第17話 「狂犬」の記憶

 両親の顔は覚えていない。


 記憶にあるのは自分を怒鳴りつける父親らしき男の汚い声と、ヒステリックに泣き叫ぶ母親と思しき女の声。その女の声が聞こえなくなってしばらくすると、男もいなくなった。


 自分が捨てられたのだと知ったのは児童施設に保護されてしばらく経ってからだった。「ああ、そうか」としか思わなかった。温かい言葉などかけられた覚えはなかったし、親という概念すら曖昧だった。


 施設に引き取られてからも、まともな生活は出来なかった。職員はやる気がなく子供たちをぞんざいに扱う奴ばかりだった。施設の園長からして、子供を国から補助金を得るための道具としか思っていないような男で、子供に対する愛情など欠片も持っていなかったのだ。子供たちは粗末な衣服と食事しか与えられず、少しでも言うことを聞かなければ暴力を振るわれた。施設に引き取られる前と何も変わらない、と彼は思っていた。


 学校へ行っても周囲と上手くなじむことは出来なかった。愛情を受けずに育った彼は他者への思いやりや、周りの人たちとの協調などという意識は持ち得なかったのだ。施設にいることをからかったクラスメートをぼこぼこに殴り倒して問題になったこともあった。


 停学処分になった彼を職員がさらに痛めつけた。施設の子供が問題を起こすと役所の監査が入るためだ。杜撰な管理体制がバレるのを恐れたのである。そんな生活をしていれば当然子供の心は荒れる。中学に入ると彼は不良仲間とつるむようになり、徐々に施設に戻らなくなった。


 仲間の家を転々としながら非行を繰り返した彼はいつしかいわゆる半グレと呼ばれる犯罪集団の一員となった。仲間と共に好きなように暴れ、奪い、壊した。一度切れると手が付けられなくなり、容赦なく相手を痛めつけるその様からいつしか彼は「ハマの狂犬」とあだ名されることになった。


 そんな中、彼の所属する半グレ集団は地元の暴力団と繋がりを持つようになり、実質その傘下となる。そしてここで彼は運命的ともいえる出会いを果たした。組の若頭補佐だったくれ 智春ともはるとの出会いである。


 呉は頭が切れ、組長からの信用も厚い男で、彼ら若い連中の面倒もよく見た。手の付けられないほど狂暴な彼を呉は何故か気に入り、弟分として可愛がった。さらに格闘技の心得のあった呉はその技術を彼に教えた。ただ暴れるだけではいつか返り討ちに遭うことを呉は説き、彼は真摯にその教えを受けた。彼にとって生まれて初めての真剣な学びであった。そんな呉の器の大きさに彼は生まれて初めて他人を信頼することを知る。呉を「アニキ」と呼び、その舎弟となって敵対する連中を叩きのめした。


 その頃彼が所属する集団とは別の半グレグループが同じ地域で台頭を始め、そのグループは彼のところと同じように暴力団と繋がりがあった。そこは呉のいる組とは抗争をしており、彼のグループと対立するグループはさながら組同士の代理戦争の形で事あるごとに衝突を繰り返した。


 特に呉を通して彼らを煽ったのが組の№2である若頭の男であり、彼や呉はその男のことを「オジキ」と呼んでいた。武闘派でならす「オジキ」の命令で、彼は敵対する半グレの連中を血祭りにあげて行った。その行状は「狂犬」の名に恥じぬ凄まじいものであった。彼にとって敵を叩くことはこれまで生きてきた社会への復讐でもあった。


 「敵には容赦するな」


 呉はことあるごとに彼にそう言った。彼はそれを忠実に守り、実行した。彼には格闘の才能があり、呉の教えを瞬く間に吸収してその強さを飛躍的に高めていたのだ。その働きが認められ、彼はハイティーンの若さで半グレ集団のリーダーの座に収まり、さらに呉の組の準構成員となった。「オジキ」にも褒められ、金も手に入れた。目の覚めるような美女と一夜を明かすこともあった。


 「力を手に入れろ。もっと、もっと」


 彼は半グレ集団を率い、地域の裏社会では知らぬ者のない存在になっていった。「ハマの狂犬」は敵の暴力団からさえ一目置かれるようになり、しばしば殺されそうになった。だが危険に対する嗅覚が非常に優れていた彼はその危機を何度も切り抜けその存在感をますます高めていった。


 そんなある日、敵対する半グレグループが総力を上げて彼の命を狙ってきた。呉の組に押され気味になっていた相手の組が、どうしても彼を消去したかったのだ。彼は二十名以上の敵に襲われ絶体絶命の危機に陥ったが、地の利を生かして敵を分断し、傷だらけになりながらも全員を返り討ちにした。血の海に沈む敵の姿を見下ろして、彼は異様な高揚感に包まれていた。



 「派手にやったな」


 呉の声がする。激しい雨が火照った体に当たる。


 「何事にも程ってぇもんがあんだよ。そこを見極められなきゃこの世界じゃ長生きは出来ねえ」


 呉の言葉は彼にとっては裏切りだった。


 「俺にそんな器用な真似……」


 「出来ねえよなあ。だから……」

 

 『俺はアニキのために……アニキに言われたとおりにやってきた』


 「お前は長生きできねえんだよ」


 『なのに……』


 腹部に焼けるような激痛が走り、彼は倒れた。溢れる血が叩きつける雨に流され色を失っていく。


 『俺の人生も……何の色もなかったな』


 それが彼、「さかき 純矢じゅんや」の最後の意識だった。



 「思い出したかい?俺」


  が同じ顔をしたを見ながら笑って言う。ミルディアは強張った顔でゆるゆると首を振った。


 「は僕じゃない。榊 純矢の記憶だ」


 「同じことさ。お前は俺なんだからな。もう分かってるだろう」


 「前世の自分は今の自分とは違う。僕は父上と母上の元に生まれ、貴族の子息として恥ずかしくない生き方をしてきたつもりだ」


 「貴族の坊ちゃんに生まれ変わったから、前世の罪はチャラになったと?いい気なもんだな」


 「そうさ。僕はお前とは違う。お前は望んで悪の道に堕ちた。確かに禄でもない環境に育ったのは不幸だ。まともな両親の元に生まれ、まともな大人に囲まれて過ごせば違う人生を歩んだかもしれない。だがお前はアニキの元で悪事に手を染めることを自ら望んだじゃないか。ああ、思い出したさ。人を殴るときの快感、誰かを叩きのめした時の優越感。今思い出すと反吐が出る。あんなものに歓びを見出していたなんて自分をぶん殴りたくなるね」


 「うるせえ!それの何が悪い!人を散々苦しめたくせに俺の行いだけを責めるのはフェアじゃねえだろ!」


 「甘えるな。自分が痛みを覚えたからって、それを他人に押し付ける権利など誰にもない。敵対してたクズどもならまだしも、お前は罪のない人たちも平気で傷つけただろうが!お前がやられた痛みを理不尽に拡散させただけだ。フェアじゃないのはお前の方だ」


 「ぬくぬくと育った坊やに俺の何が分かる!?」


 「分かるさ。お前が言ったんだ、僕はお前だってな。お前の記憶は今僕にもある。だから自分が間違っていたことがはっきり分かる。榊純矢はバカだ。救いようのない大バカ野郎だ!」


 「てめえ!」


 「お前だって分かっていたんだろう?アニキに裏切られて……」


 「何を……」


 「だから僕はお前になっても無差別に人を傷つけなかった。見境のない破壊衝動に吞まれなかった」


 「やめろ……」


 「愛に飢えていたんだ、『狂犬』は」


 「やめろ!」


 「お前だって僕と記憶を共有してるだろ。父上と母上の愛を受けたことをお前は知っている。厳しい言葉の中に僕を大切に思ってくれている優しさがあったことを知っていたはずだ」


 「くそ!やめろ!それ以上言うな!!」


 「お前は戸惑ってるだけだ。前世で与えられなかった限りない愛に、忠義という信頼に、知らなかった感情に溺れてどうしていいのかわからなくなっているだけだ」


 「ミルディア!!」


 「お前は僕だ!僕はお前だ!だが僕たちはミルディア・フォートクラインだ!榊純矢じゃない!『ハマの狂犬』はもう死んだんだ!」


 「うわあああああっ!!」


 もう一人の自分が頭を抱え絶叫する。その姿が絵具をかき混ぜたようにぐにゃぐにゃになり、渦を巻いて消えていく。そしてもう一人の自分、榊純矢が見ていた視界は消え、ミルディアと同化した。


 「ふう」


 「話し合いは終わったかい?」


 大きく息を吐いて佇むミルディアにアドジャスターが声をかける。


 「あなたは一体何者なんです?」


 「言ったろう?ここの管理人さ」

 

 「大体ここが何なのかが分かりませんよ。白井って言ってましたね?あなたも元は日本人ということですか」


 「そう、君と同じ転生者さ」


 「転生……生まれ変わったってことか」


 「まあね。転生は珍しいことじゃないけど、ここまで前世の記憶と魂が引き継がれている人間はあまりいない」


 アドジャスターは興味深そうにミルディアを見ながら言う。


 「で、ここは?」


 「管理室だよ。といってもそれだけじゃ分からないか。まあ時間はいくらでもあるからゆっくり説明しよう」


 「いや、僕は時間がないんです。こうしている間にも……」


 「心配しなくていいよ。ここは君がいた世界、ブロイア大陸とは隔絶された場所にある。ここでどれだけ過ごしても戻るときにはほとんど時間は経っていないはずだ。君にはここでやってもらわなければいけないこともあるしね」


 ミルディアは言葉を失った。俄かには信じられない話だが、この男が自分の前世の名前を知っており、記憶を取り戻させたことを考えるとあながち出鱈目とも思えなかった。


 「まあ座りたまえよ。長い話になる」


 そう言ってアドジャスターがパチンと指を鳴らす。と、ミルディアの眼前に突然ソファが向かい合う形で二脚現れた。目を丸くしていると、その傍らにアドジャスターが座る。ミルディアは恐る恐るその向かいに腰を下ろした。


 「さて、まず君は君のいる世界の始まりをどう聞いている?」


 「どうって……まず『五種の太祖フィフス・オリジン』が生まれ、そこから眷属が増えて様々な種族の亜人が生まれたって。人間の祖先は分からないらしいですけど。前世の記憶が戻った今聞くと、まるでファンタジー映画の世界ですよね」


 「まあその通りだ。君は前世でそっち方面の小説や漫画には興味がなかったみたいだからよく知らないだろうけど、日本じゃその手の作品が溢れてたんだよ。異世界転生ものというのはメジャーなジャンルだ」


 「はあ」


 「今君たちの世界ではネブロ神教というのが広がっている。知ってるよね?」


 「ええ。アーシア教主国の国教ですね。絶対神ネブロが『五種の太祖フィフス・オリジン』を含む世界の全てを創り、人間はそのネブロが自身に似せて創った眷属だという教えと聞いてます」


 「またまたその通り。これは我々が前にいた世界での一神教の教えに近い。ここまで聞いて分かったと思うが、今君がいる世界は、前にいた世界の人間が創作で考えそうな設定と言うか構成になっている。そう思わないかい?」


 「ちょっと待ってください。まさか……」


 「察しがいいね。今君が生きている世界、そしては、前世の世界の人間、もっと言えばおそらく日本人が創ったものなのさ」


 「そんなバカな!ゲームじゃあるまいし」


 ミルディアは思わず立ち上がった。自分が生きている世界が誰かの創ったものなどと言われてもとても信じられない。


 「まさにそう。今君がいる世界は誰かが創ったオープンワールドのゲームなのさ。遥か昔、といってもこれは君のいる世界での視点だが、世界の基本的な設定をしてを創った。『五種の太祖フィフス・オリジン』は確かに存在したが、そこから長い時間を経て今の亜人たちになっていった、というのはに過ぎない。実際それなりに長い歴史を君たちの世界は刻んでいるけれど、エルフ族も獣人族ワービースト竜人族ドラグニュートもタイタニア族もみんな姿


 「そ、そんな……いきなりそんなこと言われても」


 「信じられないかい?まあ今まであの世界で生きてきたから無理もない。だが前世の記憶を取り戻した今の君なら納得できると思うよ。例えば何故『五種の太祖フィフス・オリジン』の眷属は人間に近い姿になったんだい?」


 「え?」


 「君もドラゴンくらいは前の世界で本や映画で見ただろう?巨大な体に翼。鋭い爪と牙に、中には口から火を吹くものもいる。大神竜ウルブアスはまさにそういう存在だった。その最初の眷属と言われる竜もそうだ。遥かに人間を凌駕する力を持っていた彼らの子孫が何故人間に近い大きさと見た目になる必要がある?獣人族ワービーストもそうだ。虎や狼や熊は単体なら人間よりも強いじゃないか。人の姿に似る必要はない。始まりの巨人グアリテは山ほどもある大きさだった。それが2m程度の亜人になる意味は?」


 「それは……人間が爆発的に増えたから……。人間が大陸を支配したから、それと共存するために」


 「そう、まさにそれさ!なぜこれだけ強大な種族がいる大陸で人間がこれほど増えた?竜、野獣、巨人、そして魔族。全て人間よりも強い生き物だ。魔族を生き物と言っていいかは議論の余地があるがね。人間と言う種族が生まれたとしても、彼らの前では大規模な繁殖は難しいだろう?」


 「しかし人間には知恵が……技術があります」


 「エルフ族にもある。しかも知恵も魔法も人間を遥かに凌駕するほどのね。しかしエルフは世界の覇者足り得なかった。そもそも人間の知恵はどこから生まれたんだろうね。我々が前にいた地球では大規模な環境変化で恐竜を始めとする強力な種族が滅び、人間が繁殖した。もし恐竜が滅んでいなければ人間がここまで進化したかどうかは分からないだろう。ましてブロイア大陸には魔族もエルフもいるんだ」


 「それは確かに……」


 ミルディアは脱力したようにまた腰を下ろした。あまりにも突拍子もない話を立て続けに聞いて頭が混乱する。

 

 「進化論がどうこうとかいう話はしないが、とにかく今君がいる世界はいびつだ。進化と言う点でも歴史的な目で見てもね。それは人間が設定したからなのさ。エルフや魔族がいる異世界ファンタジーの世界。手垢の付いたよくある設定の剣と魔法の世界ってやつなんだよ、君がいる場所はね」


 「誰が……誰がそんな……この世界を創ったんですか?」


 「それが分からないんだよ。君のいる世界を創ったいわゆるゲームマスターはもうずっと以前に消えてしまったんだ。ここを残してね」


 「消えた?じゃああなたは」


 「そのゲームマスターに選ばれたんだよ。いきなりね。僕は以前は東京でエンジニアをしてたんだが、交通事故に巻き込まれてね。よくあるパターンさ。気がついたらこの部屋で目覚めた。これも転生と言うのかは分からないが、とにかく目覚めた瞬間、凄まじい量の情報が頭に流れ込んできた。君たちのいる世界のことがゲームマスターが創造したところから現在の状況に至るまで全てだ。頭がパンクするかと思ったよ」


 「情報だけをあなたに渡して本人はいないと?」


 「そういうことだ。しかもあの世界を管理してくれというメッセージ付きだ。何で私が、と思ったがまあここにいると色々なことが分かるし、やってみると案外楽しくなってね。エンジニアの性なのかもしれんが」


 「でもこんなところで一人で延々と過ごすなんて、気が変にならないですか?」


 「まあ最初のうちはね。でも私は元々人づきあいが苦手だったし、一人で黙々と仕事をするのが性に会ってる。そしてここには無限と言ってもいい情報がある。この本棚にある本は全てあの世界の歴史、設定、ルールが書き込まれている。一人の人間がここまで膨大な世界観を設定したとは信じられない。私はゲームマスターは複数いたんじゃないかと思っている。真相は無論分からんがね」


 「その彼か彼らか分かりませんが、ゲームマスターはどうして消えたんでしょう?管理なら自分たちでやれば……」


 「それこそ分からん。が、もしかしたらもうあの世界に干渉する気が無くなったのかもしれんね。君のいる世界はもう完成されている。君たちは誰の指図も受けず自分の意思で生きているだろう?NPCなわけじゃない。自由に考え、行動し、子孫を作っている。もう自分たちの手を離れてるんだ。今頃は新しい世界の構築でもしてるのかもね」


 「でもそれなら管理者がいる必要もないのでは?僕たちが自由に生き、歴史を紡いでいるのなら、それこそ僕たちの世界は神の手を離れたわけでしょう?」


 「それがあの世界に不正に干渉する者がいるんだよ。ゲームマスターたちの敵なのか、それとも彼らの中の一部が裏切ったのかは分からないがね。とにかくあの世界を破壊しようとするものが存在しているんだ。ことわりと言うか世界のルールを超えた力を使ってね。ゲームでいえばバグかウィルスってとこだ」


 「それが何者かも分かってない、と」


 「直接自分で手を出しているわけじゃないからね。私と同じで自分自身が世界に干渉することは出来ないんだと思う」


 「直接手を出せないならどうやって世界を壊すんです?」


 「君のようなあの世界で生きている人間に超常的な力を与えるんだよ。あの世界には精霊魔法や反応魔法があるが、契約や発動に一定の条件がある。強力な魔法になれば尚更だ。だがそのルールを無視した強大な魔法を与えたりね。聖神具レリックスなんかはいわばゲームでいうところの超レアアイテムと言った存在だが、それに匹敵するような力を与えてしまうんだ。精神も多少操作してるだろう。世界征服なんて馬鹿げた妄想を抱かせてるんじゃないかな」


 「何のためにそんなことを」


 「だから世界を壊すためさ。ゲームバランス、いやシステムそのものを破壊させる。例えばブロイア大陸には地震がない。そういう設定がされていないからだ。大雨や暴風が吹くことはあるが、山脈や海があっても破局噴火や大陸を飲み込むような大津波は起きないようになっている。あの世界の住人には地震や噴火という概念すらない。だが世界の理自体を書き換えてしまえばそういうことも起こせるようになる」


 「そんなことが出来るんですか!?」

 

 「まあね。まあそれは副産物のようなものだ。世界を破壊しようとしている者の目的は『五種の太祖フィフス・オリジン』の復活だ」


 「何ですって!?」


 またしてもとんでもないことを聞き、ミルディアは眩暈がしそうになる。


 「最初に言っておくと『五種の太祖フィフス・オリジン』のうち、創造神デウルと魔王ルシエールは死んでいない。神や魔王は生物じゃないからね。今は封印された状態だ。残りの三種は生きてはいない。。今の世界の住人が生まれる前に死んだことにされたわけだ。だがいわばそのデータというものは世界に残されている。復活させる方法も設定されている。ゲームマスター自身が世界を壊す可能性を考慮したんだろう。世界に致命的なバグが起こった時、創り直すためにね」


 「そんな……僕たちはあそこで生きているんですよ。それが失敗作を壊すような感覚で……」


 ミルディアは憤慨して言う。アドジャスターはそれをなだめ、


 「まあ彼らは君たちの世界の神のようなものだからね。しかしゲームマスターは世界の有り様に満足したのか、はたまた飽きて興味を失ったのかは分からないがそれを発動させることなく、管理を私に任せていなくなった。ところが敵、あえてそう言わせてもらうが、敵はその設定を発動させて世界を終わらせようとしているわけだ」


 「だってそれを発動させるのは僕の世界の人なんでしょう?自分で世界を壊すような真似を……」


 「勿論、そのことは教えていないさ。さらに強大な力を得るための儀式とか言ってるんだろう。『五種の太祖フィフス・オリジン』が復活するということさえ知らないんじゃないかな」


 「ひどいな。ヤクザにだって通すべき筋ってのがあるのに」


 自分の言葉にミルディアは驚いた。前世の記憶が残っているとはいえ、こんな例えを出すとは。


 「『五種の太祖フィフス・オリジン』はいわば敵側が用意するラスボスだ。ゲームなら自分のレベルを上げてラスボスを倒せばゲームクリアだが、あの世界ではそうはいかない。『五種の太祖フィフス・オリジン』全てが復活した時点でゲームオーバー。世界は崩壊する。そして今、あの世界ではまさにそれが起きようとしている」


 「えっ!?」


 「君も感じていただろう?君自身のことを含めた周囲の異変に。今ブロイア大陸は崩壊の危機が迫っているんだ」


 「どうやってそれを止めるんです?さっきの言い方だとアドジャスターさんは直接関与できないんですよね?」


 「そう。だから敵と同じことをするのさ」


 「え?」


 「敵に対抗するため、あの世界の住人に超常的な力を授ける。そして敵に操られている人間を阻止してもらう。それが私の仕事だ」


 「ま、まさか……」


 「そう、君はそのために選ばれ、ここに招かれたのさ」


 アドジャスターは微笑みながらそう言い、手をパン、と叩いた。

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