022 待ちに待ったお茶会

 九月の最後の日、わたくしはいよいよ十人ほどの腐女子・貴腐人の方々とのお茶会を開催することになりました。


「ああ、ティアナさん。夢にまで見た薔薇世界の同志の方とのお茶会ですわね」

「なるほど、こういった嗜好を薔薇世界と言うのですね。私はいままで男色嗜好と呼んでいました」

「それでは味気ないではありませんか。薔薇世界の方がなんとなく禁断の香りがいたしますでしょう?」

「確かにそうですね」


 わたくしは先に到着したティアナさんとそんな話をしながら、お客様がいらっしゃるのを待ちます。

 そうしていますと、どんどんとお客様がサロンに入っていらっしゃいます。


「ようこそお越しくださいました」

「本日はお誘いいただき嬉しいですわ。なんでも秘蔵の物を見せていただけるとか?」

「ええ! わたくしお抱えの錬金術師が開発いたしました写真機で撮影いたしました、写真というものを皆様に見て頂こうと思っておりますのよ」

「そうなのですね。わたくしも、麗しい殿方達を描いた絵画を持ってまいりましたのよ」

「それは楽しみですわ」


 そんな感じに全ての招待客が揃いますと、わたくしは改めて、本日集まってくれたことにお礼をして、今回のお茶会の趣旨、薔薇世界の話を堪能しようという事を告げます。

 同じ嗜好を持ったもの同士でございますので、話はすぐ盛り上がりました。


「まあ、グリニャック様。この写真というのはモノクロではございますが、素晴らしいですわね。絵画と違って、時間がかからないのでございましょう? 本当に素晴らしいですわ」

「ええ、本当に。このような物を開発出来る錬金術師を所有しているなんて、羨ましいですわ」

「この写真を撮る、写真機でしたかしら? 素晴らしい発明ですわね。私もぜひとも欲しいですわ」

「生憎、開発中ですので一台しかございませんの。カラーインクの開発に成功して、カラー写真を撮れるようになりましたら、量産したいと思っておりますのよ」

「それは完成が楽しみですわね」

「けれども、この写真というものが流通してしまいましては、画家の仕事が減ってしまうかもしれませんわね」

「あら、けれども絵画には絵画の素晴らしさがございますし、使い分け次第なのではございませんか?」

「それにしても、トロレイヴ様とハレック様は、本当に幼いころから距離が近くていらっしゃいますのね。幼い日の写真など、本当に可愛らしいですわ」

「そうでございましょう、日々成長していくお二人を見ているのはとても目の保養になりましたのよ」

「わかりますわ。このように美しい方々の距離が近いとなると、そう言った思考になってしまいますわよね」


 ああ、やはり同じ嗜好を持った方々とお話をするのは楽しいですわね。


「お持ちくださった絵画も素晴らしいですわね。特にこの膝の上に顔を乗せている絵なんて、思わず妄想で滾ってしまいそうになりますわ」

「わたくしの自慢の一品でございますのよ。わたくしの趣味は、男色、いえ、薔薇世界に住まう殿方を集めることなのですけれども、この二人はその中でも飛び切りの美青年なのですよ」

「ええ、本当に」


 絵画に描かれておりますのは、ゲームの攻略対象の方々でした。

 ともに男爵家次男の方々で、幼馴染と言う設定でございましたわね。

 幼馴染という設定だからか、前世でもよく見たカップリングでございました。


「本当に皆様素晴らしいコレクションをお持ちなのですね、こういう方々との語らいが出来るのを、長年心待ちにしておりましたの」

「こういった嗜好の持ち主を探すのは大変ですものね。私もティアナさんぐらいしかおりませんでしたのよ。今回グリニャック様にご招待いただき、こんなにも同志の方がいることに驚いてしまいましたわ」

「わたくしもティアナさんに教えていただきましたのよ。アナトマさんとヴィリアンさんが薔薇世界の方々でございましょう? お二人とも美しいですし、惹かれ合ったのも運命なのでしょうね」

「分かりますわ。アナトマさんは私も贔屓にしておりますが、初めて男色、いえ、薔薇世界の方だと知った時はやはり、と思いましたもの」


 そうやって話が盛り上がっていると、お母様がやってまいりました。


「皆様、本日はグリニャックが主催致しましたお茶会にご参加いただきありがとうございます。何やら随分と盛り上がっていたようですけれども、楽しんでいただけているようで何よりでございます」

「まあ、エヴリアル公爵夫人。ええ、とても楽しいお茶会でございますわ」

「でしたらよろしいのですが、グリニャックが成人して初めて開いたお茶会でございますので、至らぬ点もあるかもしれませんが、その時はどうぞ遠慮なく仰ってくださいませね」

「まあ、至らぬ点等ございませんわ。むしろこんなに楽しいお茶会は久しぶりでございますのよ」

「だとよろしいのですが。…………グリニャック、今日のお茶会について、後で聞きたいことがございますので、終わったらわたくしの部屋まで来るように」

「はい、お母様」


 そうですわよね! あちらこちらに男性同士の絡みを描いた絵画が置かれておりますものね! そりゃあ、気になりますわよね!

 お母様はそう言ってサロンを出ていかれました。


「驚きましたわ。まさかエヴリアル公爵夫人がいらっしゃるだなんて」

「本当に。流石にエヴリアル公爵夫人はわたくし達の同志という事ではないのでございましょう? グリニャック様、嗜好がバレてしまっては、お叱りを受けてしまうのではございませんか?」

「大丈夫ですわ。ちゃんと説得すれば理解は得られずとも、叱られることはきっとないと思いますわ」


 というか、思いたいですわ。


「ならばよろしいのですけれども。あら? こちらの写真はグリニャック様も写っていらっしゃいますのね」

「ああ、それはお付きメイドのリリアーヌに撮って貰った物になりますわ。結婚式の写真もございますけれども、ほとんどがわたくしだけか、三人での写真になってしまいましたの」

「まあ、お付きのメイドが撮るのでしたらそうなってしまうのは仕方がないのではないでしょうか?」

「わたくしはトロレイヴ様とハレック様を撮るようにお願いしたのですけれども、残念ですわ。白いタキシード姿のお二人をもっと写真に収めたかったのですけれども」

「確かに、結婚式の時も披露宴の時も、お二人の衣装はお揃いでしたし、わたくし達から見ればお似合いのカップルに見えましたわよね」


 結婚式と披露宴に参加してくださった貴腐人が「ほう」と艶めいたため息を吐きながら仰いますので、わたくしはもちろん頷きました。


「それにしても、こんなに美しい方々が正室と側室だなんて、本当にグリニャック様が羨ましいですわ。日々目の保養が出来ますものね」

「ええ、お二人に愛の告白をされるまでは、わたくしは完全にお二人が愛し合っていると思っておりましたのよ」

「それは仕方がありませんわね。こんなに素敵なお二人が幼馴染という事もあり、こんなに距離が近いのですもの」

「そうでございましょう? わたくしを愛してくださっていると知った時は色々な意味で衝撃を受けましたのよ」

「それにしても、本当に写真というものはよいですわね。カラー写真とやらの開発に成功して量産した際には、是非とも購入したいものですわ」

「ええ、同志の方には率先して販売するつもりですわ」


 そうして、麗しい殿方達の写真を撮りまくってくださいませ!


「そういえば、私が支援している男色、いえ、薔薇世界の方達が、今度マッサージ業を始めることになりましたのよ」

「まあ、そうなのですか?」

「恋愛対象が男性ですので、女性の肌に触れましてもそういった感情が湧くこともございませんし、女性男性に関わらずご利用いただけると思いますの。開業した際には、是非ともご利用くださいませ」

「ええ、是非利用させていただきますわ」


 わたくしはリリアーヌに日々マッサージを受けておりますけれども、たまには他の方にマッサージされるのも悪くないかもしれませんわね。

 それに、男性の方が力がございますので、奥深い所までコリをほぐしていただけるかもしれませんわ。

 リリアーヌのマッサージも気持ちがいいのですけれども、お父様のお手伝いなどで肩が凝った時など、今一つ物足りなく感じることがございますのよね。

 今は、そんな時はトロレイヴ様とハレック様がマッサージをしてくださるのですが、マッサージを受けているうちに、その、所謂そういう流れになってしまって、中途半端になってしまうのですよね。

 まあ、気持ちが良くて声を出してしまうわたくしが悪いそうなのですけれども、薔薇世界の方でしたら、そう言った事もございませんし、安心ですわ。

 それにしても、薔薇世界の方々も色々な職に就いておりますのね。ゲームの攻略対象である男爵子息のお二人は、侯爵夫人に囲われているようですが、いつまでもそのままというわけにも参りませんものね、そのうちお仕事を見つけなければなりませんわよね。

 ああ、それにしても本当に、本当に楽しいですわ。

 前世ではネットでのオンライン通話はしておりましたが、ルトラウト様との時も思いましたけれどもこうして対面しての薔薇世界話がこんなにも楽しいものだとは思いませんでした。

 皆様がお持ちくださったコレクションも素敵ですし、今日このお茶会を開いて本当によかったですわ。

 その後も、薔薇世界の話で盛り上がり、あっという間に三時間ほど時間が経ってしまいました。

 名残惜しいですが、お茶会はこれまでとなっております。


「グリニャック様、とても楽しい時間を過ごすことが出来ましたわ。ぜひまたこのようなお茶会にお誘いいただければと思います」

「ええ、また開きたいと思いますので、その際は是非お越しくださいませ」


 一人一人を見送って、最後のお一人が帰ったのを確認してから、アルバムをしまう為に私室に戻り、寝室のドレッサーの一番上の引き出しにアルバムをしまってから、わたくしは覚悟を決めてお母様のお部屋に参りました。


「お母様、グリニャックですわ」


 ドアをノックして申しますと、中から入室の許可が得られましたので、中に入ります。

 部屋の中では、お母様が優雅に紅茶を召し上がっていらっしゃいました。


「今日のお茶会は成功したようで何よりです。グリニャックもお客様も随分楽しんでいたようですわね」

「ええ、とても楽しい時間を過ごすことが出来ましたわ」

「それで、今回のお茶会の趣旨はどのようなものでしたの? 随分と変わった趣旨だったように見えましたけれども」

「それは……、その、令嬢や貴婦人を招きまして、男色について話し合いをしておりましたの」

「グリニャック、まさかとは思いますが、男色に興味があるのですか?」

「……はい」

「なんという事。トロレイヴ様とハレック様という素晴らしい婿君方がいると言うのに、そのような趣味を持つなど、神様の意に背く行為だとは思わないのですか?」

「大丈夫ですわ、神様もわたくしの嗜好はご存知ですので」

「なんてこと……」


 お母様は珍しく音を立ててカップをテーブルの上に置きます。

 それほどショックだったのでしょう。


「お母様、特に誰かに迷惑をかけているというわけではございませんし、わたくしの愛する方はトロレイヴ様とハレック様であることに変わりはございませんわ。それに、この嗜好は子供の頃からでございます」

「そんな、いつからなのですか?」

「五歳からでしょうか」

「そんなに長い間わたくしは貴女の嗜好に気が付かなかったというのですね」

「必死に隠しておりましたので」

「ちなみに、トロレイヴ様とハレック様は貴女の嗜好をご存知ですの?」

「ええ、ご存知ですわ」

「……本当に、心の広い方々に恵まれましたわね」

「わたくしもそう思いますわ」

「まさかと思いますが、トロレイヴ様とハレック様をそう言った対象に見ているのではないでしょうね?」

「……そういう場合もございます」

「グリニャック……」


 お母様が静かに、けれども確実にお怒りのこもった声でわたくしの名を呼びます。


「大丈夫ですわ、最近では自重するようにしております」


 自重できておりませんけれども。


「まったく、あのような素敵な旦那様方を婿に貰っておきながら、そのような嗜好を持っているなんて、なんて嘆かわしい」

「申し訳ありません」


 だがしかし! 止められても止められないのが腐女子ってものなのですわ!


「……とにかく、人様に迷惑をかけるような事はしないように。はあ、これが次期エヴリアル女公爵とは、先行きが不安ですわね」

「わたくしの嗜好をカバーできるよう、努力を続けてまいります」

「そう言った嗜好を止めようとは思いませんのね?」

「ええ、ライフワークですので。これがなければ、わたくしの精神回復が図れないのでございます」

「まったく……。今日集まっていた令嬢や貴婦人の方々も同じ嗜好を持つ方々だというわけなのですね?」

「はい」

「そういった嗜好を持つ方が少なからずいらっしゃるという事はわたくしも聞いておりましたが、まさか我が娘がそのような嗜好を持つものになるとは、全く想像できませんでしたわね」

「これも神様がお与えになったことでございますので」

「はあ、このような嗜好を持ったものが次期エヴリアル女公爵……」

「お、お母様? 大丈夫ですか?」

「全く大丈夫ではございませんわ。眩暈がしそうですもの」


 こんな娘で本当に申し訳ございませんっ!


「まあ、よろしいでしょう。この事は旦那様には秘密にしておくように。もし知られたらあの人、気絶してしまうのではないかしら?」

「気を付けますわ」


 まずは、今日給仕を担当してくれたメイド達への口止めからでしょうか?


「ああ、そうですわお母様。本日集まって下さった貴婦人の方は囲っていらっしゃる男色の方が、今度マッサージ業を始めるとの事なのです。お母様も是非ご利用なさっては如何でしょうか?」

「旦那様以外の男性に肌を触れさせるなど……」

「お母様、相手は男色の方ですので、お気になさることはないと思いますわ」

「そうは言いましても……」

「メイドでは力の足りないこともございましょう? そう言った場合にはやはり男性の力が必要な時もあると思いますのよ。お父様にしていただくわけにもいかないでしょう?」

「それはそうですけれども、やはり抵抗感がございますわね」

「そうですか? わたくしは利用させていただくつもりですわよ?」

「それは、トロレイヴ様とハレック様がご納得なさらないのではありませんか?」

「お二人には、男色の方にしていただくので問題ないと伝えますので、大丈夫だと思いますわ」


 わたくしの言葉に、お母様は深々とため息を吐き出します。


「本当に、心の広い旦那様を持てたことを神様に感謝するのですよ、グリニャック」

「ええ、そうですわね」


 その神様に、わたくしの嗜好をトロレイヴ様とハレック様にバラされたのですけれどもね!


「グリニャック、貴女はとりあえずその嗜好を直す気がないのでしたら、周囲にバレないように気を付けるのですよ。お茶会をする時も、細心の注意を払う様に」

「わかっておりますわ、お母様」

「では、部屋に戻ってよろしいですわよ。ああ、今日給仕についたメイド達には、くれぐれもお茶会の内容を他言しないように言い聞かせるのですよ」

「はい、そのつもりでございます」

「なら結構です。では早い方がよいでしょうから、今すぐにいってらっしゃいませ」

「はい。では失礼いたします、お母様」


 そう言ってわたくしはお母様の私室を出て、今日給仕してくれたメイド達の元に向かい、口止めを致しました。

 流石我が家に仕えているだけあって、皆今のところ他言はしていなかったようですし、今後も他言しないと誓ってくださいました。

 さて、夕食まで時間がございますし、少し手持ち無沙汰になってしまいましたわね。

 お父様からは、お茶会をすると言ったら本日は執務の手伝いはしなくていいと言われましたし、どういたしましょうか?

 わたくしは私室に戻ると、ソファーに座り、何をするか考えました。

 ここは新婚らしく、トロレイヴ様とハレック様用にハンカチーフに刺繍でも致しましょうか?


「リリアーヌ、ハンカチーフに刺繍をしたいので、準備をしてもらえるかしら?」

「かしこまりました、少々お待ちください」


 わたくしはドミニエルが淹れてくれたミルクティーを飲みながら、リリアーヌが準備をしてくれるのを待ちます。

 ほどなくして、刺繍セットを持ったリリアーヌが戻ってきましたので、早速わたくしは刺繍枠にハンカチーフをはめ込んで、刺繍を始めていきます。

 流石に専門になさっているお針子ほど上手くは出来ませんけれども、貴族の貴婦人としては十分な腕を持っていると自負しておりますわ。

 と言うよりも、閨以外の科目は、優秀な成績を収めておりますのよ。

 結婚して増えた科目、子育ての科目でも、優秀な成績を収めております。

 まあ、実践しなければわからない事ばかりの科目ですので、実際はどうなるのかはわからないのですけれどもね。


「リリアーヌ、もっと深い赤の刺繍糸はなかったかしら?」

「もっと深い赤でございますか? 探してまいりますので少々お待ちくださいませ」

「お願いしますわ」


 今ある赤色の刺繍糸も良いのですが、気分的にはもっと深い赤色の糸で薔薇を刺繍したい気分なのですよね。

 少しして、用意されていた赤い刺繍糸よりも深い赤色の刺繍糸を持ってリリアーヌが戻ってきました。


「こちらでよろしいでしょうか?」

「ええ、期待通りの色ですわ」


 わたくしは早速糸を変えて刺繍の続きを始めます。


「若奥様、若旦那様方がお帰りになりました」

「まあ、もうそんな時間ですの?」


 刺繍に夢中になって時間を忘れておりましたわ。

 わたくしはトロレイヴ様とハレック様をお迎えするために玄関に急ぎました。

 玄関に到着すると、丁度お二人が玄関の扉を入ってくるところでしたので、ぎりぎりセーフですわね。


「おかえりなさいませ、ラヴィ、レク」

「「ただいま、ニア」」

「今日はお茶会だったんだろう? 楽しかったか?」

「ええ、とても有意義な時間が過ごせましたわ」

「成人して初めて主催したお茶会だし、緊張したんじゃない?」

「そんなことありませんわ。むしろ、今回のお茶会を開くのをずっと楽しみにしていたぐらいですもの」

「そうなのか? だったらいいんだがな。私達のように騎士団に入ってしまうと、お茶会なんてものではなく、飲み会になってしまうからな」

「騎士同士の付き合いも大切ですわよね」

「うん、遅くなる日は連絡をなるべく早く入れるようにするね」

「お願いいたしますわ」

「そのうち、この家で飲み会をしたいと言い出す輩も出てくるかもしれないな」

「まあ、その時は事前に教えてくださいませね? 色々と準備をしなければいけませんし」

「そうだな、まあ。今は新婚という事もあり、飲み会の誘いはないが、そのうち誘われるようになるだろうな」

「先輩方は結構な頻度で飲み会に行っているみたいだしね」

「そうなのですか? あまり頻繁に飲み会に行かれるのは感心致しませんわね」

「うん、ある程度は断るつもりだよ。騎士仲間との飲み会も楽しいだろうけど、ニアと夕食を食べたほうがもっと楽しいだろうからね」

「そうだな」

「そう言っていただけると嬉しいですわ」


 わたくし達はそんな会話をしながら廊下を歩いて行き、わたくしの部屋の前で別れました。

 トロレイヴ様とハレック様は騎士服から着替えなければいけませんものね。

 お二人は、今は新人という事で、同じシフトですし、夜勤もございませんけれども、騎士団に長く務めるようになれば、シフトが変わってきたり、夜勤を務めることになる場合もございますわよね。

 お二人が揃っていないと、なんとなく落ち着かないのですが、お仕事となれば仕方がございませんわよね。

 私室に戻りますと、リリアーヌに途中で止まっている刺繍道具を片付けるようにお願いして、ドミニエルが淹れなおしてくれたミルクティーを飲んで「ほう」と息を吐き出します。


「若奥様。ずっと刺繍をなさっていてお疲れでしょう、少々肩をマッサージしてもよろしいですか?」

「ええ、お願いしますわ」


 確かに、ずっと同じ体勢でいましたので、ちょっと肩が張ってしまった感じがいたしますわね。

 リリアーヌの丁寧なマッサージを受けながら、わたくしは次第に肩がほぐれていくのを感じました。

 本日はあまり凝っていないのでリリアーヌの力でも十分ですが、お父様の執務を一日中手伝った日などや、その……夜の営みで腰や体がだるい時は、リリアーヌの力では物足りなく感じてしまう時がございますのよね。

 ドミニエルに頼んでも良いのですが、生憎ドミニエルはマッサージが苦手なのですよね。

 マッサージされると余計に疲れたり、翌日に痛みのぶり返しが起こったりしてしまいますの。

 ですので、今日聞いた男色の方がマッサージ業を始めると言うのには大賛成ですわ。

 生業にするからには、マッサージのプロでしょうし、ドミニエルのように翌日に痛みがぶり返すという事もございませんでしょう。

 リリアーヌのマッサージを受けてすっかりほぐれた肩を軽く動かして調子を確認していると、ドミニエルが夕食の時間になったと教えてくれました。

 食堂に行き、五人で夕食を頂いてから、私室に戻りますと、早速湯あみを致します。

 いつものようにリリアーヌに丁寧に体を洗われ、髪を洗ってもらい、湯船から上がると、タオルで体や髪に着いた水分を吸い取って貰います。

 寝着は寒くなってきましたので、徐々に生地が厚めの物になってきております。

 あくまでも寝着ですので、装飾はリボン一つでございます、といいますか、リボン一つで止められているデザインの物になっております。

 リリアーヌ曰く、閨の際にスムーズに脱げるように考えられたデザインなのだそうですわ。

 道理で、結婚する前と後では寝着のデザインが違うと思いましたのよ。

 ガウンを羽織って、一人で寝室に入りますと、いつものようにガウンを脱いで、ベッドに座ってトロレイヴ様とハレック様を待ちます。

 この待っている時間がいつも長く感じてしまうのですよね。

 お茶会を主催するよりも、こうしてお二人を待っている方が緊張してしまいますわ。

 そうしていると、扉がノックされます。


「ニア、入ってもいい?」

「どうぞ」


 最近では、上ずった声で返事をしないで済む様になりましたわ。

 それに、お二人も加減を覚えて下さったのか、朝、腰が立たなくなるという事も減りました。

 これは、最初の頃使っていた媚薬を使わなくなったおかげなのでしょうね。あの媚薬は男性にも効く物だったようですし……。

 まったく、おかげで結婚してしばらくは毎朝腰が立たない上に、自分では歩けない日々が続きましたわ。

 今では、お二人より先に起きて、寝着を床から拾い上げて自分で着ることも出来るようになりましたのよ。

 この四か月でわたくしも大分成長致しましたわね。


「ニア? 何か考え事? 今日のお茶会で何かあったの?」

「いえ、わたくしも成長したな、と考えておりましたのよ。お茶会は本当に楽しく過ごすことが出来ましたわ」

「ならいいが、くれぐれも無理はしないように」

「ええ、わかっておりますわ」


 って、お二人は話しながら平然と寝着を脱がしていらっしゃるのですけれどもね!

 最近ではこうして脱がされる事にも慣れてきましたわ。

 ええ、リボン一つで脱げる寝着ですもの、脱がすのも楽でしょうね。

 わたくしの寝着を脱がし終わりますと、トロレイヴ様とハレック様もご自分で寝着を脱ぎます。

 その間、わたくしは斜めに視線を向けて出来るだけ直視しないようにしておりますわ。

 結婚して四か月、毎晩のように愛されておりますけれども、未だに肌色全開のお二人を見るのには慣れませんの。

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