004 二年生になりましたわ

【グリニャック視点】


 ……、素晴らしい夢を見ましたわ。

 トロレイヴ様とハレック様が柔道をなさっていて、それはもう、くんずほぐれつという絡みをわたくしの目の前で披露してくださるというもので、後半にはお互いの柔道着がはだけてしまい、生肌が見えてしまうという、とても素晴らしい夢でしたわ。

 まあ、この国に柔道はございませんので、途中から「あ、これは夢ですね」と気が付きましたけれども。

 はあ、この気分のまま新しい学年を迎えることが出来れば、なんと素晴らしい事でしょう。

 そう、領地から戻ってきて、早々ですが、今日から学園の新年度がスタートいたします。

 わたくしがベッドの中で夢の事を反芻しておりますと、寝室のドアがノックされました。


「グリニャックお嬢様、お目覚めの時間でございます」

「起きておりましてよ、リリアーヌ」


 わたくしはご機嫌な声で返事を致します。

 寝室に入って来たリリアーヌは、わたくしを見て頷くと、湯あみの準備を始める為でしょう、寝室を出て行きましたので、わたくしもベッドから下りて続いて寝室を出ていきます。


「グリニャックお嬢様、昨晩は良い夢でもみたのですか?」

「ええ、とても素晴らしい夢を見ましたのよ。トロレイヴ様とハレック様が出ていらしてね、格闘の訓練をお二人でなさっている夢でしたわ」

「然様でございますか。グリニャックお嬢様は本当にトロレイヴ様とハレック様の事がお好きなのでございますね」

「ええ、もちろんですわ(夢の中とはいえ、お二人の絡みを見る事が出来るなんて、最高の気分ですわ)」


 朝の湯あみなので、湯につかる時間を短くして、リリアーヌに体と髪を洗ってもらいながら、わたくしは夢の内容を反芻しては、艶めいたため息を漏らしてしまいました。

 湯あみを終え、髪の水分を取ってもらっている最中も、お二人の事を考えてしまいます。

 今日から二学年に上がったお二人を、生で見ることが出来るなんて、腐女子冥利に尽きますわね。

 昨日は直接会うことは出来ませんでしたし、一昨日まで毎日一緒に居ましたが、制服姿のトロレイヴ様とハレック様は、色気が倍増されているに違いありませんわ。

 はあ、そんなお二人と婚約が出来ているなんて、わたくしはなんて果報者なのでございましょう。

 そんな事を考えているうちに、リリアーヌは手際よく支度を終えてくれて、わたくしは二年生の制服に腕を通します。

 我が特進科の制服カラーは暗めの真紅となっておりまして、全科共通で学年によって襟元のラインの色が変わりますのよ。一年生は青、二年生は緑になっております。


「今日はお顔の色もよろしいので、軽く白粉を乗せる程度にいたしましょう」

「お願いしますわ」


 軽くお化粧をしてもらって、わたくしは朝食を食べる為に食堂に向かいます。

 食堂に着きますと、そこには困った顔のお父様とお母様がいらっしゃいました。


「おはようございます、お父様、お母様。なにかございましたの?」

「おはよう、グリニャック。二学年の制服がよく似合っているな。いや、プリエマがなかなか起きてこないらしく、クレマリーが寝室に入ってゆすってみたそうなのだが、起きないらしいのだ」

「まあ!」


 そんなに熟睡しているなんて、昨夜は眠れなかったのでしょうか?


「おはよう、グリニャック。本当に、プリエマには困ったものですわね。昨晩何かあったか心当たりはありまして?」

「いいえお母様」

「そうですか、王族教育に行き詰っているとも聞いていませんし、何があったのでしょうね」

「本当に、どうしたのでしょうね」


 話しながらわたくしが席に着きますと、お父様が「コホン」と咳払いをなさいました。


「まあともかく、儂等だけでも先に朝食をとることにしよう。グリニャックまで学園に遅れるようなことがあっては困るからな」

「そうですわね」


 お父様の声に、朝食がどんどん運ばれてきて、わたくし達は食事を始めました。

 朝食を食べ終わって少し待ってもプリエマは起きて来ませんでしたので、心配ですが、お父様に促されてわたくしは先に我が家の紋が入った馬車に乗り込み、学園に向かいました。

 学園に到着し、御者の手を借りて馬車から下りると、いつもと変わらずトロレイヴ様とハレック様がお迎えに来てくれております。


(久しぶりの制服姿! 萌え!)


 やはり、新学期と言うのはいいですわね。

 何もかもが新鮮に感じます。

 心も新たに、と言った感じでしょうか。


「「おはよう、グリニャック様」」

「おはようございます、トロレイヴ様、ハレック様。二学年の制服がよくお似合いですわね」

「そうかい? 正直、襟元のラインの色が変わったぐらいしか変化はないと思うんだけどな」

「そんなことありませんわ! 二学年に上がり、お二人の素晴らしさがより一層強くなったように思いますもの」

「グリニャック様にそう言われると照れてしまうな」

「そうだね。制服に負けないように僕達も頑張らないとね」

「ああ」


 お互いに顔を見合って頷く光景を見て、わたくしは朝から幸せを感じることが出来ます。


「わたくしも、お二人に相応しくなれるよう、(布教活動とか)がんばりますわ」


 わたくしはそう言うと、胸の前で小さくガッツポーズを作りました。



【プリエマ視点】


「では、私がもっと王族として、淑女として勉強に励めば、アーティファクトを正式起動することが出来るのですね」

『うむ、期限は三年時の後期が始まるまでだ。場合によっては早まるやもしれぬ』

「と、いいますと?」

『私の未来視も完全ではなくてな、それまでに戦争を仕掛けられるという未来しか見えぬのだ。だから、戦争を仕掛けられるのが早まる可能性もある』

「そうなのですか……」


 そうよね、お姉様だってシナリオ通りに動いてないんだし、いくら私がシナリオを正そうとしても、シナリオが替わる可能性があるものね。

 私は、目の前に居る腰まであるハニーブロンドのストレートヘアー、そして美しい金色の瞳をした、神々しい神様にひざまずいて祈るように胸の前で手を組む。


「わかりました。早く神様に認めていただけるように努力いたします」

『うむ。もし無理な場合はグリニャックに手を貸してもらう事になる』

「お姉様に……。そうならないよう努力します」

『精進するがよい』


 そこで私の視界が霞がかっていき、意識がホワイトアウトした。



 目覚めると、心配そうな顔をしたクレマリーとお父様、お母様が居た。


「目覚めたか! プリエマ!」

「ああ、よかったですわ」

「お父様、お母様? どうかしたのですか?」

「それはこちらのセリフだ、ゆすっても声をかけても起きないものだから、典医を呼ぼうかと考えていた所だ」

「え!? 今何時ですか?」

「もう朝の十時だ。グリニャックはとっくの昔に学園に行っているぞ」

「そんな!」


 夢の中で神様に呼び出されたからって、そんなに時間が経っているなんて思わなかったわ。

 神界と現実世界では時間の流れが違うのかしら?

 それになんだか体もだるい感じがするわ、神の啓示を受けるって、体力が必要なのかしら?

 ううん、そんな事よりも神様からの啓示内容を国王陛下に報告しなくっちゃ。


「お父様、私、今から王宮に行こうと思います」

「なに? 学園はどうする気だ?」

「二学年初日になりますが、今から行ってもどうせ遅刻ですし、休もうと思います」


 お父様は私の言葉を聞いてため息を吐き出す。


「それで、王宮に行ってどうするつもりだ?」

「国王陛下に至急お伝えしなければいけないことがあるのです」

「……わかった、儂も同行しよう」

「はい、お父様」


 正直、今でもきついぐらいの王族教育が、さらにきつくなる可能性があるから、国王陛下に神様の啓示があったことは伝えたくないけど、戦争になるかもしれないって言われたし、伝えなくちゃいけないわよね。

 私はクレマリーに手伝ってもらって急いで外出用のドレスに着替えると、お父様と一緒に王宮に向かった。


「それで、国王陛下に何を言うつもりだ?」

「国王陛下の前でお話します」

「ふむ」

「とっても重要な事なのです」

「まったく、目が覚めないから心配していれば、目覚めた途端に国王陛下に謁見したいなど、いったい何を言う気なのやら」


 お父様はそう言うけど、私に付き合ってくれるんだから、相当目が覚めなかった私の事を心配してくれていたのね。

 馬車に揺られて十分ほどして王宮に到着すると、先ぶれをお父様が出していてくれたみたいで、「謁見室にご案内します」って騎士が迎えに来てくれていたわ。

 国王陛下はいくつも謁見室を持っていて、人数や用途によって変わるけど、今回案内されたのは少人数用の謁見室。

 そこで三十分ほど待っていると、国王陛下が来たから、私とお父様は座っていたソファーから立ち上がって国王陛下に礼をした。


「よい、頭を上げ、ソファーに座ると良い。それで、プリエマ嬢が儂に話したいことがあると先ぶれから聞いたが、まさかやはりウォレイブとの婚約を無かったことにしてほしいなどと言うのではあるまいな?」

「まさか! 違います。実は、昨晩、私は神様から啓示を受けたのでございます。内容は、私が三年時の後期が始まると同時に隣国のブライシー王国がこの国に攻め入って来るという話でしたが、状況によってはそれが早まるかもしれないと言うのです」

「なんだと!?」

「そこで、私が先日見つけたアーティファクトを正式起動しなくてはいけないのですが、神様曰く、今の私では器が足りていないそうで、もっと淑女としても王族になる者としても勉学に励む様にと言われました」

「……ふむ、今のペースでは間に合わないという事か?」

「その可能性があるから、神様が私に啓示を出して下さったのでしょう」


 本当は、間に合わなかったらお姉様の力を借りるって言われたけど、聖女になるのは私だけなのよ!

 女公爵になるのに聖女にもなるなんて、お姉様の方が勝っているみたいでずるいじゃない!

 私は聖女となって、この国を守った存在として、崇め奉られるのよ。


「これ以上の教育となると、通いでは難しいものがあるな」

「では、王宮に移住して教育を受けたいと思います」


 私がわざとしおらしく言うと、国王陛下はお父様を見て「どうする?」と尋ねて来た。


「プリエマがそれでよいと言うのであれば、娘に会えなくなるのは寂しいですが、嫁に入るのが早まったと思い我慢いたしましょう」


 お父様がそう言って頷くと、国王陛下も頷いた。


「ではプリエマ嬢、早速だが、家に戻り荷物を纏めて王宮に再び戻ってくると良い。その間にプリエマ嬢の部屋を用意させよう」

「わかりました、国王陛下」

「では、儂は執務がある故これで失礼する」


 謁見室を立ち去って行く国王陛下を見送って、私は軽く息を吐き出す。

 まさか王宮に住むことになるとは思わなかったけど、これも私が聖女になるためなんだから、仕方ないわよね。

 私はお父様と早速屋敷に帰って、ドレスなんかを王宮に持って行くためにクレマリー達がトランクに詰めていくのを紅茶を飲みながら、のんびりと眺めていた。

 今日でこの屋敷ともさようならだと思うと感慨深いわね。

 それにしても、淑女教育のお茶会、これが一番のネックよね、今まではセルジルを攻略するんだから、令嬢とのお茶会なんて興味なかったけど、大公妃になるんだからそうは言っていられないわ。

 ああ、こんなことになるんだったらお姉様が誘ってくれていたお茶会に参加して私も他の令嬢と関係を深めておくべきだったわ。

 私が知っている令嬢なんて、ウォレイブ様の婚約者候補でライバルの令嬢ばっかりだもの、優雅にお茶会を開くなんて雰囲気じゃないわよね。

 悔しいけど、お茶会に呼ぶ令嬢についてはお姉様に相談するしかないわね。

 貴族の派閥とか、勉強し始めたばっかりでよくわからないし。

 準備がまだ終わらないまま昼食の時間になって、私はお父様とお母様と昼食を食べた。


「プリエマ、王宮では淑女としてくれぐれもウォレイブ様に恥をかかせないように行動するのですよ」

「わかっています、お母様。大丈夫です、心配なさらないで下さい。私は今までとは違うのですから」


 そう、セルジルに恋をしていた子供時代はもう終わったのよ。

 これからは、聖女となるため、大公妃となるために努力をする日々に変わるの。

 昼食後しばらくして、荷物の整理が終わったとクレマリーに言われて、私は荷物を馬車に詰め込んで、再び王宮に向かった。

 お姉様の帰りは待たなかったけど別にいいわよね。

 王宮に用意された部屋は、王族用のスペースにあって、ウォレイブ様の隣の部屋を割り振られていた。

 まあ、正妃婚約者なんだし当然よね。

 部屋の中に入ってみると、実家の部屋よりもずっと広くて、私は思わずにんまりとしてしまった。

 この部屋で王宮暮らしをしているって考えるだけで、お姉様に優越感が持てる気分だわ。

 ……って、なんでこんなにお姉様に勝つことに執着しているの、私。

 私は大公妃になるんだし、聖女にもなるんだから、お姉様に勝つことは当たり前なんだから、そんなに心配しなくたっていいのにね、変なの。



【グリニャック視点】


 プリエマが心配で、今日はトロレイヴ様とハレック様の居残り訓練の見学をせずに早めに屋敷に帰ってきますと、すぐにお父様の執務室に来るように言われましたので、行ってみると、お父様からプリエマが王宮暮らしになるという事を聞きました。

 いったい何があったのでしょうか?


「お父様、何故急に王宮に住まう事になったのですか?」

「内密な話だぞ」

「はい」

「実は、ブライシー王国が近年中にこの国に攻め入ってくるとプリエマに神の啓示があったそうなのだ。それを防ぐためにアーティファクトを正式起動しなければならないのだが、今のプリエマには難しいらしく、正式起動出来るよう、王宮に住んで今まで以上に王族教育と淑女教育を詰め込むことになった」

「まあ、そうなのですか」


 神様、プリエマにもちゃんと啓示をなさったのですね。

 お父様とのお話を終えて、部屋に戻りソファーに腰かけますと、リリアーヌがホットミルクを用意してくれましたのでそれを飲んで「ふう」と息を吐き出します。


「お疲れのようですね、グリニャックお嬢様」

「そうですわね、まさかプリエマが王宮暮らしになるとは思いませんでしたわ。まあ、学園で会うこともあるでしょうけれども、今後ほとんど会うことも無くなってしまいますわね。そういえば、プリエマはアンセルとクレマリーを王宮に連れて行ったの?」

「はい、そう聞いております」

「そう、二人が王宮で浮かなければよいのだけれどもね」


 プリエマ、二人の主人としてちゃんと出来ますでしょうか? 心配ですわ。

 ホットミルクを飲み終えて湯あみをして寝着に着替えると、わたくしはいつもと同じように寝室に一人で入って行きました。

 ……はあ、何度見ても、トロレイヴ様とハレック様のお写真は癒されますわね。

 わたくしはアルバムをうっとりとしながら丁寧にめくっていきます。今日も一枚、新しい写真が追加されました。

 お二人に、写真機のテストだと言って、正面からお姿を撮らせていただきました。昼食時という事もあって、お二人にはサンドイッチを食べる姿で肩を並べている状態を撮影いたしました。

 写真機をお見せした際に、これは何かというものを説明するのに少々時間がかかってしまいましたが、仕組みを理解していただいた時は、「すごい」とお二人に褒めていただけましたわ。

 でも、開発したのはわたくしではなく、お抱え錬金術師のティスタン様でいらっしゃいますので、と言いましたら、お二人に謙虚すぎると言われてしまいました。

 なぜでしょうか?

 けれどもこれで、隠し撮りをせずに、堂々とお二人の姿を撮ることも出来るようになりましたわね。

 アルバムを堪能してベッドに入って目を閉じて、わたくしは夢の世界に入って行きました。

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