らの鼻なら仲間を探すのには役立とう」


 ヴェルモットの言葉に頷き、ミルディアは彼女の手を取って再び転移した。



                 *



 「状況はどうなっておるのだ!?」


 王国軍の駐屯地の官舎でジュダー少佐はいらつきながら机を叩いた。本来ならとうにリミステア城と子爵邸を制圧し、森の村に駐屯している騎士団が帝国軍を先導して町に入っているはずだ。しかしそうした報告は一切上がってきていない。 


 「そ、それが城に向かった兵からの連絡が途絶えておりまして。現在状況を確認するべくこちらから待機兵を向かわせております」


 少佐の前に立つ下士官が恐縮しながら報告する。と、荒々しくドアがノックされ、一人の兵士が返事を待たずに飛び込んでくる。


 「ほ、報告いたします!リミステア城へ向かった部隊が潰走しております!」


 「潰走だと!?橋を越えられないというならまだしもなぜ籠城している相手に対して逃げ出す必要がある!?」


 「そ、それが鬼神の如き男が突如現れ、兵を次々に薙ぎ払ったとのことで」


 「鬼神だと?寝ぼけておるのか!ええい、もうよい。待機している者も全て出動させろ。城内にいる内通している騎士団は何をしておるのだ!」


 「そ、それも皆目分かりません。城内は混乱している様子は見られず……」


 「帝国軍はどうした?まだ来ておらんのか?」


 「は、はい。予定よりも行動が早まりましたので、連中も準備が整っておらぬのかもしれません」


 ジュダー少佐は唇を噛み、窓の外を見やった。帝国軍が来ても大した援軍にはならないかもしれない。奴らはこちらがおぜん立てをした上で町に入り、形だけの戦闘をして帝国によるリミステア制圧を宣言する予定だ。数は連れてこないだろう。


 「こうなれば獣人どもも城の制圧に駆り出してやる。レグル少尉に奴らの服従を急がせろと使いを送れ!」


 少佐の怒鳴り声に下士官が敬礼し、部屋を飛び出していく。しかし少佐のこの命令が実行されることはなかった。



                 *



 「くっ、流石に連続で転移魔法を使うと疲れるな」


 獣人族ワービーストの自治領に転移したミルディアは眩暈を感じ、傍の木に手を付く。いかに膨大な魔力を持っていても消費の大きい転移魔法を一日に何度も使えば疲弊するのは当然といえた。


 「無理をするな。しばらく休んでいろ」


 ヴェルモットが言い、集落の入口に目をやる。王国軍兵の姿がちらほらと見えた。


 「ですが」


 「見たところ目立った混乱はないようだ。獣人族ワービーストは無暗な抵抗をしてないらしいな。女子供を楯にされたか」


 「とりあえず兵士を無力化しましょう。それから協力者を募ってフレキの捜索を」


 「うむ。我に任せておけ。お前は少し休むのだ」


 ヴェルモットはそう言って集落に近づく。見張りをしていた兵士が彼女に気づき、不審そうに剣を向けた。


 「止まれ!何者だ、貴様」


 「眠れ」


 ヴェルモットが静かに呟いて手を振る。と、兵士たちがバタバタとその場に頽れた。


 「他愛ないな。少しでも魔法に耐性があればこの程度の詠唱は効かぬのだが。王国軍は魔法戦術を重視していないと見える」


 倒れて眠りこける兵士たちを見下ろしヴェルモットが呟く。そのまま集落に入ると襲ってくる王国軍兵を次々と眠らせた。


 「あんたは一体何者だ?」


 眠った兵士をロープで縛りながら獅子の顔をした獣人が訝し気に尋ねる。兵士があらかた無力化されたことで、獣人たちは自由に外に出てきていた。


 「領主の息子のミルディアは知っているか?」


 「ああ。先日盗賊団にさらわれた半獣人ハーフビーストの子供たちを助けてくれたと聞いた」


 「そうだ。そいつがそこに来ている。我は奴の仲間だ。今リミステアでは帝国軍と手を結んだ王国軍が町を制圧しようとしている。それを撃退するのに手を貸してもらいたい。それにフレキという人狼が正気を失くし暴れている可能性がある。そいつを探すのにも協力してくれ」


 「フレキが!?どうして」


 「詳しく話している暇はないが、敵の策略によるものだろう。お前たちの中で鼻の利く連中を集めて捜索をしてもらいたい」


 「分かった。同じ月狼族を中心に捜索隊を出す。後の連中はどうすればいい?」


 「そうだな。とりあえずこいつの考えを聞くか」


 そう言って振り向いた先に少しふらつきながら歩いてくるミルディアの姿があった。ミルディアは兵士を無効化してくれた礼をヴェルモットに言うと、集まった獣人たちに改めて状況を説明し、協力を求めた。


 「しかしフレキを見つけたらどうする?正気を失っているんじゃこちらにも危害を加えてくるかもしれんのだろう?」


 獣人の一人が不安そうに言う。ミルディアは自分が何とか無力化してみると言ったが、彼の力を知らない獣人たちは素直にそれを信じることが出来ないようだった。


 「そう言えば先日さらわれた子の中にスフィーという少女がいたんですが、彼女はどこにいますか?」


 はたと思い出し、ミルディアが尋ねる。自分の考えが正しければ彼女こそ二人目の魔女のはずだ。


 「半獣人ハーフビーストの娘か。隣の集落にいるはずだ。案内しよう」


 年配と思しき兎の顔をした男が言う。


 「お願いします。皆さんは捜索隊を選抜してください。フレキを見つけても不用意に近づかないように」


 ミルディアはそう注意してヴェルモットと兎男の後について歩き出した。

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