031 三人目の子供

 ジェレールとシャメルは三歳になり、イヤイヤ期を何とか乗り越え、わたくしの家族は日々平和でございますわ。

 ただ、ママ友達にはもう一度イヤイヤ期が来るから覚悟しておくようにと言われておりまして、今から戦々恐々としております。

 ジェレールとシャメルのお付きの侍従とメイドも決まりましたし、もう間もなく乳母離れ出来る頃になります。

 まずは二人の部屋を分けたのですが、最初の頃はそれこそ赤ちゃんに戻ってしまったのではないかと思うほど大泣きされてしまいましたが、今では夜一人で眠ることも出来るようになってほっとしております。

 そんな平和なある日の事でございます。


「グリニャック、半年後に儂は引退しようと思う」


 朝食の席で、突然お父様がそう仰いました。

 確かに、あと一ヶ月もしないうちにジェレールとシャメルは乳母離れしますが、なにも朝食の席で急にそのようなことを言わなくともよいのではないかと思ったのは、わたくしだけでしょうか?

 いえ、それよりも問題なのが、わたくしが現在妊娠七か月目だという事なのでございます。

 そう、わたくし、また妊娠致しましたのよ。

 今度は双子ではないそうですので、どちらの子かはわかりませんが、今度はわたくし似の、正確にはわたくしの遺伝子を感じることのできる子がいいですわね。

 わたくしの出産後に引退なさるのはよろしいのですが、もう少し間をおいてもよろしいのではないでしょうか?


「お父様、わたくし、三か月後には出産いたしますのよ? もう少し先延ばしになさってもよろしいのではございませんか?」

「いや、最近母上のお加減も良くないと聞くからな、出来ればグリニャックが子を産んですぐに引退したいのだが、流石にそれは酷だとベレニエスに止められたので、三ヶ月の猶予を持って半年後に引退することと決めた」


 決めたのですか、そうですか……。

 わたくしは思わず目が遠くなってしまいます。

 せめて事前に相談していただきたかったですわね……。

 お母様を見ますと、眉間のしわを揉んでいらっしゃいますので、十分な話し合いは行われてはいなかったのでございましょう。

 お父様、変な所で頑固ですものね。

 と、言いますかお婆様、お加減が悪いのでございますか、大丈夫でしょうか?

 お加減が悪いとなりますと、次の子の出産には立ち会っていただけない可能性が高いですわね。

 領地から出てくるのにも体力が必要ですものね。


「わかりましたわ、半年後ですわね。最近はお父様やお母様の手を借りなくても公務や屋敷の事を回せるようになりましたし、まあ、何とか致しますわ」

「執事長とメイド長もいるから大丈夫であろう」

「そうですわね」


 ああ、幾分棒読みになってしまったのは仕方がございませんわよね。

 わたくしは食後のお茶を頂きながらこっそりとため息を吐き出しながら、トロレイヴ様とハレック様を見ます。

 わたくしが三人目の子供を身ごもってからというもの、またもやすっかり甘やかすようになってしまわれまして、今もお父様のお言葉にわずかながら反抗心を抱いていらっしゃるようですわ。


「ラヴィ、レク。お父様は頑固な一面がございますの。決めたからには必ず実行いたしますわよ」

「そうか、ニアがそれでかまわないなら……」

「そうだね、ニアがそれでいいなら……」


 お二人とも、不承不承と言った感じでございますわね。

 まあ、可愛い子供がもうすぐ生まれるのですし、不安もございますでしょうね。

 ええ、わたくしも不安ですとも。

 さて、あと半年の猶予ですか。

 メイド長も育ってまいりましたし、問題はないでしょうけれども、急ですわね。

 ふう、ストレスが溜まるのは妊娠によくないと言いますのに、困ったものですわ。



 あれから三か月後、わたくしは今度は予定日よりも早く破水いたしました。

 ええ、しかもお茶会御前会議中に破水いたしましたので、皆様大慌てでございましたわ。

 大至急で屋敷に帰されまして、また分娩室に入れられました。


「若奥様、大丈夫でございますか?」

「ええ、今の所陣痛もそんなに短い間隔で来るわけではございませんので、大丈夫ですわ。それよりも、わたくしが破水した時の皆様、特に国王陛下のお顔と言ったら見物でございましたわ」


 ええ、破水というものを初めて見たのでございましょうね、お茶会御前会議中に突然バシャリと破水いたしましたので、全員硬直の後、驚愕の表情を浮かべていらっしゃいましたわ。

 あれを見ただけでも、お茶会御前会議のストレスが晴れるようでございました。

 皆様、お子様はいらっしゃいますのに、出産に立ち会うことがございませんでしたのね、本当に見物でございましたわ。

 そういえば、今度の乳母はなんとコレットですのよ。

 そう、ティスタン様とコレットはめでたく結婚いたしましたの。

 あのティスタン様にも研究以外の事にも興味があったのが正直驚きでしたが、あれは、コレットの努力の賜物と言っても過言ではございませんわね。

 わたくしのお付きメイドをする傍ら、夜な夜なティスタン様の所に通って自分の想いを伝えていたそうですわ。

 そのかいあってか、なんと結婚前に妊娠いたしまして、現在二ヶ月の子供を養育中なのでございます。

 まったく、わたくしの周りは子沢山でよろしゅうございますわね。

 コレットはお乳の出もよろしいですし、わたくしのお付きメイドであると事も加味致しまして、これから産まれてくる子供の乳母に決定しております。

 コレットの子供は、ドミニエルの子供やリリアーヌの子供達、そして他のメイド達が面倒を見る事になっておりますが、まあ、いつもの事ですわね。


「リリアーヌ、レモネードが飲みたいですわ」

「かしこまりました」

「ああ、ついでに何か摘まめる果物が欲しいですわ」

「ご用意いたします」


 ついでに歯が痛いので痛み止めの丸薬が欲しいのですが、妊娠中という事もあり止められておりますのよね。

 まあ、産後しばらくはお父様とお母様が公務や家の事をしてくださるそうですから、久々にゆっくりと休めますわ。


「っ!」


 以前にも経験しましたが、この陣痛と言うのは慣れませんわね。ジェレールとシャメルを産んだ時の痛みに比べればましですが、痛いものは痛いのでございます。


「若奥様、レモネードと果物をお持ちいたしました」

「ありが、とう。今、お腹が痛いので、あとで頂きますわ」

「まあ! 腰をさすりましょうか?」

「ええ、お願いしますわ」


 リリアーヌが腰をさすりやすいように体を仰向けから横向きに変えて腰をさすって貰います。

 少し痛みが和らいだ気がいたしますわね。

 今度こそラマーズ法を実行したいものですわね。

 痛みが遠のきましたので、リリアーヌに手伝ってもらい体を起こして、わたくしはレモネードを頂き、一口サイズにカットされた果物を口にいたします。

 ああ、メロンが美味しいですわ。

 このメロンは我が家の領地で作られたもので、今回の妊娠では果物を好んで食べるようになったわたくしの為に領地から直送されている物でございます。

 他にもキウイフルーツやリンゴもございますのよ。

 我が家の領地も、内政改革の対象に入っております、むしろ率先してすべきだと言う国王陛下のお言葉により、酪農や農業に力を入れるようになっております。

 わたくしと致しましては、作って出荷すればすぐさま買い手が付きますので、ウハウハ状態なのですが、内政改革が行き届いていない家は逆に財政が苦しくなっているそうなのですよね。

 まあ、農業や酪農に適さない土地を持っている貴族は、領民の教育に力を入れて、今後の発展のために力を入れている所もあると聞きますし、貴族もそれぞれでございますわね。

 王都も、娼館などが整備されまして、道端で女性を襲うと言ったような事件も大分少なくなってきました。

 あくまでも少なくなってきたのであって、まったく無くなったわけではないのですよね。

 孤児院の整備も進んでおりまして、飢えに苦しむ子供の数も減ってまいりました。

 まだ完全に行き届いていないので、今後の課題でもあるのですけれどもね。

 わたくしの提案いたしました、子供を産んだら奨励金を出すという話なのですが、産んだ際に第一弾の給付金を出しまして、その後、毎年一定額の給付金を渡すことで孤児を無くすように努力している最中でございます。

 まあ、あとはそれに並行して保険制度を導入したことでしょうか? 典医や産婆の数も増やすように致しまして、平民でも典医に低額で診療していただけるように致しました。

 まあ、ここまで国王陛下は駆け足で内政改革を致しましたので、もちろん反発も出てまいります。

 まったく、宰相や騎士団長、各大臣にはお茶会御前会議で周知していたからいいと致しまして、貴族の中には寝耳に水で反発する者も多くいらっしゃいます。

 まあ、そうですわよね。

 自分の領民の為でもないのにお金を国に渡さなければならないなんて、気に入らないと言い出す者が居て当然ですわよね。

 もっとも、この国に害意を持つまではいっておりませんので、アーティファクトの結界が反応するようなことは現在起きては居りません。

 国王陛下への個人的な恨みは、アーティファクトの結界の対象外という事ですわね、まあ、国王陛下への警護は以前よりも強固なものにしておりますし、王子や姫君達にもきちんと護衛騎士を付けておりますので、そうそう下手な気を起こす貴族はいないでしょう。

 ……フラグではございませんわよ?

 国王陛下も、急すぎる内政改革は反発を生むとわかっておりますので、山場の今は貴族や平民をいかに納得させるかに尽力しているようでございます。

 高位貴族は財力もございますので、納得も早いのですが、下位貴族は財力がない家もございまして、その貴族の説得に苦労している所でございます。

 まあ、わたくしの提案いたしました、領地経営のサポートをうまく活用していただければ、何とかなると思うのですけれどもね。

 そんな事を考えながら、陣痛の痛みに耐えていますと、トロレイヴ様とハレック様がお帰りになり、着替えてから分娩室にいらっしゃいました。

 急いできたのでございましょう、御髪が乱れておりまして、色気がいつもより増している気がいたしますわ。

 かっちりしているお姿もいいですが、こうして乱れたトロレイヴ様とハレック様もまたいいですわよね、お二人が一緒に乱れているというのがポイントですわ。


「ニア、お茶会中に破水したんだって? 大丈夫だったか?」

「ええ、大丈夫ですわよ、レク。わたくしよりもお茶会御前会議に出ていた国王陛下方の方が慌てていらっしゃったぐらいですもの」

「そりゃ慌てるよ、予定日よりも三週間も早いんだよ!?」

「そうですわねえ、わたくしもそこにはびっくりいたしましたわよ、ラヴィ。けれども、もう産まれて来ても大丈夫だと子供がきっと言っているのですわ、大丈夫ですわよ。今回もきちんと子供を産んで見せますわ」

「そう? 今度こそニアに付き添っていたいけど、ニアの苦しそうな顔を何時間も見るのはやっぱりつらいかな」

「そうだな、私達が居て気がそれるのも心配だしな」


 お二人とも複雑ですわね。

 わたくしは新しく貰ったレモネードを飲みながら暢気にそんな事を考えておりました。


「それにしても、今度は僕とレクのどっちに似るかな? それとも、ニアにそっくりな子が産まれるかな?」

「そうですわねえ、ジェレールとシャメルはお二人にそっくりでございますので、このお腹の子はわたくしに似てくれると嬉しいのですけれども」


 わたくしはそう言ってお腹をさすります。


「つぅっ」

「ニア、大丈夫?」

「ニア、痛いのか?」

「大丈夫ですわ、陣痛は子供が産まれるサインのような物ですもの、これに耐えなくては母親にはなれませんもの」

「そう? 母親って大変なんだね」

「そうだな、少し母上を見直さなければいけないな」

「お二人とも、お母様は大切にしなければなりませんわよ?」

「そうは言ってもな、私の実家は家族の情が薄い家だったからな」

「僕の所はレクの家ほどではなかったけど、この家みたいに家族愛に溢れてるってわけじゃなかったね」

「まあ、貴族ですものね」


 むしろ、我が家が特殊なぐらいなのですわよね。

 お父様とお母様は政略結婚ですが、きちんと愛が芽生えましたし。

 と、言いますかお母様の容姿がお父様のドストライクだったようでございまして、婚約を確実なものにするために、側室を持たないと言う誓約書まで書いたのだそうですわ。

 まったく、酔狂ですわよね。

 まあ、わたくしもトロレイヴ様とハレック様を狙い撃ちしましたので、お父様の事は言えないのかもしれませんけれどもね。

 仕方がないではありませんか、あの頃はお二人が愛し合っていると思っており、その愛を守るために必死でございましたのよ。

 ええ、今は子供も産まれておりますし、お二人の愛は毎晩のように実感しておりますが、お二人が並んでいる写真を見て妄想を滾らせてしまうのは仕方がない事なのでございます、これも腐女子の性でございますわ。

 いえ、公爵家を継ぎましたら、そろそろ貴腐人を名乗ってもいいかもしれませんわね。

 そういえば、ドレッサーの一番上の引き出しにしまっていたアルバムですが、いい加減許容範囲を超えて、引き出しが閉まらなくなってしまいましたので、鍵付きの大き目の宝石箱を購入いたしまして、そちらにトロレイヴ様とハレック様の愛のメモリーのアルバムをしまっている状態でございます。

 引き出しの方には子供達の写真を張り付けたアルバムをしまっておりますのよ。

 ティスタン様曰く、赤のカラーインクが成功してきっかけをつかんだのか、緑と青のインクの開発ももう間もなく成功するとの事でございますので、カラー写真ももうすぐ撮ることが出来ますわね。

 ああ、待ち遠しいですわ。


「ニア、じゃあ僕達は部屋で待機してるから、何かあったら必ず知らせてね」

「わかりましたわ。何時間かかるかわかりませんし、眠っていても構いませんのよ?」

「ニアが眠らないのに、私達だけが眠るわけにはいかないだろう」

「そうですの? まあ、無理はなさらないでくださいませね」

「「それはこっちのセリフ」」


 まあ、こんな時にハモルなんて、やはり仲が良い証拠ですわね。


「リリアーヌ、レモネードのお代わりを頂けますか?」

「かしこまりました。けれども、少々飲み過ぎではございませんか?」

「なんだか妙に喉が渇いてしまって」

「然様でございますか。もよおした際はお手洗いまでお連れいたしますので仰ってくださいませね」

「わかっておりますわ」


 確かにこんなに水分を取っていたら、いつもよおしてもおかしくはないですものね。

 それにしても、今回の妊娠は前回と比べて、臨月に入ってからは特にいつも喉が渇いているような気がいたしますわ。

 水太りしてしまったらどうしましょうか?

 妊娠中のマッサージは避けたほうが良いという事を前世で聞いておりますので、マッサージはしておりませんけれども、体がなんだかむくんできているような気も致しますのよね。

 出産後、体力が戻りましたらまたストレッチや散歩をしなければいけませんわね。

 今回の妊娠は、お腹こそ大きくなりましたし、むくみも感じますが、特に太ったと言う感じはないのですよね、ですので体型を戻すのにはさほど時間はかからないと思うのですが、油断は禁物ですわよね。


「……リリアーヌ、お手洗いに連れて行ってくださいますか?」

「かしこまりました」


 リリアーヌの手を借りて分娩台をおりまして、お手洗いに行き用を足しまして、また分娩室に戻ってまいります。

 そうしてまたレモネードを飲んだりして過ごしておりますと、陣痛の感覚が短くなってきまして、いよいよ出産の準備が始まりました。

 産婆の言うように、力んだり力を抜いたりすること五時間ほどでしょうか? やっと子供の頭が見えて来たという所で、わたくしはお腹の痛みが薄くなってきたような感じがいたしまして、本能的にヤバイ、と感じましたので、それを率直に産婆に申しましたら、二人いる産婆のうち一人の産婆がお腹の上に乗りまして、お腹を押し始めました。

 どうやら強引に子供を押し出す気のようでございます。

 乱暴ですわね。

 まあ、相変わらず声に合わせて力んだり力を抜いたりしておりますので、わたくしは産婆に身を任せるだけなのでございますけれども。

 そうして、「力んでください!」と言われて思いっきり力んだ瞬間、お腹がグイッと押されまして、わたくしの体の中からズルリと何かが出ていく感覚がございました。

 けれども、子供の泣き声は致しません。

 お腹に乗っていない産婆が子供の足を持ち逆さまにすると、シャメルの時のように背中を何度も叩きますが、中々泣きません。

 どうしたのかと、内心焦っておりますと、産婆が今まで以上に強く子供の背中を叩きまして、やっと子供が咳き込む様に弱々しく泣き始めました。

 その声に安心いたしまして、わたくしはほっと胸を撫でおろしました。

 泣き始めた子供はすぐさま産湯に入れられ血を洗い流されると、おくるみに包まれてわたくしの前に差し出されます。

 後産も終わりましたので、わたくしはまじまじと産まれたての子供を見ますが、やはりくしゃくしゃの顔でぶちゃかわいいですわね。


「ニア! 無事か!?」

「ニア、大丈夫!?」


 そう言って、分娩室にトロレイヴ様とハレック様が駆け込んでいらっしゃいました。

 おそらくドミニエルに難産になっている事を聞いたのでございましょう。


「ええ、大丈夫ですわ。子供も無事に泣きましたし、見てくださいませ、ぶちゃ可愛いでしょう?」

「うん、かわいいね」

「そうだな、可愛い。女の子だそうだし、ニアに似るといいな」

「髪の毛はニアと同じ銀色みたいだね」

「やっとわたくしの遺伝子を感じられる子供が産まれましたわね」

「あれ? ニアってばもしかしてジェレールとシャメルが自分に似てない事、気にしてた?」

「それは、少しは」


 だって、本当にお二人にそっくりで、わたくしの遺伝子の欠片も見当たらないんですもの、仕方がありませんでしょう?


「ニアが産んだ子供なんだし、気にすることないのに」

「そうだぞ」

「それはそうなのですけれどもね」


 まあ、お二人に似すぎているおかげで、わたくしが知らなかった時代のお二人を見ているようで、写真を撮る手もはかどっているのですけれども、少しはわたくしの遺伝子を感じてもいいと思いますのよ?

 その点、今産まれました子供は、少なくとも髪の毛の色はわたくしに似ているようでございますので、あとは目が開きましたら何色になっているのか楽しみでございますわね。

 ただ、ジェレールとシャメルほど泣き声が大きくないのが気になるところでございますので、後ほど典医に診ていただくことにいたしましょう。


「若奥様、スープなどお召し上がりになりますか?」

「ええ、頂きますわ」


 そうして用意されたのは、具沢山のコンソメスープでございました。

 優しい味でほっと致しますわね、やはり我が家のシェフの腕は一流でございますわね。


「それにしても、ドミニエルからニアの身が危ないかもしれないと聞いた時は肝が冷えたぞ」

「うん、血の気が引いちゃったよね」

「まあ、ドミニエルったらそのようなことを申しましたの?」

「申し訳ありません、流石に産婆が腹の上に載ってまで出産すると言うのは、三人子がいる私でも初めて聞きましたので、万が一という事を考えまして、お二人にお伝えいたしました」

「ああ、責めているわけではございませんのよ。確かに、状況だけを見れば危うい出産だったかもしれませんもの」


 本当に、産婆がお腹の上に乗って来た時は何事かと思いましたわ。

 それに、産まれた子供も中々泣きませんでしたし、泣いたと思ったら弱々しい声ですし、もしかしたら産まれてきた子は体が弱いのかもしれませんわね。

 その後、呼び寄せた典医に子供を見ていただきましたが、先天的な病気は今のところ不明だとのことですが、体が小さい事と、泣き声が弱々しいことから、やはり少し病弱なのかもしれないと言われてしまいました。

 もし本当に病弱だとしたら、コレットには大変な苦労を掛けてしまうかもしれませんわね、あの子も責任感が強いですから。


「リリアーヌ、スープのお代わりを頂けるかしら?」

「かしこまりました」


 わたくしは早速ベビールームに連れていかれる子供の背中を見送りながら、カップに注がれたコンソメスープを一口食べました。



 出産して一ヶ月、やはり産まれてきた子供、病弱の様で、少しの事ですぐ熱が出てしまい、よく典医にお世話になっております。

 名前はカロリーヌ=ドルミート=エヴリアルに決まりました。

 目の色はわたくしと同じ冷たいサファイアのような青い瞳でございまして、トロレイヴ様とハレック様の遺伝子を感じることが出来ないほどわたくしに似ていると、トロレイヴ様とハレック様が仰っております。

 今回は、前回の反省を生かして、わたくしが受胎してすぐに神様が夢に呼び出して妊娠してくれたことを教えて下さったので、色々と対処が早く出来たのがよかったですわね。

 わたくしは産後の体力も戻りましたので、ストレッチや散歩を再開致しました。

 今回はよく母乳も出ますので、積極的にカロリーヌに授乳しております。

 けれども、あまりお乳を飲んでくれないのが心配なところですわね、典医には今の所、よく熱を出す以外に問題はないと言われていますが、そのよく熱を出すこと自体が心配の種ですわ。

 出産して一か月経ちましたので、女公爵としての業務や、女主人としての仕事も徐々に再開し始めております。

 あと二ヶ月でお父様とお母様は引退して領地に行ってしまいますので、早めにカンを取り戻さないといけませんわよね。

 まあ、そんな事もございますが、わたくしの日常はつつがなく過ぎて行っております。

 心配していた、ジェレールとシャメルの第二イヤイヤ期ですが、妹が出来たことにより責任感が出来たのか、さほど騒ぐこともなく、二人ともお付きのメイドと侍従の言う事をよく聞いているようでございます。

 本当によかったですわ、子供ながらに責任感を持つって大事ですのね。

 アンジット様の所のように、幼児退行してしまったらどうしようかと思いましたが、今のところその様子も見受けられません。

 本当に、平和な日々過ぎて怖いぐらいですわね。

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