第23話 誇り高き巨人

 バルトア帝国の東部。ガラム地方と呼ばれる丘陵地帯に、巨人族の末裔であるタイタニア族の居住地はあった。といってもモルガノ王国内の獣人族ワービーストやエルフ族の自治領と違い、帝国が正式に認めた領地ではない。帝国内で迫害されたタイタニア族が各地から集まり、人間が住まない丘陵地帯に独自の居留地を建設したのだ。帝国側は不法占拠だと言って何度も追い出そうとしたのだが、タイタニア族の激しい抵抗にあって失敗していた。


 「今年も発育がよくないな」


 鍬を振るう手を休め、開墾して間もない畑を見渡しながらザバックは呟いた。ザバックはこのガラム地方に集まったタイタニア族の族長である。齢60を迎え髪は白くなったが、タイタニア族特有の巨体と鋼のような筋肉は未だ健在だ。


 「致し方ありませんよ、族長。ここは元々農地には不向きですし」


 傍らで同様に鍬を振る男が嘆息しながら言う。この辺りの丘陵地帯は水はけが悪く、作物を育てるには向いていない。定住して日も浅く、耕作に不向きなこの土地

では安定した収穫を得るのは困難だった。ここしばらく帝国軍との戦闘はないが、それはこの土地が戦略的に重要ではない位置である上に資源にも乏しい、いわゆる利用価値のない場所であるからだ。余計な損害を出してまでタイタニア族を追い出す必要もないと判断されたために過ぎない。


 「何とか手を打たんとな」


 収穫は上がらないのにここに集まってくる同胞は日々増えている。仮にも働き口があり物資の購入も出来る都市部を捨てここにやって来るということは、いかにタイタニア族が人間たちに冷遇されているかを物語っていた。元々誇り高い種族である彼らはそれに耐えきれなくなっていたのだ。


 「族長!帝国軍の将校が面会を求めています!」


 遠くから若い男が走ってきて叫ぶ。大分慌てているようだ。


 「何だと?」


 ザバックは眉根を寄せた。これまで帝国軍は一方的に立ち退きを要求し、問答無用で攻撃を仕掛けてきた。それがいきなり将校が面会を希望するとは。


 「どういう風の吹き回しだ?」


 一抹の不安を覚えながらザバックは自分のテントへと向かった。



 「初めまして、ザバック族長殿。私はこういう者です」


 テントに入ったザバックに帝国軍の制服を着た男が名刺を差し出す。最初見たときザバックはこれが何かの冗談なのかと思った。名刺を差し出したその男は確かに軍服を着ているものの、とても軍人には見えなかったからだ。何せその背丈は130㎝程度しかなく、声もまるで子供のように高かったのだ。だがその顔つきは確かに大人のものであり、その瞳の奥に光る怪しい光はこの男がかなりの食わせ物であることを感じさせた。


 「帝国軍戦略諜報室所属、リトラー・バーンクレフ特佐。……帝国軍の特務監察官殿が何の御用ですかな?」


 名刺に目を通したザバックがじろりとリトラーを睨む。


 「そう怖い顔をなさいますな。私は今日あなた方に有意義なお話を持って来たのですよ」


 部下に命じ用意された籐椅子に何枚もの弾力性のあるクッションを敷かせたリトラーが薄笑いを浮かべて言う。小さな体を少しでも大きく見せようというのか。滑稽で却って笑ってしまう。


 「有意義な話だと?」


 ザバックの隣に立つ若い女性が目を細めてリトラーを睨みつける。タイタニア族としては小柄な方だが、それでも身長は2m近くある。浅黒い肌に男に引けを取らぬ隆々とした筋肉。特に胸を覆うだけのトップスの下に覗く腹筋は見事なシックスパックを作っている。縮れた深紅のショートヘアと左目を覆う眼帯が特徴的だ。


 「口を出すな、オルテガ。で、その話というのは?」


 オルテガと呼ばれた女性を制し、ザバックがリトラーに尋ねる。


 「まずはここ数年のあなた方に対する非礼を詫びましょう。あなた方タイタニア族がこのような辺鄙な場所に集まらざるを得なくなったのはひとえに我ら人間の不徳の致すところ。それを戦果も挙げられぬのに軍人のメンツだのと言って追い出そうとする連中には甚だ呆れるばかりです」


 「お仲間の批判は結構だが、まさか我々に詫びるためにわざわざ来たわけではあるまい?」


 「無論です。結論から言いますと、我々はもうあなた方に、というよりこの土地に手を出す気はないのです。あなた方を追い出したところで我が軍に得るものはほとんどありませんからね」


 「つまり我々がこの土地に定住するのを黙認すると?」


 「いえ、それだけではなく、この辺り一帯をあなた方タイタニア族の自治領として正式に認めようと思っているのですよ。無論、町との交易も後押しします」


 「それはありがたい話だが、当然只ではあるまい?」


 ザバックが鋭い目で睨むとリトラーはにやりと笑う。


 「話が早くて助かります。この土地をあなた方タイタニア族の居住地として認める、つまりは帝国臣民として認める代わりに、兵役の義務を負っていただきたいのですよ」


 「早い話が帝国軍に協力して従軍しろというわけか」


 「その通りです。こちらにいる男性を徴兵させていただきたいのです」


 「帝国にとって役に立たぬ土地を与え、我らを傭兵として雇う。中々上手いやり口だな」


 「手厳しいですな。荒地とはいえ安心して暮らせる土地が手に入るのです。悪い話ではないでしょう?」


 クッションに身を沈め笑うリトラーにオルテガが噛みつく。


 「ふざけるな!今まで散々我らを苦しめて辺境の地に追いやっておいて、その荒れ地をくれてやるから軍に協力しろだと!?」


 「よせ、オルテガ。リトラー殿、儂の一存では返答出来かねる。一族で会合を持った後でお答えしてもよろしいかな?」


 「いいでしょう。しかし私もこう見えて忙しい身でしてね。少しの時間であればここでお待ちしますのですぐに会合を開いてくださいませんか」


 「今日中に返答しろと?」


 「ええ。長引くと連れてきた兵に食事を出さなければなりませんので」


 「貴様!最初から断ればここに攻め入るつもりだったか!」


 オルテガが眉を吊り上げリトラーに詰め寄る。その彼女に背後に控えていた兵士が剣を突き出した。


 「落ち着けオルテガ。どうやら選択の余地はないようだが、皆の意見を聞かんわけにもいくまい。オルテガ、皆を集会場に集めろ」


 憎悪に満ちた目でリトラーを睨みつけ、オルテガがテントを出る。それからしばらくしてタイタニア族の主だった者たちが広場に集まり、ザバックから先ほどのリトラーの話を聞かされた。憤慨する者も少なからずいたが、最終的には相手の言い分を聞くことで話がまとまった。誇り高いタイタニア族をもってしても日々の食糧にも事欠く今の生活をこの先も続けるのは辛かったのだ。


 「お待たせした」


 皆の意見がまとまったのを確認し、ザバックはオルテガと共にテントに戻った。リトラーは相変わらずクッションに身を沈めながら、菓子を頬張っていた。


 「そちらの言い分を呑もう。ただし条件がある」


 「お聞きしましょう」


 「まず我らに一切の危害を加えないと約束すること。従軍した者は一般兵と同じ待遇をして、粗略な扱いをせぬこと。傭兵としての給金の代わりに我らに十分な食料を与えてもらうこと。これが条件だ」


 「いいでしょう。食料はすぐ用意させます。ですがこちらにも条件があります。まず我々に協力する証左に人質を出していただきたい。あなた方が軍規を破った場合、相応の報いを受けてもらわなければなりませんからね」


 「人質だと!?」


 オルテガが怒鳴る。ザバックはそれを制し、


 「それでは我らに危害を加えぬという条件に反する。こちらから出せる人数はたかが知れている。軍規に反したならその場で処罰すればよかろう」


 「その場合はここを自治領として認めるという条件は呑めなくなりますね」


 「それでは話にならん」


 「ならば族長であるあなた自身が従軍に加わるというのはいかがです?それなら他のタイタニア族もおいそれと反抗はしないでしょう」


 「よかろう。それで証左となるのなら……」


 「お待ちを。父上、あなたにはここで皆を纏めていただかねば困ります。それに父上が一族最強の戦士であったことは誰もが認めるところですが、いかんせんお年を召されました。おい、父上の代わりに私が従軍しよう。それで条件を呑め」


 「族長のお嬢さんですか。ふむ、まあいいでしょう」


 リトラーは少し思案してから頷く。


 「オルテガ。だが……」


 「心配は無用です、父上。私の力はご存じでしょう?」


 「一騎当千と名高いタイタニア族の戦士の方々です。期待していますよ。まして族長のご息女とあればこちらも千人力ですよ」


 にやつきながらリトラーが言う。いちいち人の癇に障るしゃべり方をする男だ、とオルテガは思ったが、無駄に場を乱すこともないと思い口には出さずにおく。


 「失礼ですがその左目は?」


 「昔、戦闘でちょっとな。心配するな。片目が見えずとも戦いに支障はない」


 「オルテガの力は族長としての儂が保証する。だが娘に不埒な真似をすればただではおかんぞ」


 「ご心配なく。我が軍にそのような命知らずはおりませんよ。では明後日、我が軍の部隊がお迎えに上がります。それまでに出陣の準備をしておいてください。最低でも百名の兵は出してもらいます」


 「百だと!?ここには若い男は二百名足らずしかおらん。その半分以上を連れて行くというのか?」


 「自分たちの領地を得るためです。それくらいの貢献はしてもらいませんとね。首尾よく戦果を挙げてもらえたら晴れてこの土地はあなた方の物です」


 「戦果を挙げたらだと!?約束が違うではないか!」


 オルテガがまたリトラーに詰め寄る。


 「何の働きもなしで報酬だけ得るというのは虫のよすぎる話でしょう。大丈夫です。王国の国境にあるリミステアという町さえ占領できればそれで自治権を帝国に認めさせます」


 「リミステア?」


 「皇帝陛下がお望みなのですよ、あの町をね」


 リトラーは意味深に笑い、部下に命じてクッションに沈んだ体を起こさせた。



 「いけすかぬ男だ」


 リトラーたちがテントから出て行った後、オルテガは吐き捨てるように言った。その横で椅子に座ったザバックが顎に手を当てて思案に耽っている。


 「いかがなさいました、父上?」


 「いや、ここ数十年、奴らが我ら一族を徴兵することはほとんどなかった。それがこのような荒れ地とはいえ自治権まで認めて我らを従軍させようとするのがちと気になってな」


 「帝国軍が弱体化していると?」

 

 「分からぬ。それに気がかりは他にもある」


 「というと?」


 「付いてこい、オルテガ」


 ザバックはそう言うと立ち上がってテントを出た。オルテガは黙ってその後に続く。


 「ここは……」


 しばらく歩いた二人が辿りついたのは小高い丘の中腹にある洞穴だった。一族がこの地にやって来たとき、大切な宝物などを保管するのに利用している場所だ。巨体のタイタニア族でなければ中々見つけられない場所にあり、野生の獣もほとんどいないので安心だと考えられたのだ。


 「お前に話しておきたいことがある。先日この地にやって来たジラクという男の一家なのだが」


 手にした松明に火を点け、洞窟に足を踏み入れながらザバックが話しだす。


 「存じています。妻とまだ幼い娘さんの三人家族でしたね」


 「うむ。この間まで帝都に近い町の郊外に住んでいたのだが、逃げてきたのだ」


 「何か迫害が?」


 「ただの迫害ではない。娘がな……さらわれかけたそうだ」


 オルテガは息を呑んだ。巨体を誇るタイタニア族でも子供の頃は普通の人間と大差ない。まして幼い娘ともなれば人間同様か弱い存在だ。それをいいことにそういう少女をさらい、奴隷として売買する人間がいるのだ。タイタニア族は大きくなると力を持つため、ある程度成長した子は殺されてしまうことも多い。


 「ゲスが!」


 怒りを滲ませオルテガが叫ぶ。奴隷売買が合法のバルトア帝国では子供を拉致された親が軍や警察に訴えても解決しないことが多い。まして亜人であるタイタニア族の娘の救出に国が動くことなどありえなかった。


 「危険を感じ家を捨てて逃げてきたそうだが、彼らはその途中で『死の谷』を通ってきたらしい。知っておるか?」


 「はい。ここよりもさらに荒涼とした……生きる物のいない場所と聞いています」


 「まさにその名の通りの場所だったとジラクも言っておった。追っ手から逃れるためわざわざそこを通ったらしいのだが、ジラクたちはそこであるものを見たそうなのだ」


 「あるもの?」


 「深い深い谷の底にな。動いていたそうなのだ。巨人が」


 「巨人?我々の仲間がそんなところに?」


 「いや、我々とは全く違う。身長は優に10mを超えていたそうだ。そして顔には巨大な一つ目があったと」


 「な!そんなバカな。そのようなもの、聞いたこともありません」


 「儂も見たことは無い。だが伝承で聞いたことはある」


 「伝承?」


 「そうだ。始まりの巨人、グアリテ様の眷属。一つ目の巨人『サイクロプス』だ」


 「サイクロプス……世界の原初に存在したという巨人族の一種ですか」


 「ああ。最初は儂も信じられなかった。だが怯えながら話すジラクの様子を見ていると嘘を吐いているようには思えんでな」

 

 「しかしそのようなものが本当に?」


 「分からぬのだ。だが今回の事といい、どうも何か良からぬことが起きているような気がしてならぬ。皇帝がリミステアという町にこだわっているのも気になる。そこでだ」


 洞窟を進み続けたザバックは一見何の変哲もない石の壁に手を掛け、横にずらすように手を動かす。と、石壁の一部が動き、その裏にぽっかりとした穴が現れた。その中に木箱が置いてあり、ザバックはそれを引き出す。


 「今回の従軍で予期せぬことが起きるやもしれん。それに備えてお前にこれを預ける」


 ザバックがそう言って木箱を開ける。中には一振りの剣が入っていた。装飾の施された柄と、真っ赤な刀身が目を引く。


 「これは!」


 「我が一族に伝わる聖神具レリックス、『祝祭の宝剣』だ。これがお前の助けとなってくれよう」


 「いけません!これは代々族長だけが持つことを許される我がタイタニア族の至宝ではありませんか!」


 「よいのだ。お前の言った通り儂は歳を取った。族長としての力はもはやお前の方が上だ。これを持って皆を守ってくれ」


 「父上……」


 ザバックに促され、オルテガは「祝祭の宝剣」を手に取る。と、赤い刀身が眩しい光を放つ。


 「『祝祭の宝剣』もお前を主と認めたようだな。くれぐれも気を付けろ。此度の戦争、何か大きな動乱の予兆やもしれぬ」


 「はい」


 洞窟の暗がりを照らす赤い光を受け、オルテガは重責に身を震わせて頷いた。

 

 

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