018 卒業式の夜会 その1

 六月の最後の日、学園の三年生は卒業となりますので、盛大な夜会が開かれます。

 三年生の令嬢はそれぞれ色とりどりのドレスで着飾り、子息はタキシードスーツを着ての参加となります。


「今日で学園生活も終わりか。なんだかこの三年間あっという間だったね」

「そうか? 私には十分に長いように感じたぞ」

「時間の経過感覚と言うのは人それぞれですわよね。わたくしはちょうど良い時間に感じられましたわ」

「まあ、卒業もしたし、一か月後にはニアとの結婚だね」

「やっとか、婚約してから長かったな」

「そうですわねぇ、やっと結婚できるのですね。婚約してから約十三年、長かったですわね」

「うん、ニアに変な虫が付かないように苦労したけど、これでやっと一区切りつくかな」

「まったくだ。隙あらば三人目の婚約者になろうとする子息の多かったことったらなかったからな」

「そう言った方々はお父様が対処なさってくださっておりましたけれどもね」

「流石に結婚後に第二側室になるっていう人はそうそう居ないだろうけど、油断は出来ないよね」

「そうでしょうか? 結婚いたしましたら、流石にそのようなことはないと思うのですけれども」

「ニア、油断はできないよ」

「まあ、子供でもできれば、そういう考えをする輩も大分減るだろうけどな」

「そういうものなのですか」


 確かに、子供が生まれればわたくしの次の公爵が出来ることになりますし、余程のことが無ければわたくしの婿になろうと言う方はいらっしゃいませんわよね。

 って、子供ですか……、一か月後には初夜を迎えますのでいい加減覚悟を決めなければいけませんわよね。

今は、一か月後に迫った結婚式の準備で忙しくしております。

 招待状は来週には出す予定になっておりますが、ウェディングドレスを作ったり、我が家が代々贔屓にしている礼拝堂に結婚式の手配をしたりと色々ございますの。


「それじゃあ、ニア。まずはファーストダンスを踊ろうか」

「分かりましたわ、ラヴィ。レク、しばらくの間お待ちくださいませね」

「わかった」


 わたくしはトロレイヴ様の手に導かれるまま、ダンスホールに躍り出ました。


「ニア、プレゼントしたドレス、似合ってて嬉しいよ」

「ありがとうございます」


 本日着用しているドレスも、トロレイヴ様とハレック様からのプレゼントの品となっております。

 気温が高いことも考慮してなのか、紺色を基調としたチューブトップ型のロングドレスで、シフォン生地を重ねたものとなっておりまして、くるりと回ると、裾が綺麗に広がって、ダンス映えするドレスとなっておりますのよ。

 一曲目のダンスが終わりますと、流れるようにハレック様に手を引かれてそのまま二曲目を踊ります。


「ニアが望んだように、胸元があまり開かないようなデザインにしてみたんだがどうだ?」

「そうですわね、肩と腕は出ておりますけれども、胸元が特別見えると言うわけではございませんので、よろしいかと思いますわ」

「ならよかった。アナトマには自重するように言っておいたからな」

「そうなのですか」


 今回ドレスを作っていただくにあたり、アナトマさんは何人もの令嬢から発注を受けていたようで、忙しいと仰っておりましたわね。

 人気デザイナーになったアナトマさんは、最近ではこういった大きな夜会の際などにドレスの発注をするのが難しいぐらいになっているそうです。

 わたくしは駆け出しの頃から贔屓にしているという事もあり、融通が利くのですけれどもね。

 ハレック様とのダンスを終えると、わたくしはハレック様に手を引かれて、トロレイヴ様のいらっしゃる所に戻ります。


「お疲れ様、ニア」

「ダンスは楽しいので構いませんわ。でも誕生日パーティーのように飲まず食わずの上に、休まずにダンスを踊ると言うのはもう勘弁していただきたいですわね」

「あはは、あれは大変そうだったもんね」

「ええ、本当に」

「まあ、あの時はニアとプリエマ様の誕生日パーティーだったからな、仕方がないだろう。だが、私達もニアが踊っているのを見ていて口惜しかったぞ?」

「そうなのですか?」

「ニアが他の男性と踊っているのを見るのは、ちょっと嫉妬しちゃうよね。義務だってわかっていても」

「あら、そんな風に思っていたのですね」

「そりゃそうだ。愛するニアに関することだからな」

「まあ」


 わたくしは咄嗟に顔が赤くなってしまい、手にしていた扇子で顔を半分隠します。


「それにしても、卒業式の夜会は豪勢だと聞いてはいましたが、まさかデュドナ様や宰相に各大臣、騎士団長や神官長までいらっしゃるとは思っても見ませんでしたわね」

「そうだな、まあ、スカウトも兼ねていると聞くし、お歴々が出てきてもおかしくはないんじゃないか?」

「お二人は、騎士団に所属するのですわよね」

「うん、卒業したら明日にでも入団する予定だよ。幸いな事に三年間騎士科の主席を争った仲だからね、入団テストは免除になったんだよ」

「それはなによりですわね」

「まあ、ニアの伴侶として入団してからも頑張らなくてはいけないけどな」

「そうだね、経済的にもニアにおんぶに抱っこってわけにはいかないしね」

「気になさらなくてもよろしいのに」

「そうはいかないよ、これは男の矜持ってやつだね」

「まったくだ。それにニアはすでにエヴリアル公爵の手伝いをしていてその報酬を貰っているだろう?」

「ええ」

「だから余計に負けてはいられないさ」

「そういう問題なのでしょうか?」

「男の矜持だ」

「そうですか? まあ、お二人がご活躍されるのを見るのは楽しみなのですけれども」

「うん、がんばるから見ていてね」


 とはいえ、アーティファクトが正式起動したこの国に戦争を仕掛けてくる国はございませんでしょうし、こちらから戦争を仕掛けると事もないですので、国内の警護と言った感じのお仕事になるのでしょうね。

 流石にわたくしの伴侶ですので、遠方に派遣されると言うことはなく、王都での勤務になると思いますけれども、どうなのでしょうね。

 ああ、でも。各領地には自衛団が居りますし、そもそも遠方に派遣されるという事もございませんか。


「ニア、カクテルでも飲んでみる?」

「ありがとうございます。誕生日から昨日まで、家では多少お酒を飲んで訓練はしていたのですけれども、こう言った公の場で飲むとなると、少々緊張致しますわね」

「確かに。でも、今夜出されるカクテルは全てアルコール度数が抑えられている物ばかりだと聞くし、大丈夫だろう。それに私達もついているしな」

「そうなのですか? では、遠慮なく」


 わたくしはトロレイヴ様からカクテルグラスを受け取りますと、一口飲みます。

 本当にお酒が入っているのかと思うほど、口当たりのよい飲み物で、もう一口飲んでしまいます。


「これはなんていうお酒なのですか?」

「えっと、ファジーネーブルだね。ピーチリキュールをオレンジジュースで割ったものだよ」

「そうなのですか。とても美味しゅうございますわ」

「気に入ってくれたようで何よりだよ。僕達には少し甘い感じなんだけどね」

「そうだな、私はこっちのシャンディガフの方が好きだな」

「どういったお酒なのですか?」

「ビールをジンジャーエールで割ったものだよ」

「カクテルにもいろいろ種類がございますのね。そちらのお勉強もしなければいけませんわ」

「ニアは真面目だね」

「これも淑女の嗜みになりますもの。それにお母様が言っておりましたわ。夜会などで酒に飲まれることが無いようになさいって」

「それは確かに。うちの父上なんて、毎回夜会で飲みすぎて母上に怒られているな」

「そうなんだ、うちは逆。母上がお酒に弱いから、夜会のたびに父上に抱えられて帰ってきてるよ」

「わたくしの家はお父様がお酒に弱く、お母様がお酒に強いそうですわ」

「ニアはエヴリアル公爵夫人に似ているといいね」

「そうですわね」


 流石に、お父様のようにお酒に飲まれるという醜態は、淑女として避けなければなりませんものね。


「グリニャック様、トロレイヴ殿、ハレック殿、卒業式の夜会は楽しんでおりますか?」

「まあ、騎士団長。ええ、楽しんでおりますわ」

「それは何よりです。トロレイヴ殿とハレック殿は明日から騎士団に入団ですからな、呼び方も呼び捨てに変えさせていただきますよ」

「もちろんです」

「はい。構いませんよ、騎士団長」

「そうか。それは良かった。貴族の子息令嬢の中には俺のような元男爵家の出身の男に呼び捨てされるのは気に入らないという者もいましてな」

「まあ、そうなのですか? けれども、騎士団は実力主義でございましょう? 騎士団長まで上り詰めた方には誠意を見せるべきですわ」

「そう言っていただけるとありがたい」


 騎士団長は、この国の守りの要とも言われていらっしゃる方ですが、デュドナ様はアーティファクトが正式起動した今は軍事力に割く国費を減らすべきだと言うお考えのようです。

 確かに、内政に注目をなさるのでしたら、まず自粛するのは現国王が多大な国費をかけている軍事関係でしょうね。

 そのことについて、騎士団長はどう思っていらっしゃるのでしょうか?


「しかし、前途ある若者の前でこういうのもなんだが、アーティファクトが正式起動した今、国内の警備にこそ我々騎士は必要だが、戦争を仕掛けられることもないし、こちらから戦争を仕掛ける予定もない。武勲を立てるのはなかなか難しいだろうな」

「確かに、今まで騎士の主な仕事は他国とのいざこざの際に活躍することでしたからね。うーん、僕達が武勲を立てるとなると何があるのでしょうか?」

「日々の仕事ぶりでだろうな。それに、騎士団内では定期的に実力試験のような試合がある。そこで勝ち抜いて行けば出世もできるだろう」

「なるほど。日々の努力が大事という事なのですね」

「うむ。では、俺は他の騎士団入りが決定している子息令嬢の元に行くのでな、これで失礼する」


 そう言って騎士団長は他の子息令嬢の元に行かれました。


「騎士と言うのも大変そうですわね」

「まあ仕方がないだろう。実力でのし上がっていけばいいだけだ」

「そうだね、いくらこの国に悪意を持つものは侵入できないとはいえ、個人的な恨みや野心はその対象外だからね、そう言ったものを未然に防ぐという事でも武勲は立てられると思うよ」

「そうだとよろしいのですけれども」


 わたくしはカクテルの最後の一口を飲んで、近くを通った給仕にグラスを渡しました。

 そうしますと今度は宰相が近づいてくるのが見えます。


「やあ、グリニャック様、トロレイヴ殿、ハレック殿。夜会は楽しんでおられるか?」

「ええ、宰相。十分に楽しんでおりますわ」

「それはなにより。儂もまだまだ現役でいたいのですが、そろそろ次世代を育てたいと思っておるのですよ」

「まあ、そうなのですか」

「それで、グリニャック様。儂と致しましては、ぜひグリニャック様に跡を引き継いでいただきたいのですがな」

「まあ! わたくしがですか? そのような大役務まりませんわ。ランシーヌ様の弟君が既に宰相補佐として働いていて頭角を示していると言うではありませんか、その方に任せるのが定石というものではございませんか?」


 わたくしは女公爵の仕事で手一杯になる予定ですわ。

 本当に、お爺様は公爵をしながらよく宰相なんて出来ましたわね、尊敬してしまいますわ。


「ふむ、やはりグリニャック様を宰相にすると言うのは難しいですかな」

「お誘いはありがたいのですが、わたくしは女公爵の仕事を全うするだけで精一杯ですわ」

「グリニャック様になら出来ると思うのですがな、是非ご一考下され」

「ふふふ」

「……いやはや、これは手強そうですな」

「お言葉は嬉しく受け止めておきますわ」

「それは何より。デュドナ様も儂の跡を継ぐのであれば、ぜひグリニャック様をと仰っておられますからな」

「まあ、そうなのですか」


 だから、お茶会と称した御前会議に毎回呼び出されているというわけですか。

 まったく、止めて欲しいですわね。


「まあ、前向きに検討して下され」

「ほほほ」


 とりあえず笑って誤魔化しておきます。

 宰相の地位は、テオドニ様が狙っていたはずですが、いえ、正確にはテオドニ様の正妃様が狙っていたはずですけれども、よろしいのでしょうか?


「では、儂は文官志望の者たちにはっぱをかけに行きますので、これで失礼いたします」

「ええ、あまり虐めてはいけませんわよ」

「ははは、若者は多少揉まなければなりますまい」


 そう言って笑いながら宰相はわたくし達の元から立ち去って行きました。

 文官志望の方に、宰相自ら声掛けすると言うのもすごいですが、揉まれなければならない、ですか……、文官の世界も厳しいのですね。

 そういえば、お茶会と称した御前会議にはあまり騎士団長は参加なさいませんわよね。

 宰相とあまりそりが合わないとも聞きますし、そのせいなのでしょうか?

 まあ、内政に関する御前会議ですので、軍務を司る騎士団長は居辛いのかもしれませんわね。

 けれども、内政に力を入れるという事は、王都の警備もそれなりに重視しなければなりませんので、あまり参加なさらないと言うのもどうなのでしょうか?


「ニアは人気者だな」

「ホントだね。まさか宰相に跡を継いで欲しいなんて言われるとは思わなかったよ。あ、もしかしてデュドナ様となにかあったとか?」

「さあ、どうでしょう?」


 一応秘密の会議ですので、流石にトロレイヴ様やハレック様にも言えませんわよね。

 お父様やお母様にも、ランシーヌ様主催のお茶会だと言っておりますし、やっぱり言えませんわよね。

 そんな事を考えていると、デュドナ様の姿が目に入りました。


「ラヴィ、レク。そろそろデュドナ様にご挨拶に参りませんか? 丁度挨拶の波も途切れたようですし」

「そうだね」

「ああ、デュドナ様に取り入ろうとする子息令嬢やその親が多いからな。デュドナ様も大変だな」

「そうですわね」


 わたくし達はそんな話をしながらデュドナ様のもとへ参ります。


「ご機嫌よう、デュドナ様」

「やあ、グリニャック嬢、トロレイヴ殿にハレック殿。卒業式の夜会は楽しんでいるかい?」

「ええ、ダンスも踊りましたし、カクテルも美味しゅうございました」

「そうか。私も卒業式の夜会は今でも良い思い出に残っているよ。トロレイヴ殿とハレック殿は明日から騎士団に入るのだったな。この国の為にも精進してくれ」

「「はい、デュドナ様」」

「うむ、良い返事だ。グリニャック嬢には引き続き次期女公爵としてより一層励んでほしい。まあ、出来れば宰相の跡を継いで私の手助けをして欲しいのだがな」

「それは先ほど宰相にも言われましたが、わたくしには荷が重すぎますわ」


 トロレイヴ様とハレック様のお姿を観察する時間を削られてたまる物ですか。


「そうか? まあ、前向きに検討してくれ。……そういえば、一か月後には三人の結婚式だったな」

「ええ」

「プリエマ嬢の結婚式は王宮の礼拝堂で行う事が決定しているから私も参加できるが、グリニャック嬢の結婚式に参加出来るかはわからないな」

「わざわざデュドナ様に足を運んでいただくようなものではございませんわ」

「ふむ」


 デュドナ様がいらっしゃるとなると、警護などを厳重にしなければいけませんし、面倒事が増えますものね。


「ではデュドナ様、わたくし達はこの辺で失礼いたしますわ。あまりデュドナ様を独占するわけにはいきませんもの」

「下手に野心のある子息令嬢やその親に挨拶されるよりも、グリニャック嬢達と話していた方が気が楽なのだが、まあ仕方あるまい、これも次期国王たる者の務めだ。それに、どこに掘り出し物が眠っているとも限らないしな」

「然様でございますか。ではわたくし達はこれで失礼いたします」

「ああ、卒業式の夜会をよく楽しむと良い」

「「「はい」」」


 わたくしたちはそう返事をして礼をしますと、デュドナ様の元を離れて、一際賑やかな集団を見ます。

 ウォレイブ様達の集団ですわね。

 ジョアシル様達は婚約者がそれぞれ決まりましたが、ウォレイブ様の側妃婚約者はまだ決まっていない為、最後のあがきとは言いませんが、アピールを続ける令嬢が多くいるようですわね。

 それに、エドワルド様は明日にもこの国を出て祖国に帰国なさるとのことですし、別れを惜しむ令嬢も多いのでしょう。


「ラヴィ、レク。エドワルド様に最後のご挨拶をしに参りませんか?」

「そうだな、明日帰国なさるのだし、会話をするのは今日が最後になるだろうからな」

「そうだね、じゃあ行こうか」

「ええ」


 わたくし達は人の波を避けながら、エドワルド様達の方に近づいて行きます。


「やあ、グリニャック嬢にトロレイヴ殿、ハレック殿。君達も私に別れを告げに来てくれたのかい?」

「ええ、エドワルド様。明日には帰国なさるという事ですので」

「帰国したら、こんなに心から楽しめる夜会なんてそうそう無いだろうから、今夜は思いっきり楽しむつもりだよ」

「まあ、そうなのですか」


 不穏! 言っている事がなんだか不穏ですわ!


「祖国にお帰りになってもどうぞご健勝でお過ごし下さいませ」

「ああ、そのように出来る限りの努力はしているし、今後も続けるつもりだよ。なに、大抵の毒は慣らされているし、不意打ちにも対応できる程度の武術の心得もある。まあ、大丈夫だろう」

「ならよろしいのですけれども」


 ほんっとうに不穏ですわね。ブライシー王国ってそんなに物騒な国なのでしょうか? 好戦的な国王陛下だとは聞いていますが、国民自体はさほど好戦的と言うか、殺伐としているといった事は聞きませんわよね。

 まあ、国王陛下が好戦的なので王宮内は殺伐としているのかもしれませんけれども……。


「エドワルド様はやはり国王の座を狙っているんですか?」


 直球! トロレイヴ様、それはあまりにも直球な質問ではございませんこと⁉


「ああ、もちろんだとも。兄上はこの国でも噂になるほどの無能だし、国王になったら家臣たちに良いように担がれて、とんでもない悪政をしてしまうかもしれないからな」


 返事も直球過ぎて思わず聞かなかったことにしたいぐらいですわね。

 まあ、隣国の内政に関わることは流石に現状ではできませんので、心の中で応援するにとどめておきましょう。


「グリニャック様ぁ、これ飲んでみてくださいよぉ」

「え? はい」


 差し出されたグラスを思わず受け取ってしまいます。

 カフェオレのような色のカクテルですわね。


「えっと、これは?」

「カルーアミルクって言うんですよ。甘くっておいしいんですぅ」

「オレリーヌ様のお勧めとあれば頂きますが、オレリーヌ様、少し酔ってしまわれてはいませんか?」

「大丈夫ですよぉ。むしろ気持ちがいいぐらいですぅ」


 オレリーヌ様というのは、ジョアシル様の正妃婚約者になりますが、この様子ではカクテルを何杯飲んだのでしょうか?

 わたくしは頂いたグラスの中身、カルーアミルクを一口いただきます。

 確かに甘くて口当たりの良いカクテルですわね。


「ニア、それって今回出されているカクテルの中では度数が高めだから気を付けてね」

「そうなのですか。オレリーヌ様はもう沢山お飲みになったのですか?」

「そんなことないですよぉ、まだ六杯目ですぅ」


 十分に飲んでいますわね。それでもって、これは確実に酔っていらっしゃいますわね。

 普段のオレリーヌ様は楽しげに話す方ではありますが、このように間延びした話し方をなさる方ではございませんし。


「オレリーヌ、そろそろ水を飲もうよ」

「いやですわぁ。まだカルーアミルクを頂きたいのですものぉ」

「ふう、困ったな」


 困ったな、じゃありませんわよ、ジョアシル様! ご自分の婚約者の摂取酒量の管理ぐらいしてくださいませ。

 そう思ってジョアシル様の側室婚約者の方々を見れば、オレリーヌ様を見てクスクスと笑っていらっしゃいます。

 これは、飲んだというよりも飲まされたのでしょうね。

 既に正室婚約者と側室婚約者達の仲が良くないって、結婚してから大変そうですわ。

 ジョアシル様にこの三人をちゃんと制御できるのでしょうか?

 大公の座は一代限り、ジョアシル様は折を見て公爵位を授爵する予定になっておりますのにね。


「本当に、この国は我が国とは違うね。我が国にも王立の学園があるけど、卒業式にこんな大規模な夜会は開かないよ。卒業式が普通にあって、代表生徒が送辞、答辞を言うぐらいかな。あとは学園長の長ったらしいご高説とか」

「そうなのですか? そこの所はやはり国によって違うのですね」

「そうだね。そもそも我が国の王立学園は高位貴族用の物で、下位貴族は通えないんだ」

「まあ、そうなのですか」

「下位貴族には下位貴族用の私立学園があるんだよ」

「私立学園ですか?」

「うん、まあ私立って言っても運営費の半分以上は王国が出しているんだけどね」

「なるほど。準王立といった感じなのですね」

「そんな感じだね」


 やはり、国によって違いますのね。


「エドワルド様! その、ダンスを踊っていただけませんか?」


 ピンクブロンドの令嬢が顔を真っ赤にしてエドワルド様にそう話かけていらっしゃいました。


「おや、こんな可愛らしい令嬢からお誘いを受けて断るわけにはいかないな。ではグリニャック嬢。また会う日があったら、その時はよろしく」

「ええ、こちらこそ」


 エドワルド様はピンクブロンドのご令嬢の手を取ってダンスフロアに向かわれました。

 わたくしはグラスに残っていたカルーアミルクを飲み切ってしまうと、近くを通った給仕にグラスを渡して、ジョアシル様達の元を離れます。


「最後の思い出にエドワルド様とダンスがしたいっていう令嬢は結構いるみたいだね」

「そのようですわね。まあ、明日帰国なさるのですし、思い出を作るのはよろしいのではないでしょうか?」

「さっきのピンクブロンドの令嬢、結婚を控えた婚約者がいるのに、エドワルド様をダンスに誘うなんて、相当勇気があるな」

「まあ、よくご存じですわね」

「騎士科にいる男爵子息の婚約者だ。一度紹介されたことがある」

「そうなのですか。わたくしが存じ上げない方という事は、子爵令嬢か男爵令嬢でしょうか?」

「男爵令嬢だね」

「そうですか。同じ年頃の令嬢は一度はわたくしの主宰するお茶会に来ていただいているつもりだったのですが、どうにも見覚えがないのですよね」

「ああ、学園に途中編入してきた令嬢だよ。まあ、よくある話だけど、男爵家の庶子の子で、母親が病で倒れたのを機に引き取ったらしいよ」

「そうなのですか。学園に入ってからは高位貴族のご令嬢としかお茶会をしておりませんでしたので、それでは知らないはずですわね」


 そうなりますと、エドワルド様はまさに雲の上の存在、本当に最後の夜だと思って勇気を出されたのですね。

 わたくしはチラリとダンスホールを見ます。

 そこには、蕩けた様に幸せそうな顔で踊る令嬢と、それを微笑んで見守りながら踊っているエドワルド様がいらっしゃいました。

 そのような感じに、楽しい時間はそれぞれ過ぎていき、わたくしももう一度トロレイヴ様とハレック様とダンスを踊り、卒業式の夜会は終了となりました。

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