019 卒業式の夜会 その2

【プリエマ視点】


 卒業式の夜会はとても楽しいもので、沢山ダンスを踊ったり、おしゃべりをしたりして過ごしていたわ。

 私は聖女という事もあってか、ダンスの誘いがひっきりなしに来たし、ウォレイブ様も令嬢達からダンスの誘いを受けてずっと踊っているわ。

 まったく、まだウォレイブ様の側妃婚約者が決まってないからって、あがいている令嬢達の姿って、なんだかみっともないわね。


「プリエマ嬢、一曲如何かな?」

「まあ、エドワルド様。喜んで」


 差し出されたエドワルド様の手に自分の手を重ねて、軽く水分補給をしただけだけどダンスホールに踊りでる。

 エドワルド様は明日にはこの国を出立しちゃうのよね、残念だわ、もっとお話ししたかったし、もっとエドワルド様からブライシー王国語を習いたかったのに。


「プリエマ嬢、今夜が最後の夜になるね」

「そうですね、寂しくなります」

「そう言ってくれるのかな?」

「ええ」

「願わくば、この手を離したくないな」

「まあ、エドワルド様ってば」


 耳元に口を近づけられて囁かれた言葉に、思わず顔を赤くしてしまう。


「本気だよ。このまま祖国まで攫って行っていきたいぐらいだ」

「そんなこと……」


 やっぱり、エドワルド様は私の事が好きなのね。

 でも駄目、私はウォレイブ様の正妃になるんだから、その為の準備も、もうしてるのよ。


「ウェディングドレスを着たプリエマ嬢の隣に立ち、誓いの口づけを交わすのは、私でありたいな」

「エドワルド様、ご冗談が過ぎますよ」

「冗談じゃないよ。父上も、母上だってプリエマ嬢が我が国に来てくれることを望んでいる」

「キャメリア様もですか?」

「ああ」


 そういえば、やたらとエドワルド様をよろしくって手紙には書かれてたけど、私をお嫁さんに欲しいっていう事だったのね。


「私と一緒に、我が国に逃げないかい?」

「そんな……」


 唇が触れるほど耳元に近づけられた距離で囁かれる言葉に、どんどん顔が赤くなっていっちゃう。


「私は、ウォレイブ様の正妃になるんですよ? それに、私はこの国の聖女ですし」

「我が国にもアーティファクトはある。正式起動はしていないけどね。プリエマ嬢にはぜひ我が国に来てアーティファクトを正式起動して欲しい。そうすれば、君は誰にも文句の言われない、我が国の聖女になれる」

「そんな事、無理ですよ」


 おかしいわね、『オラドの秘密』ではブライシー王国ではアーティファクトは発見されてないはずだけど。

 そんな事より、エドワルド様ってば本気で言ってるの?

 やだ、ウォレイブ様以外に口説かれるとか、経験が無いから心が揺らいじゃう。


「もし、私の正妃になってくれたら、一生プリエマ嬢だけを愛して、側妃なんか取らないよ?」


 ウォレイブ様は私を愛してくれるけど、側妃は娶るって言っているわよね、でもエドワルド様は私が正妃になったら私だけって言ってくれるのね。

 って、駄目よ。

 私はウォレイブ様の正妃になって、大公妃としてウォレイブ様を良く支えるって決めたじゃない。


「ごめんなさい、エドワルド様。私はやっぱりウォレイブ様の正妃になるしか」

「ウォレイブ様の事を本気で愛しているのかい?」

「え?」

「家の義務とか、流されているだけで、愛していると錯覚していないかい?」

「そんなこと……」

「私のもとに来てくれないかい? 国の皆がプリエマ嬢を待ち望んでいるよ」

「そうなんですか?」

「ああ」


 ……私、ウォレイブ様を本気で愛してる?

 わからない、確かにウォレイブ様と結婚すれば、将来は安泰だって思ってウォレイブ様ルートを選んだけど、愛してるって言われると……。

 ううん、ウォレイブ様は私を愛してくれているし、私だって、ウォレイブ様の事は好きよ。

 そう、好きなんだから問題ないわよね。


「ウォレイブ様を、愛しているのかい?」

「ウォレイブ様の事は、好きです」

「愛してるって、言えない?」

「それは……」


 わからない。

 だって、将来を考えてウォレイブ様を選んだんだもの。


「プリエマ嬢、そんなあやふやなものに頼らずに、私と一緒にブライシー王国に行かないかい?」

「そんなの、無理です。だって、私、もうすぐ結婚するんですよ。その準備だってもうしています」

「だから、逃げてしまおう? ね?」


 甘い声に、頭の中がくらくらしちゃう。

 どうしよう……。

 くらくらした頭のまま、エドワルド様とダンスを踊っていると、トロレイヴ様と幸せそうにダンスを踊っているお姉様が見えて、くらくらしていた頭が元に戻る。

 だめよ、私は大公妃になってウォレイブ様を支えるって決めたじゃない。

 決めたことを簡単に曲げるなんて、淑女らしくないわ。


「ごめんなさい、私、やっぱりウォレイブ様と結婚します」

「どうしても? 私がこんなに望んでいるのに?」

「はい。もう決めたんです」

「そうか……でも、まだ明日の朝まで時間はある。考える時間はまだあるよ」

「……」


 私はもう一度お姉様を見る。

 相変わらず、幸せそうな顔でダンスを踊っている。

 トロレイヴ様に愛されているんだって言うのが、見ているだけでわかるし、お姉様もトロレイヴ様を愛しているんだって言うのが分かる。


「いいえ、駄目です。私は、この国の聖女ですもの。大公妃になって、この国を支えなくてはいけません」

「この細い肩に、そんな重荷を背負う気なのかい?」

「っ……。はい」

「そうか、残念だよ」


 そこで丁度曲が終わり、エドワルド様の手が離れていった。

 私は逃げるようにエドワルド様から離れると、令嬢達に囲まれているウォレイブ様の所に行って、その腕に自分の腕を絡めつけて、見せつけるようにエドワルド様の居る方を見た。

 でも、エドワルド様はもう別の令嬢とダンスを踊っていた。


「プリエマ嬢? どうかしたのかい?」

「なんでもないです。ウォレイブ様、ダンスを踊ってくださいな」

「もちろん。それじゃあ、行こうか」

「はい」


 私はウォレイブ様の腕から手を離すと、差し出された手に自分の手を重ねてダンスホールに躍り出た。

 お姉様の方を見ると、今度はまた幸せそうな顔でハレック様とダンスを踊っていた。

 そうよ、私は決めたんだから、惑わされちゃだめよ。


「プリエマ嬢?」

「ダンス、楽しいですね、ウォレイブ様」

「そうだね」


 私は顔に笑みを無理やり浮かべて、ウォレイブ様と三曲連続でダンスを踊った。



【エドワルド視点】


 夜会が終わり、今夜で最後になる部屋に戻ると、ソファーにドカリと座り、整えていた髪をぐしゃぐしゃに手櫛で崩す。


「惜しかったな。ここまで苦労したのに、無駄だったか」

「残念でしたね、エドワルド王子」

「ふん。まあ、手土産など無くとも、構わないさ」


 聖女であるプリエマを連れて帰国せよという父上の命令は果たせないが、仕方がない。

 無理やり攫うわけにもいかないからな。

 二人っきりの時間をなるべく作ったり、甘い言葉をかけて誘惑したりと、色々努力したというのに、無駄に終わったのは残念だ。

 まあ、国に帰れば母上が用意した婚約者が待っているだろうし、それで手を打つしかないか。

 プリエマ嬢は母上に妙に懐いているから、母上の名前を出せば釣れると思ったが、駄目だったな。


「それで、国内の方はどうなっている?」

「第一王子派を内部から崩す戦法が効果を発揮してきたようです。王妃様に寝返る貴族も増えてきたと」

「そうか。ふん、祖国に帰ったら速攻で父上を玉座から引きずり下ろすぞ」

「御意」


 手筈は整えてある。

 兄上を追い落とす準備は母上がしてくれているから問題はない。

 父上を引きずり下ろすのは苦労するかもしれないが、戦闘狂の父上は国民からの支持率も低い。

 民衆を味方に付ければクーデターも容易く成功するだろう。


「時代遅れな父上は早めに退場していただかなくてはな」

「臣下一同、エドワルド様の戴冠を心待ちにしておりますよ」

「ああ、期待してくれ」


 母上からの手紙には、貴族の半数以上を味方につけたとあった。

 この国に来て二年、下準備は整った。

 まあ、手土産を持って行ければ、より簡単にクーデターは終わったかもしれないが、持って帰れないならそれなりに対処法はある。


「しかし、プリエマ嬢は軽いな」

「しかし、落ちては来ませんでしたね」

「母上の影響だろう。母上に会って、淑女として夫を支えるという意識が刷り込まれたようだからな」

「王妃様がいらしたのは逆効果でしたか」

「そのようだ」


 だが、一見恋愛結婚に見えるウォレイブ様とプリエマ嬢の結婚も、所詮は政略結婚というわけか。

 いや、ウォレイブ様の一方的な愛、と言うやつかもしれんな。


「プリエマ嬢は、ウォレイブ様が側妃を持つことに耐えられると思うか?」

「さあ? 淑女としての矜持を保つのであれば、我慢なさるのではございませんか?」

「以前ブライシー王国語の講義をしていた時に語っていた、幸せな家族とやらにはなれないだろうな」

「貴族ですからね」

「その点、姉のグリニャック嬢は愛し愛される、貴族としては珍しい夫婦生活を送りそうだ」

「エドワルド王子はグリニャック様の方がタイプだったのでは?」

「まあな。だが、落ちないとわかっているから狙いたくなるものだ。直ぐに落ちてしまうような果実は他にくれてやるさ」

「趣味の悪い」

「ふん。……まあ、実際にプリエマ嬢は落ちなかったわけだし、予想以上に手強かったと言うわけだ。母上はさぞかしがっかりなさるだろうな」

「その割には、祖国に婚約者を準備なさっておいででしょう?」

「プリエマ嬢を連れ帰ったら、愛妾にでもする予定だったのだろう」

「側妃は持たない、けれども愛妾を持たないとは言っていない、と」

「ああ」

「性根が悪いですね」

「王族なんてみんなそんなものだろう。騙し騙され、それでも必死にもがいて玉座を掴み取る物だ」


 しかし、プリエマ嬢を連れて帰れないとなると、折角発見したアーティファクトが無駄になってしまうな。

 まさか、この国に隠されているとは思わなかった。

 我が国からアーティファクトが失われて三百年、皆が探し求めていたアーティファクトがまさかエヴリアル公爵領の礼拝堂に隠されているとは、神の啓示がなければ永遠に発見できなかっただろうな。

 我が国のアーティファクトの効果は豊穣。

 アーティファクトが失われる前までは、その効果によっていくら戦争をしても飢えに苦しむ民が発生しなかったが、失われてからはそれ相応に飢えに苦しむ民も出始めた。

 それなのに、代々戦を好む傾向のものがその玉座に座っていた。

 いや、奪い取っていた。


「我が国も、聖女を見つけなければならないな」

「神の啓示が都合よくございますでしょうか?」

「さあな。だが、折角見つけたアーティファクトを無駄に宝物庫にしまい込むのも勿体ないだろう? 使える物はなんでも使わなければ。……この国は良い。我が国と違い、真に飢えに苦しむ民がほとんどいない。貴族がよく領地を治めている証拠だ。まあ、飢饉などの際はどうしようもないようだがな」

「レーベン王国に食料品を輸出できるほどに豊かな国でございますからね」

「アーティファクトが失われる前は、ブライシー王国が近隣諸国の食糧庫だったはずなのだがな。それに胡坐をかいて戦争を仕掛けまくった結果、アーティファクトが失われてしまったと言うわけだ」


 我が国を守護している豊穣の神は戦を好まなかったと言うわけだろう。

 守護の神を守護神として持つこの国にアーティファクトを隠したのも恐らくは神のご意志だ。

 私はそう考えて些か乱暴にタキシードを脱いでシャツ姿になるとソファーから立ち上がって、蝶ネクタイも外す。


「湯あみをする。令嬢達の香水の匂いが纏わりついているからな」

「御意」


 そのまま湯あみをし、寝着に着替えて寝室に入ると、窓から最後になる景色を眺め、ベッドに入り目を閉じた。

 翌朝、いつも通りに目が覚めると、寝室の扉がノックされ、侍従の声がかかる。

 ベッドから起き上がって扉を開ければ、水とタオルが用意されており、すぐさま顔を洗い、歯を磨くと、その間に準備された朝食を食べる。

 最後の食事だからだろうか、いつもよりも気合の入った朝食に思えた。

 すでに出立の準備は整っているので、旅用の服に着替えると、侍従を連れて王宮の正面門に向かう。

 見送りはいらないと言っているため、誰も居ないだろうと思っていたが、停めてある馬車の前にはウォレイブ様とプリエマ嬢が立っていた。


「やあ、見送りはいらないと言ったと思うのですが、どうしました?」

「いや、流石にまったく見送りをしないと言うのはね。プリエマ嬢も見送りをしたいって言っているし」

「そうですか」


 ふっ。この国に残ることを決めても、私に未練があると言ったところか?

 本当にあと少しだったかもしれないな。


「それは嬉しい事を言ってくれる。もしかしたらまた会うこともあるでしょう。その時を楽しみにしていますよ」

「ああ、こちらも」

「あのっ、エドワルド様」

「なにかな、プリエマ嬢」

「その、お気をつけて」

「ありがとう。聖女様にそう言って貰えると、私にも神の加護が頂けるようで嬉しいよ」


 まあ、プリエマ嬢が本当に純粋に聖女なのかは疑わしいんだがな。

 聖女はあらゆることに優れている者がなれる職業だ、プリエマ嬢がそれに当てはまるとは未だに思えない。

 むしろ姉のグリニャック嬢が聖女だと言われた方が納得がいくぐらいだ。

 しかし、実際にアーティファクトを正式起動したのはプリエマ嬢なわけだし、聖女であることに間違いはないのだろう。

 怪しいものだがな。

 私は笑顔を作ったまま見送りに応えつつ馬車に乗り込み、出発した馬車の窓から、ウォレイブ様達が見えなくなるまで手を振るアピールをしておいた。

 私が国を治めた時、少しでもこの国との関係がいいほうが良いからな。


「さあ、戦いに帰ろうか」

「御意、我が主」


 父上を玉座から引きずり下ろし、兄上を亡き者にして、やっと私の目標は達成となる。

 理性的な温厚な王子? はっ、誰の事だ? 私は間違いなく父上の血を引く子供だぞ? 確かに父上のように好戦的でもなければ戦闘狂でもないが、日和見主義でもない。

 さあ、戦いの始まりだ。

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