030 家族サービス
「え! アルエノ様が自害なさった!?」
王宮に急に呼ばれたかと思いましたら、すぐさま謁見室に案内されて、宰相からアルエノ様が食事用のナイフで自害をしたことを聞かされ、混乱しております。
「アルエノはずっと反省せずに、むしろグリニャック様を憎んでいた節がございました。自害に至った動機も、グリニャック様が人の死を嫌っているとどこかからか聞きつけて、当てつけのように自害したと、報告を受けております」
「そんな……」
正直、ショックですわ。
生きていれば更生のチャンスだってございましたのに、死んでしまっては元も子もないではないですか。
「今回の息子の死を機に、宰相の任を辞しまして、領地に籠ろうかと思っております。出来れば、グリニャック様に宰相を継いでほしかったのですが、断固拒否されてしまいましたからな、諦めて王妃様の弟君を後釜に据えることにいたしました」
「あら、テオドニ様ではなく?」
「テオドニでは私の進めている政策について来れないからな」
「そうですか」
「とにかく、グリニャック様には、アルエノの死を急ぎ報告せねばと思いお呼びいたした所存でございます」
「そうですか……」
死んでなにになると言うのでしょうね。
「グリニャック、用件は以上だが、グリニャックから何か要件はあるか?」
「いえ、ございません」
「そうか、では急に呼び出してすまなかったな。帰ってよいぞ」
「はい……」
ショックですわ、なにも死ななくてもよろしいではないですか。
わたくしへの当てつけに死んでしまうなんて、そこまで恨まれていたのですわね、わたくし、何かしてしまいましたでしょうか?
ショックを受けたままわたくしは屋敷に帰ることにいたしました。
ショックは家族の愛情で癒されるのが一番ですわよね。
「おかーたま、こっち!」
「おかーたま、いこっ」
「わかりましたわ、あまり引っ張らないで下さいませ」
帰宅したわたくしは昼食を兼ねて今はジェレールとシャメルと一緒に中庭を散歩しております。
本日はあいにくの曇り空ですが、そのような事に関係なく気温は高いですので、子供達には適度に水分補給をさせなければいけませんわね、もちろんわたくしもですけれども。
「おかーたま、みて」
「はい、なんでしょっ!……と、トカゲでしょうか?」
「おかーたま、あたちのもみて!」
「なんですか? ……蜘蛛ですわね」
幼いからでしょうけれども、よく素手で掴めますわね。
わたくしはちょっと遠慮したいですわ。
「あまり持っていては可哀そうですから、放してあげましょうね」
「「あーい」」
そう言って二人は持っていたトカゲと蜘蛛を地面にそっと置きました。
たちまちいなくなっていくトカゲと蜘蛛の姿を目で追いかける姿はかわいいのですが、出来れば見せてくれるのは花などがよかったですわね。
特にシャメル、貴女は女の子なのですから、もう少しおしとやかに……。
接している子供のうち、ジェレールを含めれば、四人が男の子ですし、やんちゃに育ってしまうものなのでしょうか?
「若奥様、昼食の準備が整いました」
「ありがとう、コレット。ジェレール、シャメル。昼食にいたしましょう」
「「あい」」
わたくし達は、ピクニックシートのような布の上に広げられた二つのバスケットを見ます。
本日の昼食は、中庭で頂けるようにシェフが特別に作って下さったのですわ。
ジェレールとシャメルは幼児食になりますので、わたくしとはまた別のバスケットに入っていたランチを頂きます。
幼児食と言っても、調理法や味付けこそ違いますが、見た目は同じサンドイッチに見えるようにシェフが工夫しておりますので、私のものを食べたいというようなことが無くて助かりますわね。
それぞれ、アリアナとリリアーヌの膝の上に座って、幼児食を食べる姿も可愛らしくて、もちろん写真機で写真に収めました。
以前はバターを塗ってそこにレタスやハム、卵などを入れたサンドイッチが我が家での主流でしたが、わたくしがマヨネーズを食べたくなってしまい、マヨネーズを作ったところ、シェフが大層気に入りまして、今では色々な料理に使っているようです。
もちろん、今回のサンドイッチにも使われておりますわね。
やはりマヨネーズがあると無いとではサンドイッチの味も変わってまいりますわね。
ジェレールはキュウリが好きなようでして、よく生のキュウリを輪切りにしたものを好んで食べると言う報告を聞きましたわ。
シャメルは今の所好き嫌いはないようですが、どちらかと言うとカボチャなどの甘い味付けの物を好んで食べる傾向があるようです。
「おいちーの」
「おいちーね」
「そうですわね、あとでシェフに感謝しておかなければなりませんわね」
「「ねー」」
まったく、可愛らしいですわね。
本日は二人とも機嫌がよく、イヤイヤを発動していないのが本当によかったですわ。
「ヤー! あたちがたべうの!」
「メー! ぼくがたべう!」
……短い平和な時間でしたわね。
どうやらアリアナとリリアーヌにサンドイッチを取って貰うのが嫌なようで、バスケットの中から自分でサンドイッチを取ろうと必死で手を伸ばしております。
アリアナとリリアーヌも心得たものなのか、バスケットを手元まで持ってくると二人に好きなサンドイッチを選ばせているようです。
この程度のイヤイヤで済んでよかったですわ。
引き続き楽しく昼食を頂いて、二人は満腹になったのか、少し眠そうですわね。
「二人とも、眠いのでしたらもう戻りましょうか?」
「「ヤ! おかーたまとまだあそうの」」
「まあ、そうですか? では何をして遊びましょうか?」
「かけっこ!」
「おままこと!」
「流石に二つ同時には無理ですわねえ……」
「うー、かけっこ!」
「ちあうもん、おままことらもん!」
そもそも、このシュミーズドレスとはいえ、子供に付き合ってかけっこをするのは少々淑女としてどうなのでしょうか?
「ジェレール坊ちゃま、かけっこは後でうちの息子達と致しましょうね」
「うー! おかーたまとかけっこ!」
「ジェレール、淑女はそう簡単に走ることが出来ませんのよ」
「てきないの?」
「ええ、出来ませんの」
そう言いますと、ジェレールはしょんぼりとして、拗ねたようにうずくまってしまいました。
「ジェレール、シャメルと一緒におままごとを致しましょう? ね?」
「ヤッ!」
困りましたわね。
「おにーたま。おにーたまはおとーたまやくれしゅ」
「おとーたま?」
「そうれしゅ」
「しょれ、かっこい?」
「おとーたまはかっこいいれす!」
「じゃあ、やりゅ」
「あたちはおかーたまのやくでち」
と、なりますとわたくしは何の役なのでしょうか?
なんて考えておりますと、ジェレールとシャメルは二人でおままごとを開始いたしました。
「若奥様、レモネードでもいかがですか?」
「ありがとう、頂きますわ」
わたくしはリリアーヌからレモネードを受け取って、一口飲みます。
すっきりとした甘さが喉を通っていって、爽やかな気分になりますわね。
おままごとも順調に進んでいるようですわ。
子供達って意外とよく親の事を見ている物なのですわね。
わたくし達は日中は仕事がございますので、あまり構えていないと思っているのですけれども、それでもちゃんと見ているのですわね。
「ラヴィ、レキュ、あいちてまちゅわ」
「ぼくもあいちてるよ、にゃー」
って! 何を見ていますの!?
ああ、止めに入りたいですけれども、これも成長過程だと思えば止めるわけにもいきませんわね。
聞いている方が恥ずかしくなってしまいますわ。
わたくしは赤くなりそうな顔を手にしている扇子で仰いでやり過ごします。
そうしていると、おままごとが終わったのか、二人がわたくしの方に駆けよってきました。
ああ、そんなに走っては転んでしまうのではないでしょうか?
わたくしの心配をよそに、二人は転ぶことなくわたくしのもとに辿り着きますと、ドレスのスカート部分に抱き着いて、顔を上げてきらきらとした目で見てきます。
……なんでしょうか?
「若奥様、今のおままごとの感想を求めていらっしゃるのですよ」
「ああ、なるほど。二人とも、良く出来ていましたわ、日ごろから周囲をよく観察しているのですね」
「「あい!」」
恥ずかしいのでわたくしとトロレイヴ様、ハレック様の日常を観察するのは止めていただきたいのですが、無理そうですわね。
まあ、仲の悪い夫婦を見せつけられるよりは余程ましなのでしょうけれども、こうやっておままごとのネタにされてしまうのは恥ずかしいですわね。
それにしても、最近は喋れる言葉も多くなってきましたし、日に日に成長を感じることが出来ますわね。
そう考えていますと、雲が晴れて来て日差しが差してくるようになりましたので、わたくしはコレットが差してくれる日傘の下に移動します。
ジェレールとシャメルもアリアナとリリアーヌが日傘をさしてその中に入れようとしていますが、二人は追いかけっこを楽しむがごとく、「キャッキャ」と言って走り回り始めました。
本当に元気ですわねえ。
シャメルなんて、難産だったのが嘘みたいですわ。
そんな事を考えているうちに、やっとアリアナとリリアーヌがジェレールとシャメルを捕まえまして、日傘の下に入れることが出来ました。
ジェレールはともかく、シャメルはこのままおてんばに育ってしまうのでしょうか?
まあ、まだ自我が出て来たばかりですし、五歳位になりましたらまたがらりと変わってしまうものだとも聞きますので、様子を見ましょうか。
「若奥様、そろそろお茶会の時間でございます」
「まあ、もうそんな時間ですの? では着替えを致しませんといけませんわね。ジェレール、シャメル。お部屋に戻りますわよ」
「「あーい」」
よいお返事ですわ。
わたくし達は屋敷に戻りますと、それぞれ部屋に戻りました。
本日はママ友達を集めてのお茶会になりまして、国王陛下の側妃様も参加なさいますのよ。
わたくしは涼しめの、けれどもしっかりとしたドレスに着替えまして、本日のお茶会の会場になっております中庭に赴きました。
あ、先ほどまで遊んでいた中庭とはまた別の中庭になりますわよ。
晴れてまいりましたし、大き目のパラソルを各テーブルに用意させないといけませんわね。
わたくしはメイド長に指示を出しまして、中庭に着きますと、会場が準備されていく様子を観察いたします。
今働いている使用人の中には、お父様の引退に伴い領地に一緒に行くものも居りますので、新規の使用人を教育している最中でもございますの。
会場が整ったことを確認していると、最初のお客様がいらっしゃいましたので、わたくしは歓迎の挨拶を致しました。
そんな感じで挨拶が終わり、招待なさった方が揃いましたら、改めてお茶会の開催の挨拶を致しまして、お茶会を開始いたします。
「はあ」
「まあ、側妃様。ため息などついてどうなさいましたの?」
「それが、わたくしの娘が事あるごとに嫌だ嫌だと申しまして、このままではわがままに育ってしまうのではないかと、今から心配でたまりませんの。ブライシー王国からの婚約の打診もございますでしょう? あと数年後にはあちらの王子がいらっしゃって、姫達と顔合わせをするのですが、それまでに今の状況が収まってくれているといいのですが、今のままでは不安で仕方がございませんの」
「まあ、側妃様。それは我が家でも起きておりますわよ。特にわたくしは二人目を産んだばかりでございましょう? 上の子が幼児退行と申しますか、わたくしに構って欲しいと大泣きする毎日なのですわ」
「アンジット様も苦労なさっておいでなのですね」
「ええ、苦労して産んだ子供達ですのでどちらもかわいいのですが、乳母に任せているとはいえ、毎日泣かれては身が持ちませんわ」
「我が家でも子供達がイヤイヤ時期を迎えておりまして、自分でやろうとしてうまく出来ずに泣き出すことはよくありますわ。側妃様のお子様もそうなのではないでしょうか?」
「そうですか? だとよろしいのですが、本当に、わがままに育ってしまっては嫁の貰い手も少なくなってしまうでしょうに、本当に今から不安で仕方がありませんわ」
「あまり心配し過ぎると、側妃様が倒れてしまいますわよ」
「そうですわね。国王陛下にも最近痩せたのではないかと心配されてしまいましたのよ」
「まあ、そうなのですか」
確かに、以前お茶会にお誘いした時より幾分細くなった感じがいたしますわね。
それにしても、同年代の子供を産んだ母親を集めてのお茶会だからか、子供の話題が尽きませんわね。
そして、皆様イヤイヤ時期に困っていらっしゃるご様子ですわ。
乳母を持たない下位貴族や、平民はどうやってやり過ごしているのか不思議で仕方がありませんわね。
三歳を過ぎて、乳母の手を離れるころには本当に落ち着いてもらえると良いのですけれども、個人差もあると言いますし、難しい問題ですわね。
特に側妃様に関しては、ブライシー王国との婚姻も関係してきますし、余計にピリピリしているのではないでしょうか?
今から淑女教育を進めても、理解できるとも思えませんものね。
少なくとも三歳を過ぎて乳母の手を離れたあたりから始めませんと……。
「わたくし、子育てというものがこんなに大変だとは思いませんでしたわ。乳母がいなかったらノイローゼになっていたのではないでしょうか?」
「その気持ち、わかりますわ。特に夜泣き、わたくしは別室で寝ておりますので報告を受けるだけですが、真夜中に起こされるなど、たまったものではございませんわね」
「夜の番をしてくれている使用人には毎回お世話をかけておりますわ」
「そうですわね、けれども夜泣き自体は二歳ほどになったらおさまりますので、今しばらくの辛抱ですわよ」
「そういうものなのですか。育児については学びましたが、やはり書物などで習うものと、実際に経験するものとでは違いますわよね」
「まったくですわね。そういえばグリニャック様は三人目をお産みになる予定はございますの?」
「どうでしょう? 天からの授かりものですし」
「けれども、もし三人目を産むのでしたら、エヴリアル公爵夫妻がいらっしゃるうちの方がよろしいのではありませんか? 色々とフォローもしていただけるでしょう?」
「そうですわねえ」
そういえば、今月の生理、まだ来ていませんわね。
もしかして妊娠? いえ、まだその判断をするには早すぎますわね。
ああ、この世界にはどうして妊娠検査薬のような物がないのでしょうか?
たしか、ホルモンを感知して妊娠しているかどうかと判断するものでしたわよね、そうなりますと流石にティスタン様の専門分野外でしょうか?
まあ、駄目もとで典医と協力して開発していただくと言うのもありですわよね。
確か、典医になったゲームの攻略対象が、街で開業しているはずですし、呼び出して共同開発をお願いするのも良いかもしれませんわ。
「我が家の旦那様は育児にまったく興味がございませんのよ」
「私の家は、逆に構いすぎて、乳母に怒られておりますね」
「グリニャック様のお宅は如何です?」
「そうですわね、トロレイヴ様もハレック様も出来る限り育児に参加してくださっておりますわね。仕事でほとんど構うことは出来ませんけれども、時間が合えば面倒を見て下さっておりますわ」
「まあ、羨ましい。わたくしの旦那様にも見習っていただきたいものですわ」
「まあ、人には向き不向きというものもございますので、何とも言えませんわね。国王陛下はどうなのですか?」
「そうですわね、お忙しい時間を割いてたまにお顔をお出しになっているようですわ。ただ、本当に稀ですので、まだ父親として認識していないのではないでしょうか?」
「あら、そうなのですか」
まあ、国王陛下は今内政改革でお忙しいですものねえ、お子様に会いに行かれる時間も少なくて当然でしょうね。
そんな感じに話しをしていると、お茶会が終わる時間になってしまいましたので、まだまだ話は尽きないと言った感じの皆様をお見送りいたしました。
わたくしは再びシュミーズドレスに着替えますと、ジェレールとシャメルの居るベビールームに参ります。
入るとそこにはベッドの上ですやすやと眠っている二人がおりましたので、バッチリと写真に収めました。
「今日はお二人ともとても楽しんでいたようで、部屋に戻ってお着替えの途中から眠ってしまわれたのですよ」
「まあ、そうなのですか」
「それにしても若奥様、お体を休めなくて大丈夫なのですか? 午前中は執務に追われ、昼食の時間はお子様方と過ごし、午後にはお茶会を開いたり、逆にお茶会にお出かけになったりなさっておりますけれども」
「ええ、大丈夫ですわよ。そういえば、三人目を産む予定はないのかと聞かれましたわ」
「三人目ですか、確かに旦那様方いらっしゃるうちにお産みになったほうが良いかとは思いますが、あまり急いで産まなくともよろしいのではございませんか?」
「そうですわよねえ」
「それはなによりでございますが、何よりも、若奥様のお体が心配でございますね」
「大丈夫ですわよ、リリアーヌ」
「でしたらよろしいのですが、本当にくれぐれも無理はなさらないで下さいませね」
「ええ、わかっておりますわ」
リリアーヌは心配性ですわね。
「「あー」」
話しているうちにジェレールとシャメルが起きたようですわね。
わたくしはトロレイヴ様とハレック様がお帰りになるまで、そのまま二人と室内で遊ぶこととなりました。
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