011 襲撃 その2
王宮につきましたら、待っていた衛兵に囲まれて国王陛下の謁見室に行くことになりました。
謁見室に入りますと、ソファーに座っているお父様と宰相と国王陛下、そして衛兵に両腕を掴まれた立ったままの状態のアルエノ様がいらっしゃいました。
状況から見て、主犯はアルエノ様ですわねえ。
調べるのが随分早かったように感じますが、自白でもしたのでしょうか?
「グリニャック達は、まずはソファーに座りなさい」
「「「はい、国王陛下」」」
言われるがままに空いているソファーに座りますと、国王陛下が重いため息を吐き出しました。
「グリニャック様! うちの馬鹿息子が大変申し訳ない事を致しました!」
「え」
突然宰相であるエルヴィエ侯爵が、テーブルに頭をぶつけるのではないかと心配になるほどの勢いで頭を下げて、そう言っていらっしゃいました。
「数日前から挙動がおかしく、まさかとは思っていたのですが様子を探らせていた所、愚かにもグリニャック様を襲撃すると言う計画を立て、賊に見立てた暗殺者達にグリニャック様を襲わせたのでございます! しかも馬鹿正直に、武器は我が家の紋が入ったものを契約の証だと言われて渡した始末。ただでさえ言い逃れが出来ないのに、証拠まで残すような愚かな息子で申し訳ございません!」
「……つまり、今回のわたくし達への襲撃はアルエノ様が計画して主犯になったという事ですか?」
「然様でございます。本当に申し訳ない! 全容が判明したのが本日の朝でして、止めるのが間に合いませんでした」
「儂が、証拠品の剣を持って王宮に来た時、エルヴィエ侯爵が国王陛下にすでに事の真相を話している最中でな、証拠品もあったし、すぐにアルエノ殿を拘束して動機を吐かせたのだ」
「動機ですか?」
わたくしの言葉に、宰相はギロリ、とアルエノ様を睨みつけた後、再びテーブルに頭をぶつけるのではないかと言う勢いで頭を下げました。
「グリニャック様を亡き者にして、エヴリアル公爵家の後釜に自分がなるか、プリエマ様のお産みなった子供を後釜に据えて、自分の子供と結婚させ、裏からエヴリアル公爵家を乗っ取ろうと画策していたのでございます」
「まあ」
順調に行っても、確かにアルエノ様は伯爵位を賜るだけですけれども、まさか我が公爵家を乗っ取ろうとしているなんて、随分大胆なことを考えますわね。
「本当に申し訳ない。トロレイヴ殿もハレック殿にも怪我まで負わせてしまい、このお詫びは如何様にも取らせていただきます!」
「お詫びですか」
わたくしは困ったようにお父様を見ますと、お父様は険しい表情のまま、アルエノ様を睨んでいらっしゃいます。
「アルエノの首を差し出せと言うのであれば差し出しましょう!」
「父上!?」
「だまれ、アルエノ! それだけの事をお前はしたのだ。主家のご令嬢を亡き者にしようと画策するだけではなく実行するなど、打ち首になってもおかしくはないのだぞ!」
打ち首って……。
「あの、そこまでの事は、わたくしは望んではおりませんわ」
「では、アルエノを牢屋につなぎますか? それとも、強制労働をさせましょうか?」
「えっと……、反省するまで家に幽閉と言うのではいけませんか?」
「グリニャック、甘いぞ」
「けれどお父様、わたくしはこの通り無事ですし、未遂に終わったではありませんか」
「それでは主家としての面目が立たない。お前も次期エヴリアル公爵家の主となるのだ、弁えなさい」
「……命を奪うのだけはおやめください」
「では、我が家の地下牢に幽閉すると言うのでは如何でしょうか?」
「申し訳ないが、エルヴィエ侯爵家の地下牢では甘さが出てしまう可能性がある」
お父様の言葉に、国王陛下がため息を吐き出しました。
「王宮の牢屋に幽閉することにしよう。せめてもの温情だ、貴族用の牢屋に入れることにしておこう。よいな、グリニャック」
「……はい」
主家として、面目を保たなければいけない、それはわかりますが、未遂に終わった罪に対して命を奪うような真似は出来ませんものね、国王陛下の仰るように、王宮の貴族用の牢屋に幽閉し、反省していただくのが一番なのかもしれませんわね。
「エルヴィエ侯爵、エヴリアル公爵もそれでよいな」
「「国王陛下のお心のままに」」
「いやだ!」
「アルエノ! お前は異を唱えられる立場ではない! 己の犯した罪を顧みて反省するがよい!」
「父上! 私を、実の息子を牢屋に幽閉するなど、本気で言っているのですか!?」
「そのぐらいで済んだのだ、グリニャック様に感謝しろ。本来であればその体と首が離れていてもおかしくはないのだぞ!」
「そんなっ……」
アルエノ様はそのまま衛兵に連れられて行ってしまいました。
神様、どうか一日も早くアルエノ様が今回の事を心から反省して、牢屋から出られるようにしてくださいませ。
そう考えていると、謁見室の扉の向こう側が騒がしくなり、「バン」と勢いよく扉が開けられました。
「お姉様! ご無事ですか!? ウォレイブ様から聞きました、アルエノ様が指示した賊に襲撃されたって!」
「プリエマ……。国王陛下、なぜウォレイブ様にお話なさったのですか?」
「アルエノはウォレイブの側近となるべく育てられていたからな。それが罪を犯したのだ、側近候補から外されるのは当然の事。その理由をウォレイブに話したのだが、あくまでも内密に、と言ったはずなのだがな」
「それをあっさりとプリエマに話してしまったと言うわけですのね」
これでは、今後ウォレイブ様に重要な国家機密を明かすことは難しくなってきましたわね。
大公になりますのに、表向きの公務しか任せられなくなってしまうではありませんか。
「お姉様、お怪我はありませんでしたか?」
「わたくしは無傷ですわ。ドミニエルやリリアーヌ、それにトロレイヴ様やハレック様が守ってくださいましたから」
「そうですか、良かったです」
「プリエマ、謁見室に許可なく入るとは何事だ。王族教育にも淑女教育にも、入室は相手方の許可を得て入るとあるはずだが?」
「そ、それは。お姉様が心配で……」
「まったく……。報告は受けているぞ、王族の講義も淑女の講義も、聖女になってからというもの、よくサボっているそうじゃないか。ちょうどいい機会だ、長期休暇の間、みっちりと講義に励むよう、ベレニエスを王宮に滞在させることにする」
「え、お母様を?」
「ああ、お前を見張らせるためにな」
「そんなことしなくても、サボったりなんて……」
「どの口が言う。お前は聖女であるが、いずれ大公正妃になる身だぞ。貴族のお手本とならなければならないのに、その為の講義をサボるなど前代未聞。ベレニエスには早速明日からでも王宮に滞在するように伝えよう」
「そんなぁ……」
プリエマががっくりと肩を落としますが、まだ講義をサボっているのですか。
まったくしょうがない子ですわね。
まあ、二か月間お母様の監視の元、しっかり講義に取り組めば、王族が何たるものか、淑女の身のこなしなど、理解できるようになるかもしれませんわ。
「……それにしても、アルエノ様にはがっかりです。お姉様を襲撃しようと考えるなんて、身の程を弁えないにも程があります」
「プリエマ」
「なんです? お姉様を襲うなんて、主家に対する裏切り行為もいい所じゃないですか。私ちゃんと勉強しました。貴族には派閥があって、主家になる公爵家が存在していて、各貴族はその主家に従わなければいけないって」
「必ずしもそうではありませんけれどもね」
「え! そうなんですか?」
「主家を持っていても、派閥が異なる家は多少なりとも発生してしまうものなのですよ」
「そうなんですか……。でも、アルエノ様の今回の行動はおかしいです!」
確かに、アルエノ様の行動は褒められたものではございませんわよね。
上昇志向の高い方ではありましたが、まさか我が家を乗っ取ろうとしているだなんて、考えもしませんでしたわ。
「お姉様! 聞いていますか?」
「ええ、聞いておりますわよ。確かにアルエノ様の今回の行動は褒められたものではございませんが、それでも更生のチャンスを与えることは重要ですよ」
「主家に逆らった人は、即打ち首じゃないんですか?」
「そういう場合もございますが、今回はアルエノ様は王宮の貴族用の牢屋に幽閉される事になりました」
「お姉様の命を奪おうとしたんですよ! 処罰が軽すぎませんか?」
「儂もそう思うが、グリニャックが命を奪う事はしてほしくないと言うから仕方があるまい。しかしグリニャック、今後エヴリアル公爵家の女当主となるからには、時に非情な判断をせねばならぬ時もある。公爵家を継ぐという事はそういう事だ、肝に銘じておけ」
「わかりました、お父様」
女公爵になるためにも、色々と覚悟しなければいけないという事ですわね。
「それでグリニャック、領地に行くのはどうするつもりだ?」
「予定は少し遅れてしまいましたが、明日にでも再度向かおうと思います」
「そうか」
「何か問題がございますか?」
「いや、気を付けていくように。儂は事後処理があるため、今夜は遅くなるとベレニエスに伝えてくれ」
「はい、お父様」
そこで謁見は終了となり、わたくし達は屋敷へ帰ることになりました。
屋敷に帰った時、丁度夕食の時刻になっておりましたので、すぐに着替えると、お母様の居る食堂へ向かい、お父様が今夜は遅くなることと、明日からお母様が王宮に行ってプリエマの行動を監視することになることをお伝えしました。
「講義をサボるなんて、淑女にあるまじき行為ですわね。よろしいでしょう、長期休暇の間、わたくしが傍についてみっちりと、淑女がいかなるものか教えておきますわ」
「ほどほどになさってくださいね」
「いいえ、プリエマは聖女でもあるのですから、甘い事を言ってはいられませんわ」
その言葉に、つくづくわたくしが聖女にならなくてよかったと思いました。
まあ、わたくしは講義をサボったりなんていたしませんけれどもね。
夕食を頂いて、それぞれの部屋に戻りますと、わたくしは湯あみをして寝着に着替えると、寝るまで少し時間がありましたので、ドミニエルが淹れてくれたホットミルクを飲んでくつろいでいますと、部屋の扉がノックされました。
「ニア、僕とレクだけど、入ってもいいかい?」
「え? え、ええ。構いませんわ」
わたくしは羽織っているガウンに乱れがない事を確認して、お二人に入室していただくよう声をかけました。
トロレイヴ様もハレック様もガウン姿でいらっしゃいますが、何かあったのでしょうか?
「どうかなさいましたの?」
「それが、エヴリアル公爵夫人が、夜は婚約者同士で語らうほうが良いって部屋にいらして言ってきてね」
「それで、追われるような形で部屋を出て、ここに来たってわけだ」
「まあ、そうなのですか」
お母様、折角トロレイヴ様とハレック様が夜に二人っきりで語らうチャンスでしたのに、何をなさっているのですか!
わたくしの事など気にせずに、お二人で語り合っていただきたいものですわ。
「ちょっと予定は変わっちゃったけど、明日にエヴリアル公爵領に行くことになるんだよね」
「ええ、もう襲撃されるという事もないでしょうしね」
犯人のアルエノ様は今は王宮の貴族牢に居ますもの。
「襲撃されたことは、前エヴリアル公爵には言うつもりか?」
「ええ、言わなくともお爺様でしたらなにか勘づきそうですし、それでしたらこちらから話したほうが早そうですもの」
「なるほど」
「それにしても、アルエノ様が犯人だってのには驚いたな」
「うん、ウォレイブ様の腰ぎんちゃくってイメージしかなかったからね」
腰ぎんちゃく……、一応将来の側近候補だったのですけど、そうですか、腰ぎんちゃくに見えたのですか。
「ニアは何を飲んでいるの?」
「ホットミルクですわ」
「ニアはホットミルクが好きなのか? この時期に飲むにはあまり適さないように思えるが」
「内緒にしていてくださいませね? わたくし、幼い頃からミルクにたっぷりと蜂蜜を入れたホットミルクが好物なんですの」
「そうなんだ、なんか意外な発見だね。ニアはいつも優雅に紅茶とかアイスティーを飲んでいるイメージだから」
「そうだな。私達の愛しい婚約者の可愛らしい一面を知れた感じだな」
「まあ」
思わず赤面してしまいます。
「えっと、内緒にしてくださいね?」
「「もちろん」」
お二人が揃って頷いて下さったのでほっと致します。
いつまでも子供のような飲み物が好きだなんて、他所に知られてしまっては恥ずかしいですものね。
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