023 鼓動

 十二月になり、寒さも一段と厳しくなってまいりました。

 先月より、月の物が止まっておりまして、本日は典医を呼んで、妊娠しているかを確認していただくことになっております。

 トロレイヴ様とハレック様は本日診察するという事は知っておりますので、仕事を休んで付き添いたいなどと仰ってくださったのですが、もし妊娠していなかった場合申し訳がないので、いつものように仕事に行っていただきました。


「若奥様、典医殿がいらっしゃいました」

「わかりましたわ。寝室で診察を受けますので、寝室までご案内してください」

「かしこまりました。ご案内してまいりますので、若奥様は寝室にてお待ちください」

「ええ」


 わたくしはリリアーヌを連れて寝室に入り、ベッドに座って待機しております。

 しばらくして典医を連れてドミニエルが寝室にやって来ました。

 典医はわたくしにベッドに横になるように言うと、シュミーズドレスの上から軽く腹部を触ったり、ドレスをめくり、腹部の色の状態などを確認なさったり、シュミーズドレスの上から胸の張りを確認なさったりなさいました。


「グリニャック様、吐き気や食べ物の好みが変わったりした事はございますか?」

「そういえば、実際に吐くことはございませんけれども、食事前に吐き気をもよおしたりは致しますわね。それに、この時期は以前でしたらミルクティーやホットミルクをよく飲んでいたのですが、最近ではレモンティーやさっぱりした飲み物を飲む様になりましたわ。食べ物も、こってりしたものよりは、さっぱりしたものを好む様になりました」

「ふむ、まだはっきりとは言えませんが、妊娠なさっている可能性がございますね」

「まあ、そうなのですか?」


 妊娠ですか。まだ確定ではないとはいえ、本当に妊娠していたとしたら嬉しいですわね。


「とにかく体を冷やさないようになさることと、妊娠が確定するまで、そして妊娠していた場合、安定期に入るまでしばらくは性行為をなさらない様にしてください」

「わかりましたわ」


 わたくしは典医の言葉に頷きます。

 トロレイヴ様とハレック様にもお伝えしなければなりませんわね。

 夜の営みがどちらにせよしばらく行えないと言うのは、わたくしは構わないのですが、お二人はどう思うのでしょうか?

 前世で読んだ小説では、妻の妊娠中に浮気をする夫が多いと書いてありましたが、流石にトロレイヴ様とハレック様はそんなことございませんわよね?

 典医が帰った後、わたくしはリリアーヌにシュミーズドレスを整えてもらってから寝室を出て、部屋のソファーに座り、リリアーヌが淹れてくれたレモンティーを飲みました。

 ドミニエルは、今の結果をお父様とお母様に伝えるために部屋を出て行きました。


「妊娠しているかもしれないのですね。なんだか、不思議な気分ですわ」

「然様でございますね。私も妊娠したと知らされた時は不思議な感覚でございました」

「妊娠に関しては、リリアーヌの方が先輩になるのですわね」


 そう、リリアーヌは妊娠五か月目に入ったので、産休中にわたくし付きになる替わりのメイドに様々な事を申し伝えしている最中なのでございます。

 リリアーヌは元々生理が不順で、悪阻もなかったので、最初妊娠していたことに気が付かなかったのですが、数か月生理が止まり、お腹が少し出始めたころに典医に見てもらい、妊娠が判明したのです。

 あの時は驚きましたわね。

 ずっと傍に居てくれておりましたが、セルジルと結婚してすぐに妊娠したという計算になりますわ。

 結婚してからリリアーヌはセルジルと寝泊まりする部屋は同じになっておりまして、妊娠が判明してからというもの、セルジルは仕事が終わると甘やかしてくるとボヤいておりました。

 リリアーヌとセルジルのプライベートな関係に関しては全く想像できませんけれども、幸せそうで何よりですわ。


「若奥様、昼食までまだ時間がございますが、何か食べる物を持ってまいりましょうか?」

「コレット、確かに何も食べていないと多少吐き気がしますけれども、まだ大丈夫ですわよ」

「然様でございますか?」


 コレットはリリアーヌが産休を取る間にわたくし付きになるメイドでございます。

 今はリリアーヌとドミニエルから色々学んでいる最中でございますわね。

 お母様がわたくし付きに選んでくれただけあって、有能で気が利くメイドでございます。


「本当に妊娠なさっていたら、出産は八月の終わり頃になりますね」

「そうですわね。本当に妊娠していたら、乳母の準備をしなければなりませんわね。まあ、まだ気が早いですけれども。リリアーヌは乳母ではなく自分で育てるのでしょう?」

「はい、先輩メイドと同じように、出産後半年は産休を頂きますが、このお屋敷で過ごさせていただきますので、何かございましたら遠慮なくお申し付けください」

「育児に忙しいリリアーヌに仕事を言いつけたりは出来ませんわよ」


 わたくしは思わず苦笑してしまいます。

 リリアーヌは本当に仕事に真面目なのは良いのですが、真面目過ぎるのがこういった時には困りますわね。

 たまにはゆっくりと私事に専念してもらって構いませんのに。


「夫は妊娠している間くらいは王都にある持ち家に移り住めばいいと言っているのですが、一人きりで過ごすよりは、この屋敷で出産と育児をした方が余程ましでございます」

「そうですわね、セルジルは仕事もございますし、持ち家に帰ることはほとんどございませんものね。わたくしとしても、リリアーヌが安心して出産と育児が出来る環境にいてくれた方が安心ですわ」

「ありがとうございます。もし若奥様が本当に妊娠なさっておいででしたら、是非とも私が乳母を務めたいと思います」

「そうですわね、リリアーヌが乳母になってくれると心強いですわ」


 その時、丁度ドミニエルが戻ってまいりました。

 リリアーヌを乳母にするという話をしますと、それなら、とドミニエルが口を開きます。


「私の妻が丁度先々月に月の物が止まり、妊娠している可能性が高いので、上手くいけば私の妻も若奥様のお子様の乳母になれるでしょう」

「まあ、そうなのですか。ドミニエルの奥さんでしたら、子育てにも慣れておりますし、その場合安心できますわね」

「ええ、既に二人の子を育てておりますし、今までも母乳の出も良いので、次の子も問題ないかと思われます」


 ドミニエルのお嫁さんはこの屋敷で働いているメイドでございまして、現在はキッチンメイドの統括として働いておりますが、そうですか、また妊娠しているのですね。

 ドミニエルの二人のお子さんもこの屋敷に住んでおりまして、大き目の個室を与えられております。

 六歳と四歳の男の子のお子さんですのよ。

 将来の夢は、ドミニエルのような立派な侍従になることだそうですわ。

 今から将来が期待できそうですわね。

 わたくしは自分のお腹に手を添えてみますが、膨らんでもおりませんし、胎動を感じるにはまだ早いですし、確定で妊娠したわけではございませんので、本当に不思議な感じですわね。

 その時、私室の扉がノックされました。


「グリニャック、儂だ」

「お父様? どうぞお入りになってください」


 扉をドミニエルが開けると、そこにはお父様とお母様がいらっしゃいました。


「お父様、お母様、どうかなさったのですか?」

「何を言う! 妊娠しているのかもしれないのだろう? じっとしていられるわけなかろう!」

「そうですわよ。まだ確定ではないとはいえ、妊娠している可能性が高いとあっては、今後気を付けなければいけないことが沢山ございますのよ。まず、激しい運動は避けなければいけませんので、夜会に出てもダンスはお断りしなければなりません。それにアルコールも飲まない方がよいですわね。ああ、それと食べる物にも気を付けなければいけませんわ」

「直近では夜会に誘われては居りませんわね。今後も念のため夜会に参加するのは出来る限り控えるようにいたしますわ」

「それがいいだろう。ベレニエスの時もそうしていた。トロレイヴ君とハレック君に限って浮気をするということはないだろうが、そこの所の手綱はしっかりと握っておくのだぞ。騎士団に入っているのだし、グリニャックが妊娠しているという事を理由に、飲み会に誘われてその流れで娼館に連れ込まれる可能性もある」

「まあ……」

「旦那様も、祝いの飲み会だと言われてついて行って、娼館に連れ込まれかけた過去がございますのよ」

「そうなのですか」


 わたくしは思わずジト目でお父様を見てしまいます。


「あ、あれは友人に騙されたのだ。気が付いてすぐに引き返して屋敷に帰って来たではないか」

「ええ、ものすごく酔っぱらっていらっしゃいましたけれどもね」


 そんな事があったのですか。

 トロレイヴ様とハレック様にも気を付けていただくようお願いしないといけませんわね。

 最近、たまにですが騎士団の先輩の方に飲み会に誘われていると仰って、帰りが遅くなることもございますものね。


「とにかく、まだ確定していないとはいえ、体を今まで以上に大事にしなければいけませんよ。旦那様の公務の手伝いもしばらくはお休みですわね」

「まあ、大丈夫ですのに……」

「いえ、油断は禁物ですわよ。それにしても、グリニャックが本当に妊娠しているとしたら、我が家も安泰ですわね」

「そうだな、父上達はまだご健勝だが、グリニャックの子が乳母の手を離れたころに儂も引退して領地に行こうと考えている。まあ、今はまだお元気とはいえ、そろそろ父上達の面倒も見なくてはいけなくなるだろうしな」

「そうなのですか? 結婚式の時はお爺様もお婆様もお元気なご様子でしたけれども」

「そうは言っても、父上も母上ももうすぐ六十になるからな、この先何があるかわからん。儂もそろそろ引退時期という事だろう」

「然様でございますか」


 前世の日本は長寿大国でしたので実感が湧きませんが、この国の平均寿命は六十五歳前後ですものね、確かにそう考えますと、そろそろお父様も引退して領地に行く時期だと言えるのもかもしれませんわ。


「とにかく、妊娠しているにしろそうでないにしろ、しばらくは安静にしているのだぞ」

「わかりましたわ。大人しく淑女らしく刺繍やレース編みでもして過ごすことにいたしますわ」


 そればっかりしていては、すぐに飽きてしまいそうですけれども、安静に出来ていて、尚且つ暇つぶしになる物を考えなくてはいけませんわね。

 ……そうですわ、パズルというのはどうでしょうか? 前世でも暇つぶしにやったことがありますわ!

 もちろん、ゲームやアニメのキャラクターの絵のパズルですが、なかなか難しくて、手術前後のあまり動けない時期などの良い暇つぶしになりましたわよね。

 って、この国にはまだパズルはないのでしたわ。

 ティスタン様に頼めば開発してくださいますでしょうか? 駄目もとでお願いしてみるのもいいかもしれませんわね。

 ミルクパズルをまず作っていただき、そこに画家の方に水彩画で絵を描いていただいて、バラバラにして作り直す……うん、いいかもしれませんわ。

 カラー写真が出まわったら、画家の方の仕事が減るかもしれないという懸念を持たれている方もいらっしゃいましたし、新しい仕事を作るのは大事ですわよね。

 コピー技術はまだございませんので、パズルを作っても一点物になりますし、もしかしたら価値が出るかもしれませんわ。

 そうですわね、新事業として企画してみるのもいいかもしれませんわね。


「ティスタン様の手が空いた時に、顔を出してもらわないといけませんわね」

「あの錬金術師に何か用なのか?」

「ええ、開発していただきたいものを思いつきまして」

「そうか、そういえば、写真機というものはまだ量産できそうにないのか? あれも量産できれば、新事業になると思うのだが」

「まだカラーインクの開発が出来ておりませんので、量産はまだそのタイミングではないと思いますわ」

「随分時間がかかっているな、お前のお抱えの錬金術師は有能だと言うが、そんなにそのカラーインクの開発と言うのは難しいのか?」

「そうですわね……」


 モノクロ写真を撮る原理でしたらわたくしもネットで見て知ってはいるのですが、カラーにどうすればなるのかについてまでは知りませんので、ティスタン様に頑張っていただくしかないのですよね。


「まあいいだろう。グリニャックの個人的なお抱えの錬金術師だ。好きに使うといい」

「はい、お父様」

「では、儂等は一旦離れるが、くれぐれも体を大事にするのだぞ」

「わかりましたわ」


 お父様とお母様が部屋を出ていくのをソファーに座ったまま見送って、わたくしは一息つきます。

 本当に妊娠していたら初孫になりますものね、期待されていると言ったところでしょか?

 お父様とお母様が出て行ってからは、宣言通り、レース編みをすることにいたしましたので、コレットに準備をしてもらいます。

 専門職のお針子に頼んだほうが早いし、上手にできると言うのはわかっているのですけれども、暇つぶしですし、まあいいですわよね。

 レース編みをしていると、ドミニエルが昼食の時間だと言って来たので、レース編みの手を止めて、ソファーから立ち上がると、食堂に向かいました。

 食堂に着きますと、いつもの席に座り、お父様とお母様を待ちます。

 ほどなくしてお二人がいらっしゃいますと、昼食がどんどん運び込まれてきます。

 ……なんだか、栄養価の高そうな食事ですわね。


「お父様、なんだかいつもの昼食よりも栄養価が高そうですけれども?」

「ああ、もし妊娠していた場合の事を考えて、いまから栄養を蓄えておくべきだろうからな」

「そうですか。けれども、わたくしこってりした物よりも、最近はさっぱりした物が好みでございますので、出来ればさっぱりしたものを用意していただければと思うのですけれども……」

「そうか? お前がそう言うのであれば夕食からさっぱりしたものをメインにするようシェフに伝えさせよう」

「ありがとうございます」


 わたくしはお父様とお母様に、妊娠していたらどのような物を食べるべきかなどを聞きながら昼食を頂きました。

 昼食はいつもより量が多かったのですが、もちろん急に沢山は食べることが出来ませんので、用意された昼食の半分を残してしまうことになってしまいましたわ。

 シェフには申し訳ないのですが、いきなり沢山を頂くのは無理ですし、残った分は使用人達で食べて貰うことになりそうですわね。

 昼食が終わり、私室に戻ると、レース編みを再開致します。

 レース編みをしていますと、ドミニエルがそろそろトロレイヴ様とハレック様がお帰りになる時刻だと教えてくれましたので、待機部屋に移動いたしました。


「ねえ、リリアーヌ。もし妊娠していなかったら、トロレイヴ様とハレック様をがっかりさせてしまうかしら?」

「その時はその時ではございませんか。今からそのようなことを考えていて、ストレスを感じてしまう方が問題だと思いますよ」

「そう、かしら?」

「はい」

「そうなのですね。わかりましたわ、トロレイヴ様とハレック様には妊娠しているかもしれないので、しばらくは性行為についてはお休みしていただくようお願いいたしますわ」

「それがよろしいかと思います」

「でも、きっと三人で寝ることに変わりはないのでしょうね」

「そうでございますね。もしかして嫌なのですか?」

「そんな事はありませんわよ? ただ、男性の生理現象を我慢していただくのは、なんだか申し訳なくて」

「気になさらなくてもよろしいかと思います」

「そう?」

「はい。若旦那様とお部屋様はそう言った衝動を我慢できる方だと思いますので。それに、どうしても気になるのでしたら、色々と方法はございますよ?」

「……そ、そうね」


 そう言えば、閨の勉強では口で男性に奉仕すると言う事も習いましたわね、いざとなったらそれで我慢していただくしかございませんわよね。


「若奥様、若旦那様とお部屋様の乗った馬車が到着したようです」

「わかりましたわ」


 ドミニエルの言葉にわたくしは立ち上がると、玄関まで迎えに行きます。

 少し待っていると、玄関の扉を開けてトロレイヴ様とハレック様が帰っていらっしゃいました。


「「ただいま、ニア」」

「お帰りなさいませ、ラヴィ、レク」

「典医の診断はどうだった?」

「それが、妊娠しているかもしれないけれども、まだ確証は得られない状況とのことです。ですが、妊娠していると想定して、しばらくの間は性行為を控える様にとの事でした」

「そうなんだ、本当に赤ちゃんが出来ていたら嬉しいな」

「ああ、私達の初めての子供になるし、どちらが父親でもニアの子供だ、可愛い子供が生まれるに違いないだろう」


 お二人と話しながら廊下を歩いて行き、いつものようにわたくしの部屋の前で別れます。

 私室に入ると、先ほどのようにソファーに座り一息つきます。


「喜んでくださっているようで、よかったですわ」

「そうでございますね」

「本当に妊娠していると良いのだけれども」

「妊娠している女の勘ではございますが、若奥様はきちんと妊娠なさっていると思いますよ。ドミニエルはどう思います?」

「そうですね、妻が子供を妊娠した時も、悪阻もほとんどありませんでしたが、食べ物の嗜好には変化がありましたので、若奥様もそのパターンなのではないでしょうか?」

「そう? だといいのですけれども」


 わたくしはまだ平らな腹部に手を当てます。

 ここに赤ちゃんがいると思うと、不思議な気分ではございますが、わたくしのお腹に新しい命が宿っていてくれると嬉しいですわね。

 レース編みを再開する気も起きないまま、わたくしはお腹に手を当てて、どうか子供が宿っていますように、と願いました。

 そうしていると、夕食の時間になり、わたくしは食堂に向かいます。

 わたくし以外はすでに揃っておりまして、わたくしがいつもの席に座りますと、夕食が運ばれてきます。

 昼食時の反省を生かしているのか、さっぱりめのメニューで、量もいつも通りに戻っておりました。


「グリニャック、報告によりますと、空腹時に吐き気をもよおすのだそうですわね」

「そうですわね」

「あまり食べすぎるのも良くないとは思いますが、なるべく空腹にならない様に、部屋に軽食を常備しておくのが良いかもしれませんわね」

「吐き気をもよおすと申しましても、実際に吐くわけではございませんし、我慢できる程度ですので、大丈夫ですわよ?」

「そうですか? けれども、くれぐれも無理をしてはいけませんわよ」

「分かっておりますわ、お母様」


 さて、今日だけで、何度このような事を言われたのでしょうか?

 心配されているのはわかっておりますが、あまり心配されすぎてしまうのも困りものですわね。

 夕食を食べ終え、いつもよりもゆっくり湯あみを致しまして、寝着に着替えますと、いつものように一人で寝室に入り、ガウンを脱いでベッドに座って、トロレイヴ様とハレック様を待ちます。

 少ししてドアがノックされ、お二人がいらっしゃいましたので寝室に招き入れますと、お二人は着ていたガウンを脱いで、ベッドに座っている私の左右に座りました。

 トロレイヴ様とハレック様はそれぞれ手をわたくしのお腹にあてますと、どこか嬉しそうにわたくしを見てきます。


「本当に子供が出来ているといいね」

「そうですわね」

「エヴリアル公爵が、本当に子供が出来ていて、乳母の手を離れる年齢になったら、引退して領地に行くと言っていたな」

「わたくしも聞きましたわ。まったく、気が早いですわよね」

「仕方があるまい。確かに年齢を考えれば、引退を考えてもおかしくない時期だ」

「けれども、どちらにせよまだ先の話ですわ」

「まあ、そうなんだけどね。さて、今日はもう寝ちゃおうか」

「そうだな」


 お二人はそう言って体の位置を変えると、ベッドに横になりましたので、わたくしもベッドに仰向けになります。

 生理でもないのに何もない夜と言うのは初めての体験ですわね。

 そう思いながら目を閉じて、わたくしは夢の世界に旅立ちました。



『グリニャックよ、起きるがよい』

「あら、神様。お久しぶりでございます」

『うむ。此度呼んだのは他でもない、グリニャックの妊娠についてだ』

「神様が出ていらっしゃるという事は、わたくしは本当に妊娠しているという事でよろしいのですか?」

『うむ』

「そうですか」


 わたくしは自分のお腹に手を当てます。


『健やかな子を産むのだぞ』

「ええ、そうですわね。男児であれ女児であれ、わたくしにとっては初めての子供、大切に育てたいと思いますわ」

『うむ、男女の双子を産むことになるだろう』

「まあ、そうなのですか」

『父親はそれぞれトロレイヴとハレックだ』

「同時にお二人の子を産むことが出来るのですか?」

『ああ、可能だ』

「そうなのですか。どちらの子供であろうとも、可愛がるつもりでしたが、お二人の子供を産むことが出来るのですね」

『生憎、私は安産の神ではないので、加護を与えることが出来ぬが、グリニャックの子が無事に生まれるよう願っておるぞ』

「神様にもやはり種類がございますのね」

『うむ』

「さしずめ、神様は守護特化の神様なのでしょうか?」

『よくわかったな』

「それは、これだけ強力な守護結界を国中に張るアーティファクトをお作りになっているぐらいですので、そうなのではないかと思って当然でございましょう?」

『そうか』

「それにしても、神様なのですから、受胎した時点でわたくしに妊娠を伝えてくださっても良かったのではございませんか?」

『それは、グリニャックが自然と気付くのを待っておったのだ』

「それ、意味がありますの? もし気が付かないまま無理をして子が流れてしまったらどうしていましたの?」

『……グリニャックであれば、つつがなく子を育めると信じておる』


 さり気なく話題をすり替えましたわね!?


「せっかく宿った命ですし、もちろん大切にしたいと思いますわ」

『うむ。よき子を産むのだぞ』

「……今回の呼び出しは以上でしょうか?」

『ああ、グリニャックから聞きたいことはあるか?』

「いえ、特には」

『ではグリニャックよ、くれぐれも体を大事にするように』

「わかりましたわ」


 そう答えると、視界が霞がかっていき、意識がホワイトアウトいたしました。

 目が覚めると、わたくしはトロレイヴ様とハレック様にそれぞれ手を握られている状況でございまして、起き上がることが出来ません。

 カーテンの方を見ましても、まだ暗いようですし、このまま二度寝を致しましょうか。

 そう思って、わたくしは再び目を閉じて夢の中に旅立つのでした。

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