002 神様にお会いしました

 プリエマがウォレイブ様の正妃婚約者に正式に決定して以降、プリエマは王族教育に忙しくしているようです。

 わたくしも、女公爵になるための勉強と淑女教育に日々勤しみながら、トロレイヴ様とハレック様の愛の進行具合を観察する日々が続いております。

 そうして数か月経ち、学園が長期休暇に入り、わたくしとトロレイヴ様、ハレック様の三人は、我がエヴリアル公爵家が管理する領地にやって来ました。

 プリエマも誘ったのですが、王族教育に忙しいのと、ウォレイブ様の傍を離れたくないと言われて断られてしまいました。


「お爺様、お婆様。ご無沙汰しております、お元気そうで何よりですわ」

「おお、グリニャックにトロレイヴ君、ハレック君。ずいぶん大きく立派になったな。儂も年を取るはずじゃ」

「グリニャック、ベレニエス様に似て美しく成長しておりますわね。トロレイヴ様とハレック様も凛々しく成長なさっているようでなによりですわ」

「「はい、ありがとうございます」」

「トロレイヴ君とハレック君は、自衛団長の所に行ってくるといい。手薬煉引いて待っているようだぞ」

「それは、怖いですね」

「がんばってきます」


 そういって、メイドに案内されてトロレイヴ様とハレック様は屋敷の応接室を出て行かれました。

 この領地の自衛団長は、もと王国騎士団第一部隊の隊長でいらっしゃいましたので、トロレイヴ様とハレック様にとってもいい勉強になるでしょうね。


「さて、グリニャック。そなたは早速領地経営の勉強を開始するか? それとも一旦、お茶でも飲んで旅の疲れを癒やすか?」

「いいえお爺様。トロレイヴ様とハレック様が頑張っていらっしゃるのに、わたくしだけが休むなんて出来ませんわ」

「そうか。では早速執務室に行くかの」

「はい」


 そう言ってわたくしはお爺様の後をついて、屋敷の執務室に行きました。

 普段、お爺様は領地経営にはノータッチで、お父様の代理人に任せているのですけれども、今回はわたくしの為に久しぶりにその剛腕を振るってくださるそうです。

 お爺様は、かつては王国の宰相をしていた方ですのよ。

 昼過ぎに到着したせいか、お爺様の講義を聞きながら、領地を如何様に発展させていくかと意見交換をしていましたら、あっという間に時間が経ってしまいまして、この屋敷の執事長が夕食の時間になったと呼びに来てしまいました。


「いや、時間を忘れてしまったの。グリニャックは賢いから教えがいがあるというものじゃ」

「そんな、褒めすぎですわよ。お爺様」


 わたくしはお爺様と仲良く並んで食堂に向かいます。

 そこには既にお婆様とトロレイヴ様、ハレック様が椅子にお座りになっていらっしゃいました。

 わたくしはトロレイヴ様とハレック様の正面に座り、お爺様は上座に座ります。


「さて、夕食を運んできておくれ」


 お爺様の言葉に、続々と料理が運ばれてきます。ちょっと量が多い気も致しますが、食べきれるでしょうか?


「トロレイヴ様、ハレック様。自衛団長との修行は如何でしたか?」

「あはは、それがね。まずは基礎訓練だって言って、走るのがメインだったんだ。その後に、拘束具を付けての剣技の指導を受けたんだ」

「拘束具を付けていると、基礎の型を取るだけでも一苦労だったな」

「まあ、そうなのですか」

「自衛団長は学園の講師よりも、より一層実戦形式を重視しているみたいだな」

「そうだね。でも、実際に戦うとなったら、綺麗な型なんて構っていられないしね」

「右腕に拘束具をつけられて、左手で剣を振るう時なんて、トロレイヴはよろけていたな」

「なっ、そういうハレックだって、右目を隠された時に隙が思いっきり出来ていたじゃないか」


 食事を頂きながら、下品にならない様にトロレイヴ様とハレック様は今日あったことをわたくしに語ってくださいました。

 ああ、推し達が仲良く肌と肌のぶつかり合いをしていたのですね。見る事が出来なかったのは残念ですが、話を聞くだけでお腹がいっぱいになってしまいそうですわ。

 この夏に、お二人の仲は進展していくに違いありませんわ。もしかしたら、キスなんかしてしまったりして、きゃぁっ!


「ん? グリニャック様、顔が赤いけどどうかしたの?」

「いえ! なんでもありませんわ」


 はあ、キスは流石にまだ早いですわよね。でもでも、何かの事故で抱き合ったりはするかもしれませんわ。

 拘束具を付けての修行だそうですし、ハプニングはつきものですわよね。

 ああ、想像しただけでも涎が出そうですわ。

 わたくしはサラダを口に含んで、涎を飲み込みます。


「拘束具は、お互いに着けあったのですか?」

「うん、そうだよ。自分じゃ付けられないからね」


(きゃぁぁぁぁぁぁ! お互いに拘束し合うとか! なにこの神展開! 来てよかった!)


 ……っと、危ない危ない、思わず鼻息が荒くなってしまう所でしたわ。気を付けないといけませんわね。


「グリニャック様の方はどうだった?」

「ええ、お爺様は流石宰相をなさっていただけあって、教え方もお上手で、お父様に習うよりも良く学べたように思いますわ」

「そうなのか?」

「ははは、アイローブは説明下手だったか。あれでも領地経営は発展こそさせることは出来ていないが、維持は出来る能力はあるのだがな」

「お父様は説明がざっくばらんなのですわ」


 わたくし達の会話に、時折お爺様とお婆様が加わりながら、楽しい夕食の時間を終えることが出来ました。

 夕食後、わたくし達はそれぞれ用意された部屋に戻ります。

 わたくしの部屋は昔から決まっておりまして、屋敷の南側の日当たりの良い部屋になっておりますが、流石にこの時間ですと、灯りをともさないと暗くなってしまいますわね。

 そして、トロレイヴ様とハレック様は、客室をあてがわれているのですが、隣同士の部屋となっております。

 部屋のベランダは繋がっておりますので、簡単に行き来出来るようになっておりますのよ。

 きっと夜に、それはもう親密な会話をなさっているに違いありませんわ。

 ……確か、この部屋の下ですわよね。わたくしもベランダに出たら、お二人の会話が聞こえたりしないでしょうか?

 そう思って、わたくしは寝着のまま、寝室からベランダに出ます。夜風が気持ちいいですわね。

 手すりから身を乗り出して下を覗き込んでみましたが、お二人は出て来てはいらっしゃらないみたいですわ。

 ふわりと風が吹いて、わたくしの髪を揺らしていきます。

 ふう、もしかして今日は初の修行と言うことで疲れて眠っているのかもしれませんわね。

 諦めてわたくしも寝室に戻るべきでしょうか? ああ、でももう少しだけ待ってみましょう。

 ……今日は月明かりが綺麗ですわね。

 こんな月明かりの下で、お二人が会話をすると想像しただけで滾ってしまいそうなのですが、生憎今日は、お二人は出てこないようですわね。

 まあ、初日ですし、長期休暇は約二か月間ありますので、まだまだ時間はありますわ。

 その間に美味しい腐イベントの一つや二つありますわよね。

 わたくしはそう思って、寝室に戻りベッドに入り込みました。



『グリニャックよ』

「ん、誰ですの?」

『グリニャックよ、目を覚ましなさい』

「起きておりますわ、あふ」


 わたくしはベッドから体を起こします。そう、ベッドから体を起こしたはずなのですが、ベッドは存在せず、虹色の雲のような場所の上に眠っていたようでございます。

 わたくしは周囲をキョロキョロと見回します。

 はて、ここはどこでしょうか?


『グリニャックよ、私の話をよく聞きなさい』


 目の前には、ストレートヘアーのハニーブロンドが腰まであり、金色の目をなさった方がわたくしの方を向いてそう仰っております。


「貴方はどなたですか?」

『私は、この国を守護する神だ』


 若干胡散臭いですが、この情景といい、おとぎ話に出てくる光景にそっくりですわよね。もしかして、夢でしょうか?


「まあ、神様ですか? それとも、これは夢でしょうか?」

『夢だが、夢ではない。今日はグリニャックに大切な話をするために、神界に精神だけ呼び寄せたのだ』

「そうなのですか。本当に神様なのですね……」


 つまり、わたくしをこの世界に転生させてくださった方と言う事ですわね。


『うむ、それでなグリニャック。重要な話が』

「神様! わたくしをこの世界に転生させてくださってありがとうございます! もし本当に神様がいらっしゃってお会い出来たら、ずっとお礼を言おうと思っておりましたのよ」

『そ、そうか。それでな』

「なんと言いましても、トロレイヴ様とハレック様を間近で見ることが出来るポジションに生まれ変わらせて下ったんですもの、もう、これ以上ないぐらいに感謝しておりますの。お二人が愛を育んでいける手助けをできるなんて、前世では想像もできませんでしたもの。あ、もしかして、わたくしが転生したのは、お二人の愛を深める手助けをするためでしょうか? それでしたらお任せくださいませ、わたくし、しっかりとそのお役目を全うして見せますわ」

『いや、そうではなく』

「え!? 違うのですか? だって、他にわたくしがこの世界に転生した意味など無いのではないでしょうか? 今日も今日とて、お二人の愛は深まっているに違いありませんのよ、神様もそれはご存知ですわよね」

『いや、それは』

「だって、肌と肌とのぶつかり合いですのよ! 愛が深まらずして、何が深まるというのでしょうか! 婚約してからこの十年間、お二人の事を様々な方々に布教してきましたが、今後もお二人の愛を布教することを、大切な使命として生きて行こうと思いますわ」

『いや、そうではなく』

「そうそう、神様。この世界にはまだカラー写真も動画を撮る機械も開発されておりませんの。お抱え錬金術師のティスタン様に頑張っていただいておりますけれども、カラーインクの開発に時間がかかっておりますのよ。なにか、神の啓示のような物で、どうにかならないでしょうか? モノクロの写真も風情があってよいのですけれども、やはりカラーでありのままの姿を収めたいのですわ」

『いや、とりあえず』

「ああ、そうですわよね。この世界の文明を考えると、とりあえずモノクロの写真で満足すべきなのかもしれませんわね。けれどもお二人の愛の記念をいつまでもモノクロに留めておくのは、もう罪だと思いますのよ。神様もそう思いませんか?」

『いや、……グリニャック、私の話を』

「話ですか? トロレイヴ様とハレック様の愛の進展具合についてでしょうか? それはもう順調に育まれておりますわ。ご安心為さって、わたくしが全力でお二人の愛を守って見せますもの!」

『いや、そうではなく』

「え!? まだ足りないのでしょうか? 確かに、腐女子と致しましては、もう少し腐イベントがあってもいい気がいたしますが、これは自然の流れに任せたほうが良いと思いますのよ。周囲が無理に進めましても、お二人はきっと遠慮してしまいますもの。ですので、わたくしはお二人の愛がゆっくりであろうとも、育まれていくのを見守っていこうと思いますの。大丈夫ですわ、婚約者なのですから、ちゃんとお二人の愛を守り抜いて見せますわ」

『ちょっ』

「そうそう! 領地に来る際に同じ馬車だったのですが、その間お二人は並びの席に座っておりましてね、狭い馬車ではございませんのに、肩と肩をぶつけるような距離で座っておりましたのよ。離れたくないという意志を感じましたわ」

『そうか、それでな』

「それで、旅程の間に着替えや体を拭く時などは、流石にわたくしも席を外さなくてはいけなかったのですが、その間、お二人は二人っきりですのよ! 従者も馬車から下りて、まさに真の二人っきりの空間ですわ! 裸の付き合いというものですわよね。わたくし、離れた場所で待機しながら、想像をして滾ってしまいましたわ」

『そうかそうか、そろそろ私の話を』

「もしかして、背中などは自分では手が届かないから、お互いに拭き合いっこしていたかもしれませんわ。いいえ、していたに違いありませんわ! ああ、たまりませんわよね! 神様もそう思いませんこと?」

『いや……』

「腐イベントはぜひとも目に収めたいのですが、そういったイベントは淑女として覗き見するわけには参りませんものね、それが残念で仕方がありませんわ。でも、想像するだけでわたくしってば滾ってしまいますのよ。今回領地に来る間だけで、どれほどご褒美イベントがあったと思いますか? ああ、ご存知かもしれませんわね。休憩で馬車の外で軽食を取っていた時など、お二人が仲良く食事をしているのですよ。一緒のバスケットから、サンドイッチなどを取るのですわよ、たまりませんわよねえ。それに、暑いからと言って、湖の近くを通りかかった時など、お二人で水浴びをなさっておいででした。水に濡れたお二人の色気ってばもう! あれは国宝級、いえ、伝説級でしたわ!」

『グリニャックよ、少々落ち着け』

「はっ、そうですわね、申し訳ありません。けれども、こうして神様にお会いできたのですから、お二人の愛の進行具合をご説明しなければいけないという使命感が湧いて止まらないのでございます」


 いけませんわ、神様の前だというのに、ついはしゃいでしまいましたわね。

 わたくしは淑女なのですから、もっと落ち着いた行動をとらなくてはなりませんわね。

 ああ、でも本当に神様がいらっしゃってこんな風にお会いできるなんて、思ってみませんでしたわ。

 やはり、もっとお二人の愛についてご報告しなければなりませんわよね。


「神様、わたくしってばつい興奮してしまったようで申し訳ありません」

『うむ、それで話なのだがな』

「けれども、お二人の愛を守り、伝える事こそわたくしの使命! 神様もその報告を聞くためにわたくしをこの空間にお呼びになったのでございましょう?」

『いや、違うぞ』

「え?」


 はて、他に何かわたくしに用事などあるのでしょうか?

 うーん、……はっ! もしかしてもっとお二人の愛が進展するように頑張るようにとの叱咤をするためでしょうか?

 けれども、あまり焦っては事を仕損じると申しますし、本当に時の流れに身を任せて、お二人の愛を育んだほうが良いと思いますのよね。


『今日、グリニャックをこの場に呼んだのは、プリエマを支え、アーティファクトを正式起動してもらいたいためだ』

「は? プリエマ一人では力不足とでもおっしゃりたいのですか?」

『うむ、今のプリエマでは器が足りていない。もう少しなのだ、もう少しで器は満たされるのだが、時間もない。そこでグリニャックに協力を求めたい』

「面倒そうなのでお断りいたしますわ」


 わたくしがそう言いますと、わたくしの前に立っていた神様が、膝をついて、わたくしの目の前に更に近づいてきますと、わたくしの手を取りました。


『グリニャックよ、この国の為にプリエマに協力してアーティファクトを起動してはくれまいか』

「そういわれましても、正規ルートではわたくしは悪役令嬢ですのよ? なんでそんなわたくしが国を救わなくてはなりませんの? そういう事は全部ヒロインであるプリエマに任せたいのですけれども? わたくしはトロレイヴ様とハレック様の愛が育まれていくのを観察するので忙しいですし」


 間近で見る神様はお美しくて、色気にも満ち溢れておりますが、わたくしの心の中は既にトロレイヴ様とハレック様のお二人で占拠されておりますので、他の方が介入する余地などございませんのよね。

 なので、麗しい神様に懇願されるように手を持たれましても、なんとも思いませんわね。


『今のプリエマでは器が若干足りぬのだ』

「先ほどから言っていらっしゃる器ですか? アーティファクトを正式起動するのにそんな隠し要素なんてございましたかしら?」

『確かに順調にプリエマの器は満たされつつある、しかし、このままでは間に合わないかもしれないのだ』

「なにに間に合わないと言うのでしょうか?」

『戦争だ』

「隣国が攻め入ってくると?」

『うむ。実は、この領地にお忍びで隣国の第二王子がやってきているのだ』


 攻略対象者ですわね。

 ゲーム上では、隣国の第二王子ルートは、アーティファクトを隣国の第二王子に渡し、そうすると隣国の第二王子は王位を継いで、ヒロインはその正妃になると言うストーリーでしたわね。

 そもそも隣国の第一王子は側室のお子様で、王位を継ぐには能力が足りないと噂で聞いておりますわ。


「なぜ、この領地に? そもそも戦争が始まらなければ、隣国の第二王子は登場しないのではないですか?」

『だから、お忍びと言っているであろう。敵情視察というものだ』

「そうですか。で? それはわたくしとどう関係がありますの? わたくし、別に隣国の第二王子は推しではないので、無理をしてまで会いたいとも思いませんけれども」


 わたくしの言葉に、わたくしの手を持ったまま、神様はひくり、と口を引きつらせました。


『グリニャックよ、国を守るためなのだ』

「今すぐにアーティファクトを起動しなければいけないわけではございませんでしょう? ゲームのシナリオでは、三年時の後期に入ってから隣国が攻め入って来るのでしたわよね。それまでまだ時間がございますし、その器? というのもそれまでには満ち足りるかもしれないではありませんか、あと少しなのでしょう?」

『ぐ……』

「ですので、わたくしは少なくとも長期休暇の間は領地におりますので、あしからず」


 トロレイヴ様とハレック様が愛を深めるチャンスですのに、どうしてアーティファクトを正式起動するためにわざわざ予定を切り上げなくてはいけませんの?

 そんなに早く正式起動したいのでしたら、プリエマにはっぱをかける啓示でも与えればよろしいのに。


『グリニャックよ、戦争になればトロレイヴとハレックも徴兵されるのだぞ』

「ですから、まだシナリオ上では時間がございますでしょう?」

『……』


 わたくしの言葉に神様が押し黙ってしまいました。

 ストーリーに関しては、ちゃんと把握しておりますのよ。

 腐女子を舐めないで下さいませ。


『隣国の第二王子が何のために来ていると思っているのだ?』

「神様が仰っていたように敵情視察でしょうね」

『わかっているのであれば、一刻も早く戻ってプリエマと協力してアーティファクトを正式起動しようと』

「思いませんわね」

『……グリニャックよ、其方は何故そんなにも頑ななのだ?』


 何を言っていらっしゃるのでしょうか? 物事には優先順位という物がございますのに。

 三年時に起きる戦争に間に合えばよろしいのでしょう? それでしたら、まずはこの長期休暇の間、トロレイヴ様とハレック様を観察する方を優先すべきなのは、自明の理というものではございませんか。


「神様、わたくしはトロレイヴ様とハレック様の愛を観察するのに忙しいんですの」

『そうか……』


 あ、神様は諦めたようですわね、わかって下さってよかったですわ。

 それにしてもいい加減手を離してはくれないでしょうか? 推しでもない神様に手を握られても嬉しくもなんともないのですけれども。


「とにかく、プリエマのその器とやらが満ちるように、はっぱをかける啓示でもなさってくださいませ。わたくしを巻き込まないで下さいませね」

『……グリニャックよ、妹であるプリエマの事を頼んだぞ』

「は?」

『プリエマの姉として、姉妹で聖女となり』

「お断りいたしますわ。プリエマだけで十分でございましょう?」

『……しかしだな、時間が』

「三年の後期前、戦争を仕掛けられる前になってもプリエマの器が足りないのでしたら考えますけれども、それまではプリエマの成長に期待してくださいませ」

『……わかった』

「分かって下さってよかったですわ。それで、いつになったらわたくしの手を離してくださいますの?」


 笑顔でそう言いますと、神様は慌ててわたくしの手を離しました。

 わたくしは「ふう」と息を吐いて手をプラプラと振って触れらた感触を消しました。

 あら? 神様ってばなんだかショックを受けたようなお顔をなさっておいでですが、何かあったのでしょうか?

 そんな事を考えていると、神様の姿と申しますか、視界全体が霞がかったようになりまして、わたくしの意識はホワイトアウトいたしました。



 目覚めると、わたくしはベッドの上で横になっている状態でした。

 夢でしたのでしょうか?

 けれども、あんなにも必死なご様子の神様を、夢とはいえ見るなどとは思えませんし、現実なのでございましょうね。

 アーティファクトの正式起動がどうのと言っておりましたが、プリエマが何とかしてくれるでしょう。

 なんといっても正規のヒロインなんですもの。

 アーティファクトの正式な起動方法は、王宮にある礼拝堂の石碑に、アーティファクトの首飾りを置き、神に祈りを捧げるというものなのですが、ゲームではその行動をとったヒロインは聖女のように扱われまして、五強との婚約をスムーズに認められたり、国王陛下にお願い事を聞いてもらえたりするのですわよね。

 プリエマもセルジルへの恋心が綺麗さっぱり消えてしまい、今は王族教育に熱心に取り組んでおりますし、神様が心配しているような事にはならないと思うのですけれどもね。

 そう考えていると、寝室の扉がノックされました。


「グリニャックお嬢様、お目覚めですか?」

「ええ、起きておりますわよ、リリアーヌ」


 わたくしがそう答えると、リリアーヌが寝室に入ってきました。


「……グリニャックお嬢様、あまり眠れなかったのですか? なんだかお疲れのように見えますが」

「眠れていたとは思うのだけれども、夢見がちょっとね……」

「然様でございますか。暖かいミルクをご用意いたします。もちろん、グリニャックお嬢様がお好きなように、蜂蜜もたっぷり入れたものをご用意いたします」

「ありがとう」


 リリアーヌはそう言って一度寝室を出ていくと、すぐに寝室に戻ってきます。

 きっとドミニエルにホットミルクを持ってくるように伝えたのでしょうね。

 わたくしはリリアーヌに手伝ってもらいながら朝の支度をしていると、寝室のドアがノックされ、ドミニエルがホットミルクを持って入ってきました。


「ありがとう」

「いえ、では私は隣で待機を続けます」

「ええ」


 ドミニエルが寝室を出ていくのを確認しながら、ホットミルクを頂きます。蜂蜜の甘さが、疲れた体に染みこんでいくようですわね。

 飲み終わってからドレスに着替えて食堂に向かいますと、そこには既にトロレイヴ様とハレック様がいらっしゃいました。


「おはようございます。トロレイヴ様、ハレック様」

「「おはよう、グリニャック様」」


 お二人とも良く眠れたのでしょう、昨日の疲れもすっかりとれたようですわ。

 疲れが取れるのは何よりなのですが、わたくしと致しましては、お二人が夜中にバルコニーで語り合うというイベントが起きて欲しいものですわ。


「お二人とも、昨夜はよく眠れましたか?」

「うん、疲れもあってか、すぐにぐっすり眠っちゃったよ」

「私もだ。寝心地の良いベッドだしな」

「そうですか、それは何よりですわ」


 修行に慣れるまでは、お二人の夜の語らいイベントは起きないかもしれませんわね。うーん、残念ですわ。

 けれども、回数を重ねればいいというものでもありませんものね。大切なのは会話の内容ですわ!


「お二人のお部屋はわたくしの部屋の真下なのでしたわよね。確か、バルコニーで繋がっているのですよね」

「そうなんだよ」

「そうだな」


 そこはちゃんと確認済みですのね。そうですわよね、大切な二人の愛の秘密の会話をするための重要な場所ですものね。

 昨夜は変な夢を見たというか、押し付けられて疲れてしまいましたが、こうしてお二人を見ているだけで、疲れも吹き飛んでしまいますわね。

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