プリエマ聖女編

001 アーティファクト

【プリエマ視点】


 学園生活がスタートし、入学式が終わった後、私はいよいよ乙女ゲーム本編が始まったことを確信して、胸に手を当てて、お父様の部屋を尋ねたの。

 お姉様のせいで、すでに乙女ゲームとは違ったシナリオになっているのだから、私も早めに動かなくては手遅れになってしまうかもしれないもの。

 お父様の執務室の扉を叩き、入室の許可を頂いて中に入ると、私を歓迎するような優しい笑みを湛えたお父様がいた。

 私は、ゴクリ、とつばを飲み込み、お父様の近くまで行って思い切って口を開く。


「お父様、お話がございます」

「なんだい? 儂の可愛いプリエマ、何をそんなに緊張しているのだ?」

「実は、私には好きな人がいるのです」

「ウォレイブ様ではなく?」

「はい、もっと身近な人です」

「誰だ?」

「セルジルです!」

「……プリエマ、自分が何を言っているかわかっているのか? セルジルはこの家の執事長だぞ?」

「わかっています。それでも幼い頃から、私はセルジルだけが好きなんです!」


 私の言葉に、お父様は押し黙り、眉間にしわを寄せてしまう。

 私は心臓がどきどきなるのを聞きながら、お父様の次の言葉を待つしかない。


「セルジルは、プリエマの想いを知っているのか?」

「いえ……、告白はしていません」

「では、セルジルをここに呼び出そう。お前の気持ちをセルジルに伝えてみると良い。儂には色よい返事がもらえるとは思えぬがな」

「っ……私はっセルジルが本当に好きで、セルジルに相応しくあろうと思って勉強も頑張ってきました」

「そうか、てっきりウォレイブ様の為だと思っておったがな。まあよい、セルジルをここへ」


 お父様が侍従にそう言うと、侍従が音もなく執務室を出て行った。

 私はお父様にとりあえずソファーに座るように言われたので、心臓がドクドク鳴るのを聞いたまま、ソファーに腰かけることにした。

 いままで、やれるだけの努力はしてきたはず。

 勉強も頑張ってきたし、ゲームのシナリオ通りに、お姉様に嫌がらせをされたと、何度もセルジルに訴えてきたもの、セルジルだってその度に私の事を宥めてくれたわ。

 私の想いを無下にされることは無いはず。

 後はお父様に認めて貰うだけ。

 目の前で告白して、それを受け入れられたのならば、いくらお父様でも反対しないはずだもの、これはチャンスのはずよ。

 けれども、心臓がドクドクと脈打ち、頭のどこかで「違う」と私自身に訴えかけてくる。

 私は間違った行動を取っていないはず、シナリオ通りに動いたんだもの。

 確かに、お姉様がゲーム通りの行動をとってくれないせいで、上手くいかない時も沢山あったけど、出来る限りの事はしてきたし、大丈夫、絶対に大丈夫なはず。

 そう思っている時、執務室の扉がノックされ、お父様が入室の許可を出すと、セルジルと侍従が執務室に入ってきた。

 私は思わずと言った感じに座っていたソファーから立ち上がり、セルジルの元に駆けていくと、その胸の中に飛び込み、背中に手を回したわ。


「プリエマお嬢様? 手をお放しください」

「嫌です! セルジル、私はセルジルの事を子供の頃から好きです。恋愛対象として見ています! セルジルだって、私の事を好きでいてくれるでしょう?」


 私はそう言ってセルジルの顔を見上げたけれど、いつものように無表情を浮かべたセルジルの瞳は、私を慰めている時のような温かさはなく、感情の無い冷たいものだった。


「お放しください、プリエマお嬢様。私を恋愛対象と見ているとのことですが、生憎私は当家に仕える身。仕える家のお嬢様に恋愛感情を向けるような下郎に成り下がった覚えはございません」

「なっ! だ、だって、私の事をあんなに慰めてくれていたではありませんか」

「執事長として、職務の範囲内でプリエマお嬢様をお慰めしていただけでございます。いえ、むしろお諫めしていたと言ったほうが正しいかもしれません。グリニャックお嬢様を悪く言う事は良くないと、私は何度も申し上げましたよね。それを、ありもしない悪事を働かれたと、何度も私に訴えて来て、その度にお諫めしていたはずですが、それを慰めていたと勘違いなさっていたのですか?」


 セルジルの言葉に、喉がカラカラに乾いて行くのを感じて、うまく言葉を話すことが出来ない。


「う、そ……」

「嘘ではございませんよ。プリエマお嬢様、私はプリエマお嬢様を恋愛対象として見たことも、今後見る事もございません」

「……い、や」


 じゃあ、私は今まで何のために努力をしてきたと言うの? 全てはセルジルに相応しくあるために努力してきたし、シナリオ通りに動いていたでしょう? どうしてそんな事を言うの?

 こんなの現実だなんて認められない。


「セルジル、お父様の前だからって、嘘を、言わなくても、いいの、ですよ?」

「嘘ではございません。そもそも、グリニャックお嬢様が何もしていないのにもかかわらず、嫌がらせを受けた等と言う虚言を吐き続けるプリエマお嬢様の扱いにむしろ困っていたほどでございます」

「……そん、な」


 私のしていたことは、全て無駄だったというの?


「お姉様の、せいで……」

「グリニャックお嬢様は関係ございませんよ」

「違う、お姉様が、シナリオ通りに動かなかった、から」

「シナリオというのは、プリエマお嬢様の中での物でございましょう。それにグリニャックお嬢様を巻き込むのは如何なものかと思います」

「わ、私は、セルジルの事を本当に、好きで」

「お気持ちは嬉しく思いますが、先ほど申し上げたように、仕える家のお嬢様に想いを向けるような下郎になった覚えはございません」

「あ……」


 ボロボロと、私の両眼から涙が流れて来てしまう。

 こんなはずではなかったのに、どうしてこんなことになってしまったの。

 私はちゃんとシナリオ通りに動いていたのに、お姉様が勝手な行動を取ったから、シナリオがうまくいかなくて、私はセルジルに振られてしまったの?


「わた、し、はっ……、だって……」


 そこで私の意識は途切れてしまった。



『ねーねー、セルジルの攻略、やっとできたの!』

『好きですね、本当に。難易度Sクラスだっていうのに』

『でもニアさんはもう攻略したんでしょ?』

『わたしは病院暮らしで時間がありますからね』

『でも、すごいよね、ヒロイン。公爵令嬢から一転して平民になって、ほとんど帰ってこない旦那様を一人家で待つっていう未来を選ぶんだもん。あたし、てっきりヒロインはセルジルと一緒に公爵家で働くんだと思ってた』

『流石に、自分の娘を家で働かせようとは思わないんじゃないですか?』

『それもそうかもね。それにしてもやっとだよ、もう何時間セルジル攻略に費やしたかわかんないや。途中で別キャラのルートに入りやすいし、ホント難易度Sクラス』

『エマさん、本当にセルジルが好きですね』

『もう一目惚れ! でも、このエンディングを見ちゃうと、途中で攻略する羽目になったウォレイブの方がいいかもって思っちゃうよね。愛していても一年の内数日しか帰ってこない夫を待つとか、現実的に無理っしょ』

『そうですね』

『そう考えると、やっぱり王道のウォレイブかなあ。大公妃とかよくない?』

『私はトロレイヴとハレック推しなので何とも』

『それって腐女子としてでしょ? そうじゃなくって、女として幸せになるとしたらって考えたら、やっぱり王道じゃない?』

『どうでしょう? 大公妃って公務とか現実だと忙しそうなイメージですけど』

『でも帰ってこない夫を待つよりはずっとましでしょ。それに、ウォレイブルートだと、ヒロインは国を守るアーティファクトを正式起動して聖女になれちゃうんだよ』

『そうですね』

『よっし、もう一回改めてウォレイブルートやっちゃおう!』

『本当に飽きないですねえ。私はそろそろ就寝時間なので落ちますね』

『あ、そう? おやすー』

『おやすみなさい』



 ……これは、前世での私ね。

 私は、この後ウォレイブ様の攻略をして、そして、その後事故に遭って死んじゃったのよね。

 ニアさん、元気にしているかな?

 産まれた時から大学病院から出たことが無いって言っていたし、そう長くはないって言っていたけど、ネットで最後に会話した時は元気そうだったよね。

 でも、もう前世の事だし、今の私には関係ないか。

 ……そういえば、前世を思い出して忘れていたけど、私、セルジルに振られてしまったんだっけ。

 どうして振られちゃったのかな? やっぱり、お姉様がシナリオ通りの動きをしてくれなかったから、セルジルの好感度が上がらなかったのかな?

 でも、セルジルを攻略出来ても、待っているのは年に数日帰って来る夫を一人寂しく待つだけの人生なんだよね。

 確かに、働く必要もないかもしれないけど、あまりにも寂しい人生だよね?

 そう思った時、目の端にウォレイブ様から贈られた髪飾りが目に入った。

 入学式に付けて来てほしいと言われて贈って頂いた物だったから、入学式があった今日、言われた通りに付けて入学式に参加した。

 ウォレイブ様は乙女ゲームと違って、普通科の私と同じクラスに所属することになった。

 特進科ではなく、普通科、しかも普通科のAクラスではなくBクラス……。

 これもシナリオと違うよね。

 よくよく考えれば、何もかもゲームのシナリオとは違う。

 お姉様の行動も、ウォレイブ様の行動も、なにもかも、乙女ゲームとは違う、それなのに、無理やりシナリオ通りに動こうとした私は、何だったんだろう。

 そう考えた時、寝室の扉がノックされた。


「プリエマ、起きていますか?」

「お姉様? ええ、起きています。どうぞ」

「お邪魔しますわ。……セルジルに告白して、振られたショックで気絶してしまったのですって?」

「ええ、そのようです」

「お父様が嘆いていらっしゃいましたよ。まさか執事長に恋心を抱くような娘に育てた覚えはないのに、と」

「だって、ずっと昔から好きだったんですもの」

「そうですわね」


 お姉様はベッドの近くにある椅子に座ると、私の目尻に浮かんだ涙を指で掬い取ってくれた。


「でも、でもね、お姉様」

「なんです?」

「私、思い出したんです。セルジルと結ばれた後の人生が、いかに寂しいものだという事を」

「……そうですか」

「それに、もしそうでなくても、生まれ育ったこの家で、メイドとして働くなんて、私には出来そうにありません」

「……そうですか。それで、どうしたいのですか?」

「過去のシナリオは、もう狂ってしまって元には戻らないと思います。でも、過去は変えられないけど、未来なら変えられますよね?」

「そうですわね。プリエマは何がしたいのですか?」

「シナリオを、戻します。過去のシナリオが変えられないのなら、未来のシナリオを正します」

「それがプリエマの願いなら、可能な限りわたくしは応援致しますわ」

「まずは礼拝堂に安置されているアーティファクトを発見しなければなりません」

「……それが、プリエマの望みですか?」

「ええ、私はアーティファクトを正式起動して、この国の聖女となって、ウォレイブ様と結ばれて、幸せな未来を掴み取ります」

「そうですか。ではその未来が叶うよう、わたくしも応援しておりますわね」


 私は久しぶりにまともにお姉様の顔を見た。

 今までは、悪役令嬢であるお姉様を避けていたので、こんなにまじまじと顔を見て話すのは本当に五歳の時に前世の記憶が戻って以来かもしれない。

 ゲームに描かれていた通り、銀色のストレートヘアーに冷たいサファイアのような瞳の、一見冷たい印象を受けるお姉様だけど、こうして今、私に向けられている眼差しは温かいものが含まれている。

 もっと早くこの眼差しに気が付くことが出来ていれば、過去は変わったかもしれないな。

 でも、過去はもう変えられないんだから、未来を掴み取るしかないよね。

 翌日から、私は学園の礼拝堂を調べ上げ、アーティファクトの安置されている場所の鍵を発見した。

 けれども、鍵はもう一つ必要で、その鍵だけではなく、アーティファクトを手に入れるには、この礼拝堂のどこかランダムに配置されている聖杯と聖水が必要になる。

 私はウォレイブ様の相手をしながら、放課後は毎日鍵と聖杯と聖水を探し回った。

 時折、紫色の髪の毛の、多分下位貴族の令嬢と遭遇したけど、そんな事を気にせず、私は礼拝堂を駆けずり回った。

 そうして、二つ目の鍵を手に入れたくらいに、もしかして紫色の髪の下位貴族の令嬢も転生者で、アーティファクトを探しているのかもしれないと気が付き、私は内心焦ったけど、二つの鍵は私が無事に手に入れたし、あとは聖杯と聖水だけ。

 転生者であろう令嬢が何を考えているかはわからないけど、アドバンテージは正式なヒロインである私にあるんだから。

 そうして数日かけ、私は聖杯と聖水を見つけることが出来た。

 ヒロインである私が本気を出せば、アーティファクトを見つける事など容易い事だわ。

 そうして、騎士科の方々が冬季演習合宿に行っている間、私は一つ目の鍵を使って礼拝堂の秘密の地下室に入り、その中に安置されている聖櫃をもう一つの鍵で開けた。

 その中にあるのは真っ黒な塊で、一見何なのかわからないけど、これに聖杯に満たした聖水をかけることで、アーティファクトが出現することは乙女ゲームの知識でわかっている。

 私は早速聖水で満たされた聖杯を傾け、黒い塊に聖水をかけた。

 すると、黒い塊が変化して、首飾りの形になったのを確認して、そっとそれを手に取った。

 その瞬間、私の周囲になにか膜のような物が張られた感覚があって、これが本物のアーティファクトだって実感できた。


「あ……」


 聞こえた声に振り返ると、最近よく見かける紫色の髪の令嬢が私を見て唇を噛んで、じっと見て来たけど、すぐにこの場から立ち去って行った。

 やっぱり彼女も転生者でこのアーティファクトを狙っていたんだわ、危なかったわね。

 秘密の地下室から戻ると、騎士科の生徒が遭難してしまったという事を聞いて、シナリオ通りだと思ったけど、私は特に何も行動を起こさなかった。

 お姉様は救助隊に参加したいって言ってたけど、トロレイヴ様とハレック様が無事なのを知って、待つことに変えたみたい。

 そうして三日経って、無事に騎士科の生徒や講師が戻って来て、お姉様は泣きながら二人の無事を喜んでいた。



【グリニャック視点】


「王妃様主催のお茶会ですか?」

「ええ、そうですよプリエマ。今回のお茶会は、ウォレイブ様の婚約者候補を集めてのお茶会になるそうですので、王妃様の離宮にて行われるそうです」


 お母様の言葉に、プリエマが無事にアーティファクトを手に入れたのだと察しました。

 セルジルに振られて、ウォレイブ様に狙いを変えたプリエマの行動は素早く、あっという間にアーティファクトを発見してしまったようですわね。

 プリエマを見ると、いよいよか、と言った具合に気合の入った顔をしております。

 アーティファクトを国王陛下にお渡しして、神様の啓示を受けてアーティファクトを正式起動出来たら、プリエマは晴れて聖女になれますものね、気合も入るのでしょう。

 けれども、お父様は未だにプリエマがセルジルに想いを寄せているのではないかと戦々恐々としているようでございますが、今のプリエマの様子を見ますと、いらぬ心配でございますわね。


「そういえば、グリニャックはトロレイヴ君とハレック君とはうまく行っているのかい?」

「ええ、お父様」


 トロレイヴ様とハレック様の愛は順調に育まれておりますわ。

 昨日なんて、昼食時に、お互いのプレートに乗ったおかずを交換しておりましたのよ!

 ああもう、あの時の光景と言ったら、鼻血ものでしたわね。「これ食べてくれるかい?」「いいけど、その代わりこっちを食べてくれよな」なーんて甘い会話付きでしたのよ!

 はあ、本当にお二人の愛が順調に育まれていっていて、わたくしとしましては、毎日が充実した日々となっております。


「私も、お姉様に負けてはいられませんね」

「ふふふ、プリエマも努力しているようですし、幸せはきっとすぐそばまで来ているはずですわ」

「ええ」


 プリエマの笑顔に、わたくしも思わず笑顔になってしまいます。

 そういえば、一昨日なんて、トロレイヴ様とハレック様に敢えて一つの水筒を差し入れに持って行きましたら、やはり間接キスを戸惑いもなくなさっておいででしたのよ!

 見ているわたくしの方が思わず顔を赤くしてしまったほどでございます。

 騎士科の居残り練習を毎日のようになさっているお二人に、わたくしも毎日のように差し入れをしたり、終わるのを待っていたり致しますけれども、日を追うごとに、お二人の麗しさと申しますか、色気に鼻血を押さえるのが大変なのですよ。

 最初の頃は、わたくしが見学することに難を示していた講師陣や他の騎士科の方々ですが、最近ではすっかりとわたくしが見学することを当たり前のように受け入れて下さっております。

 これも、秘儀気配消しの効果のおかげでしょうか? 腐女子として推しカプを観察するには必須の技術ですわよね。

 学園に入学してから半年ほど経って、わたくしの技術も磨かれてきましたわね。

 まあ、婚約した時から磨いておりましたので、気配消しに関してはプロ級と言ってもいいのではないでしょうか?

 それはともかく、お二人の仲は順調でございます。

 こうやって、卒業までに愛を深めていき、最後には私と言う婚約者を隠れ蓑に、お二人の愛は成就するのですわ!


「私もウォレイブ様の正式な婚約者になりたいです」

「あら、その準備は整っているのではありません事?」

「もちろんですわ。けれども、まだ時期ではないようなのです」

「そうですか、神の思し召しを待つしかございませんわね」

「二人が何を言っているのかわかりませんが、ともかく、プリエマ。貴女は王妃様の主宰するお茶会で、我が家の恥とならぬように行動するのですよ」

「わかっていますわ、お母様」


 プリエマ、やる気満々ですわねえ、僥倖ですこと。

 家族の団欒の時間が終わり、わたくしが部屋に入ってくつろいでいますと、扉がノックされてプリエマが入室の許可を求めてきましたので、入室許可をだしますと、プリエマは宝石箱を抱えて入ってきました。


「どうしましたの、プリエマ」

「お姉様に見ていただきたいものがあるので持ってまいりましたの」

「まあ、なんでしょう?」

「これです」


 プリエマは宝石箱を開けると、そこには一つだけ首飾りが入っておりました。

 間違いなく、『オラドの秘密』で見たアーティファクトの首飾りですわね。


「王妃様のお茶会の際に、この首飾りを持って行こうと思うんです」

「それを王妃様に差し上げるのですか?」

「いいえ、国王陛下に献上します」

「そうですか。それが以前プリエマが言っていたアーティファクトですか?」

「ええ、そうです。予定より随分早いですけど、私、ちゃんと手に入れることが出来ました」

「それは良かったですわね」

「これがあれば、私はウォレイブ様の正妃婚約者になることが出来ます」

「プリエマの望みが叶うと言うわけですね」

「ええ!」


 プリエマは幾分興奮気味に頷きました。


「お姉様。私、お姉様には負けませんから」

「ふふ、何をもって勝ち負けを決めるのかはわかりませんけれども、がんばりなさいな」

「ええ、がんばります。がんばってお姉様より幸せな人生を過ごします!」

「そうですか」


 こんなに楽しそうなプリエマの笑顔を見るのはいつぶりでしょうか?

 五歳で前世の記憶を思い出してからというもの、どうも避けられていたような感じがいたしまして、顔を合わせても、わたくしに嫌がらせをされたと喚きたてられるばかりでしたものね。

 その後、宝石箱をしっかりと閉じたプリエマは、上機嫌のままわたくしの部屋を出て行きました。

 セルジルの事はすっかり吹っ切れたようで何よりですわ。

 数日後、王妃様主催のお茶会にプリエマは宝石箱を抱えて、侍従のアンセルを連れて参加しに行きました。



【プリエマ視点】


 いよいよ王妃様主催のお茶会の日がやって来たわ。

 私はアーティファクトの入った宝石箱を大切に抱え込み馬車に乗り込んで王宮に向かった。

 十分ほどの道のりがこんなに長く感じるなんて、私ってば興奮しているのかしら?

 王宮について、アンセルの手を借りて馬車を下りると、王妃様の離宮にまっすぐ歩いて行って、その中庭に入ると、既に多くのウォレイブ様の婚約者候補が集まっていたわ。

 少しでおくれたかしら? でもまだお茶会は始まってないのだし問題ないわよね。

 私は王妃様を見つけると、宝石箱を抱えたまま挨拶をする。


「王妃様、本日はお招きいただきありがとうございます。それで、ご相談なのですが、国王陛下に献上したいものがございまして、この場に国王陛下を呼んでいただくことは出来ますでしょうか?」

「まあ、陛下に献上品ですか?」

「はい、これです」


 私はゆっくりと宝石箱を開けて中に入っているアーティファクト首飾りを見せる。

 そうすると、王妃様の顔色が一気に変わったのが面白いわね。


「すぐに陛下をお呼びして!」


 王妃様の言葉に、給仕に回っていたメイドの一人が中庭を離れていくのが見えた。


「プリエマ様、この首飾りはどこで手に入れたのですか?」

「学園の礼拝堂です。地下の秘密の部屋で発見しました」

「そうですか。プリエマ様はとりあえずそこの席にお座りになってください、すぐに陛下がいらっしゃいますので、その首飾りを陛下に見せて差し上げてください」

「はい、もちろんです。献上するつもりですもの」

「プリエマ様はその首飾りがどんなものかわかっていますか?」

「はい」

「そうですか、賢明な判断ですわね」

「ありがとうございます」


 その後、お茶会は開催の合図が出されず、集まった令嬢達はざわざわと私と王妃様を見て来てる。

 そうしてしばらく待っていると、優雅に国王陛下が中庭に入って来たわ。


「王妃よ、儂を呼んだと言うが、何かあったのか? 今日はウォレイブの正式な婚約者を決めるお茶会ではなかったか? もう決まったのか?」

「それどころではなくなってしまいました、陛下。プリエマ様、先ほどの首飾りを陛下にお見せになって」

「はい」


 私は一度閉じた宝石箱をまた開けてよく見えるように国王陛下に向けた。

 その途端、国王陛下は目を見開いて首飾りを凝視したの。


「これは、どこで」

「学園の礼拝堂の秘密の地下室で見つけました」

「そうか」


 国王陛下は天を仰ぐように顔を上げると、すぐに真顔になって私を見て来た。


「それを、こちらに渡してくれはしないか?」

「もちろん、献上するつもりで持ってきましたから」

「そうか、ありがたい」


 私は国王陛下に宝石箱ごとアーティファクトを差し出すと、国王陛下は大切そうに宝石箱を受け取った。


「これを発見してくれた褒美を取らせたい。何か望みはあるか?」

「国王陛下、私はウォレイブ様の正妃になりたいと望んでいます」

「ほう。その程度の望みで構わないのだな?」

「はい」

「よかろう。正妃、聞いたな? 今日のお茶会はとりあえず終いだ」

「かしこまりました、陛下」


 王妃様が各テーブルを回って令嬢達にお茶会が無くなったことを告げている最中、国王陛下は侍従に指示を出してお父様とウォレイブ様にここに来るようにと言っている。

 ふふ、これで私はウォレイブ様の正妃になれるのね。

 そのまま私は国王陛下と王妃様と一緒に中庭で二人の到着を待っていると、慌てた様子のお父様と、暢気な様子でやって来るウォレイブ様の姿が見えた。

 二人が私達の前に来ると、国王陛下はとりあえず席に座るように言って、「コホン」と咳払いをすると口を開いた。


「実は長年王家が探し求めていた物をプリエマが発見して先ほど献上してくれた。その褒美を聞いたところ、ウォレイブの正妃になりたいと言ってきた。そこで、プリエマを正式にウォレイブの正妃婚約者にしようと思う。構わないな、ウォレイブ、エヴリアル公爵」

「ボクはもちろん構いません。むしろ歓迎なぐらいです」

「儂も反対は致しません。ありがたい話でございます」


 侍従が婚約の誓約書を持ってくると、国王陛下、お父様、ウォレイブ様、私の順番でサインをする。


「これで、私は正式にウォレイブ様の正妃婚約者になれたんですね。嬉しいです」

「プリエマ嬢がそう言ってくれるなんて嬉しいな。いつもボクに話を合わせてくれていたけど、どこか心は別にあったように感じたから」

「それは昔の私です。今の私はウォレイブ様一筋ですよ」


 これで私もお姉様みたいに愛する人と婚約出来て、幸せな日々を送ることが出来るのね!

 ふふふ、神様の啓示が下されたら速攻でアーティファクトを起動して、私は聖女になるのよ。

 大公正妃で聖女! お姉様なんかより絶対に幸せになってやるわ。

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