026 焦る心

【プリエマ視点】


 お姉様が双子の子供を出産した。

 私にはまだ懐妊の予兆もないのに、同じ双子なのに、どうしてこんなに違うのかしら?

 それに、ウォレイブ様の側妃になったイザベルタ様が、妊娠したわ。

 正妃の私よりも先に妊娠するとかありえないでしょ? 所詮侯爵令嬢だったとはいえ、庶子だってことなのかしら? 常識って物を弁えなさいよね。

 イザベルタ様が妊娠してからというもの、ウォレイブ様はイザベルタ様を大切に扱うようになって、私よりも優先する時があるぐらい。

 本当に面白くないわ。

 でも、正妃として、淑女として取り乱すわけにはいかないから、表面上は側妃の妊娠を喜んでいる正妃の仮面を被っているのよ。

 エルヴィヒ様やケーリーネ様には「流石聖女様ですわね」とか嫌味を言われるし、ストレスがたまりまくるっての!

 それなのにウォレイブ様ってば私のそんな状況に気が付いてくれないし、どういうこと?

 私はヒロインなのに、こんな扱い酷くない?


「プリエマ、グリニャック殿への出産祝いはもう決めたかい?」

「ええ、絹で出来たおくるみを届けようと思いますわ」

「それはいいね」


 ウォレイブ様、私にも早く子供を授けて下さいよ。

 側妃がいるから、毎日ってわけじゃないけど、危険日にもセックスしてるのに、なかなか子供が出来ないのよね。

 まったくどうしてなの?


「明日は出産祝いを持ってエヴリアル公爵家に行くんだったっけ。プリエマは本当に久しぶりの里帰りになるね」

「そうですわね。といっても、出産祝いを届けてすぐに帰ってきてしまいますけれども」

「泊って来てもいいんだよ? 久しぶりに家族の団欒を楽しむのもいいんじゃないかな?」

「いいえ、大丈夫ですわ」


 私がいない間に側妃に大きな顔をされたら困るもの。

 それに、私が居ない夜に側妃とセックスをして万が一側妃が妊娠でもしたら、やってられないわ!


「ウォレイブ様、私達も子供が欲しいですね」

「そうだね。でも子供は授かりものだと言うし、イザベルタが子供を産むのだから、その子を可愛がればいいんじゃないかな?」

「そう、ですわね」


 側妃の子供を可愛がるとか、ウォレイブ様ってば無神経!

 それにしても、まさか一番大人しいイザベルタ様が真っ先に妊娠するとは思わなかったわ。

 ウォレイブ様が夜に渡る回数も少なかったはずなのに、真っ先に妊娠するなんて、もしかして他の男を咥え込んだとか? 庶子なんだし、何をしてもおかしくはないわよね。

 ああもうっ。

 ヒロインである私はエンディング後は幸せに暮らせるはずなのに、こんなの予定外にもほどがあるわ。

 国王陛下の側妃様の一人も妊娠中だし、子供を妊娠してない私への視線が日に日に痛くなってくるように感じちゃうのよね。

 教会も、聖女の子供を一日も早くって期待してくるし、なんだっていうのよ!

 その日の夜、ウォレイブ様の渡りがあるから、私は目いっぱい色っぽい恰好をしてウォレイブ様を誘惑する。

 他の女なんか目に移らないぐらいに私に夢中にさせておかなくちゃ。

 イザベルタ様以外の側妃まで妊娠したら、私の立場がますます悪くなっちゃうじゃない。

 翌日、だるい体を我慢してお姉様の出産祝いに久しぶりにエヴリアル公爵家に行く。

 なんだか実家っていう感覚も薄れて来ちゃってるわね、それだけ長く帰ってきてないっていう事なんだけど。

 到着するとすぐに応接室に案内される。

 あ、セルジルってば白髪が生えて来てる、結婚したリリアーヌとの間に子供が産まれたっていう話だけど、セルジルももう年ね。

 昔は主従関係萌えと年の差萌えでセルジルを狙ってたけど、こう考えてみると、やっぱりウォレイブ様に狙いを変更してよかったって思えるわね。

 私よりも先に年を取っていくとか、平民だから、将来その世話をしなくちゃいけなくなるわけでしょ? 滅多に帰ってこない夫を待った挙句に、最後にはそんな夫の介護で人生がつぶれるとか、無いわよね。

 そんな事を考えながら応接室で出された紅茶を飲んでいると、応接室の扉が開き、お姉様が入って来た。


「久しぶりですわね、プリエマ」

「お久しぶりです、お姉様。これ、出産祝いです、気に入って貰えるといいんですけど」

「まあ、嬉しいですわ。ありがとう、プリエマ」


 お姉様は、幸せそうな笑みを浮かべて出産祝いの品物が入った箱を見ている。

 妊娠前と比べて少しふっくらしたけど、そんなに太ったって言うわけじゃないし、なによりも、今のお姉様、なんだかキラキラしてるわ。

 イザベルタ様も出産したらこんな風にキラキラするのかしら?


「子供達を見ていきますか?」

「そうですね、折角来たんだし見て行こうと思います」

「そう、さっき眠ったところだから静かにね」

「はい」


 お姉様に案内されてベビールームに行く。

 私とお姉様も三歳まで使っていた部屋なのよね、全然記憶にないけど。

 ベビールームに入ると、大き目のベビーベッドの中に、双子が眠っているのが見えたから、ベビーベッドの中をじっくり見る。

 ……産まれたてだからかもしれないけど、正直可愛いとは思えないわ。

 前世のテレビや写真で見た赤ちゃんはもっとかわいいのに、これから可愛くなっていくのかしら?

 そう考えてると、鼻に着く匂いが漂ってきた。


「あら、ウンチをしてしまったみたいね」

「そうみたいですね」


 すぐに乳母がおむつを替えて部屋の換気をするけど、思わずため息を吐きたくなっちゃう。

 子供は早く欲しいけど、こんな風に可愛くなるまで時間が掛かったり、臭くなったりするのは嫌ね。


「ぅ、あぎゃー」

「な、なんですか?」

「お腹が空いたのでしょうね」


 乳母がすぐにベビーベッドから子供を抱き起すと、お乳を与え始めた。

 うるさかったわね。

 子供の泣き声ってあんなに頭に響くものなの?

 お姉様、よく平気な顔でいられるわね。

 自分の子供だと、やっぱり違うものなのかしら?


「……私も早く子供が欲しいです」

「こればかりは授かりものですからね、焦ることはありませんわ」

「そうですけど、側妃のイザベルタ様が妊娠なさっているでしょう? なんだか肩身が狭くって」

「プリエマ……」

「なーんて、冗談ですよ」


 淑女として、たとえお姉様にでも弱みを見せるわけにはいかないものね。


「それにしても、手近で乳母があっさり見つかるなんて、お姉様はついてますね」

「そうですわね。これも神様の思し召しでしょう」

「そうですね」


 神様、なんで私には子供を与えてくれないんですか? お姉様よりも聖女である私に子供を授けてくれる方が先でしょう?

 そう考えながら子供の見学を終えて、お姉様と久しぶりにお話をして王宮の離宮に帰ると、ウォレイブ様の出迎えがなかった。

 今日は公務は入ってないはずだけど、執務室かしら?

 そう思いながらお姉様の所に行って疲れた精神を癒やすために花でも愛でようとして中庭に出る。

 しばらく歩いていると、小さな声と衣擦れの音が聞こえて来たからそっちの方に歩いて行くと、そこにはエルヴィヒ様とウォレイブ様が居て、エルヴィヒ様のドレスがたくし上げられていて、ウォレイブ様の腰がこすりつけられていた。


「っ!」


 私の不在中に、こんなところで!

 でも、私の正妃として、淑女としてのプライドが今この場で乗り込んでいくのを躊躇わせ、私は物音を立てないようにその場を立ち去るので精いっぱいだったわ。

 涙が浮かんできて、なんでこんな目に合うんだろうって思いながら中庭を彷徨い続ける。

 綺麗に咲き誇っている花も、今は私の心を癒してはくれないわ。

 むしろ全部むしり取ってしまいたい衝動に駆られて、花弁を鷲掴みにすると、そのまま花をむしり取ってしまった。

 何本もその作業を繰り返して、やっと心が落ち着いてきた私は、ボロボロになった花を見て乾いた笑いを浮かべると、何事もなかったような顔をして、中庭から離宮の中に入って行った。


「あら、プリエマ様。もうお戻りなのですか?」

「ケーリーネ様。ええ、今戻りましたわ」

「ウォレイブ様でしたら、エルヴィヒ様と中庭の散策に行かれましたよ?」

「っ……そうですか。私は着替えがありますので、失礼しますね」

「ええ」


 ケーリーネ様が馬鹿にしたように笑いかけてくる気がして、私は速足で部屋に入ると、クレマリーに言って早くドレスを着替えることにした。

 留守になんてするんじゃなかったわ。


「そういえば、お聞きになりましたか、プリエマ様」

「なに? アンセル」

「ブライシー王国でエドワルド様がクーデターに成功し王位についたではございませんか。国内の安定を計るために、国内外から側妃を募集しているそうですよ」

「そうなの」


 あの時、エドワルド様の手を取っていたら、今頃私は王妃様だったのよね。

 それに、エドワルド様は私と結婚したら側妃は持たないって言ってくれていたし、もしかしたら今よりも幸せな日々があったのかもしれない。

 そう考えながらしばらく過ごしていると、夕食の時間になって、私は食堂に向かう。

 そこには既にエルヴィヒ様達が座っていた。

 エルヴィヒ様のドレスはさっき見たものとは違っているわ、着替えたのね。


「プリエマ様、今日はご実家に帰られたと聞きましたわ。グリニャック様はお元気でいらっしゃいましたか?」

「ええ、母子ともに健康そうでしたわ」

「それはなによりですわね。イザベルタ様も無事にお子様を産むことが出来るとよろしいですわね」

「ええ、そうですわね」

「がんばりますわ」


 そこで沈黙が流れる。

 エルヴィヒ様が私を見て来て、なんだか自慢気に首筋にわざとらしく手を当てている。

 よく見てみれば赤い斑点、キスマークがついている。


「そういえば、先ほどウォレイブ様と中庭を散策していたのですけども、花壇の一角が荒らされておりましたのよ」

「まあ、どのようにですか?」

「せっかく咲いていた花がすべてむしり取られて地面に可愛そうにも投げ捨てられておりましたの」

「そんな、いったい誰がそんな事を……」

「さぁ? 誰でしょうねえ。けれども、そんな事をするなんてみっともない真似をする人がこの離宮にいるなんて、考えたくありませんわね、ねえ、プリエマ様」

「そう、ですわね」


 エルヴィヒ様、私がやったんだって見当をつけててわざと言ってきてるんだわ。

 重い空気のまま過ごしていると、さっき着ていた服とはまた別の服を着ているウォレイブ様が食堂に入って来て夕食が開始された。

 ウォレイブ様の手前、楽し気に話を盛り上げるけど、折角の食事も砂を噛んでいるようで味がしない。

 こんな生活を送るためにウォレイブ様ルートを選んだんじゃないのに、どうしてうまくいかないの? ねえ、神様、どうしてなの?

 表面上は楽しそうな夕食、その裏側は重い空気の夕食が終わって、私はそそくさと私室に戻ると、クレマリーに命じていつもよりも時間をかけてゆったりと湯あみを楽しむことにしたわ。

 今夜、ウォレイブ様はケーリーネ様の所にお渡りになる予定よね。

 もし、今夜のセックスで、ううん、さっきのエルヴィヒ様とのセックスでも、二人に子供が授かったらどうしよう。

 早く、早く子供を妊娠しなくっちゃ。

 それも、跡取りに成るような男の子を産まなくちゃいけないわ。

 ……イザベルタ様の子供がもし男の子だったらどうすればいいの?

 そう考えながら、寝室から中庭を見ると、こんな時間なのにもかかわらず、中庭で作業をしている人がいた。

 そこの場所は私が花壇を荒らした場所で、きっと後始末がまだ終わっていないのね。

 少し悪い事をしてしまったかしら。

 でも、あんなところであんなことをしていたウォレイブ様とエルヴィヒ様が悪いのよ。

 私の目を楽しませるために、わざわざ植えられた花は明日の朝にはきっと違う花が植えられていて、私の目をまた楽しませてくれるはずだわ。

 私はそう考えてベッドに入って目を閉じる。

 なかなか眠れなかったけど、何とか眠りについて、夢の世界に旅立った。



『プリエマ、よくやってくれた。健康な男の子だ!』

『流石はプリエマ様ですわ。私の子供は女の子ですし、プリエマ様のお子様がウォレイブ様の跡取りになりますね』

『ありがとう、皆様。これで我が大公家も安泰ですね』

『本当におめでとうございます、プリエマ様。わたくしも頑張りましたが、やはりプリエマ様には敵いませんでしたわね』

『エルヴィヒ様』

『玉のようなお子様で、羨ましいですわ』

『ケーリーヒ様』

『プリエマ、国王陛下が褒美を出してくれるそうだ。聖女の子供だし、教会も祝福をしてくれるそうだよ』

『ウォレイブ様、私、やりました』

『うん、よくやってくれたね、プリエマ』



 ふと、目が覚める。

 今のは夢? それとも予知夢?

 正夢にするために、早く子供を作らなくちゃ。

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