015 決闘

「え? お二人が決闘をなさるのですか? どうしてまた……」


 四月が近づいて来たある日の昼食時、わたくしはいつものようにトロレイヴ様とハレック様と昼食を食べておりましたら、突然今日の放課後にお二人が決闘をすると聞かされて、思わず持っていたナイフとフォークを取り落としそうになってしまいました。


「そろそろ、どっちが正室になるか決めないといけないしね」

「ああ、ニアが私達を平等に扱ってくれるのはわかっているが、これだけは決めなければならないからな」

「然様ですか……」


 確かに、いい加減どちらを正室にするか決めなければいけませんが、まさか決闘で決めるとは思いませんでしたわ。


「ニアにもぜひ立ち会って欲しいな」

「それはもちろんですわ」


 そもそも、放課後の居残り訓練には毎回見学させていただいておりますものね。

 動揺する私をよそに、トロレイヴ様とハレック様は何でもない顔をして食事を続けていらっしゃいます。


「決闘だからね、なんでもありでやるつもりだよ」

「剣と格闘を組み合わせて戦うという事ですか?」

「そうだな。本当なら模擬剣ではなく、本物の剣を使うべきなんだろうが、生憎放課後の訓練で真剣を使うことは許可が下りないからな」

「まあ! 真剣で戦うなど、危ないではありませんか」

「でも、本気の勝負だからね、出来れば実戦形式でやりたかったんだよ」

「そうなのですか……」


 居残り訓練で真剣が使われないルールがあってよかったですわ。

 お二人が怪我をしてしまっては大変ですものね。


「それにしても、急に決闘だなんて、いつお決めになりましたの?」

「今日だよ。午前の訓練中にレクと話しててそろそろ決めるべきかなって思ってね」

「それに、決めておいた方が初夜での順番などもすんなり決まるだろう?」

「しょ、初夜ですか」


 言われて、わたくしの顔は思わず真っ赤になってしまいます。

 あと半年せず、結婚をすることになっておりますので、その、初夜ももちろん行われるわけですが、今はまだ恥ずかしさが勝ってしまいますわ。

 お友達の中には、結婚前にそういった事を致している方もいらっしゃいますが、わたくしはとてもできませんわね。

 覚悟がないと申しますか、閨の勉強ももちろんしておりますが、勉強すればするほど恥ずかしくなってきてしまうのですわ。


「このような場所で、しょ、初夜だなんて仰らないで下さいませ」

「ニアはかわいいね、そんなに真っ赤になっちゃって」

「今からこの調子では、本番が心配だな。気絶してしまうんじゃないか?」


 否定できませんわね。

 以前神様が夢を繋いだ時、上半身裸状態のお二人に抱きしめられて、もう気絶しないようにするので限界でしたもの。

 皆様よく婚前性交などできますわね。

 わたくしには本当に無理ですわ。

 そういえば、学園に通う令嬢の中には、中退する方々も何人かいらっしゃいましたわね。

 それってつまり、そういうことをして、妊娠してしまったから中退してしまったという事でしょうか?

 お茶会友達の中には中退なさった方はいらっしゃいませんが、爵位が下がっていくほどその数は多いと聞きます。

 爵位が下がっていくと、貞操観念が違くなってしまうのでしょうか?

 せめて避妊はするべきですわよね。


「あ、このラズベリーのシャーベット、美味しいよ。ニア好みかも」

「まあ、そうなのですか? それでしたら、わたくしもそちらを頼めばよかったでしょうか?」

「食べてみる?」

「よろしいのですか?」

「うん、はい」

「え」

「ほら、溶けちゃうよ」


 てっきりお皿を渡してくださると思ったのですが、トロレイヴ様はスプーンでシャーベットを掬って、わたくしの方に差し出してきている状況でございます。

 これは、同人誌で何度も見た、いわゆる「あーん」という行為ではないでしょうか?

 わたくしは咄嗟に周囲を窺います。

 観葉植物でこちらの事はあまり見えませんし、注目していらっしゃる方々もいないようですけれども、まさか「あーん」をわたくしがされるなんて、思いませんでしたわ。


「ニア、こぼれてしまうぞ」

「え! あ、はい」


 わたくしは意を決して差し出されたスプーンを咥えました。

 顔から火が出てしまいそうですわ。

 ああ、でも確かにこのラズベリーのシャーベットは美味しゅうございますね。


「ニア、こっちのアップルパイも一口どうだ?」

「え」

「ほら、ホクホクで美味しいぞ」


 ハレック様からも同じように「あーん」をされております。

 トロレイヴ様からの「あーん」を受けて、ハレック様からの「あーん」を受けないわけにはいきませんわよね。


「い、頂きますわ」


 差し出されたフォークの先にあるアップルパイをパクリと口に含みます。

 果汁が口の中に溢れて、これも美味しゅうございますわね。

 けれども、わたくしの顔はホクホクどころか、真っ赤でございますわ!

 そんな感じに昼食を終え、午後の講義が終わり、あっというまに放課後になってしまいました。

 お二人が決闘すると言うのは噂になって広まっているのか、訓練場にはすでに多くの見学客が集まっている状態でございます。

 見学客の中にはウォレイブ様達もいらっしゃいますわね。

 真剣勝負となりますので、いつもの訓練とは違い、判定人の講師がいらっしゃいます。

 トロレイヴ様とハレック様は模擬剣を持って、試合開始の合図を待って瞑想しているようでございます。


「ではこれより、試合を開始する。双方、剣を構えよ!」


 講師の言葉に、お二人は目を開けて剣を構えます。

 格闘もありの実戦形式の試合となっておりますので、剣を弾き飛ばしたらそれで終わりというような生半可な試合ではございませんわ。

 お二人に怪我がなければよろしいのですけれども。


「では、試合、開始!」


 講師の方の声がかかりますが、お二人は剣を構えたまま動こうとは致しません。

 相手の隙とタイミングを見合っているのですわ。

 見ているだけで肌がチリチリとしてくるようでございます。

 わたくしは、真剣なお顔のお二人を漏れなく写真にとらえようと写真機を構えておりますが、緊迫感にシャッターを押すことが出来ません。

 そんな膠着状態が続く中、誰かが「パシン」と手を叩いた音がいたしました。

 その瞬間、トロレイヴ様とハレック様が同時に動き出し、剣を交えました。

 ………………手に汗握る緊張感が続く試合は三十分ほど続いております。

 お二人の戦いは、泥臭く、けれどもまるで舞いを踊っているかのように美しいものでした。

 思わず見惚れてしまいます。

 見学客たちの皆様も、固唾をのんで見守っているようでございます。

 ああ、わたくしはどちらを応援したらいいのでしょうか?

 お二人に頑張って欲しいのですけれども、勝者はお一人なのですよね。

 そう考えておりますと、ハレック様がトロレイヴ様の剣を弾き飛ばしました。

 トロレイヴ様はすぐさま格闘に方向性を変え、ハレック様に蹴りを入れます。

 「ぐっ」という、くぐもった声がハレック様から聞こえてきます。

 そして、蹴りの衝撃でハレック様は持っていた剣を取り落としてしまいました。

 そこからは、お二人が組み合っての格闘戦に切り替わりました。

 いつもならば、もう決着がついている頃合いですのに、今日は随分と長引いておりますわね。

 格闘戦は続き、お二人の顔や体に打撃の傷がどんどんとついて行きます。

 これは数日傷みが続きそうですわね。

 このまま決着がつかないのではないかと誰もが思った時、トロレイヴ様がハレック様の背後に回り込み、その首に腕を回しました。

 ハレック様は腕を外そうともがきますが、トロレイヴ様の力に敵わないのか、外れる様子はありません。

 そうして、そのままトロレイヴ様がハレック様の首を絞め続けると、審判役の講師の方が「そこまで!」と大きな声を出して、試合が終了いたしました。

 すると、トロレイヴ様がハレック様の首から腕を離し、その途端にハレック様が「ごほごほ」と咳き込みました。

 大丈夫でしょうか?

 お二人の美しい顔にも、殴られた跡が残っております。

 痛そうですし、早く痛み止めと軟膏を渡さなくてはいけませんわね。

 ティスタン様開発の軟膏と痛み止めですので効果はバッチリのはずですわ。


「勝者、トロレイヴ殿!」


 審判役の講師の方の声に、見学なさっていた方々がワッと歓声を上げます。


「げほっくっそ、勝てなかったか」

「はあ、はあ……なんとか勝てたね」


 お二人はそう言いながらわたくしの方に近づいていらっしゃいます。


「リリアーヌ、痛み止めと軟膏を用意してもらえるかしら?」

「かしこまりました、グリニャックお嬢様」


 わたくしはリリアーヌから受け取った痛み止めと軟膏を持って、トロレイヴ様とハレック様が居らっしゃるのを待ちます。

 すぐにお二人はわたくしのもとまで来て、へたりと床に座り込みました。


「大丈夫ですか? お二人とも」

「僕はなんとか。ハレックは、僕が首を締めちゃったからきつかったかも」

「確かにもう少し講師が止めるのが遅かったら落ちていたな」

「こんな危ない事、もうなさらないでくださいね」

「どっちが正室になるかの決着はついたし、レクとはもう訓練しかしないよ。でも、真剣勝負もたまにはいいね、いい勉強になる」

「そうだな、だが、負けたのはやっぱり悔しいな」

「ここは譲れないからね」

「私だって譲れなかったんだけどな」


 お二人はわたくしが渡した痛み止めを飲んで、軟膏を受け取ってくださいました。


「全く見ているこちらの方が緊張してしまいましたわ。お二人の事を写真に収めようとしたのですが、緊張のあまりシャッターを押すことが出来ませんでしたわ」

「そんなに? まあ、確かに必死だったから殺気立っていたかもね」

「私も殺気立っていたかもしれないな」

「それにしてもニア、今飲んだ痛み止め、めちゃくちゃ苦かったんだけど、何が入ってるの?」

「えっと、甘草と芍薬と、なんでしたかしら? とにかくお抱え錬金術師のティスタン様の自信作ですわよ」

「僕、そのティスタン様って人に会ったことないんだけど、どんな人?」

「そうだな、ニアが信頼しているのはわかっているんだけれどもな」

「えっと……研究馬鹿でしょうか? 今は写真機のカラーインクの開発に熱心に取り組んでいらっしゃいますわ。気分転換に他の物にも手を出していますけれども。今飲んでいただいた薬も、お渡しした軟膏もその研究の結果作られたものですわね」

「ニアのお抱え錬金術師か、一度会ってみたいな」

「そうだな、是非一度会ってみたいな」

「そうですか? そうですわねえ、ティスタン様は研究の邪魔をされるのはあまりお好きではないので、一度わたくしの方からお話をして、時間を作っていただきますわ」

「うん、お願いね」

「これで謎のお抱え錬金術師に会えるな」

「謎って」


 わたくしは思わず苦笑してしまいます。

 ティスタン様は引きこもり体質の研究馬鹿なだけなのですけれども、そんなに興味が湧くものなのでしょうか?

 そういえば、以前我が家に泊まっていただいた時には引き合わせませんでしたわね。

 結婚するのですし、確かに近いうちに顔合わせをしておいたほうが良いかもしれませんわ。


「お二人とも、着替えのついでにちゃんと傷に軟膏を塗ってくださいませね」

「分かってるって」

「じゃあ、早速着替えてくるか。ラヴィ、軟膏塗ってくれよ」

「OK、僕にも塗ってね」


(軟膏を塗り合う!)


 前世の同人誌で見ましたわ! ギリギリ十八禁ではございませんでしたけれども、裸のお二人が、怪我の処方で軟膏を塗り合うのですわよね!

 ああ、出来れば生で……いいえ、無理ですわ、裸のお二人を直視なんて出来ませんもの。

 そもそも、男子更衣室でしょうし、女人は立ち入り禁止ですわよね。

 残念な反面、ちょっとほっと致しましたわ。

 それにしても、結婚まであと半年ぐらいですし、正室がトロレイヴ様に決まりましたし、結婚式の準備をしなければなりませんわね。

 お二人と結婚ですか、まだ実感が湧きませんわね。

 わたくしが未だにお二人のファン気分が抜けないせいもあるのですけれども、結婚を控えているのですし、気持ちを切り替えなければいけませんわよね。

 けれども、やはりトロレイヴ様とハレック様はわたくしにとっては好きなアイドルと申しますか、とにかく未だに高嶺の花のような方々なのですわ。

 まあ、もう半年もしないうちに結婚するのですけれどもね。

 うーん、気持ちを切り替えなくてはいけませんわよ、わたくし。いつまでもファン気分ではお二人にも申し訳がありませんものね。

 でも、やはり推しのお二人を目の前にしてしまうと、恋愛感情ももちろんございますが、ファン心理と申しますか、腐女子心理が働いてしまうのですわ。

 だって仕方がないではありませんか、お二人があまりにも素敵なんですもの。


「グリニャックお嬢様、馬車停めにはいかないのですか?」

「そうですわね、参りましょうか」


 わたくしが訓練場である体育館から出ようとすると、ウォレイブ様達が前に出ていらっしゃいました。


「やあ、グリニャック嬢。トロレイヴ殿とハレック殿の戦いは見事だったね」

「そう言っていただければ、お二人も喜ぶと思いますわ、エドワルド様」

「あのような若者がいるなんてこの国が羨ましく思えてしまうよ。私も国に帰ったら、若者の戦力強化に力を入れなければならないかな」

「まあ、そうですか」


 ふむ、やはりエドワルド様はこの国に骨を埋めるのではなく、お国に帰るおつもりなのですね。

 そうなりますと、第一王子であるお兄様との王位争いが勃発するでしょうし、最悪内戦が起こってしまうのではないでしょうか?

 我が国と致しましては、無能と有名で家臣に担がれるままに動く第一王子よりも、理性的で有能と有名なエドワルド様が王位を継いでくださったほうがいいのですけれどもね。

 まあ、隣国の内政に我が国が関わるわけにも参りませんし、どうなるかはエドワルド様次第といったところなのでしょうか。


「エドワルド様は学園を卒業したら、やはり国に戻るおつもりなのですか?」

「そうだね、その準備もちゃんとしているから」


 準備、準備ですか……、なんだか不穏な感じも致しますけれど、何故でしょうね。


「エドワルド様の祖国は軍事に力を入れていらっしゃるのですよね」

「うん、父上がなにせ好戦的だからね。まあ、私が国王になったら軍事を控えめにして内政に力を入れるつもりだよ」

「そうなのですか」


 いま、さらっと国王になるとか言いましたわよね。

 なんだか不穏ですわねえ。

 エドワルド様の国を守護なさっている神様にお会いしたことはございませんけれども、第一王子とエドワルド様と、どちらの味方をなさるのでしょうね。

 ……ブライシー王国を守護なさっている神様が、我が国を守護なさっている神様より有能だとしたら、少し羨ましいですわよねえ。

 まあ、我が国を守護なさっている神様は、防御特化のような気も致しますけれども、ブライシー王国を守護なさっている神様は攻撃特化なのかもしれませんわね。

 そうでなければ、代々好戦的な国王が即位するなど早々ないでしょうし。

 その場合、軍事を控えて内政に力を注ぐと言うエドワルド様の即位に関して、良く思うのでしょうか?

 難しいですわね。

 まあ、わたくしが考えたところで、どうにかなるとも思えませんし、考えるだけ無駄でしょうか?


「では、わたくしはトロレイヴ様とハレック様を馬車停めの所で待たなければなりませんので、この辺で失礼いたしますわ」

「ああ、二人に良いものを見せてもらったと伝えてくれ」

「わかりましたわ」


 わたくしはウォレイブ様方に礼をいたしますと、馬車停めの所まで歩いて行きます。

 到着いたしますと、まだお二人はいらっしゃっていないようで、わたくしはいつものようにリリアーヌが差してくれる日傘の下でお二人を待ちます。

 しばらくすると、若干ふらついているトロレイヴ様とハレック様がいらっしゃいました。

 ……少し見ない間に何があったのでしょうか? 訓練場を出る時は足取りはしっかりしていたように思うのですけれども、着替え中に何かあったのでしょうか?

 ああ、聞き出したいですわ!


「お待たせ、ニア」

「すまない、軟膏を塗るのに少々時間がかかった」

「いいえ、構いませんわ」

「しかし、この軟膏は匂いが凄まじいな。ニアに匂いが移るといけないから、あまり近寄らないように」

「……確かに、少し臭うかもしれませんわね」


 これは、改良をお願いしたほうが良いかもしれませんわ。


「うーん、せっかく正室の権利を勝ち取ったんだし、ニアを抱きしめたいけど、この匂いじゃ流石に無理だなあ」


 確かに、この匂いは……。

 まあ、移っても湯あみで落とせばいいと思うのですけれども、お二人は気になさっているようですわね。

 それにしても匂いですか、どのように改良して貰えばよろしいのでしょうか?

 ティスタン様は匂いとか気になさらないですものねえ。

 まあ、それは今後の課題と致しましょう。


「そういえば、エドワルド様が良いものを見せてもらったと仰っておりましたわ」

「そう? まあ、満足してもらえたらそれでいいんだけど、見世物になるのはちょっとねえ」

「仕方がないさ、あれだけ見学人が居たんだ。多少の事は我慢しなければな」

「そうは言ってもねえ。まあ、いい虫よけにはなったと思うけど」

「虫よけですか」


 そんなもの無くてもわたくしはトロレイヴ様とハレック様以外目に入りませんのにね。


「ニアは月の女神様みたいだって評判で、人気が高いし、心配なんだよ」

「まあ、それは過大評価ですわね」


 わたくしが月の女神のようだなんて、なんだかこそばゆいですわね。


「ニアは令嬢にも人気だしな」

「そうでしょうか? 確かにお茶会は頻繁に開いておりますけれども」

「うん、ニアの開くお茶会は令嬢方に人気だよね」

「そうなのですか?」

「うん。まあ、高位の令嬢を呼ぶことがほとんどだから、下位貴族の令嬢はお茶会に呼ばれたいって思っているみたいだよ」

「そうなのですか? 下位貴族の令嬢とは、話が合わないことが多いので、遠慮していたのですが、お誘いしたほうが良いのでしょうか?」

「そこはニアの自由でいいと思うよ」

「そうだな、無理に下位貴族の令嬢と懇意にならなくてもいいだろう」

「それじゃあ、名残惜しいけど今日はこの辺で帰ろうか」

「そうですわね。お父様にラヴィが正室に決まったことを報告しなければなりませんしね」

「本当に、負けたのが悔しいな」

「僕も剣を弾き飛ばされた時は焦ったよ」

「そうか? その後すぐに私に蹴りを入れてきた辺り、大分冷静だったように思えるがな」

「そうですわね、あの切り替えの早さは見事でしたわ」

「そう? 僕としては必死だっただけなんだけどね」

「私も必死だったぞ」


 そう言ってトロレイヴ様とハレック様はお互いに肩を小突き合います。

 シャッターチャンスですので、もれなく写真に収めました。


「いった。あんまり強く叩かないでくれるかな?」

「それはこっちのセリフだ」


 くぅっ、この会話! たまりませんわね。

 お二人は真剣勝負をして、絆をより一層深めていくのですわね。

 ああ、わたくしが見ていない更衣室で何があったのでしょうか? 尋ねたい気持ちと、尋ねてはいけない気持ちがせめぎ合ってしまいますわ。

 ……いえ、駄目ですわ。

 下手に尋ねてまた腐妄想をしている事がバレてしまっては、何をされるかわかりませんものね。

 ここは我慢するのですわよ、わたくし。

 その後、トロレイヴ様とハレック様と別れて馬車に乗り屋敷に帰りました。

 屋敷に帰り、私室に行って制服からドレスに着替えてから、お父様の執務室に向かいます。

 執務室に到着すると、ドアをノックして、入室の許可を頂きました。


「グリニャック、どうかしたのか? 今日は仕事の手伝いは不要だぞ」

「今日は報告に参りましたの。本日、トロレイヴ様とハレック様が決闘を行いまして、正室がトロレイヴ様に決定いたしましたのよ」

「そうか、やっと決まったのか」

「ええ、これで招待状などの準備が出来ますわね」

「父上や母上も流石に領地から呼ばなければならないな」

「そうですわね。」

「とにかく、グリニャックの結婚式まで半年しかないからな、ドレスの発注などもあるし、色々と忙しい半年になるだろう」

「大変そうですわね」

「何を人事のように言っている。お前自身の事だぞ」

「そうは言ってもお父様、まだ結婚をするという実感が湧きませんの」

「ふむ、やはり強硬策を取るべきだったか」

「強硬策ですか?」


 わたくしは首を傾げます。


「閨の講義についてはお前らしくなく及第点止まりのようだからな、少し刺激が必要だと思ってな」

「まあ! そのような破廉恥なことをお考えだったのですか!?」

「グリニャックはこういった方面には本当に疎いと言うか、抵抗感が強いと言うか、まったく、半年後には結婚するのだぞ? もっと自覚を持ったらどうだ?」

「そう仰られましても、恥ずかしいものは恥ずかしいのですわ」

「はあ」


 お父様にため息をつかれてしまいました。

 溜息を吐かれましても、わたくしとしてはトロレイヴ様とハレック様の上半身裸の姿で抱きしめられただけで意識を保つのに精いっぱいでしたのに、あれ以上の事等、精神が持つのか本当に自信がないのですよね。

 ああ、やはり前世であと一年生きていて十八禁の世界に手を出すことが出来ていれば、もう少し知識もございましたし、お二人の裸にも慣れていたかもしれませんわ。


「閨に関しては、がんばりますわ」

「そうしてくれ。まあ、最悪トロレイヴ君とハレック君に身を任せると言うのもありだとは思うがな」

「そうですわね。お母様にもそう言われましたわ」


 お二人に身を任せると言うのも恥ずかしいですが、わたくし一人で頑張ってもどうしようもありませんし、お任せするのがいいのかもしれませんわね。

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