029 判明した前世

【プリエマ視点】


 ウォレイブ様と結婚して三年近く経つのに、私には妊娠の兆候がない。

 しかもイザベルタ様が産んだのは男児で、ウォレイブ様の長男になってしまったわ、こんなの夢と全く違うじゃない。

 どんなに礼拝堂で神様に祈っても、効果は全くないみたいだし、どうしろって言うのよ!

 そんな事を考えているある日、離宮に典医が呼ばれた。

 嫌な予感がして話を聞くと、エルヴィヒ様とケーリーネ様の生理が先月から止まっているらしく、妊娠していないか診てもらう為に呼んだみたい。

 あの二人にまで先を越されるなんて冗談じゃないわ!

 子供の出来ない私の事をいつも馬鹿にしてきて、長男を産んだイザベルタ様を以前とは違って褒めそやすし、これで二人が本当に妊娠していたら、私の立場がないじゃない!

 ああもうっ! どうして私がこんな思いをしなくちゃいけないの?

 そう考えながら離宮の廊下をうろうろしていると、典医の診察を終えたエルヴィヒ様とケーリーネ様が一緒に楽しげに話しながら近づいて来た。


「あら、プリエマ様。ご機嫌よう」

「ご機嫌よう、プリエマ様」

「ご機嫌よう、エルヴィヒ様、ケーリーネ様。先ほど典医がいらして妊娠しているか診ていただいたそうですが、如何でしたか?」

「恐らく妊娠しているのではないかという事でしたわ。わたくし共二人とも、まだ確証は得られておりませんので、今はとにかく安静にするようにと言われましたの」

「そうですか。妊娠しているといいですわね」


 正妃として、淑女として、私は顔に笑顔の仮面を張り付けてそう言うしかなかった。


「そう言えば、この後グリニャック様がいらしてしまい水入らずでお茶会をなさるのですってね」

「ええ」

「仲のよろしい姉妹で羨ましいですわ」

「本当に」


 普段ならなんてことないこんな会話も嫌味に聞こえてくるから不思議ね。


「先日は王妃様のお茶会にも呼ばれたんでしょう? プリエマ様は聖女でいらっしゃるから、各所に引っ張りだこですわね」

「そうですわね。離宮の些事は私共に任せていただいて構いませんのよ」

「お心遣いありがとうございます」


 冗談じゃないわ! この離宮の女主人はこの私なのよ!


「では、私はそろそろお姉様がいらっしゃる時間ですので失礼しますね」

「「ええ、楽しんでいらしてくださいね」」


 揃って言うと、エルヴィヒ様とケーリーネ様はまた何か楽しそうに話しながら、私の傍から離れていった。

 私は手にしていた扇子をギリギリと握りしめてこみ上げてくる怒りを何とかやり過ごすと、お姉様とお茶会の約束をしているサロンに足を向けた。

 サロンでしばらくボーッとしていると、お姉様が来たことを知らされて、私は笑顔の仮面を付けると、お姉様をサロンに迎え入れた。


「今日はいらしてくれてありがとうございます、お姉様」

「ご招待ありがとう、プリエマ。……何かありましたの? 顔が曇っておりますわよ?」

「え……」


 おかしいわね、いつも通りちゃんと笑顔を作っているはずなのに。


「わたくしで良ければ話を聞きますわよ?」

「……」


 話しても平気? 失望されない? 馬鹿にされない?

 私はじっとお姉様の顔を見れば、心配そうな瞳を私に向けて来てくれているし、その瞳の奥には温かい温もりが宿っているのを感じる。


「クレマリー、人払いをして頂だい。それに、貴女も呼ぶまでサロンから出て行って」

「かしこまりました」


 クレマリーが出ていくのを確認して、私はお姉様にソファーに座るように言って、用意されていたピッチャーからグラスに果実水を注ぐと、お姉様の前に差し出して、自分の分も用意した。


「それで、なにかありましたの?」

「エルヴィヒ様とケーリーネ様が妊娠したかもしれないらしくて……」

「まあ、そうなのですか。それで、プリエマはプレッシャーを感じている、という所でしょうか?」

「はい。神様にもたくさん祈りました。危険日にもセックスを欠かしたことはありません。なのに私、全く妊娠の兆候がないんです」

「そうですわねえ、わたくしも双子を産んでから妊娠の兆候はありませんし、プリエマも焦ることは無いとは思いますが、側妃様方に先を越されるのは正妃としてやはりプライドが許しませんか?」

「はい」

「そうですか。我が国を守護なさっている神様は安産の神様ではございませんので、神様に祈っても子供を授けてくれるとは思えませんわね」

「では、どうしろと? この世界には不妊治療なんてないんですよ」

「レーベン王国の守護神は安産の神様だと聞きましたが、レーベン王国から子宝の護符でも取り寄せてみますか?」

「そんな事で妊娠できるんですか?」

「この国の守護神に願うよりはましかと思いますわ」

「隣国とはいえ、護符なんてそう簡単に手に入る物ですか?」

「レーベン王国の第一王子をお産みになった側妃のルトラウト様とは個人的に親しくしておりますので、ルトラウト様にお願いをすれば護符を送って下さるでしょう」

「でも、結局は神頼みなんですよね。確実に妊娠できる方法が欲しいんです」

「そうですか」


 お姉様は困ったように眉を下げると、果実水を一口飲んで、私をじっと見つめて来る。


「生憎、妊娠については専門外というか、調べたことが無いのでわかりませんが、ストレスをためすぎてホルモンバランスが崩れているのも、不妊の原因かもしれませんわよ?」

「じゃあ、どうすればいいっていうんですか」

「えっと、確かビタミンEを多く含む食品を食べるといいと聞いた気がいたしますわね」

「ビタミンE……。サプリメントもないこの世界でどうやったら摂取出来ますか?」

「ビタミンEが豊富に含まれている食材は、アボカド、春菊、かぼちゃ、ほうれん草、ニラなんかですわね」

「う……苦手なものが多いですね」

「その他ですと、サンマやイワシ、ウナギ、アーモンドや落花生、それとなんでしたかしら、金目鯛でしたかしらね」

「金目鯛は好きですわ!」

「まあ、とはいえ、ビタミンEばかりを取ればいいというものではないでしょうし、バランスのいい食事を心がけて、なるべくストレスをためないようにするのが一番なのではないでしょうか?」


 確かに、私は好きなものを食べたい派だから偏食気味だけど、それが原因?


「お姉様、私今後は食生活にも気を配ろうと思います」

「それが良いと思いますわ」

「お姉様は三人目を産みたいとは思わないんですか?」

「そうですわね、出来れば欲しいですが、今のところ妊娠の兆候はございませんし、天の授かりものだと思っておりますわ」

「そうですか」


 旦那様が二人いても、三人目がなかなか出来ないんだし、私だって偶々できないだけかもしれないわよね。



【グリニャック視点】


 プリエマの悩みを解決して差し上げたいですが、子宝に関してばかりは、どうしようもありませんわよねえ。

 前世でもそう言った物に関しては学びませんでしたし……。

 一応ルトラウト様には子宝祈願の護符を送っていただくようお願いはしておきましょうか。

 それにしても、確かに結婚してから約三年経ちますのに子供が産まれないと言うのは、悩ましいことかもしれませんわね。

 前世では、夫婦仲が良すぎても中々子供が産まれないと言う話も聞きましたが、そのパターンでしょうか?

 うーん、難しいですわね。

 そう考えていると、プリエマがポロポロと泣き出してしまいました。


「プリエマ!? どうかしましたの?」

「どうしてこんな、私、もっと幸せな未来が待ってるって、そう信じてウォレイブ様ルートを選んだのに、ぐすっ、どうしてこんな」

「プリエマ。貴女、ウォレイブ様をきちんと見ていますか?」

「え?」

「シナリオとか、ゲームとか、ルートとか、幸せになれそうだとかという理由ではなく、ウォレイブ様個人をちゃんと見て接しているのですか?」

「それはっ……」

「プリエマ、この世界は現実です。ゲームのキャラクターのように、思い通りに動いてくれるわけではありません。ましてやゲームの終わった世界がどうなるかなど、わかるはずもないでしょう? いくらゲームで幸せに暮らしましたとあっても、現実はそうあまくはありませんのよ? セルジルでそれに気が付いたのではありませんか?」

「だって……、だって……」

「プリエマ、『オラドの秘密』はもう終わったのです。現実をちゃんと見なさいまし」

「……お姉様も、やっぱり転生者なんですね」

「ええ、ずっと隠していましたけれどもね」

「どうして隠していたんですか?」

「この世界がいくらゲームの舞台に似ているからとはいえ、現実だからですわよ」

「私、前世ではこのゲームをしている最中に、事故に遭って死んじゃって、気が付いたら五歳のヒロインになってて、だから、シナリオ通りにすれば、幸せになれるって信じていて、ずっとそうやって生きてきました」

「そうですわね」

「でも、それだけじゃ駄目だって、淑女として立派に過ごさなくちゃいけないってキャメリア様を見て思って、ちゃんと淑女らしく過ごしてきたのに、結局こんな結末で」

「ええ」

「私、ヒロインなのに上手くいかない事ばっかりで、もうどうしたらいいのか」

「そうですわねえ、まずそのヒロインという考えを捨てるべきかもしれませんわね。ゲームのシナリオとはもうかけ離れているのですもの」

「それは、そうですけど……、私はゲームのシナリオ通りに聖女になったし、ウォレイブ様とも結婚できたし……」

「そうですわね。けれどもそれ以外は全てシナリオが狂っているのではありませんか?」

「……そう、ですね」

「ねえ、プリエマ。わたくしの前世の知人がこう言っておりましたの。ゲームの世界ならいつでもリセットできるのに、現実世界じゃリセットできないクソゲーだ、って。この世界にリセットボタンはありませんのよ」

「……その言葉、私も前世で良く言ってました。前世のネットでの知り合いだった子が、リセットボタンがあったら、産まれた時からやり直して、健康な体を手に入れたいって言ってました」

「あら、偶然ですわね、わたくしもそう言っておりましたわ」

「偶然ですね。私、その子の話を聞いてて優越感に浸ってたんです。だって、私は普通の体で生まれて、普通に健康で、普通に日々を過ごせてたけど、その子は大学病院の敷地から出ることが出来ないぐらい病弱だったから、それに比べたら、退屈な人生だってましだって」

「……そう、ですか」

「でも、結局そのニアさんより私の方が先に事故で死んじゃったんですから、自業自得ですよね」

「……ニアですか」

「はい、トロレイヴ様達がお姉様に付けた愛称と同じですね。すごい偶然」

「そうですわねえ。前世でわたくしが使っていたハンドルネームでもありますわね」

「え?」

「ふふ、前世で大学病院の敷地から出た事の無い病弱な腐女子のニア、それが前世でのわたくしですわ」

「え? ニア、さん?」

「プリエマ、貴女の前世のハンドルネームは?」

「エマ、エマです!」

「そう、貴女がエマさんでしたの。急にチャットにいらっしゃらなくなったから心配しておりましたのよ。まあ、わたくしもそれから間もなく死んでしまいましたけれども」


 ルトラウト様に続き、こんな身近に前世の知り合いがいるとは思いませんでしたわ。

 探せばもっといるかもしれませんわねえ。

 まあ、前世の記憶があるなんて、頭がおかしくなったと思われても仕方がありませんので、隠している人がほとんどでしょうから、こんな風に判明することもないでしょうけれども。


「そんな……ご、ごめんなさい」

「何を謝っておりますの?」

「前世で、私、ずっとニアさんの事を見下していました。病弱だっていうだけで、私の方がずっとましだって、そう思っていました」

「それは仕方のない事ではありませんか? 実際に前世のわたくしは病弱でしたし」

「でも! 病弱な人をそんな風に思うなんて、良くないって今ならわかります」

「そうですか。そう思えるのでしたら、それだけプリエマが成長している証ではありませんか?」

「そう、言ってくれるんですか?」

「ええ、だって、前世がどうであれ、今世の貴女はわたくしの可愛い妹のプリエマではありませんか」

「っ……ぐすっ」


 あらまあ、またプリエマが泣いてしまいましたわね。

 さて、どうしましょうか。

 その後、プリエマが泣き止むのを待っていると、プリエマはどこか吹っ切れたような顔をしていました。


「お姉様、私、ウォレイブ様とよく話してみようと思います」

「そうですか」

「ちゃんと、ウォレイブ様個人と向き合ってみます」

「それがいいですわね」

「それから、いままでごめんなさい。どこかでずっと上手くいかないのはお姉様がちゃんと悪役令嬢をしてくれないからだって思ってました」

「そうですか」


 思わず苦笑してしまいます。

 その後、何度も謝られてしまい、プリエマはまた泣きだしてしまいました。

 すっかり目をはらしたプリエマですが、お茶会が終わった時はどこかすっきりしたような顔をしておりました。


「私、初めてこの世界が現実だって思えたかもしれません」

「それは良かったですわ」

「ありがとうございます、お姉様」

「プリエマが自分で気が付いたことですわ。わたくしは何もしておりませんよ」

「お姉様が居なかったら、ずっと私はゲームのヒロイン気取りでした」

「そうでしたか」

「これからは、現実を見て生きていきます」

「それがいいですわね」


 そうしてお茶会が終わり、わたくしは屋敷に帰ることになりました。

 クレマリーが目をはらしたプリエマを見て驚いていたようですが、有能なメイドですし、すぐに目を冷やすものを準備してくれるでしょう。

 馬車に揺られて屋敷に帰りますと、屋敷の中が慌ただしくなっておりました。

 何事かとメイド長に尋ねましたら、またジェレールとシャメルがイヤイヤをしているらしく、服を着ては脱ぎ、着ては脱ぎ、しまいには服を放り出して裸でギャーギャー泣き出しているとのことです。

 ママ友達も言っておりましたが、この時期のイヤイヤは仕方がないこととはいえ、乳母であるアリアナとリリアーヌには面倒をかけてしまいますわね。

 ちなみに、アリアナとリリアーヌの子供の面倒は、アリアナの上の子供と、他のメイドが見ておりますのよ。

 わたくしは外出用のドレスのままベビールームに向かいました。

 ノックをして名乗りますと、中から扉が開けられました。


「リリアーヌ、アリアナ。ジェレールとシャメルがまたイヤイヤを発動しているのですって?」

「ええ、先ほどまで靴下を自分ではこうとなさっていたのですがうまくいかず、泣き出してしまわれましたのよ」

「シャメルお嬢様は洋服のリボンを結ぼうとしていたのですが、上手く結べずに洋服を脱いで裸になって床に転がって大泣きしてしまわれました」

「まあ……」


 まだ二歳前だから許されますけれども、乳母の手を離れるころになりましたら、このイヤイヤ時期も終わってもらわなくてはなりませんわね。

 けれども、三歳児でもイヤイヤ時期はあると聞きますし……困ったものですわね。

 ただ、三歳を過ぎましたら今のように甘やかすような養育は致しませんけれども……。

 二歳半ぐらいになりましたら、お付きのメイドと侍従を決めなくてはなりませんわね。

 ふう、子供の事だけでもやることがいっぱいですわ。

 わたくしは床で泣いているジェレールとシャメルの所まで歩いて行きますと、二人のお腹を撫でてあやします。


「大丈夫ですわよ、次は出来るようになりますわ。そもそも貴方方は公爵家の子供、自分でやらなくとも、お付きのメイドや侍従がしてくれますわよ」

「「ヤーーー!」」


 キーンと耳鳴りがしたような気がいたします。

 ステレオ効果でより一層そう感じたのかもしれませんわね。


「ほら、二人とも、そのままの恰好では風邪をひいてしまいますわよ。今は質の悪い熱病が流行っておりますの、苦しい思いはしたくはないでしょう? アリアナとリリアーヌに綺麗に洋服を着せてもらいましょうね?」

「「うーー」」


 不承不承と言った感じに二人は立ち上がりますと、それぞれリリアーヌとアリアナの元に歩いて行きました。

 二人がちゃんと着替えるのを見届けて、わたくしはほっと息を吐き出します。


「おかーま、あのね、ぼくおにいちゃんがほしいでしゅ」

「おかーま、わたくちはおねーちゃまがほしいでちゅ」

「それは流石に無理ですわね。それに、貴方方には乳兄姉が居りますでしょう? それで我慢なさいませ」

「「うーー」」


 ドミニエルの息子達は、たまにジェレールとシャメルの所にリリアーヌの娘を連れて遊びに来ているようです。

 まあ、母親恋しさもあるのでしょうけれども、遊び相手がいて助かりますわね。


「ではわたくしはお父様の執務室に行っておりますので、何かありましたら報告に来てくださいませ。メイド長、留守の間の事を聞きたいので執事長と一緒に来てください」

「かしこまりました、若奥様」


 はあ、本当に忙しいですわね。

 そう思ってベビールームを出ようとした時、丁度帰宅なさったトロレイヴ様とハレック様がやってきましたので、お守を交代いたしました。

 子育てに積極的に参加してくださる旦那様を持てて幸せですわ。

 特にトロレイヴ様は妹君がいらっしゃいますので、子供の反抗期は慣れていらっしゃるとのことですので、頼もしいですわね。

 わたくしは一度着替えるために私室に戻りまして、シュミーズドレスに着替えました。

 はあ、やはりシュミーズドレスは楽ですわね。

 お父様の執務室に到着いたしますと、すでにメイド長と執事長が揃っておりまして、わたくしは屋敷を留守にしていた間の事を聞き、今後の事について指示を出します。

 領地から上がって来た書類にも目を通さなければなりませんし、夕食までに終わらなかったら夕食後もしなければいけませんのよね。

 書類に目を通しておりますと、ドミニエルが執務室に入って来て、夕食の時間だと告げてくれました。

 なんとか、今日上がって来た書類に目を通すことが出来ましたわね。

 わたくしはドミニエルを連れて食堂に向かいますと、もう皆様お揃いで、わたくし待ちだったようでございます。


「お待たせして申し訳ございません」

「いや、時間通りだ。気にすることはない」

「然様でございますか?」


 わたくしが席に着きますと、食事が運び込まれてきます。

 本日はまずカボチャのクリームスープから頂きましょう。

 その後、わたくしはサーロインステーキを一口分切り取ると口に運びました。

 フォンドヴォーソースも美味しいのですが、いい加減お味噌や醤油味が懐かしいですわね。

 大豆はこの国にもあるのですが、生憎製法をしりませんので、作ることが出来ないのですよね。

 味噌に関しては、大豆に塩と麹を混ぜたものだと聞いたことがありますが、分量や詳しい製法はわかりませんし、醤油に関してはまったくわからないのですよね。

 納豆の作り方なら、勉強したのでしっているのですけれども……。


「それにしてもイヤイヤ時期ですか、懐かしいですわね。グリニャックやプリエマもありましたわね。まあ、三歳のイヤイヤ時期はお付きのメイドと侍従がうまくあやして乗り越えましたけれども、この時期のイヤイヤは少し厄介なのですよね。まあ、自主性が出てきたと思って大きな心で接するしかございませんわね」

「そういうものなのですか」


 というか、全く覚えておりませんが、わたくしもイヤイヤ時期がございましたのね。

 黒歴史ですわ。

 そんな感じで夕食が終わり、わたくしは湯あみをするために私室に戻りました。

 私室に戻ると、コレットが湯あみの準備が出来るまで少しかかると言ってきましたので、ドミニエルにレモネードを用意していただきました。

 湯あみを終えると、いつものように一人で寝室に入り、ガウンを脱いでベッドに座りトロレイヴ様とハレック様が居らっしゃるのを待ちます。

 最近では以前のように翌朝立てなくなるという事もだいぶ減りましたわ。

 ええ、減っただけでなくなったわけではございません。

 そんな事を考えていると、寝室の扉がノックされ、トロレイヴ様とハレック様が入っていらっしゃいます。

 そうしていつものようにトロレイヴ様とハレック様がわたくしの唇にキスをしてきまして、ベッドに押し倒しました。



 翌朝、わたくしが起きますと両側にトロレイヴ様とハレック様が眠っていらっしゃいましたが、わたくしが起きた気配で、お二人とも起きたようです。


「「おはよう、ニア」」

「おはようございます、ラヴィ、レク」

「昨日のニアもかわいかったよ」

「ああ、いつまでもニアは初心さが抜けないな」

「毎朝言われなくてもよろしいですのに」


 わたくしは朝から顔が赤くなってしまいます。

 その時、扉がノックされました。


「若奥様方、お目覚めでしょうか?」

「ええ、起きておりますわ」

「でしたら、早めにご支度をお願い致します。ジェレール様とシャメル様が今朝は朝から不機嫌ですので、一度顔をお見せになってくださいませ」

「まあ、そうなのですか? わかりましたわ」


 わたくしとトロレイヴ様、ハレック様は顔を見合わせると、ごそごそとベッドから下りて寝着を着るとガウンを羽織って寝室を出ました。

 トロレイヴ様とハレック様はそのまま私室へとお戻りになってお着替えをなさいます。

 わたくしも着替えをするために衣裳部屋にまいりまして、ドレスに着替えます。


「それで、ジェレールとシャメルの機嫌が悪いとのことですが、具体的にはどのような感じなのですか?」

「それが、夢見が悪かったのか、朝から着替えるのが嫌だと仰って」

「まあ」


 それは困りましたわね。

 わたくしは着替えが終わりますと、朝食まで時間がございますので、ベビールームに向かいました。

 ベビールームには既にトロレイヴ様とハレック様が居らっしゃいまして、ジェレールとシャメルが自分で何とか服を着ようとしているのを見守っていらっしゃいました。

 ふう、何とかなりそうでよかったですわ。

 それにしても、こんな調子が三歳まで続くとなると、リリアーヌとアリアナには負担をかけてしまいますわね。

 自分の子供もいると言いますのに……。

 まあ、乳母になったからには仕方がないのかもしれませんけれども、リリアーヌは乳母の仕事が終わってわたくし付きのメイドに戻りましたら、今度は男の子を生みたいと言っていましたわね。

 そんな事を考えている間に、リリアーヌとアリアナの手を借りて、ジェレールとシャメルの着替えが終わりましたので、わたくし達は食堂に向かいました。

 少し遅れてしまいましたわね。


「遅れて申し訳ありません」

「構いませんよ。ジェレールとシャメルがまたイヤイヤをしたのですってね」

「ええ、なんとか着替えをしてくれましたわ」

「自主性が芽生えてくると、どんどん大変になってきますわよ。五歳になる頃には落ち着きますけれどもね」

「そうなのですか、それまでの辛抱と言った感じなのですね」

「まあ、儂等は三歳が過ぎて乳母離れが終わったら領地に行くので、その頃には落ち着いていると良いな」

「そうですわね」


 本当に、心の底からそう思いますわ。

 朝食を食べ終わりますと、トロレイヴ様、ハレック様は馬車に乗り王宮に向かいました。

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