016 腐女子仲間発見

「グリニャック様、最近、前にも増して色気がでてきたわね」

「そうですか? 自分ではよくわかりませんわね」

「アタシが保証するんだから確実よ」


 わたくしは今、誕生日パーティー用のドレスを作成するための仮縫い中でございます。

 今回のドレスはトロレイヴ様とハレック様からのプレゼントとなっております。


「そうね、胸のボリュームが増してきたのもあるけど、このコルセットもいらないような細い腰と肉付きが良くなってきたお尻、男にはたまらないでしょうね」


 アナトマさんはオネエなので、恋愛対象は男なのだそうですわ。

 こんな身近に薔薇世界の方がいらっしゃるのは嬉しいのですが、アナトマさんのお相手の方はなんとゲームの攻略対象の銀細工職人のヴィリアンさんだと言うのです。

 男なのに女らしい色っぽさをもつオネエのアナトマさんと、職人気質で儚げな様子のヴィリアンさんは、一体どちらが攻めなのでしょうか?

 前世の同人世界でもお見掛けしたカップリングですので、とても興味がありますわね。

 確かに、ドレスデザイナーなのですし、銀細工職人であるヴィリアンさんと接触する機会は、考えてみれば多くございますわよね。


「だからと言って、あまり体のラインを主張したドレスばかり作るのはどうかと思いますのよ?」

「あらぁ、このドレスの大まかなデザインはトロレイヴ様とハレック様のデザイン案を採用してるのよ。まあ、あの二人もお年頃だし、色っぽくなっていく婚約者の魅力を最大限引き出したいんでしょうねえ」

「うぅ……」


 トロレイヴ様とハレック様のお好きなデザインとあれば着用するのも嫌ではないのですけれども、六月の暑くなり初めの時期とは言え、薄手の生地のドレスですし、あまり体のラインを強調するのはやはり少し恥ずかしいですわね。

 お二人は胸元を大きく開いたデザインこそなさいませんけれども、その替わり、体のラインを強調するようなデザインを良くなさるのですよね。

 まあ、わたくしも誕生日を迎えたら十八歳になるのですし、学園に通っているとはいえ、成人するのですし、お母様のような立派な淑女になるためにも、こういったデザインのドレスにも慣れなければなりませんわよね。


「……話は変わりますけれども、アナトマさんは恋人のヴィリアンさんとは相変わらず上手くいっておりますの?」

「あったりまえよぉ。アタシたちはいっつもラブラブよ。見てよこのアンクレット、ヴィリアンとお揃いなんだけど、ヴィリアンのお手製なのよ」

「綺麗ですわよね。ヴィリアンさんのお作りになる銀細工はわたくしも贔屓にさせていただいておりますけれども、どれも素晴らしい出来栄えですわ」

「そうでしょ、さっすがアタシの彼氏よね」

「そ、それで……その、お二人は、その、肉体関係はございますの?」

「なぁに? 気になっちゃうの? もちろんあるわよぉ。予定が合った日は熱い夜を過ごしてるわ」


 あるのですね! それも熱い夜ですか!

 ああ、どちらが攻めなのか本当にお尋ねしたいですけれども、ここで尋ねてもよろしいのでしょうか?


「あ、グリニャック様。もしかして、アナトマさんとヴィリアンさんの関係が気になっちゃってるんですか? あたしも興味があって、二人の夜の営みについて聞いたことがあるんですけど、そこは教えないって言われちゃったんですよ」

「まあ、そうなのですか」


 アナトマさんを攻略する場合に出てくるライバル役のお針子、ティアナさんがそう仰います。


「あったりまえじゃないのぉ。夜の生活については、乙女の秘密よ」


 くっ、先手を打たれた感じですわ。


「ティアナさんは、いわゆる、そういう男性同士の恋愛について興味がございますの?」

「そりゃぁ、こんな身近にいますからね。興味が湧かない方がおかしいですよ」

「ティアナさん!」

「な、なんでしょうか、グリニャック様」

「今度、ぜひわたくしとお茶を致しませんか?」

「え? ええ?」


 仮縫いの為にわたくしの前に居るティアナさんの手をガシっと握りしめて、わたくしはきらきらとした目でお茶に誘いました。


「アナトマさんとヴィリアンさんの日常の交流関係について、是非ともお伺いしたいですわ」

「ええ!? グリニャック様もそういった事に興味があるんですか?」

「ええ!」


 わたくしは力強く頷きます。


「意外です、グリニャック様がそう言った事に興味があるなんて」

「他の方には秘密にしてくださいませね。あ、でももし同志の方がいらっしゃるならご紹介していただけますか?」

「わかりました」

「ありがとうございます」


 やっと、やっとこの国での同志を得ることが出来ましたわ! これで薔薇世界について楽しいお話が出来るというものです。


「なによぉ、グリニャック様ってばあんなに麗しい婚約者が二人もいるのに、こっちの世界に興味があるのぉ?」

「ええ、逆にあれほど色気の塊のようなお二人を目の前にしておりますのよ? そう言った世界に興味が湧いてもおかしくはございませんでしょう?」

「わかります。それに、トロレイヴ様とハレック様って、グリニャック様を愛してるってわかりますけど、お二人の距離が近いですもんね」

「そうですわよね! わかっていただけて嬉しいですわ」

「わかりますとも。あたしも、アナトマさんとヴィリアンさんが付き合う前から、その距離の近さに怪しいなぁって思ってたんですよ。美形同士の距離が近いっていいですよね」

「ええ、そうですわよね」


 わたくしはつい話に夢中になってしまいます。


「はいはい、お嬢さん方。話に夢中になるのはいいけど、今は仮縫いの途中なのよ。グリニャック様もティアナの邪魔をしないで頂戴。ティアナも手を動かしなさい」

「あ、はーい」

「申し訳ありません」


 わたくしはティアナさんの手を離して姿勢を正します。


「OK、じゃあ次は軽く体を動かしてみてちょうだい。引っかかるとか、動きにくいとかないかしら?」


 わたくしは言われるがままに、ダンスの際に取るようなポーズをしてみたり、クルリと一回転してみたりして確認を致します。


「問題はないようですわ」

「そう? ならよかったわ。グリニャック様は成長期だから、毎回ドレスを作る度にサイズが変わっちゃうって、作り手としては毎回ハラハラするのよね」

「そうなのですか? アナトマさんは腕がよろしいので、わたくしは毎回安心してお任せできるのですけれども」

「そう言ってもらえると、デザイナー冥利に尽きるわね」


 アナトマさんはそう言うと、麗しい笑みを浮かべてくださいました。

 仮縫いが終わり、アナトマさん達が片づけをしているのを見ながら、わたくしはティアナさんに近づきます。


「今度の休日はいつでしょうか?」

「えっと、来週のの日になります」

「では、その日に一緒にお茶を致しましょう」

「わかりました。是非お邪魔させていただきますね。流石に、あたし以外のそういった趣味のご令嬢や貴婦人の方を急にお誘いするのは難しいですけど、リストは作っておきますね」

「まあ! 嬉しいですわ。ぜひお願いいたしますわね」


 こんな身近に腐女子仲間がいるなんて思ってもみませんでしたわね、ルトラウト様の事と言い、人生何が待ち構えているかわかりませんわ。

 わたくしはティアナさんとのお茶の約束を致しますと、布地や装飾品を片付ける姿をソファーに座って眺めておりました。


「よし、じゃあグリニャック様。誕生日パーティー前日までにこっちにこのドレスは届けるようにするわね」

「よろしくお願いしますわ」

「完璧に仕上げて見せるから、任せてちょうだい」

「期待しておりますわ」

「ええ、じゃあまた御贔屓にね」


 最後にアナトマさんはウインクをしてわたくしの私室を出て行きました。


「グリニャックお嬢様。顔がにやけておりますよ」

「……コホン。えっと、リリアーヌ、この後の予定は何だったかしら?」

「誤魔化しましたね? まあよろしいでしょう。この後はダンスの練習となっておりますので、練習用のドレスにお着替えしていただくことになりますね」

「わかりましたわ」


 わたくしは頷くと、リリアーヌを連れて衣裳部屋に向かいました。



 そうして、待ちに待った翌週の火の日、わたくしは学園に通っている間も、家に帰った後に行われるティアナさんとのお茶に思いをはせておりました。


「ニア、なんだか今日は一日中機嫌がよかったね」

「そうですか?」

「ああ、いつもよりも目がキラキラしていたように感じるな」

「まあ」


 いけませんわね。けれども仕方がありませんわ。


「実は、今日はアナトマ様のもとで働いているティアナさんとお茶をする予定になっておりますのよ」

「ああ、あのお針子か。いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

「この間の誕生日ドレスの仮縫いの際に、話が盛り上がりまして」

「そうなんだ、どんな話?」

「それは……乙女腐女子の秘密ですわ」

「言えないような話題で盛り上がったっていう事か?」

「ひ、秘密ですわ」

「怪しいね、一体どんな話題で盛り上がったのか気になるなあ」

「ふふふ」


 わたくしは笑って誤魔化します。

 ここで腐女子仲間が出来たなんてバレてはいけませんわよね。


「まあ、いいか。お茶会楽しんでね」

「お茶会と言うか、二人でお茶を楽しむだけなのですけれどもね」

「そうなんだ? まあ、ティアナは平民だし、他の令嬢を集めてのお茶会は無理か」


 いいえ、腐女子・貴腐人仲間を集めてのお茶会はいずれいたしますわ!


「では、わたくしは約束の時間がございますので、今日はこの辺で失礼いたしますわ。ラヴィ、レク、また明日」

「「また明日」」


 わたくしはそう言って御者の手を借りて馬車に乗り込みますと、家路につきます。

 十五分ほど馬車に揺られて家につきますと、ドミニエルが玄関まで出て来ておりまして、既にティアナさんがいらっしゃっている事を教えてくれました。

 トロレイヴ様とハレック様の居残り訓練に夢中になっていて、約束の時間を過ぎてしまったのでしょうか?

 わたくしは早歩きでティアナさんが待っている待機部屋に向かいます。

 待機部屋では、ティアナさんがソファーに座ってお茶を飲んでいらっしゃいました。


「ごめんなさい、ティアナさん。お待たせしてしまったでしょうか?」

「いえ、あたしが早く来ちゃっただけですよ。グリニャック様はどうぞ着替えて来てください」

「そうですか? では、お言葉に甘えて。ドミニエル、ティアナさんをガーデンテラスにご案内してもらえるかしら?」

「かしこまりました、グリニャックお嬢様。ティアナさん、ガーデンテラスにご案内いたします」

「よろしくお願いします」


 ティアナさんはドミニエルに着いて待機部屋を出て行きました。

 わたくしもドレスに着替えるために、私室に戻り、リリアーヌの手を借りてドレスに着替えると、早歩きでガーデンテラスに向かいました。

 ガーデンテラスに到着すると、ティアナさんがすでに用意されているお茶を飲んで待っていらっしゃいました。


「お待たせしました」

「構いませんよ。グリニャック様、そのドレス、やっぱり似合ってますね」

「そうですか? ありがとうございます」


 わたくしはそう言いながらティアナさんの向かいの席に座りました。そうすると、すぐにリリアーヌがわたくしの前にアイスティーを差し出してくれましたので、それを一口飲みます。


「グリニャック様、これがあたし達と同じ嗜好を持った令嬢・貴婦人のリストになります」

「ありがとうございます。……まあ、あの方も同志でいらっしゃいましたのね」

「隠していらっしゃる方がほとんどですからね。あたしも、アナトマさんがそう言う性癖で、そういった話を令嬢や貴婦人の方々としなかったら分かりませんでしたよ」

「そうなのですか。やはり、アナトマさんがそういった性癖ですから、同志も集まるというものなのですね」

「そうですね、やっぱり身近にいるといないとでは段違いですよ」

「そうですわよね。わたくし、トロレイヴ様とハレック様を初めて見た時から、そう言った関係だと思っておりましたのよ。まあ、今はわたくしを愛してくださっているとわかっているのですが、やはり、お二人が絡んでいるのを見ると、妄想で滾ってしまって」

「わかります! あたしもアナトマさんとヴィリアンさんを見てると二人でいる時はどんな会話をしてるのかとか、妄想しちゃうんですよね」

「そうですわよね、やっぱり妄想してしまいますわよね」

「トロレイヴ様とハレック様、幼馴染っていう事もあって、お互いの距離が近いですよね。グリニャック様を愛してるってわかっていても、やっぱり妄想しちゃいますよね」

「そうなんですの。つい妄想してしまうのですよね。特に、格闘の訓練などしているときなど、体の接触がございますでしょう? 妄想せずにはいられないと申しますか……」

「それは妄想しちゃいますよね。トロレイヴ様とハレック様は麗しいですし、そんな二人が格闘の訓練とはいえ、濃厚に絡んでいる姿を見ちゃったら、妄想しちゃいますよね」

「ええ、本当に妄想が止まりませんのよ」


 わたくしは「ほう」と艶めいた息を吐き出してしまいます。


「ティアナさんは、他にそういった関係にある方についてはご存知ですか?」

「そうですねえ、あたしが知ってるのは………………」


 そうして、三時間ほど楽しい腐女子会話が続きましたが、夕食の時間が近づいているとガーデンテラスにやって来たドミニエルに言われて、この日はお開きになりました。

 その際、リストにあった令嬢・貴婦人を集めてのお茶会をいつか開くので、その時はぜひ参加してくださるように約束をいたしました。

 はあ、やはり同志とのお話は時間が過ぎるのがあっというまですわね。

 前世でもネットでそういった話をすると、看護士さんに怒られるまでお話をしてしまっておりましたのよね。

 わたくしはティアナさんを見送りますと、夕食の時間になっておりますので、食堂に向かいました。

 食堂に着きますと、すでにお父様とお母様がいらっしゃって私を待っている状態のようでした。


「お待たせいたしました」

「構いませんよ。随分楽しいお茶会だったようですね」

「ええ、とても楽しい時間を過ごすことが出来ました。今度、ティアナさんに教えていただいた令嬢や貴婦人を招いてのお茶会もしたいと思っておりますのよ」

「そうですか。貴女も再来週には十八歳になるのですものね、そろそろ令嬢だけではなく、貴婦人との交流も必要になってくるでしょうね」

「ええ、そうですわね」


 まあ、学園に通っている間は、一応未成年扱いで、学園の卒業パーティーが夜会になっておりまして、事実上のデビュタントになっております。

 そう、通常ですと、学園を卒業するまでは夜会に参加することは出来ないですし、お酒を飲むことも禁じられております。

 事情があって、学園を中退なさった方は、十八歳になるとデビュタントを済ませる決まりになっております。

 まあ、どこにでも例外はございますけれどもね。

 そんな事を考えていますと、お父様が夕食を運んでくるように指示をだしましたので、夕食がどんどんと運ばれてきます。

 わたくしはまずアスパラのクリームスープを一口いただきました。


「それで、誕生日パーティーの会場なのだが、プリエマも合同で行う為、王宮で行う事になった」

「まあ、そうなのですか」


 プリエマ用に用意した髪飾り、気に入っていただけますでしょうか?


「儂とベレニエスからはプリエマとグリニャックには揃いの耳飾りを贈る予定だが、グリニャックはプリエマに何を贈るつもりなのだ?」

「髪飾りですわ」

「そうか、気に言って貰えると良いな」

「ええ」


 わたくしはそう答えますと、夕食の続きを食べ始めます。

 はあ、今日は楽しいお茶会をしたせいか、いつもよりも食事が美味しく感じられますわね。

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