006 誕生日パーティー

 誕生日パーティ―当日、他のご来客よりも早くに、トロレイヴ様とハレック様がやって来ました。

 お二人は、わたくしが発注致しました燕尾服風のスーツを着ていらっしゃいます。

 襟元にはお互いを表すかのような金糸と銀糸の刺繍が施されています。


(やばっ!! 尊い! マジ鼻血でそう!)


 わたくしは心の声を押し殺して、応接室で微笑みを浮かべながらお二人を迎え入れます。


「ご機嫌よう、トロレイヴ様ハレック様。発注した衣装、とても似合っておりますわ」


 ああ! 出来ればこのままケースに入れて保存したいぐらいに、可愛いかっこいい麗しいですわ!


「ありがとう、グリニャック様もとっても可愛いよ」

「ああ、本当に、天使みたいだ」

「まあ、ありがとうございます」


 天使はお二人の方ですわ。ああ、本当にこのように麗しい方々と婚約が出来たなんて、防波堤という役割とはいえ、役得ですわね。

 今日のわたくしのドレスは、シンプルなノースリーブのドレスで、襟元と、裾の方にフリルが控えめについている物です。白を基調としておりますが、アナトマさんの気合でしょうか?金糸と銀糸で薔薇の刺繍がドレス全体に施されております。

 この二週間足らずの間にここまで仕上げてくるなんて、流石は将来の攻略対象といったところですわね。

 それにしても、麗しいお二人を前に、思わず私の顔は紅潮してしまいます。


「パーティーが始まってすぐに、婚約の発表があるそうですわ」

「そうなんだ、楽しみだね」

「ああ、これでやっと虫よけになる」

「そうですわね」


 お二人にとって、変に粉をかけてくる令嬢なんて、お邪魔虫以外の何物でもありませんものね。

 わたくし、お二人の間に邪魔な虫が入らない様に、立派な女公爵、淑女の鑑となってお二人をお守りいたしますわ!

 それにしても、改めて見ても一対の、けれどもお揃いの衣装を身にまとっているお二人は、まさに至宝と言っても過言ではありませんわね。

 襟元に施された金糸と銀糸の刺繍が、まさにお二人の仲の良さを物語っているようではございませんか。

 お揃いのピアスも、ぎりぎりで納品が間に合いましたので、この場でお二人にお渡ししたほうがいいですわね。

 わたくしはそう思って、テーブルの上に置かれている小箱の蓋を開けました。

 そこには、サファイアが薔薇の形になっていて、その周囲に金と銀の蔦が絡み合う様に巻き付いています。


「これ、今朝早くにやっと届きましたのよ。良ければ早速付けてくださいますか?」


 わたくしがそう言って小箱をお二人の方に差し出しますと、中を見てお二人は少し驚いたように、ピアスを見ます。


「こんな高価な物、貰ってもいいのかい?」

「もちろんですわ」

「なんだか、付けているというよりも付けられているという感じにならないか?」

「そんなことありませんわ! お二人ならきっとお似合いになりますわ」

「じゃあ、早速……」


 そういってお二人はそれぞれピアスを取ると、早速と言った感じにピアス穴にピアスを通しました。


(きゃわわっ! お揃いのピアス! しかも金銀の蔦が絡み合っているのがお二人を象徴しているようでたまらない!)


 わたくしは、まじまじとお二人がピアスをつけるのを見てしまいます。

 そうしていると、残りの一対のピアス、つまりはわたくしの分ですわね。それを見てお二人は何やらアイコンタクトを取っていらっしゃいます。

 なんでしょう、またお二人は目と目で会話をなさっておいでですわ! まさに二人の世界ですわね!

 そう考えていますと、それぞれが片方ずつピアスを持って座っていたソファーから立ち上がりますと、わたくしの方に歩いていらっしゃいます。


「……?」


 わたくしが首を傾げますと、お二人はわたくしの両側にそれぞれお座りになって、じっとこちらを見てきます。

 わたくしは何が起きているのかわからず、お二人の間をきょろきょろと首を動かしていますと、まず、トロレイヴ様の手がわたくしの耳に触れました。


「ひゃっ!」

「あ、ごめんね。ピアス、つけてもいいかな?」

「あ、はっはい」


(きゃぁぁぁぁっ。ソプラノボイスなのに甘い声! イケボ! イケボーーーー!)


 わたくしの顔は真っ赤になってしまっております。

 推しキャラに耳を触れられて、その上ピアスまでつけていただけるなんて、なんというご褒美イベントなのでしょうか!

 思わず顔面崩壊してしまうレベルで嬉しいですわ!

 トロレイヴ様がピアスを付け終わると、今度は、反対側の耳にハレック様が触れていらっしゃいました。


「今度はこっちだな」

「は、はいっ」


 もう、これだけで誕生日プレゼント一生分を貰った感じですわね。

 口が吊り上がって、にやにやとしそうになるのを必死に我慢しているせいか、顔の温度がますます上がっていくような気がいたします。

 わたくし、ちゃんとまともな顔をしておりますわよね? 淑女らしからぬにやにや顔はしておりませんわよね?

 ハレック様にもピアスを付けていただいて、わたくしは思わずレースの手袋をはめた手で、両頬を押さえます。

 ああ、触っただけでもわかりますが、熱いですわ。


「かわいいなあ」

「まったくだ」


 お二人にこんなご褒美をしていただけるなんて、婚約者になった役得とはいえ、なんという事でしょうか! ああもうっ今日は興奮して眠れないかもしれませんわ。

 このピアス、一生の宝物にいたしませんと!


「そ、そういえば。どちらがわたくしの正室になるかは決まったのでしょうか?」


 わたくしはなんとか気持ちをごまかすように話を振りますと、左右で困ったような顔をされてしまいました。


「それがね、まだ決まっていないんだよ」

「お互いに譲る気がなくてな、剣をまともに扱えるようになったら、その時に勝負をして決めようということになったんだ」

「まあ、そうなのですか」


 お二人が剣の勝負。まさに汗と魂のぶつかり合いですわね。その場面に居たら滾ってしまいそうですわ。

 けれども、まだお二人は木刀での基礎練習を始めたばかりのはずですし、勝負をするには早すぎますわよね。


「まあ、家格からしたらわずかに僕の家の方が上なんだけどね」

「資産で言えば、わずかに私の家の方が上だぞ」


 あらあら、わたくしを挟んでお二人が見つめ合っておりますわ。

 困りましたわ、また顔の温度が上がっていってしまいそうです。

 そんな感じにわたくしが両頬から手を離せずにいると、応接室のドアが開き、お父様とお母様が入っていらっしゃいました。

 トロレイヴ様とハレック様が立ち上がってお父様達に向かって礼を取ります。


「顔を上げてくれ、二人とも。うむ、グリニャックが贈った衣装がよく似合っているな」

「ありがとうございます」

「おかげさまで、グリニャック様の隣に立っても恥をかかずに済みました」


 お二人は何を着ていても絵になりますので、むしろわたくしがお二人の足を引っ張らない様にしないといけませんのに、謙虚ですわね。


「うむ。グリニャックから話は聞いているかな? パーティーが始まってすぐに三人の婚約を発表しようと思っている。心しておくように」

「「はい」」


 はあ、これで公然とお二人は周囲を気にせずいちゃつけるようになりますのね。わたくし、頑張って虫よけにならなければなりませんわね。

 虫と言えば、プリエマはどこに居るのでしょうか? 今朝から姿が見えませんけれども。


「お父様、プリエマは今どこに居ますの?」

「ああ、プリエマなら待機室でウォレイブ様をお待ちしているころだろう」

「まあ、そうなのですか。もしやプリエマのドレスはウォレイブ様がプレゼントしてくださったのですか?」

「ああ、よくわかったな」


 やはり、プリエマはウォレイブ様狙いなのでしょうか?


「そうですか。では、プリエマはウォレイブ様の婚約者になれますでしょうか?」

「それにはまだ教育が足りておりませんわね」

「お母様……」

「お茶会でのマナーもそうですが、半年前までできていたはずのマナーも疎かになっておりますもの。今のままウォレイブ様の婚約者に名乗りを上げるなんて、我が家の恥になってしまいますわ」

「そうですか」


 プリエマ、なぜそんなに残念な子になってしまったのでしょうか? 半年前と言えばわたくしが前世の記憶を取り戻した頃ですわよね。

 プリエマも同じようにこのゲームの記憶を思い出して、それまでのマナーの知識などが吹き飛んでしまったのでしょうか?

 うーん、そうだとしたら本当に残念な子としか言えませんわね。

 大公妃になるのでしたら、女公爵になるよりももっとお勉強しなくてはなりませんものね。

 今のプリエマに耐えられるでしょうか?

 まあ、頑張れとしか言いようがございませんわね。ウォレイブ様狙いなら努力あるのみですわ。

 それにしても、プリエマはわたくしの主宰するお茶会にも誘いをかけても、この半年参加することはございませんでしたわね……、私避けられているのでしょうか?

 そうだとしたら、少し残念ですわね。いずれこの家を出ていく妹とはいえ、それまでの間は出来るだけ仲良くしていたいものなのですが、プリエマはわたくしに『悪役令嬢』を求めて来ておりますので、難しいのかもしれませんわね。


「それにしても、グリニャック。そのドレス、とても似合っておりますわよ。駆け出しのデザイナーが手掛けたと聞いて少々不安に思っておりましたが、いらぬ心配でしたわね」

「ええ、お母様。アナトマさんは優秀なデザイナーでいらっしゃいますわ」


 抱えているお針子も優秀な方々が揃っているのでしょうね。

 アナトマさんを攻略する時に出てくるライバルは、お針子の方でしたわよね。レース編みが得意な方で、アナトマさんの右腕という設定でしたわ。


「時間になったら儂の侍従が呼びに来る。それまで三人でゆっくりしていなさい」

「はい、お父様」

「「わかりました」」


 お父様とお母様はウォレイブ様をお迎えに行くためなのか、そう言って応接室を出ていかれました。

 不意に、応接室に沈黙が流れてしまいます。

 顔の熱は多少引きましたが、推し二人に挟まれているというこの状況に、わたくしの胸はドクドクと鼓動が高鳴っております。

 出来れば正面に座り直していただいたほうが、わたくしの心臓の為なのですが、それを言ってご気分を悪くされてはなんですし、どういたしましょうか。

 あ! お茶。

お茶が向こう側にありますし、お茶を勧める形で席に戻っていただくというのはどうでしょうか?

 わたくしがそう思ってトロレイヴ様とハレック様に提供されたカップを眺めていますと、リリアーヌがそれに気が付いたのか、すぐさまそれを片付けて、新しくお茶を淹れなおし、お二人の前に差し出しました。

 違いますのよ、リリアーヌ。そういう意味で見ていたのではありませんのよ!


「お、お二人とも、わたくしを挟んでいては話しにくいのではありませんか?」

「え、そんな事はないよ。ねえ、ハレック」

「そうだな。気にすることなんてないぞ」

「そ、そうですか」


 気になります! 出来れば正面から見ていたいのですわ! それとわたくしの心臓の為にも、もう少し距離を取っていただけませんでしょうか。

 隣に、間近でお二人に挟まれるとか、心臓が持ちませんわ。


「グリニャック様は、プリエマ様がウォレイブ様の婚約者になればいいと思っているのかい?」

「え? ええ、そうですわね。そうなれば我が家も安泰と言えますし、そうなればいいと思っておりますわ」

「グリニャック様が私達を婚約者に選んでくれたのは、私達が好きだからと言ってくれたが、本当か?」

「もちろんですわ! わたくしはお二人が(絡んでいるのを見るのが)大好きなんですもの!」


 あ、思わず力を込めていってしまいましたわ。

 いけませんわね、淑女としての気品が失われてしまいますわ。お二人に呆れられたらどうしましょうか。


「そうなんだ。嬉しいよ」

「そうだな。グリニャック様にそう言ってもらえると、幸せな気分になれる」


 お二人は照れたようにそう仰います。

 ええ、そうでしょうとも、わたくしの婚約者という隠れ蓑を纏って、公の場でいちゃつけるんですものね、嬉しくて、幸せな気分になって当然ですわよね。

 うふふ、お二人が幸せですと、わたくしも幸せですわ。

 そんな事を考えて、お二人と話ながら過ごしていると、お父様の侍従が応接室に入ってきました。

 なんだか少し疲れているように感じるのは何故でしょうか?


「グリニャックお嬢様方、会場の方へそろそろおいで下さい」

「わかりましたわ、なんだか疲れているように見えますけれども、なにかありましたの?」


 わたくしの言葉に、お父様の侍従はハッとしたように、顔をこわばらせると、少し困ったような顔になった後、いつもの無表情に切り替わりました。


「グリニャックお嬢様にそのように心配されてしまうなど、侍従失格でございますね。いえ、ウォレイブ様方がいらっしゃったのですが、どなたがプリエマ様をエスコートするかで待合室で揉めてしまわれまして、結局はウォレイブ様に決まったのですが、子供のパワーと申しますか、思わず圧倒されてしまったのでございます」

「まあ、そうなのですか。ウォレイブ様方と仰いましたが、他にもどなたかがいらっしゃいましたの?」


 まあ、五強の方々でしょうけれども。


「はい、ネデット様、アルエノ様、ベルナルド様、ジョアシル様がご一緒のタイミングでお見えになられました」


 やっぱりそうですか。それにしても、同じタイミングでいらっしゃるなんて、まるで示し合わせたかのようですわね。

 まあ、ちょうど開場の時間ですし、たまたまあったとも言えますけれども……、プリエマが何かしでかしていなければいいのですが……。

 ああ、お母様のご機嫌が斜めにならなければいいですけれど、どうでしょうか?


「グリニャック様、じゃあ僕達も行こうか」

「そうだな、行こう」

「はい」


 わたくし達は侍従に促される形で大広間まで三人で並んで歩いて行きます。

 わたくしの半歩後ろにトロレイヴ様とハレック様が並んで居る形ですわね。

 どんな顔をなさっておいでなのでしょうか? ああ、振り向いて確かめたいですわ。

 いえ、けれどもここは我慢ですわ。わたくしはお二人の恥にならない婚約者を演じなければなりませんもの。お母様のような完璧な淑女を目指しませんと。

 わたくしは歩きながら、扇子を握った手を胸の前で組むと、気合を入れ直しました。

 誕生日パーティーの会場になっている大広間に着きますと、そこにはすでに多くのお客様がお見えになっていらっしゃいました。

 プリエマ達はもうすでに大広間に来ていたらしく、六人一塊になっていますわね。

 それを他の令嬢達が羨ましそうだったり、冷たい視線を投げかけています。

 うーん、プリエマも早めに婚約者を決めたほうが良いですわよね。

 わたくしとしては、ウォレイブ様がいいと思うのですけれども、五強のどなたがプリエマのお気に入りなのでしょうか?

 お父様がわたくし達が大広間に入って来たのを確認すると、『パンパン』と手を叩いてご自分に注目を集めました。


「お集りの皆様方、本日は我が娘達の為にわざわざご足労頂きありがとうございます。本日は、グリニャックとプリエマの六歳の誕生日に加え、重要な発表をさせていただきたいと思います」


 そう言うと、お父様がわたくし達の方を見て、視線で来るように言ってきましたので、お父様の方に歩いて行きます。


「皆様、この場を借りて発表させていただきます。我が家の長女、グリニャックとブールマン伯爵家次男トロレイヴ君、アルトロワ伯爵家次男ハレック君が、この度、婚約を結ぶことと相成りました」


 お父様の言葉に一瞬会場が静まり返ったかと思いますと、わたくしのお茶会友達が我先にと拍手をして下さり、他の大人の方々もそれに習う様に拍手をしてくださいました。


「ありがとうございます。まだ若輩者の子供達ではありますが、皆様に温かく見守っていただければと思います。グリニャック、皆様にご挨拶をしなさい」


 え、そんな急に言われましても……。

 わたくしは内心の動揺を隠しながら、お父様の隣に立つと、出来うる限り美しく見えるようにカーテシーをしてから、顔を上げて会場にお越しになっていらっしゃるお客様を見渡して口を開きます。


「皆様、只今ご紹介に与りましたグリニャックでございます。誕生日に合わせまして、わたくしの婚約の発表というサプライズをどうぞお許しくださいませ。ですが、わたくしはトロレイヴ様とハレック様と共に、今後の人生をより一層素晴らしいものにできればと思っておりますので、なにとぞご協力のほど、よろしくお願いいたします」


 わたくしがそう挨拶をしますと、皆様が改めて拍手をしてくださいました。

 ほっと一息つきますと、気が付けばトロレイヴ様とハレック様が、どこから取り出したのか、黒薔薇をわたくしに差し出してきておりました。

 わたくしはつい咄嗟にそれを受け取ってしまいます。

 そうしますと、会場がより一層大きな拍手で沸き返りました。


「あ、ありがとうございます」

「グリニャック様、僕は誓うよ。君を守る立派な伴侶となることを、そして、君を守れるよう、立派な騎士になることを」

「私も誓おう。グリニャック様の伴侶としてグリニャック様を幸せにすることを、そして生涯守ることが出来るよう、立派な騎士になることを」


 あ、あら? なんだか懐古イベントと似ていますけれども、国を守る双璧になるという誓いではありませんし、ノーカンですわよね。

 それにしてもハレック様ってば。わたくしを幸せにしてくださるなんて、そんな事言ってもいいのでしょうか?

 わたくしの幸せ=お二人の仲の良い絡みを見ることなのですが、公の場でそんな、お二人の仲を堂々と宣言するようなことを仰るだなんて、大胆なところがございますのね。

 思わずその場面を想像して顔が赤くなってしまいます。

 それを隠すために、わたくしは受け取った黒薔薇で顔を隠しました。


「重要な発表は以上です。皆様、娘の誕生日パーティーをぜひ楽しんでいってください」


 お父様がそう締めくくりますと、会場は一気にざわめきを取り戻します。


「ふ、不意打ちはずるいと思いますの」

「あはは、照れているグリニャック様も可愛いね」

「そうだな、普段は毅然としているからギャップがたまらないな」

「もうっ知りませんわ」


 わたくしは、頂いた黒薔薇で顔を隠しながらそう言いますと、薔薇の隙間からお二人をちらっと覗き見ます。

 お二人は、わたくしの方をそれはそれは嬉しそうなお顔で見て来ていらっしゃいます。

 ……はて、わたくしってばそんなに面白い顔をしておりますでしょうか? いけませんわね、淑女たるもの、もっと毅然とした態度を取りませんと。

 わたくしはぐっと手にしていた黒薔薇を握り締めますと、扇子を右手に持っておりますので、左手にまとめて黒薔薇を持って、出来る限り毅然とした、けれども微笑みを浮かべた表情になるように気を付けて二人を見ました。


「わたくしで遊ばないで下さいませ」

「ごめんね、グリニャック様がかわいいから、つい」

「すまないな、トロレイヴに同じくだ」

「もうっ」


 ついまた顔が赤くなりそうになってしまいます。

 わたくしがトロレイヴ様とハレック様になんと言い返そうか考えておりますと、プリエマがこちらに来るのが見えて、そちらに顔を向けました。


「お姉様、ずるいです!」

「なにが、でしょうか?」


 近くに来るなり、プリエマがそう言いました。

相変わらず主語が分かりませんわね。まあ、わたくしだけ婚約したことがずるいと言っているのでしょうけれども。


「お姉様だけ婚約だなんて、そんなのずるいです。私も婚約したいです! お父様、お願いします」


 ああ、また無茶なことを。それに、誰と婚約をするつもりなのでしょうか?


「可愛いプリエマ、無理を言うのではないよ。そもそも、誰と婚約をしたいのだ?」

「そ、それは……」


 あら、てっきりウォレイブ様の名前を口に出すのかと思いましたが、口籠っておりますわね。

五強の他の方なのでしょうか?


「そのことなのですが、エヴリアル公爵」

「なんでしょうか、ウォレイブ様」

「プリエマ様を、ボクの婚約者にしたいのだけれども、許可を頂けませんでしょうか?」

「おや」


 あらまあ。まさかのウォレイブ様からのお申し込みですか。これはお父様もお断りすることは出来ませんわね。

 あ、お母様がさり気なく額に手をやっておりますわ。

 先ほどまだ婚約者にするには早いと言っていたばかりですものね。


「ウォレイブ様、それは国王陛下もご存知の事でしょうか?」

「父上にはまだ……しかし、ボクはプリエマ様が好きなんだ」

「そうですか。しかし、好き嫌いでだけで婚約は出来ませんので、国王陛下のご許可を頂いてからまた申し込んでくださいませんでしょうか?」

「そんな……」


 お父様、ナイス切り返しですわ。これで少しは時間が稼げますわね。お母様の教育もより一層厳しくなるでしょうけれども、頑張りなさいませ、プリエマ。

 わたくしがそう思ってプリエマを見ますと、プリエマは微妙な顔をしておりました。嬉しくないのでしょうか?

 けれども、他の五強の方もウォレイブ様の言葉に不満を感じているようには見えませんし、プリエマは何が不満なのでしょうか?

 やはり五強以外のキャラクターが狙いなのでしょうか?


「プリエマ?」


 わたくしがプリエマに声をかけますと、プリエマに一瞬だけものすごい視線で睨まれてしまいました。わたくし、何かしたでしょうか?


「ウォレイブ様、その、お気持ちは嬉しいのですが、私では、その、婚約者なんか、務まるか、その、自信がなくって……」

「大丈夫だよ。まだ六歳になったばかりなんだし、これから学んでいけばいいんだよ」

「……」


 プリエマは黙り込んでしまいます。

 うーん、プリエマの考えが読めませんわね。何を考えているのでしょうか?

 まあ、わたくしの知らないところで勝手に恋愛ゲームをしてくれればいいのですが、下手なところに嫁がれては、我が家の格というものが下がってしまいますので、出来ればウォレイブ様と婚約していただきたいのですが……、姉としては、妹の気持ちも考えてあげたいところなのですよね。

 うーん難しいですわね。

 わたくしがそんな事を考えていると、お父様にいなされる形で、ウォレイブ様からの婚約の申し込みは国王陛下の許可を得てから改めてということになったようでございます。


「お姉様ばかり、ずるいですわ」


 プリエマが小声でわたくしに近づいてそう言ってきます。


「でしたらプリエマ、貴女の本命は誰なのですか?」

「それはっ……」


 わたくしも小声でこっそりとプリエマに聞きますと、プリエマは顔を赤くしてごにょごにょと何かを呟きながら執事長の方を見ます。

 …………え、まさか執事長のセルジルが本命ですか!? 五強よりもよっぽど攻略が難しいではありませんか。

 確か、出来る姉と比べられて落ち込みながらも、健気に勉学に励む姿をセルジルに見せて、パラメーターも五強に並ぶ高さに持って行かなければなりませんし、なによりも、お父様を説得するというミニゲームの難しさから、攻略難易度はSレベルと言われているのですよ。

 意外ですわ、まさかのセルジル推し……。

 そりゃぁ、ウォレイブ様からの婚約申込に難しい顔をするはずですわよね。

 ……ちょっと待ってくださいませ、セルジルを攻略する際に、確かグリニャックわたくしに虐められるというイベントがありましたわよね。

 もしかして、わたくしに悪役令嬢の役割を求めていているのは、セルジルを攻略したいためなのでしょうか?

 ああ、思わず眩暈がしそうですわ。

 セルジルを攻略したいのなら、もっとお勉強に熱心に取り組まなくてはなりませんのに、なにをウォレイブ様達と遊んでいるのですか。


「プリエマ、貴女……。まさか、セルジルの事を?」


 思わずさらに小声になってしまいます。


「だ、だって。身分差の主従って萌えませんか?」

「いえ、わたくしにそのように言われましても……」


 ああ、頭が痛くなってきましたわ。

 セルジル狙いとお父様にバレでもしたら、セルジルが解雇になってしまうではありませんか。

 ……なるほど、ですから、バレないようにウォレイブ様に気があるように演じているのでしょうか?

 それで、今回はそれが行き過ぎて婚約の申し込みを受けるようにまでなってしまったと……。

 はあ、本当に頭が痛いですわね。

 まあ確かに、セルジルはノーマルカップリングの方ではそれなりに人気があったようでしたけれども、腐女子のわたくしは眼中にありませんでしたわね。

 それにしてもセルジルですか、代々我が家に仕えている家の者で、銀の髪の毛に黄緑色の瞳のきりりとした清潔感のある男性です。

 貴族というわけではないのですが、公爵家に代々仕えているせいか、そこら辺の貴族より教養があるキャラクターでしたわね。

 それにしても、主従萌え……、腐の主従萌えなら理解できますが、ノーマルではあまり共感できませんわね。

 根っからの腐女子でごめんあそばせ。


「……どうするつもりですの? ウォレイブ様から実際にちゃんと婚約を申し込まれてしまったら、お断りすることは出来ませんわよ」

「だ、だから困っているんじゃないですか」

「はあ……」


 わたくしとプリエマは半年ぶりになりますでしょうか? 以前のように秘密を共有するように顔を寄せてコソコソと話しております。


「わたくしは知りませんわよ。でも、駆け落ちなんて真似はなさらないで下さいませね。セルジルを落としたいのなら、実力でどうにかなさいませ」

「お姉様、協力してくださいませんか?」

「無理ですわ。わたくしはわたくしで忙しいんですの」

「そんなぁ」


 プリエマは情けない声でわたくしにすがるような視線を向けてきますが、知ったことじゃありませんわ。

 わたくしは、顔を上げてプリエマからちょっとだけ距離を取って、お父様の方に向かっていきます。


「お父様、お母様が仰っていたように、今のプリエマをウォレイブ様の婚約者にするのは、わたくしもどうかと思いますわ。婚約を申し込まれても、候補止まりではいかがでしょうか?」


 わたくしの言葉に、お父様が胡乱げな視線をわたくしに寄越して来ました。


「候補、だと?」

「ええ……。だってお父様が仰ったではありませんか、大公様は四人まで伴侶を娶ることが出来ると。その候補の中にプリエマがいるというのはどうでしょうか? ウォレイブ様もまだ幼いのですし、気が変わるかわかりませんもの」

「ふむ……」


 わたくしの言葉に、お父様は考え込む素振りを見せてから、納得したように頷かれました。


「そうだな、候補というのであれば、まあいいだろう。なあ、ベレニエス」

「そうですわね、候補というのでしたら、まだ……」


 お母様も不承不承と言った感じですが、納得したようでございます。

 プリエマ、姉として出来る限りの事は致しましたわよ。後は自分でどうにかなさいませ。

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