第11話 女難の日

 柔らかい感触を覚えて目が覚めた。


 目を開けたミルディアはぎょっとして体を起こす。自分の手がミレイの豊かな胸を掴んでいた。


 「ごくっ」


 手を離さなければ、と思うものの、手のひらは吸い付いたように柔肌から離れようとしない。見事な双丘を凝視しながら昨夜のことを思い出し、顔が熱くなる。結局体を楽にするためのをミレイにしてもらい、何度も何度も果てた。行為にこそ及ばなかったものの、彼女の体を汚してしまったという事実がミルディアの心に重い影を落としていた。


 「ミルディア様……」


 「うわっ!」


 ミレイが身を覚まし、ミルディアは反射的に胸から手を離した。息が止まりそうなほど緊張する。


 「ご、ごめん、ミレイ!」


 「おはようございます。私、ここで眠ってしまったのですね」


 「う、うん。僕が無理させたから」


 「いいえ、そのようなことは。……あの、今更顔を背けられなくても」


 「う、うん、そうなんだけど。何か自己嫌悪っていうか……本当にごめん。欲望に抗えなくて。ホントに情けない主ですまない」


 「気になさらないでください。私の意志、いえ、私が望んでさせていただいたのですから」


 「と、とにかく起きよう。やるべきことがたくさん……」


 そう言いながら起き上がろうとしたミルディアの下半身がミレイの目の前にさらされる。それを目の当たりにしたミレイが顔を真っ赤にし、息を呑む。


 「あ、や、これは……」


 「ミルディア様……まだお辛いのですか?」


 「こ、これはほら、朝だから」


 昨日と全く同じ言い訳を口にし、ミルディアが顔を引きつらせる。さっきまで胸をガン見しながら掴んでいたのだ。まあこうなるのは当然の話だ。


 「よろしければまた楽にして差し上げ……」


 「い、いや、それは」


 その時、部屋のドアがノックされた。驚いて飛び上がったミルディアはつい反射的に「ふぁい!!」と間抜けな声で返事をしてしまう。


 「ミルディア様!目を覚まされたのですね!!」


 モリアの声だ。「ちょっと待って!」とミルディアが叫ぶのと、モリアがドアを勢いよく開けるのがほぼ同時だった。


 「あ……」


 輝くような笑顔をしてドアを開けたモリアの体が硬直する。ベッドでは膝立ちの格好で下半身を露出したミルディアが引きつった笑みを浮かべ、ミレイは反射的に布団をかぶって丸まっている。


 「何よりです、ミルディア様。お取込みのところを失礼いたしました」


 一瞬で笑顔を消し、頭を下げてドアを閉めようとするモリアに慌ててミルディアが駆け寄る。


 「ちょ、ちょっと待って、モリア!違うんだ、これは!」


 「ミルディア様、そのような格好で廊下に出られては家臣に示しがつきません」


 「だから誤解だって!彼女は……ミレイは僕の体を温めるために」


 「存じております。昨日お倒れになったミルディア様のお体が冷えていたので人肌で温めたのでございましょう?私がその役目を引き受けたかったのですが、ミレイ殿が自分の責任だからどうしても、とおっしゃったのでお任せしたのです」


 「そうだったんだ。心配かけてごめん。うん、そういうことだからこれはその……看病みたいなもので」


 「昨日の朝、私がして差し上げたのと同じ状況に見えますが」


 「ああ、まあ、ほら、昨日も言った通り朝だから」


 「ミルディア様をお慕い申し上げる女性なら同じように看病して差し上げたくなるものと心得ます。ましてそのように切羽詰まった状態ではミルディア様もさぞお辛いでしょうし」


 「分かってるなら意地悪言わないでよ。僕としても申し訳ない気持ちなんだ」


 「あの……」


 ドアを挟んで言い合う二人に、シーツを身にまとったミレイが近づきおずおずと声をかける。


 「差し出がましい真似をして申し訳ございません。昨夜目覚められたミルディア様がその……お辛そうだったもので」


 「お気になさらず。そのようにお持ちであれば、ミルディア様がお辛くなるのは当然のこと。主を楽にして差し上げるのも家臣の務めと存じます」


 部屋の温度が急に下がった気がした。昨日は務めじゃないと言ってたじゃないか。もしかしてモリア嫉妬してるのか?その……ミレイのアレに。ミルディアはため息をつき、手を引いてモリアを室内に入れる。


 「とにかく落ち着いて。こんな状態になっちゃったからその……楽になる手伝いはしてもらったけど、決してそういう行為はしていない」


 「そういう行為とはどういう行為でしょう?」


 にこりとしてモリアが言う。笑っているはずなのに、ミルディアの背中にぞっとした感覚が走る。


 「あの……ミルディア様のメイドのモリア殿でいらっしゃいますよね?何故それほど私のご奉仕に怒ってらっしゃるんですか?もしかしてミルディア様とモリア殿はそういうご関係で?」


 ミレイ、空気読んで!


 「いえいえ、私のごとき者がミルディア様と関係になるなどありえません。私は病み上がりのミルディア様のお体を心配しているだけです」


 「でしたらご安心ください。ミルディア様はすっかりご回復なさいました。お体が楽になるのに五回もかかったくらいですし、今でもこの通り」


 うわあああっ!!何言ってるんだ、ミレイ!!ミルディアの顔から血の気が引く。


 「それはそれは大変なご回復ぶり。さぞミレイ殿のが気持ちよ……お上手だったのですね。一昨日の夜は三回で楽におなり遊ばしたのに。やはり私ごときのではご満足いただけなかったようですね」


 モリアがミレイの胸を睨みながらあくまでも笑みを絶やさず言う。地獄だ……ミルディアは胃がキリキリ痛むのを感じよろけた。


 「ああ、一昨日はモリア殿がをなさったんですね。一昨日も毒をお受けになったのでしょうか?」


 誰か助けてくれ。眩暈がしてミルディアは本当に倒れこみそうになった。毒がぶり返したかのようだ。


 「……ち下さい、……様!」


 睨みあいを続ける二人を呆然と見つめるミルディアの耳に、別のメイドの声が廊下から聞こえてきた。何か焦っている様子だ。と、次の瞬間、


 「ミディ!気が付いた!?」


 息を切らせてフローゼが飛び込んできた。その目が一瞬で点になる。


 「え?」


 「フ、フローゼ!違うんだ、これは……」


 「きゃああああああっ!!」


 ミルディアの部屋に耳をつんざくようなフローゼの悲鳴が響き渡った。



               *



 「くそっ!何でこんなことに」


 腕を抑えながら森を走るその男は毒づいた。少佐の元に早馬で行ったマドックだ。右腕からは血が流れ続けている。こいつを止めない限り追っ手から逃げるのは無理だ。止血をしたいが少しでも立ち止まればすぐ追いつかれてしまうだろう。相手は殺しのプロだ。


 「少佐が俺を見捨てたのか!ここまでお膳立てをしてやったってのに、畜生!」


 どこで間違えた?何故気付かれた?早馬で来た奴の話では自分を拘束するよう命じたのは子爵の息子ミルディアだという。少佐も厄介かもしれないと言っていた。こんなに早く気付かれるなんて、甘く見ていた。マドックは後ろを振り返りながら歯ぎしりをした。くそっ!こんなところで死んでたまるか。何のためにここまで根回しをしてきたのだ。新しくなる騎士団の団長になる約束だ。金も女も思いのままに……


 ガサッ


 草木が揺れる音がして、マドックはビクッとして立ち止まった。耳を澄ますが鳥の声以外は何も聞こえない。ぐるりと辺りを見渡し、また走り出そうとしたその時、


 「!?」


 背後から目にも止まらぬ速さで一つの影が飛び出した。その存在を目視するより早く、その首が胴体から切り離される。


 ドサッ


 断末魔の悲鳴を上げる事すらなく、マドックは森の中に倒れ伏した。



              *



 「勇み足を踏んだようだな」


 グランツ子爵の部屋。王都への出立の準備の手を止めて、グランツがミルディアに声を掛ける。恐縮して小さくなったミルディアは「はい」と目を伏せて答えた。


 「部下の進言を聞かず無謀な真似をした結果です。言い訳のしようもございません」


 ミルディアは頭を下げ、父に詫びた。朝、自分の部屋でのひと悶着が済んだ後、ミルディアは父に面会を求めた。出立直前の忙しい時間を邪魔するのは気が引けたが、心配をかけた以上、きちんと謝る必要があった。


 「大まかな話は聞いた。暗殺犯の居場所を突き止めたのは見事だが、詰めが甘かったようだな」

 

 「はい」


 「もう一人の犯人と、内通者と思しき兵は行方が分からぬそうだな」


 「はい。潜入していた店の主人に人相を聞き、似顔絵を騎士団に配る手配をいたしました。兵の方は村の駐屯兵が捜索を」


 「そうか。引き続き捜査を頼むぞ」


 「父上……」


 「うん?」


 「私にはやはり荷が勝ちすぎます。最初からこの有り様では部下も付いてきてくれないでしょう。今からでもアッシュに指揮を……」


 「逃げてはならん。一度や二度の失敗で諦めていては何事も為すことは出来ん。全てを一人で抱え込む必要はないが、責任は自分が取る。それが上に立つ者の役目だ。失敗を糧とし、同じ過ちを繰り返さぬよう心掛けよ。これはお前がやらねばならんのだ。覚悟を決めよ」


 「ですが……」


 「弱音を吐くな!儂は此度のことを責めはせん。確かにお前の行動は慎重さを欠いたものだったが、自らが先頭に立って動かぬ者には人はついて来ぬものだ。お前が自信を持って指示をせねば皆が混乱する。敵はそこを突いてくるぞ」


 「敵?」


 「お前に一つ言っておくことがある。。そして


 「え?」


 「人は嘘を吐く。味方だというものはまず疑え。敵は必ず味方だと言って近づいてくるものだ」


 「しかし全ての者を疑っていては何も出来ません」


 「だから見極めるのだ。慎重に、深く観察せよ。嘘を吐くものにはどこか違和感がある。ズレ、といってもいい。どこかに不自然さが出るものだ。それを見逃すな」


 「肝に銘じます」


 「お前が感じた通り、儂も今我々の周りで異変が起きているように思える。何か大きな変事が起きるやもしれん。この時期にここを離れるのは正直気が進まぬのだが、王家の命に背くわけにもいかん。この町を守れるのはお前だけだと心得よ」

 

 「は、はい」


 「で?その顔はどうした?」


 厳しい顔から一転、柔和な笑みを浮かべグランツが尋ねる。ミルディアは引きつった笑いを浮かべながら赤く腫れあがった左頬を押さえる。


 「ちょっと嵐に巻き込まれまして」


 「ほう、屋敷の中でか。奇妙なこともあるものよの」


 ミルディアは乾いた笑いを漏らしつつ、今朝の出来事を思い出していた。部屋に入ってきたフローゼは全裸の彼とシーツを巻いただけの姿のミレイを見て逆上し、ミルディアの頬を思い切り殴りつけた。グーでだ。すっ飛んで床に倒れたミルディアを慌ててモリアとミレイが抱き起し、さらに逆上したフローゼを二人が必死になだめた。怪我の功名というべきか、それでモリアとミレイの睨みあいは一段落したのだが、今度はフローゼをなだめるのに苦労することになった。


 「信じられない!毒矢を受けて死にかけてるっていうから心臓が止まるくらい心配してたのに!!」


 風船のように頬を膨らませて怒るフローゼにミルディアは土下座をして何度も謝った。頬がじんじんと痛んだが、それを気にしている場合ではない。手当てを申し出るモリアを制し、とにかく頭を下げた。


 「とにかく服を着なさいよ!いつまで裸でいるつもり?」


 フローゼが赤くなった顔を横に向けてぶっきらぼうに言う。ミルディアは急いで服を取り、ミレイも制服を身に着ける。


 「申し訳ございません、フローゼ様。ミルディア様のお体が極度に冷えておられたので私が温めておりました」


 敬礼をしてそう言うミレイをじろっと睨み、フローゼがため息を吐く。


 「その話は聞いたけど……ふうん、さぞ温まったでしょうね。熱がたっぷりこもってそうだものね」


 フローゼもミレイの胸を見ながらそう言う。やっぱり女の人は気になるのかな、とミルディアは痛む頬を押さえながら心の中で呟いた。


 「そりゃあ私との話の約束よりそっちの方が大事よね、ミディ」


 「い、いやいや、本当に昨夜は倒れてたんだって。ねえ、ミレイ?」


 「は、はい。夜明け近くに目を覚まされて、本当に安堵いたしました」


 流石に今度はミレイも話を合わせる。モリアも空気を読んで余計なことは言わない。ミルディアはほっとした。


 「ふうん、まあいいわ。とにかく無事でよかった。本当に心配したんだからね!」


 「本当にごめん、心配をかけて。自分がまだまだ未熟者だって痛感したよ」


 「で、今日はちゃんと話が出来るんでしょうね?もう明日は出立なのよ」


 「う、うん、今夜はちゃんと話をするよ。もう無茶はしないから」


 「今からじゃ駄目なの?」

 

 「父上にお詫びに行かなきゃいけないし、やらなきゃいけないこともある。ごめん、もう少しだけ待って」


 「仕方ないわね。今度約束破ったら許さないからね!」


 拗ねた顔をしてフローゼは部屋を後にした。ミルディアはほっと息を吐き、ミレイにこれからのことを指示する。


 「はっ!ただちに」


 敬礼をして出て行くミレイを見送り、モリアに改めて心配をかけたことを詫びたミルディアはその足で父の元へ向かった。


 「何があったか詳しくは訊かんが、女の扱いには注意するのだな。女というものは強い。ある意味男などより遥かにな。くれぐれも侮らぬことだ」


 どこか遠い目をしてグランツが言う。何があったかおおよその見当は付いているようだった。


 「勿論でございます」


 ミルディアと兄ベルゴールの母アリシアは二年前病で他界した。兄の結婚からわずか数か月後のことだった。父グランツは母を心から愛しており、今まで側室を一人も持たなかった。それは今も同じだ。後妻は勿論、側室を持つ気もないようだった。


 「儂はあれを尊敬しているのだ」


 昔、酔った父がミルディアにふと漏らしたことがある。妻として愛しているだけでなく、父は母に一人の女性、いや一人の人間として敬意を持っていた。美しいだけでなく母は賢く、凛とした女性だった。ミルディアは常に母から領主の息子たる生き方というものを説いて聞かされた。


 「死ぬ前にな。アリシアがお前を褒めておった」


 「え?」


 ミルディアは驚いた。生前、ついぞ母には褒められた記憶がなかったのだ。いつも厳しく注意され、父の前だけでなく母といる時も緊張していたのだ。


 「あの子は真っ直ぐに育ってくれたと。ベルゴールも立派に成人して妻をもらったので安心だが、お前も心配はいらないだろうとな」


 「驚きました。母上にはその……失望されていたかと」


 「儂がお前を一人前だと認めるまでは話さないでほしいと言われてな。正直まだ危なっかしいところはあるが、アリシアの言った通りお前は真っ直ぐ育ってくれた。儂はお前に期待している。留守を頼むぞ」


 「父上……」


 胸がじんと熱くなる。同時に父の代行を果たすという重責が改めて背中にずん、とのしかかった気がした。


 「身命を賭して」


 胸に手を当て宣誓する。気を引き締めて部屋を後にしたミルディアは城に向かい、ミレイたちと合流した。


 「月狼族のところへ伝令は送ってくれた?」


 「はい。馬の準備も整っております」


 詰所から厩舎へ歩きながらミレイと話し、ミルディアは考えをまとめた。父の言葉を思い出し、これまでのことを整理する。


 「違和感、か」


 確かに何か引っかかっていることはある。それが何なのかはっきりとした形を成していないのだ。


 「とにかく行動することだ」


 頭を切り替え、兵が出してくれた馬に跨る。これから森の村へ向かうのだ。


 「大丈夫ですか?ミルディア様」


 「これでも乗馬は訓練してる。早駆けだって出来るよ」


 「護衛は本当に我々だけでよろしいのですか?」


 「村に行けば駐屯兵もいるし大丈夫だよ」


 ミルディアは専属の四名、ミレイ、オルバ、イアン、ジュラを連れて村へ向かった。森の中を風を切って走ると腫れた頬がひんやりして気持ちいい。


 「ミルディア様!」


 村に着くと兵が出迎え、ミルディアは馬を降りて駐屯場所に借りている家に向かった。頬の腫れを見て兵が心配したが、何でもないと誤魔化す。


 「フレキたちは来てる?」


 「は、先ほど」


 家に入ると、フレキとゲリの顔が見えた。ミルディアは握手をし、二人に礼を言う。


 「よく来てくれたね。ありがとう」


 「お前さんには借りがある。これくらいは何でもねえ」


 フレキが牙を見せて笑う。


 「さて、早速だけど頼みたいことがあるんだ。例の兵の私物は?」


 「こちらに」


 兵の一人が麻袋を取り出し、それをフレキに渡すよう指示する。


 「これは?」


 「ある兵士の私物だ。この臭いを覚えてほしい」


 「なるほど。今回の事件の関係者ってことか」


 ゲリが納得して頷く。


 「分かった。……うん、覚えたぜ。ゲリ、お前も覚えな」


 フレキから袋を受け取ったゲリが臭いを嗅ぐ。


 「彼は一昨日伝令から帰ってきたんだよね?」


 「はい、私を含め何人かが確認しております」


 「姿が見えなくなったのはいつ頃?」


 「正確には分かりませんが、町から奴を拘束するようにとの早馬が来てからすぐ探した時にはもう……」


 「もう丸一日近く経ってるか。フレキ、この臭いをたどることは可能?」


 「ふむ、時間が経つと臭いも薄れるから難しいが、やってみよう」


 フレキとゲリは家を出て村の入り口に向かう。ミルディアはミレイたちと馬に乗り、二人に付いていく。


 「微かにまだ臭いが残ってはいるな。どうだ?ゲリ」


 「確かにな。もうかなり消えかけてはいるが、強い感情の臭いがある。おかげで完全に消えてはいないようだ」


 「強い感情?」


 「これは焦りというか恐怖の臭いだな。奴は慌てて逃げて行ったらしい」


 「とにかく追えるだけ追ってみて」


 「分かった」


 地面に鼻を近づけクンクンと臭いを嗅ぎつつ進むフレキとゲリにミルディアたちが付いていく。しばらくしてフレキが立ち止まり顔をしかめた。


 「どうしたの?」


 「妙だな。別の人間の臭いが混じってる。奴の臭いの跡とぴったり同じ方向にな」


 「確かにな。こいつは……何やらヤバい臭いがする」


 「待て!」


 フレキが顔を上げ、手でミルディアたちを制して脇の茂みを睨む。


 「そこにいる奴、出てこい!」


 フレキがそう叫んだ瞬間、茂みがざわめき、何かが飛んでくる。


 「ミルディア様!」


 ミレイが叫ぶ。それが何か判断する前に、とっさに傾げたミルディアの顔をかすめて一本の矢が通り過ぎた。


 「おい!大丈夫か!?」

 

 ゲリがミルディアを振り向き叫ぶ。騎士団も彼をかばうように馬を前に出す。


 「大丈夫、かすっただけだ。昨日みたいに毒が塗ってないことを祈るけどね」


 「はあっ!」


 フレキが矢が飛んできた茂みに飛び込む。それと入れ替わるように一人の女が飛びだしてきた。癖のある赤毛の目つきが鋭い女だ。


 「ちっ!こんなところで騎士団と鉢合わせとはツイてないね!」


 女は弓を手にミルディアたちを睨む。その眼には殺意が満々にこもっている。


 「やれやれ、今日は本当に女性運が悪いみたいだ」


 矢がかすめて血がにじむ頬に手をやりながらミルディアはため息をつき、女を睨んで気を引き締めた。

 

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