012 それぞれの長期休暇

【プリエマ視点】


「プリエマ、どこへ行くのですか?」


 次の講義を抜け出して、ウォレイブ様と離宮に行って涼もうと考えていたら、扉を開けたところにお母様が立っていた。


「えっと、ウォレイブ様のご機嫌伺いに行こうかと思って」

「それは今朝しましたでしょう? これから部屋で王族講義があるはずですね。わたくしも同席致しますので、講義の支度を致しましょう」

「うぅ……」

「プリエマ、次の王族講義の内容は他国語でしたね。我が国の古語も儘ならい貴女に他国の言葉を覚えろと言うのも酷かとは思いますが」

「そうでしょう!」

「思いますが、大公妃たるもの、いつ他国のお客様の接待を仰せつかるかわかりません。少なくとも、隣国四か国語は話せるようになりなさい」

「そんなぁ、無茶です」

「わたくしですら話せるのですよ? 学園の授業で基礎は習っているはずでしょう?」

「習いましたけど、言い回しが難しいんですもの」

「貴女は普通科ですから基礎ですんでいるのですよ。特進科のグリニャックなどもっと具体的な講義を受けていますし、そもそも女公爵になるグリニャックは幼い頃から他国語を良く学び、今では十か国語を話せます」

「お姉様、化け物ですか?」

「姉に向かって何を言っているのです。貴女もグリニャック程とは言いませんから、せめて隣国四か国語は覚えなさい」


 お母様はそう言うと、私の肩を掴んで向きを反転させると、部屋の中に私を押し戻してしまった。

 お母様が王宮に来てから毎日こんな感じに、講義をサボることを許されず、結局はきちんと講義を受ける羽目になってしまっている。

 そりゃあ、王族講義や淑女講義を受けていれば、サボるのは良くないってわかるけど、前世から講義とか授業って苦手なのよね。

 でも、確かに『オラドの秘密』には他国語っていうステータスもあったわよね、一定値以上にしないと五強やセルジルなんかの一部キャラが攻略できなかったっけ。

 あーあ、乙女ゲームならその項目を選ぶだけなのに、実際に受けるとなると本当に厄介ね。

 ソファーに座らされて、隣にはお母様が座ったから、もう逃げられない。


「アンセル、クレマリー。何度も言いますが、主の不適切な行動を諫めるのも貴方方の仕事です。ただ命令に従えばいいというものではありません」

「「申し訳ありません、奥様」」


 アンセルとクレマリーは昔から、私が前世の記憶を思い出す前から私付きの使用人。

 もう彼らが居なかったら、私の生活が回らないってぐらいに頼り切っている。

 そりゃぁ、前世の記憶があるから、ある程度の事は一人でこなせるけど、一度人の手を借りて過ごす生活になれちゃったらもう駄目ね、自分でなんでもかんでもしなくちゃいけないとか無理。

 人に髪を洗ってもらったり体を洗ってもらうのって気持ちがいいし、ドレスだって一人じゃ着られないわ。

 制服だって、前世みたいな簡単な制服なんかじゃなくって、ローブ・ア・ラ・フランセーズを基調としたものだから、脱ぎ着するのが大変なのよね。

 乙女ゲームしていた時は「かっわいい!」ですんでいたけど、実際に毎日着るのが大変で仕方がないのよね。

 今は長期休みだけど、王宮に住んでいるから、部屋着も気が抜けないって言うか、講義を受ける度に着替えるのも大変だから、朝からきちんとしたドレスを着るんだけど、大変なのよ。

 そう考えてお母様をじっと見てみると、ドレスを凛と着こなして、まさに淑女の鑑って感じよね。


「お母様は、本当に淑女の鑑っていう感じですよね。どうやったらそうなれるんですか?」

「わたくしですか? わたくしなどまだまだですわよ。前王妃様など、まさに淑女の鑑でございました。わたくしはそんな前王妃様の事を尊敬して、少しでも近づきたいと努力しているだけですわ」

「お母様が憧れる方ですか。私も会ってみたいですね」

「流行り病で儚くなってしまわれました」

「え、そうなんですか」


 残念、お母様が言うほどの淑女だから会ってみたかったのに。


「わたくしも、昔は勉強が苦手でしたが、旦那様にお会いして、前王妃様にお会いして、目指すべきが見えたのですわ」

「目指すべき道ですか?」

「ええ、公爵家の正室となるため、どのように努力するかと、道が見えた気がいたしまして、努力を欠かさず日々を過ごすようになったのです」

「私も、大公妃になるために努力しなければいけないという事ですか?」

「もちろんです。伴侶、特に正妃になるのですから、正妃の品性は夫であるウォレイブ様の評判にも影響致します。ウォレイブ様の正妃になることを望んだのですから、その分それにふさわしくあるために日々努力することが、今のプリエマが成すべきことだと私は思っておりますよ」

「ウォレイブ様の為、ですか?」

「ええ、貴女は大公妃となり、貴族の手本とならなければなりません。常々グリニャックに負けたくないと言っておりますけれども、講義をサボるような心持では、いつまでたってもグリニャックに追いつくことなど出来ませんよ」

「お姉様はそんなに努力をなさっているんですか?」

「ええ、そうですよ」

「うーん……私には、婚約者の方々とイチャイチャしているだけに見えますけど」

「婚約者と仲良くするのも必要な事ですが、グリニャックは家では毎日勉強に追われていますよ。プリエマは、グリニャックを避けているような様子でしたので気が付かなかったのかもしれませんけれどもね」

「う……」


 そりゃぁ、セルジル狙いだった時はお姉様を避けていたけど、そんなに頑張っていた?

 まあ、確かにお父様の執務室に入って行くのはよく見ていたし、何しているんだろうとは思っていたけど、勉強していたのね。

 私はその間、セルジルに相応しくあるためにって努力はしていたけど、適当に講義をサボっていたわよね。

 ……だから、セルジル攻略できなかったのかな?

 まあ、セルジルを攻略しても、その後の人生は寂しいものだったんだし、攻略できなくて正解よね。


「そういえば、今度ブライシー王国の正妃様がいらっしゃるそうですよ」

「え!」


 そんなシナリオ乙女ゲームになかったんだけど?


「それまでに、ブライシー王国の言葉を覚えておくことですわね」

「はい、がんばります」


 ブライシー王国の正妃様って、エドワルド様のお母様でしょ? 来ちゃっていいの? 息子に会いに来るとか?

 でも、ブライシー王国って側妃が産んだ第一王子派と正妃が産んだ第二王子派で別れちゃってるんでしょ? 今まさにその争いの真っただ中でしょ? 来ちゃって大丈夫なわけ?

 ……まさかとは思うけど、立場が悪くなって息子の所に逃げに来たとか?

 そんなわけないか、きっと息子に会いに来るだけよね。



 それから数日後、本当にブライシー王国の正妃様が来たの。

 我が国の王妃様主催のお茶会で初めてお会いしたけど、エドワルド様にそっくりで、親子なんだなぁって思わず感心しちゃったわ。


「お初にお目にかかります、聖女プリエマ様。ブライシー王国正妃、キャメリア=ホリー=ブライシーでございます。エドワルドの手紙にあった通り、とても可愛らしいお方でございますのね」

「そんな……」


 私が照れていると、横にいるお母様が扇子の下で「コホン」と、小さく咳払いをした。

 いけない、見惚れてる場合じゃないわよね、自己紹介しなくっちゃ。


「初めまして、アトワイト王国第二王子ウォレイブの正妃婚約者、プリエマ=サノワ=エヴリアルと申します。聖女といいましても、大したことはしていませんよ。エドワルド様ってば、いったいお手紙に何を書いていらっしゃるんですか?」

「ふふふ、とても可愛らしい聖女様だと」

「なんだか恥ずかしいですね」

「そう言うところがとても可愛らしいですわ」


 キャメリア様はお母様よりも所作の一つ一つが洗練されていて、これぞ王妃様って感じですごい憧れちゃう。


「キャメリア様は我が国の言葉を上手にお話なさいますね。お恥ずかしながら私、他国語を覚えるのが苦手で、コツとかありますか?」

「まあ、そうなのですか? そうですわねえ、その国の方と会話をするのが一番の取得方法ではないでしょうか? ブライシー王国語でございましたら、エドワルドに教わると言うのは如何ですか?」

「エドワルド様にですか? なんだか悪い気がしてしまいます」

「お気になさらないで下さい、プリエマ様と一緒に過ごす時間が増えたほうがあの子も喜びますわ」

「え? それって」

「ふふふ、手紙には本当に愛らしい方だと、自慢気に書かれておりましたのよ」

「そんな」


 思わず顔が赤くなっちゃう。

 それって、エドワルド様が私に気があるって事よね? 駄目よ、私はウォレイブ様の正妃婚約者なんだから。

 でも、そっか、流石はヒロインの私よね、何もしなくってもモテちゃうんだわ。


「プリエマ様から見たエドワルドはどのような男子でしょうか?」

「え、凛としていて武芸にも秀でて、とてもかっこよい方だと思います」

「そうですか、それをエドワルドに伝えたらきっと喜びますわね。けれどもプリエマ様は婚約者であるウォレイブ様ととても仲がよろしいとも聞いておりますよ」

「ええ、そうですね」


 なんたって、ウォレイブ様は私の事を愛してくれているし、メインヒーローだし将来は安泰だし、最高の優良物件だもの、手放せるわけないわ。


「ウォレイブ様が羨ましいですわね。こんなに可愛らしいお嫁さんを貰えるのですもの。わたくしの息子の嫁に欲しいくらいですわ」

「えっと、そんな……」


 これって嫁に来いって言われちゃってる?


「キャメリア様、あまりプリエマをからかわないで下さいませ。この子は純粋ですので」

「あら、からかってなどいませんわよ、エヴリアル公爵夫人」


 どうしよう、私ってばモテモテね。


「キャメリア様は一週間ほどの滞在と聞きましたが、もっと滞在していかれたらよろしいのに」

「王妃としての公務もございますし、いつまでも国を空けているわけには参りませんの」

「王妃様でも、公務は大変なんですか?」

「ええ、陛下を良く支え、国を発展させていく事こそが王妃の役目だと思っておりますわ」


 すごい、立派な人なのね。

 ……キャメリア様を前にしたら、お母様がいなかったら講義をサボっちゃう自分がなんだか恥ずかしくなっちゃう。

 こんな素敵な人がお母様だから、エドワルド様はあんなにかっこいいのね。


「私、キャメリア様に憧れちゃいます」

「そうですか? 聖女様に憧れていただけるなんて、なんだか緊張してしまいますわね」

「そうだ! 滞在なさっている間、私にブライシー王国語を教えてくれませんか?」

「わたくし等でよろしければ喜んで。けれども、エドワルドも同席させてもよろしいかしら?」

「もちろんです」


 私の即答に、お母様が扇子の下で小さくため息を吐いたけど何かしら?

 そんな事よりも、こんな立派な淑女に勉強を教えてもらえたら、きっと上達も早くなるに違いないわ!

 キャメリア様って、本当に素敵。

 ティーカップを持つ所作ひとつとってもなんて綺麗なのかしら。



【グリニャック視点】


「え、ブライシー王国の正妃様が王都にいらっしゃっているのですか?」

「そうだとアイローブからの知らせにあるな」

「ブライシー王国では、今、第一王子派と第二王子派で争っている最中でしょうに、そんな中第二王子派の筆頭でいらっしゃる王妃様が我が国に来るなんて、何が狙いでしょうか?」

「プリエマであろう」


 なるほど、聖女を手に入れようと親子で画策していると言ったところでしょうか。

 けれどもプリエマはもうウォレイブ様の正妃婚約者ですもの、そう簡単に心を動かすはずがありませんわよね。


「それよりもグリニャック、明日おいでになるレーベン王国の公爵令嬢の接待役なのだが、任せても良いか?」

「ええ、お任せください、お爺様」

「国としてではなく、個人的に輸出入を強化したいとの希望だ。アロイーブの代わりに上手く話しを纏めるのだぞ」

「はい、責任重大ですわね」

「それはあちらも同じだろう。それにしても、まさか公爵本人ではなく娘を送り込んでくるとは思わなんだな」

「そうですわね。けれども、いらっしゃるルトラウト様は才女とこの国にも名前が聞こえてくるほどのお方ですもの、実力がそれだけあるという事ではないでしょうか?」

「そうだな、まあ、それでいったらグリニャックも才女として他国に名を轟かせているのだがな」

「そうなのですか? 知りませんでしたわ」

「まったく。三人目の婚約者になろうと、今でも国内外を問わず婚約の申し込みが来ていると言うのに、知らないのか?」

「知りませんでしたわ」

「アロイーブが握りつぶしていると言うのは事実か。まったく、娘可愛さも大概にしたほうが良いな」


 お爺様の言葉に、わたくしは思わず苦笑を浮かべてしまいます。

 わたくしにはトロレイヴ様とハレック様がいらっしゃいますので、三人目の婚約者など不要でございますので、お父様がわたくしの知らない所でお断りしてくださっているのでしたら、それはそれで助かるのですけれども。

 お爺様はわたくし自ら対処したほうが良いと言うお考えのようですわね。

 ……面倒なので嫌ですわね。


「お爺様、領地にある孤児院に回す予算書、出来ましたわ」

「見せてみよ。…………ふむ、直接現金を渡すのではなく、衣服や食料に変えて配布すると言うのか」

「ええ、疑いたくはございませんが、現金で渡して万が一着服されてしまっては困りますもの」

「そうか、グリニャックがそう考えるのであればそれでよいだろう。ところで、この子供支援金と言うのはなんだ?」

「それは、王都でも実行しようと案の出ている政策でございまして、子供を産んだ家庭に一定額の給付金を出し、その後も一定の年齢になるまで毎年給付金を支給すると言う考えでございます」

「なるほど、孤児院に入る子供の数を減らすのが目的か」

「それもございますが、この五十年の人口比率を見ますと、緩やかではありますが少子化がすすんでおりますので、それに歯止めをかけるのも目的の一つでございます」

「なるほどのう。これを考えたのはグリニャックか?」

「いえ、デュドナ様が主体となっておりますわ」

「そうか。国王交代の時期も近いやもしれぬの」

「そんな、まだ姫君は学園にも通っておりませんのよ?」

「そんなもの如何様にでもなる。一時的に女大公の地位を与えたと言う歴史はいくらでもあるぞ」

「それはそうですけれども」

「まあ、デュドナ様は優秀だと聞くし、戦の心配のなくなった今、内政に目を向ける必要があるだろう。その点、それに素早く目を付け実行しようとしているデュドナ様は国王に相応しいやもしれぬ」

「それはそうですけれども」


 なぜでしょう、デュドナ様が国王におなりになったら、わたくしが馬車馬のように働かされるような気がしてならないのですよね。

 まあ、わたくしは只の公爵令嬢ですし、気のせいですわよね。

 ……女公爵にはなりますけれども、馬車馬のように働かされるなんてそんなこと、あるはずはないですわよね。

 うん、考えすぎですわ。



 翌日、レーベン王国からルトラウト様が我が領地にやっていらっしゃいました。


「初めまして、ルトラウト=ナーテ=アンベルクでございます」

「お初にお目にかかります、グリニャック=メール=エヴリアルと申しますわ。本日は遠い所、よくお越しくださいました」

「いいえ、噂通り、豊かな領地でございますわね、我が家の領地も見習いたいものですわ」

「そう言った頂けると嬉しいですわ」


 わたくしは応接室のソファーに座っていただくように促しますと、リリアーヌがアイスティーをわたくし達の前に用意してくれました。


「早速なのですが、エヴリアル公爵領と、我がアンベルク公爵領の個人的な輸出入の件なのですが、書類をご用意いたしましたので、目を通していただけますか?」

「わかりましたわ」


 テーブルの上に差し出された書類を手に取り目を通しますが、特に我が家にとって不利益な取引のような物はございませんわね。

 通行料に関してもきちんと計算されておりますし、国を通さない分、手数料も安く済んでおりますわね。


「ええ、結構だと思いますわ。この書類はルトラウト様がご用意なさいましたの?」

「あら、お分かりになりまして?」

「文字が女性の物でございましたので、そうなのではないかと思いましたの」

「そうでしたか」


 その後、互いの領地の輸出入の話は順調に進み、無事に締結される事になりました。


「ルトラウト様は一ヶ月ほどこの領地に滞在なさるのでしたわね」

「ええ、父が他国の領地を見てくるのも勉強だと言って送り出してくださいましたのよ。けれども、わたくしはいずれ、レーベン王国第一王子の正妃になる身でございましょう? 今のうちに羽を伸ばして来いと言う意味もあるのではないでしょうか?」

「そうですか」

「……まあ、それも怪しいのですけれどもね」

「と、いいますと?」

「我が国の第一王子は、現在とある男爵令嬢にご執心のようでございまして、正妃にしたいなどとこちらに来る前に相談されてしまいましたのよ」

「まあ!」

「まったく、ゲームじゃあるまいし、たかが男爵令嬢をいずれ国王になる方の正妃にするなど、無謀な事ですわ」

「ゲーム……」

「あ、いえ、こちらの話ですわ。……まあ、王子の希望を叶えたとしても、適当な伯爵家の養女にして、それから正妃になるしかございませんわね」

「その場合、ルトラウト様はどうなりますの?」

「側妃になるでしょうね。貴族のバランスもございますし、わたくしが第一王子を産むまで、男爵令嬢が万が一正妃になった場合でも避妊薬を飲ませる事になるでしょう」

「そうですか」

「物語やゲームのように、シンデレラストーリーなんてそうそうめでたしめでたしでは終わりませんのよ」

「……ルトラウト様」

「なんでしょう?」

「シンデレラストーリーなど、どこで聞きましたの?」

「……ゆ、夢の中で」

「そうですか」


 わたくしとルトラウト様の間に沈黙が流れます。


「ちなみにお聞きしたいのですが、『オラドの秘密』という単語が夢に出てきたことはございますか?」

「っ! 何故そのゲームタイトルをご存じなのですか!?」


 間違いありませんわ、ルトラウト様は転生者ですわね。

 さて、どうしましょうか、わたくしも夢の中でその単語を聞いたとか、プリエマが言っていたとかいくらでも言いようがございますけれども……。


「馬鹿なことを聞くかもしれませんが、ルトラウト様は前世というものを信じていらっしゃいますか?」

「ええ、まあ」

「そうですか。実は、わたくしの妹も前世というものを信じておりますのよ。この世界がゲームの舞台だと、本気で信じているようなのです」

「まあ、妹さんが。確か、聖女になられたのでしたよね」

「ええ」

「……ウォレイブ様の正妃婚約者になられているとか」

「ええ」

「グリニャック様は、それについて悔しいとか思いませんの?」

「わたくしにはトロレイヴ様、ハレック様という素晴らしい婚約者が居りますので、悔しいなどとは微塵も思いませんわ」

「……やはり、シナリオと違いますわね」

「シナリオ、ですか?」

「あ、いえ。こちらの話ですわ」

「プリエマもよくシナリオと違うと言っておりましたわ」

「そうですか。ではプリエマ様も……」


 ふむ、この世界にはいったい何人の転生者が紛れ込んでいるのでしょうか。

 デュドナ様もこの世界には今までなかった政策を次々提案してくるあたり、転生者ですわよね、きっと。


「それにしても、グリニャック様が羨ましいですわ。トロレイヴ様とハレック様が婚約者だなんて。間近でお二人を見続けることが出来るなんて、素晴らしい立ち位置ですわ」

「ええ、本当に……。ちなみに、薔薇について如何思われますか?」

「薔薇ですか? それは園芸の薔薇についてでしょうか?」

「違う意味をご存じで?」

「……グリニャック様」

「なんでしょうか、ルトラウト様」

「『推し』の意味をご存知でしょうか?」

「わたくし、トロレイヴ様とハレック様推しでございますわ」

「まあ! もしやとは思いますが、グリニャック様にも前世のご記憶がおありですか?」

「他の方には内緒にしていてくださいね? リリアーヌもですわよ?」

「かしこまりました、グリニャックお嬢様」

「わたくしも、前世ではトロレイヴ様とハレック様のカップリング推しでございましたのよ!」

「気が合いますわね。わたくしもですわ」

「本当に羨ましい。推しカップリングを間近で見ることが出来る位置にいらっしゃるなんて、夢のようではございませんか。……はっ! もしかして、薔薇の恋の隠れ蓑にされていらっしゃるとか?」

「わたくしは当初そのつもりだったのですが、きちんとお二人に愛されている事が分かりましたわ。けれども、お二人が並んでいる所を見ますと、どうしても妄想で滾ってしまいまして」

「わかりますわ! それでこそ腐女子というものですもの! わたくし、折角この世界に転生いたしましたのに、レーベン国という『オラドの秘密』の舞台とは全く違う国に生まれてしまって、どれほどがっかりしたかわかりませんわ。しかも、婚約者の王子は乙女ゲームのように学園に入ってからというもの庶民のような男爵令嬢に熱を上げて、まあ、わたくしを悪役令嬢のように扱わないだけましだと思っておりますけれどもね」

「そうなのですか。……そうですわ、今からわたくしの部屋にいらっしゃいませんか?」

「グリニャック様のお部屋にですか? お誘いをお断りする理由はございませんけれども」

「是非お見せしたいものがございますの」

「まあ、なんでしょう?」

「見てのお楽しみですわ」


 輸出入の話は無事に締結いたしましたので、わたくし達はまずその書類をお爺様に提出いたしますと、表面上は優雅にお茶を楽しむという事で、ルトラウト様をわたくしの部屋にお誘いいたしました。

 部屋に着きますと、わたくしは持ってきた荷物の中から、数冊のアルバムを取り出しますと、ルトラウト様にお見せします。


「まあ! これは写真ですか? この国ではもう写真が出来上がっているのですか?」

「わたくしのお抱え錬金術師が個人的に開発したものでございますので、流通しているわけではございませんわ。今はカラー写真を撮れるようインクの開発にいそしんでいらっしゃいますの」

「まあ、そうなのですか。まあまあ! この写真は素晴らしいですわね。お二人の距離が近くて、思わず滾ってしまいそうですわ」

「そうでしょう、わたくしも同じですわ」

「ふふふ、まさか転生してこんな話が出来る方と巡り合えるとは思いませんでしたわ。しかも同じカップリング推しだなんて、奇跡ですわね」

「本当に。夢のようですわね」


 その時、「コホン」とドミニエルが咳払いを致しました。


「……ドミニエル。この事は内密に」

「はあ……かしこまりました」


 ため息が重いですわね。

 まあいいですわ、折角同志と巡り合えたのですもの、語り合わずして何をしろと言うのでしょうか。

 その後も、わたくしとルトラウト様はトロレイヴ様とハレック様のカップリングについて語りあかしました。


「こんなにトロレイヴ様とハレック様のカップリングについて語り合えるなんて、前世以来ですわ。懐かしいですわねえ、前世でのネットの友人なのですが、体が弱く、大学病院から出たことが無いと言うので、チャットなどでしか会話したことがございませんが、気が合いまして、同じカップリング推しだったこともございましたので、話がいつも盛り上がりましたのよ」

「まあ……。まるで前世のわたくしのようですわね」

「え?」

「わたくしも前世では体が弱く、大学病院の敷地から出たことがありませんでしたので、チャットや通販でトロレイヴ様とハレック様のカップリングを楽しんでおりましたのよ」

「…………もしかして、ニアさん、ですの?」

「え?」

「わたくし、前世でのハンドルネームはルトと申しましたわ」

「え! ルトさん!?」

「やはりニアさんですのね? 急にチャットからいらっしゃらなくなったので、心配していましたのよ。やはり最期はご病気でお亡くなりに?」

「ええ、そうですわね。十七歳を過ぎて少しして容体が悪化しまして」

「まあそうでしたの。けれども、またこうして出会うことが出来るだなんて、神様のお導きですわね」

「そうですわね」


 まさかこんなところで前世の知り合いに会えるとは思っても見ませんでしたわ。

 その後、前世の話なども交えながら、わたくしとルトラウト様は話が弾んで、夕食の時間になりますと、すっかり前世のように打ち解けることが出来まして、仲良く食堂に向かいました。

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