第3話


「おかえりなさい」


 目をあけると、目の前には彼女がいた。

 艶やかな黒髪も小さくて華奢な手もそのままの。

 だけれど、さっきまでとは何かが違う。

 そう、彼女は年齢を重ねていた。

 すこし背伸びしたようだった大人びた雰囲気は今はしっくりと彼女になじんでいる。

 いい女になったというべきだろうか。


「からあげに、レモンかけちゃった」


 彼女はがらにもなくいたずらっぽく笑った。


「ああ、こっちこそ。大人げなく声なんてあげて、ごめん」


 一応こちらもあやまると、彼女はこう続けた。


「ねえ、私たち高校時代なんで別れたか覚えている?」

「ああ」


 僕は苦々しく答える。

 あの思い出はいまでも喉に苦い感覚がよみがえってくるのだ。

 彼女に浮気された。

 初恋がかなった高校生にはあまりにも重い真実だった。

 ちょうどあのころからだったかもしれない。

 僕がタイムスリップするようになったのは。


「私が浮気したってあなたが言ったのよね。でも、私は浮気なんてしてないの」


 そういって、僕に再びキスをした。

 記憶がよみがえる。

 そう、さっきキスしたのと同じ感触。

 そしてレモンの香り。

 だけれど、今度はタイムスリップすることはなかった。

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タイムスリップするレモン 華川とうふ @hayakawa5

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