014 三年生になりましたわ
九月になり、わたくし達は三年生になりました。
ウォレイブ様の正妃婚約者はプリエマに決まりましたが、側妃婚約者はまだ決まっておりませんし、他の三強の婚約者も決まっておりませんので、婚約者の決まっていない令嬢方は今日も必死に四強に侍っている状態でございます。
付き合わされるエドワルド様もお気の毒ですわね。
そんなある日の昼食時、トロレイヴ様が食事中、わたくしに質問を投げかけていらっしゃいました。
「エドワルド様は、学園生活が終わったら、自国に戻るのかな?」
「どうなのでしょう? エドワルド様の国次第なのではないでしょうか?」
「まあ、エドワルド様も自国では苦労しているようだし、この国に骨をうずめると言うのもありなのかもしれないな」
「その場合、姫君のどちらかのご夫君になるのでしょうけれども、どうなるのでしょうね」
「長期休暇中に、ブライシー王国の王妃様もいらっしゃったし、どうなるのかわからないな」
「そうですわねえ、来年の九月にはデュドナ様の戴冠もございますし、どうなるかに関してはデュドナ様のお心次第なのではないでしょうか? まあ、わたくしはエドワルド様は祖国に戻られると思いますけれども」
「まあ、ブライシー王国も戦争こそ控えているみたいだけど、国内はゴタゴタしているっていうし、それをどうにかするためにも帰国っていうのが一番の道かな」
「そうだな」
「そう言えば、三年になって僕達の訓練も随分実戦的になって来たんだよ」
「まあ、そうなのですか?」
「そうだな、エヴリアル公爵領で受けた拘束をしての訓練こそしていないが、剣術以外の格闘術にも力が入って来たな。これまで剣一本で戦ってきた同級生は戸惑いが大きいらしい。それを考えると、エヴリアル公爵領で格闘の訓練も受けた私達にはアドバンテージがあると言った感じだな」
と、仰いましても、元々一年生の時からトロレイヴ様とハレック様は騎士科で成績のトップを争う仲でしたわよね。
一年生の頃は、お二人の絡みを見て妄想を滾らせるという夢のような日々でしたわ。
もちろん、今もお二人の絡みを見て妄想する事には変わりはないのですけれども、妄想がお二人に察知されてしまうと、キスされてしまうと言う、破廉恥なイベントが待っておりますのよね。
いえ、キス自体が嫌いと言うわけではございませんのよ?
ただ、その、人前でされてしまうと、恥ずかしさが一層増してしまうと言いますか……、とにかく恥ずかしいのですわ。
まあ、最近ではわたくしの隠蔽率も上がってきているのか、妄想がお二人にバレる事も減ってきているのですけれどもね。
それにしても、講義でも格闘術を習うようになったのですわね。ということは、放課後の居残り訓練は、より一層お二人の濃厚な絡みを見る事が出来るという事ですわね。
写真機でその瞬間をぜひとも収めなくてはいけませんわ。
「そういえば、エドワルド様も格闘は達者だよね」
「そうだな、流石は好戦的な国の出身なだけはある」
「我が国を侮られないようにするためにも、負けてはいられないよね」
「ああ」
お二人は、食事をしながら気合を入れたようです。
気合の入ったお二人の表情は素敵ですわね、思わず食事を取る手を止めてうっとりと見つめてしまいます。
「ニア、どうかしたの?」
「お二人があまりにも素敵だったもので、見惚れておりました」
「ニアたまに素直だな。毎回素直に言ってくれるとこちらとしても嬉しいのだがな」
そんな、毎回素直に妄想を口にしたら、何をされるかわかりませんわよね。
わたくしは何とも言えない微笑みを浮かべながら、食後のアイスティーを頂きます。
お二人も、わたくしの妄想に関しては今のところは気にした様子はなく、同じようにアイスティーを飲んでいらっしゃいますわね。
そんな感じに昼食が終わり、わたくし達は分かれてそれぞれのクラスに向かいます。
クラスに入りますと、ジョアシル様達に侍っている令嬢達がキャーキャーと騒いでおります。
うちのクラスですらこの騒ぎですもの、ウォレイブ様の居る普通科のBクラスはもっとやかましいのではないでしょうか? 巻き込まれるエドワルド様もお気の毒ですわね。
中にはエドワルド様狙いの令嬢も居るのではないでしょうか? うーん、エドワルド様が無能と有名な第一王子に国を任せるとは考えられませんので、帰国なさると思うのですけれどもね。
まあ、わたくしはトロレイヴ様とハレック様を観察するのに忙しいので、この国で恋愛をするしないに関してはご自由にとしか言えませんけれどもね。
そのまま午後の講義を受け、いつもと変わらず、わたくしはトロレイヴ様とハレック様の居残り訓練を見学に行くため、騎士科の方々が使用する体育館に移動いたしました。
体育館に到着いたしますと、すでに訓練を始めているトロレイヴ様とハレック様が居らっしゃいます。
今日の居残り訓練は、領地より取り寄せた拘束具を付けての模擬刀と格闘を混ぜた訓練のようです。
わたくしはすかさず写真機を取り出して、お二人の姿を写真に収めます。
はあ、至福の時間ですわ。
まだ残暑も続いておりますので、お二人はまさに汗だくになって訓練なさっておいでです。
汗まみれで絡み合うお二人、思わずうっとりしてしまいますわね。
「リリアーヌ、トロレイヴ様とハレック様は日に日に強くなっていきますわね」
「然様でございますね。グリニャックお嬢様を守るのに十分な実力をお二人とも身に着けようと、日々訓練に励んでいらっしゃるのでしょう」
「日に日に逞しくなっていきながらも、色気を失わないお二人は本当に素晴らしいですわよね」
「全てはグリニャックお嬢様の為でございましょう」
「本当に、お二人の努力には目を見張るものがございますわね。わたくし、あのお二人の婚約者であることが、本当に嬉しくてたまりませんのよ」
「グリニャックお嬢様が幸せそうでなによりでございます」
「ああ、そうですわリリアーヌ。そろそろ一区切りつくでしょうから、飲み物とタオルの準備をしてもらえるかしら?」
「かしこまりました」
わたくしが指示を出しますと、リリアーヌはわたくしに早速と言った感じに二枚のタオルを手渡してきて、自身はレモンティーをカップに注いで準備をしています。
その時、ハレック様がトロレイヴ様を組み伏せて決着がついたようです。
(ハレック様が攻め! シャッターチャンス!)
わたくしは躊躇いなく写真をとっていきます。
ああ、眼福ですわ。儚げ系なハレック様がトロレイヴ様を組み伏せる姿は、なんとも言えない背徳的な感じがいたしますわね。
訓練がいったん終わったお二人がわたくしのいるほうに歩いていらっしゃいます。
今日はトロレイヴ様が右足と右腕を拘束しており、ハレック様が左目と左腕を拘束しているようですわね。
ああ、拘束し合っているお二人、素敵ですわぁ。
「お疲れ様です、お二人とも。はい、タオルですわ。いつものようにレモンティーもご用意しておりますわよ」
「ありがとう、ニア」
「いつも助かるよ、ニア」
「構いませんのよ。わたくし、お二人が訓練している姿を見るのが大好きなんですもの」
わたくしははっきりと笑顔で言います。
「まあ、変な妄想をしないんなら大歓迎な言葉なんだけど、ニアは油断すると変な妄想に憑りつかれるからなあ」
「そうだな、言葉の裏を探るこっちの身にもなってほしいな」
「まあ! お二人はそのようなことお気になさらずにいて下さってよろしいのですわよ」
「そう言われてもねえ、相変わらず僕達が想い合っているとか妄想してないか、いつも心配なんだよね」
「ニアには、私達の愛をとことんわかってもらわないといけないからな」
「も、もう十分にわかっておりますわよ?」
「そう?」
「ええ、もちろんですわ」
(だがしかし! 妄想は止まらない!)
ああ、相変わらずタオルで汗をぬぐう姿が色っぽいですわね。写真を撮る手が止まりませんわ。
コップでレモンティーを飲んでいる姿もたまりませんわね。
喉仏が動いて色っぽいですわぁ。
ああ、こういう場面は写真ではなく動画で残したいですわね。
ティスタン様、インクの開発が無理なのでしたら、モノクロでもいいので動画を収める機械を開発してくださらないでしょうか?
けれども、インクの開発をしていただくようお願いしていますし、その開発に現在は夢中になっていらっしゃいますので、横槍を入れるのもなんですわよね。
「うん、いつもながらニアの家のレモンティーは美味しいね」
「そうだな。この間飲んだレモネードだっけか? あれも美味かったな」
「喜んでいただけて何よりですわ。作り方は簡単ですので、今度レシピをお教えいたしましょうか?」
「んー、いいよ。ニアが差し入れしてくれたり、エヴリアル公爵家に行ったときに飲ませて貰えれば十分だよ」
「そうですか? わかりましたわ」
トロレイヴ様とハレック様はレモンティーを飲み終わると一息吐き出して、わたくしを見つめてきます。何でしょうか?
「わたくしの顔に何かついていますか?」
「いや、ニアは本当に綺麗だなあって思ってね」
「全くだ。こんなに綺麗なニアを他の奴に渡すわけにはいかないな」
「まあ、そんな事を言われなくても、わたくしはお二人以外を夫に迎えるつもりはございませんわよ」
「だったらいいんだけどな。ニアはモテるから」
「婚約の申し込みはお父様が全部断って下さっているようですわよ?」
わたくしはコテリと首を傾げます。
「それに、わたくしはラヴィとレク以外眼中にございませんわ」
「そう言われると、堪えられなくなるな」
「はい?」
「こういうことだ」
「ひあっ」
ハレック様に頬にキスをされてしまいました。
それを見たトロレイヴ様も逆側の頬にキスをしてきます。
こ、こんな人前で! 破廉恥ですわ!
いえ、唇にキスされなかっただけましなのでしょうか? 唇にキスされるかどうかは、お二人の気分次第なのですよね。
……近くにいらっしゃると、お二人の汗の香りがして、自然と顔が赤くなってしまいますわね。
「お二人とも、人前でこのような破廉恥な事をなさるなんて、何度も言っておりますが、恥ずかしいですわ」
「ニアが僕達のものだって言うのを見せつけないとね」
「牽制は大事だからな。それに、ニアにもちゃんとわからせないといけないしな」
「お二人の愛は十分に理解しておりますわよ?」
ええ、事あるごとに愛しているだの好きだの言われておりますし、所かまわずキスをされますし、これで愛されていないと思う方が難しいですわ。
まあ、お二人を見て妄想するのは止まらないのですけれどもね。けれどもこれは
「ニアは油断ならないからな。常に愛を伝えないと不安だな」
「もう、レクってば。流石のわたくしでもお二人の愛はちゃんとわかっておりますわよ」
「でも僕達でまた変な妄想しちゃうんでしょ?」
「そんなことございませんわよ?」
わたくしは誤魔化すようににっこりと笑います。
最初の頃は誤魔化されてくださいましたが、最近ではなかなか通じないのですよね。
「ふーん? まあ、また変な妄想したら、キスしてわからせてやるだけだけどな」
「そうだね。ニアにはしっかりとわかってもらわなくっちゃね」
くっ、妄想を察知されてはいけませんわね。頑張らなくてはいけませんわ。
トロレイヴ様とハレック様はカップをリリアーヌに返すと、また訓練に戻るようです。
わたくしは、再度訓練に戻ったお二人を写真に収めながら、「ほう」と艶めいたため息を吐き出してしまいます。
「本当にお二人は素敵ですわね」
「然様でございますね。グリニャックお嬢様に相応しくあろうとしている姿は、素晴らしいと思います」
「そうですわよねえ、いつ見ても見惚れてしまいますわ」
「グリニャックお嬢様が幸せそうで何よりでございます」
「ええ、わたくし幸せですわ」
この幸せは大事にしなければなりませんわよね。
その日も、お二人の訓練が終わるまで、たっぷりと絡み姿を堪能し、馬車停めの所で別れると、我が家に帰ることとなりました。
はあ、今日もいい一日でしたわ。
家に帰ると、いつものようにセルジルが出迎えに来てくれていて、歩きながら不在中の事を聞きます。
今日も特に変わったことはないようですわね。
私室に戻って、制服から普段着のドレスに着替えるといつものように学園から出された課題に取り組みます。
課題を終えたころ、夕食の時刻になっておりましたので、わたくしが食堂に向かいますと、もうお父様とお母様がいらっしゃいました。
「グリニャック、本日の学園はどのような様子でしたか?」
「いつもと変わりはございませんが、日に日に婚約者のいらっしゃらない令嬢方の目が怖くなってきているような気がいたしますわね。まあ、一部の方は婚約者などいらないと言う感じに過ごしていらっしゃいますけれども、基本的には卒業までに婚約者を作ろうと必死のご様子ですわ」
「そうですか。まあ、高位貴族の令嬢は売れ残りにならないようにするのに必死なのでしょう」
「そうですわね」
そんな話をしながら、夕食を頂きます。
夕食を終え、私室に戻ると、いつものように湯あみをして、寝着に着替えると、寝室に一人で入り、本日撮った写真をアルバムに貼り付けまして、アルバムの一冊目から丁寧にページをめくっていき、トロレイヴ様とハレック様の成長を実感しながら悦に浸ってしまいます。
お二人とも、こうして写真を見ていきますと、本当に成長なさいましたわよね。色気も年々増していきますし、この写真を見ているだけでも、わたくしどうにかなってしまいそうですわ。
はあ、トロレイヴ様もハレック様も本当に素敵ですわ。……今日の絡み写真もいいものが撮れましたわね。この背徳的な写真なんて、ここ最近撮った中では最高の収穫ですわね。
「ほう、本当にお二人は素敵ですわ」
わたくしはつい声に出してしまいます。
仕方がありませんわよね、今日撮ったこの写真なんて、お二人の格闘シーンで、絡みが濃厚なんですもの。思わず声に出てしまいましたわ。
お二人からの愛は確かに受け止めておりますけれども、こうしているとやはり妄想で滾ってしまいますわね。
わたくしはお二人の写真を堪能すると、丁寧にドレッサーの一番上の引き出しにしまい、鍵をかけると、ベッドに入り肌掛けを被り、目を閉じました。
気が付くと、目の前にはトロレイヴ様とハレック様が居らっしゃいました。
ああ、これは夢ですわね。けれども、お二人が上半身裸だなんて、夢でも破廉恥すぎなのではないでしょうか?
お二人はその恰好のまま格闘の訓練を始めました。
そんな、なんだか見てはいけないものを見ているような気がいたしますわ。思わず顔が赤くなってしまいますが、視線はお二人に固定されております。
お二人の上半身裸の状態は、子供の頃に馬車の中で着替えているのをチラ見したきりですので、これは完全にわたくしの妄想の産物ですわよね。
ああ、でも……この光景は目に焼き付けなければなりませんわね。
……お二人とも、細く見えておりますが、かなり筋肉がついてきていますわね。お腹なんてしっかりと割れておりますわ。
お二人は続けて格闘の訓練をなさっていて、組み合ったり揉み合ったりしていらっしゃいます。
はあ、たまりませんわね。涎ものですわ。
じっと見ていると、格闘の訓練が一段落したのか、トロレイヴ様とハレック様の視線がわたくしの方を向きます。
『ニア、おいで』
「え?」
『ニア、ほらこっちにこい』
「ええ?」
夢の中のわたくしは、お二人の声に誘われるがままに、足が動き近づいて行きます。
「ラヴィ、レク。どうしましたの?」
『愛してるよ、ニア』
『私達の愛しいニア』
「ゆ、夢でまで告白されるとは思いませんでしたわ」
わたくしは上半身裸のお二人に自然と抱きしめられる格好になっており、顔どころか全身の体温が上昇してしまいます。
「ラヴィ、レク。離してくださいませんか?」
『ニア、駄目だよ』
『このままでいいだろう』
「いえ、このままでいると、わたくしの体温がどんどん上昇してしまって……ちょっと暑くなってしまいますのよ?」
『じゃあ、もっと熱くなっちゃいなよ』
『火照ったニアもかわいいぞ』
「ご冗談はおやめになってくださいませ」
『冗談なんかじゃないぞ。ニアはこんなにも可愛くて綺麗だ』
『うん、最高の女性だよね』
「そんな、恥ずかしいのでそんなことおっしゃらないで下さいませ。夢なのに、こんな恥ずかしいことを言われるなんて、妄想の方向性が違いますわよ、わたくし」
『ニア、変な妄想をしないで僕達をちゃんと見て』
『ニア、ちゃんと私達の愛を受け入れてくれ』
「もちろん、お二人の愛を疑ったりいたしませんわよ」
『ならいいんだけど、ニアはモテるから、僕たち不安なんだよ』
「わたくし、モテたりしませんわよ?」
『それはニアが知らないだけだ。ニアの知らないところで、私達がどれほど苦労していると思っているんだ?』
「ええと……」
夢の中とは言え、恥ずかしいですわね。先ほどのように格闘をなさって絡んでくれていた方がよほど滾りますのに。
「わたくしに構わず、お二人は訓練を続けてくださいませ」
その方がわたくし的に妄想が捗りますので。
『それもいいけど、こうしてニアを抱きしめているほうが良いな』
『ああ、ニアは触り心地がいい』
「触り心地なんて、そんな……破廉恥ですわ」
わたくしの体温が上昇してしまいます。
はあ、先ほどまで美味しい展開でしたのに、どうしてこんな夢を見てしまっているのでしょうか?
えっと、欲求不満というものなのでしょうか?
……って! 破廉恥ですわよ、わたくし! このような煩悩は捨て去るべきですわ。
腐女子たるもの、欲求不満は腐妄想で解消するのが正道でございましょう!
「お二人とも、わたくしの事は気にせずに、お二人で楽しんでくださいませ。わたくしはそれを見ているだけで充分幸せでございますので」
『ニア、僕はこのままでいたいな』
『私もだ』
「あぅ……。その、本当に体が熱くなると言うか、火照ってしまいますので、どうか離してくださいませ」
『ニア、かわいい』
『そんなニアも愛しているぞ』
ああもうっ。腐妄想ならともかく、こんな破廉恥な夢でしたら早く覚めてくださいませ。
そんな思いが叶ったのか、視界がだんだんとぼやけていきます。
ああ、この破廉恥な夢からやっと覚めることが出来ますのね。
わたくしは、窓を叩く雨音で目を覚ましました。
随分と雨脚が強いみたいですわね。本日は泥や雨がはねないように気を付けて歩かなければいけませんわね。
そう考えていると、寝室の扉がノックされました。
「グリニャックお嬢様、お目覚めでしょうか?」
「ええ、起きておりますわ」
わたくしはベッドから下りると、寝室を出て、リリアーヌの手を借りて朝の支度を致します。
「グリニャックお嬢様、今朝は随分血色がよいですが、何か良い夢でも見たのですか?」
「え! そうかしら? いい夢と言うか、少々破廉恥な夢を見てしまいましたのよ」
「破廉恥な夢ですか?」
「ええ、上半身裸のトロレイヴ様とハレック様に抱きしめられる夢でしたのよ」
「然様でございますか。グリニャックお嬢様もお年頃でございますね」
「もうっ、からかわないで」
「からかってなどいませんよ。愛しい殿方の夢を見るのは当然の事でございます」
「そう、なの?」
でも、それが上半身裸でいる必要はないのではないかしら?
「でも、上半身が裸の夢なんて、破廉恥ですわ」
「それだけお嬢様が成長なさっているという事でございますよ」
「よくわかりませんわ」
「今はわからなくてもよろしいのではないでしょうか?」
「そう?」
「ええ、それに閨のお勉強をなさっているのですし、そう言った夢を見ても不思議ではございませんよ」
「そういうものなのかしら? でも、最初は本当にいい夢でしたのよ? 途中から破廉恥な夢になってしまいましたけど」
「然様でございますか」
「いけませんわよね、あんな夢を見るだなんて」
「先ほども申しましたが、グリニャックお嬢様はお年頃なのですから、不思議な事ではございませんよ」
「そうなのかしら?」
「はい」
リリアーヌがあまりにも自信ありげに頷きましたので、わたくしはよくわかりませんが、そういう物なのだと納得することにいたしました。
それにしても、途中までは本当に良い夢でしたのに、どうしてあのような夢になったのでしょうか?
やはり欲求不満? いいえ、やはり腐女子たるもの、欲求不満は腐妄想で解消すべきですわよね。
はあ、それにしても、今日トロレイヴ様とハレック様にどんな顔をして会えばいいのでしょうか?
子供の頃にちらっと見ただけですのに、現在のお二人の上半身をあんなにもリアルに想像できるなんて、わたくしの妄想力もすさまじいものがありますわね。
朝の支度を終えて、部屋の中から窓を見ますと、起きた時よりも雨脚が強くなっているような感じがいたしますわ。
「今日は雨が強いのですね」
「然様でございますね。お足元にはくれぐれもご注意くださいませね」
「わかっておりますわ」
そのまま朝食を頂くため食堂に向かいますと、すでにお父様とお母様がいらっしゃいました。
「おはよう、グリニャック。今日は随分血色がいいな。良い夢でも見たのか?」
「え、ええ。まあ……」
「そうなのですか、それはよかったですわね」
「えっと、はい」
お父様とお母様の言葉に、何と返していいのかわからずに、苦笑を浮かべながら席に着きますと、朝食が運ばれてきます。
「それにしても、こんな天気では今日予定されていたお茶会は開催場所が変更になるかもしれませんわね」
「本日はどちらのお茶会に行かれるのですか?」
「ランシーヌ様主催のお茶会ですわ。一年後には王妃になりますので、今から各所に根回しをするおつもりなのでしょう」
「そうなのですか。けれども、王宮のサロンなどは広いですし、そちらで行われるのではありませんか?」
「そうですわね、恐らくそうなるでしょうね」
「天候ばかりは読めませんものね、仕方がありませんわ」
そんな話をしながら朝食を食べ終えると、わたくしはいつものように学園に向かいました。
馬車に揺られて、学園に着くと、いつものようにトロレイヴ様とハレック様が傘をさしてお出迎えしてくださっております。
「「おはよう、ニア」」
「おはようございます、ラヴィ、レク。今日はあいにくの天気ですわね」
「そうだね。ほら、濡れないうちに校舎の中に入ろう」
「そうですわね」
自然に、いつものように振舞うのですわよ、わたくし!
「ニア、なんだか顔が赤いぞ?」
「そうでしょうか?」
気づかれてはいけませんわ。自然に行動しなくてはいけませんわよね。
「そういえば、昨日はいい夢を見たんだ」
「ゆ、夢ですか?」
「うん、まあレクも出て来たんだけど、寝着姿のニアを抱きしめる夢」
「ああ、私も見たな、そんな夢」
「そ、そうなのですか」
くっ、まさか神様がまた勝手に夢を繋げたのではないでしょうね? だとしたら一発殴ってやりたいですわ。
「ニア? どうかしたの?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
「そうか? 一瞬眉間にしわが寄っていたぞ?」
「そうですか? 光の加減ではございませんか? 今日はこんな天気ですし」
「そうか? まあいいが」
「ほら、早く校舎の中に行こう」
「ええ、そうですわね」
なんとか頬の熱の上昇を抑えて、朝の挨拶はやり過ごせましたわ。
今日一日は、こんな感じで過ごさなければいけないのでしょうか? 本当に夢を神様が繋げたのだとしたら、本気で一発殴ってやりたいですわ!
あんな破廉恥な夢、繋げなくてよかったですのに!
いえ、神様をあまり疑うのも良くないですわよね。偶然同じような夢を見ただけと言う可能性もありますものね。
でも、そんな都合の良い夢をそうそう見るでしょうか? 本当に神様の仕業だったら、本気で渾身の一撃をお見舞いしなければいけませんわね。
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