004 楽しいお茶会?
わたくしがトロレイヴ様とハレック様のお二人と楽しく会話をしていると、三人の令嬢がこちらに向かって歩いてくるのが見えました。
あの令嬢達は、わたくしのお茶会友達で、トロレイヴ様とハレック様がいかに素晴らしいかを布教している方々でございます。
皆様、お二人の麗しさを見にいらしたのでしょうか?
これで、腐女子への道が開眼するといいのですけれども、どうでしょう。
「ご機嫌よう皆様、お茶会は楽しんでいらっしゃいますか?」
「ご機嫌よう、グリニャック様。それなりに楽しんでいますわ」
わたくし達が座っているテーブルに、三人の令嬢が座りました。
丁度わたくしの正面に座ったのが、アンジット=ゲット=ダニエーヴ様で、侯爵家の三女でふんわりとした紫色の髪にルビーのような赤い瞳のどちらかと言えば、可愛らしい系のご令嬢ですが、見た目と違って、ものをずばりと言う清々しさを持った方です。
トロレイヴ様の正面に座ったのがカトリエル=アーヌ=ドリエンヌ様で、紫がかった白い髪に、深い緑色の瞳の清楚な感じの方で、性格は伯爵家の長女とは思えないほど、おっとり系と言ったところでしょうか。
そしてハレック様の正面に座ったのが、ロリゼット=カロル=レクサント様で、艶やかなピンク色のストレートヘアーと青緑の瞳を持つ侯爵家の次女なのですが、お母様の身分が低いせいか、何事に関しても控えめな方です。
わたくしは三人をトロレイヴ様とハレック様にご紹介いたします。
それぞれ挨拶を終えると、アンジット様がトロレイヴ様とハレック様を見てから、わたくしを見てなんだか楽しそうに口を開きます。
「確かに、いつもお茶会でグリニャック様が仰る通り、素敵な方々ですわね」
「アンジット様っ」
わたくしの顔は思わず赤くなってしまいます。
二人の仲を布教していると知られてしまったらどういたしましょう。
いえ、それよりも、いつも二人の話をしているというのがバレてしまって、恥ずかしいという気持ちが先でしょうか。
「へえ、そうなんだ。いったい何を言っているんだい?」
「それはもう、いかにお二人がお美しくて、騎士道に溢れる素晴らしい方かということを、お茶会のたびに、朗々と語られますのよ」
「へえ、私達の事をそのように思ってくれているんだな」
「そうですわよ、本当に、お二人の事が好きでたまらないのだということがわかりますわ」
ああ、もう顔が真っ赤になってしまっていますわね。トロレイヴ様とハレック様が笑顔でわたくしの方を見てくるのが分かります。
軽蔑の瞳でないだけましですけれども、そのように眩しい笑顔を向けられるのも、恥ずかしくて穴があったら入りたい気分ですわね。
「アンジット様、どうかそのぐらいでご容赦くださいませ」
わたくしが震える声で嘆願するように申しますと、アンジット様は肩を竦めて、「でも」と両脇にお座りになるカトリエル様とロリゼット様を見て言います。
「本当に、お二人の事を我が事のように、自慢げに話していますのよ。ねえ、カトリエル様、ロリゼット様」
「そうですねえ、私もいつか本物のお二人に会ってみたいと思っていましたのよ」
「ええ、そうですわね」
「み、皆様ってば」
ああもうっ、本当にどこかに穴はないものでしょうか。
わたくしは、恐る恐るトロレイヴ様とハレック様を見ましたが、相変わらず満面の笑みでわたくしの方を見ていらっしゃいます。
「そうか、そんなに僕たちの事を話していてくれたんだね。嬉しいよ」
「そうだな、グリニャック様の中では私達の事など、取るに足らない存在だと思っていたからな」
「そんなはずありませんわ!」
わたくしは声に力を込めて反射的にそう答えてしまいます。
「お二人は本当にわたくしにとっては特別な方で、お二人が一緒にいるのを見るだけで、わたくしは嬉しいと申しますか、幸せなのでございます」
「はは、二人かあ」
「あ、いえ、その……」
「トロレイヴ、まあいいじゃないか。グリニャック様が私達の事を気にかけてくれているとわかっただけでも、今日のお茶会に参加した意義があるというものだ」
「まあそうだね。うん、これで僕も踏ん切りがついたかな」
「私もだ」
あらあら、またお二人だけで分かり合ってるような会話をなさっておいでですわね。
そんなお二人の会話に、わたくしの目が輝いてしまいます。
「あら、お二人は何かを決心なさいましたの? それはグリニャック様に関係している事でしょうか?」
「アンジット様、当然でしょう。グリニャック様にこれほど想われているのですもの、心を動かさないわけがありませんわ」
「そうですわよね。わたくしも応援致しますわ」
「え? え?」
わたくしは首を傾げて、アンジット様達を見ます。
アンジット様達は何か納得したように、わたくしをなんと申しますか、生暖かく見ていらっしゃるような?
わたくしに関係することですか? なんでしょう。
……はっ! もしかして三人ともトロレイヴ様とハレック様の関係に気が付いたとか?
わたくしがどう関わっているのかはわかりませんけれども、もしかして同志がついにできたのでしょうか!
そうですわよね、百聞は一見に如かずと申しますし、生でお二人の仲の良さを見れば、腐女子への道が開眼してもおかしくはありませんわよね!
うふふ、これで三人と薔薇の会話が出来ると思うと、思わず顔がにやけてしまいそうですわ。
にやけないように、表情筋をフル活用していますと、王妃様がこちらの席に近づいてくるのが見えまして、わたくし達は思わず姿勢を正しました。
「皆さん、楽しんでいますか?」
「はい、王妃様」
わたくしが代表して答えますと、王妃様は満足げに頷いて、わたくし共のテーブルの上座にさり気なくお座りになりました。
すぐさま、王妃様の前にお茶が差し出されます。
王妃様はそれを一口飲んで、改めて、という感じにわたくしの方を見てきました。
「グリニャック様は、うちの息子たちの方には興味はないのかしら?」
その言葉に、わたくしは首を傾げます。
……ああ、そうですわよね。この会場に集まっている令嬢の目当てのほとんどはウォレイブ様方五強ですものね。
「ご挨拶はさせていただきました」
「そう、それ以上に話をしたいとは思いませんの?」
「プリエマが皆様のお相手をさせていただいておりますので、わたくしの出る幕はないかと思いますわ」
「そうですか。貴女はそう思っているのですね」
「はい」
王妃様の顔が幾分曇りました。わたくし、何かまずいことを言ってしまったのでしょうか?
いえ、全く気にならないというわけではありませんのよ? 五強ですもの、そのカップリングの多さは群を抜いておりましたわ。
一番多かったカップリングは、ウォレイブ様とジョアシル様でしたわね。従兄弟という間からゆえの気安さから、次第に唯一無二の存在になっていったり、独占欲をにじませたりと、レパートリーには事欠きませんでしたわ。
前世でのわたくしの友人は王道派と申しますか、このカップリング推しでございましたので、いくつか本を紹介していただきましたので、わたくしも拝見いたしましたが、どれも皆、お二人がいかに固い絆で結ばれていて、それに対する苦悩を描いたものでございました。
あ、話が脱線いたしましたわね。
「王妃様、妹が何か迷惑をかけてしまっているのでしょうか?」
「いえ、まだわたくしの所に挨拶にいらっしゃらなくって……」
「えっ」
わたくしは思わず目を見開いて、緊張のあまり手にしていたハンドバッグをぎゅっと握りしめてしまいました。
プリエマは一体何をしているのでしょうか! お茶会が始まってからもう一時間は経っておりますのよ? とうの昔に挨拶を終えているのは常識というものでしょうに!
「それは、申し訳ありません」
「ああ、グリニャック様が悪いわけではありませんもの、謝っていただかなくていいのですよ」
「けれど、我が家での教育が行き届いていないせいですし……、わたくし、プリエマをここに連れてまいりますわ」
そう言って立ち上がったわたくしを、王妃様は視線で「しなくていい」と制していらっしゃいました。
「王妃様……」
「よろしいのですよ。プリエマ様がウォレイブ達と楽しそうに話しているのを見るのは、わたくしとしても微笑ましく感じますもの。それに、重ねて言いますが、双子とはいえ、貴女に責任はありませんわよ。あるとすれば、ベレニエス様の教育不足と言ったところでしょうか」
そう言われてしまっては、ぐうの音も出ませんわね。わたくしはまだ五歳ですもの、妹の面倒まで見ている余裕などないと思われても仕方がない事ですわよね。
精神年齢はもっと上なので、プリエマの蛮行には眩暈がしそうになってしまうのですけれども。
わたくしは大人しく席に座り直すと、すっと両側から一口大のお菓子の乗った皿が差し出されました。
「まあ、お菓子でも食べて気を落ち着かせるといいんじゃないかな?」
「そうだぞ、プリエマ様の事までグリニャック様が面倒を見る必要はない」
トロレイヴ様とハレック様がそれぞれ、そう仰って、わたくしにお菓子を食べるように薦めていらっしゃいます。
「そうですわよ、グリニャック様。それに、プリエマ様はウォレイブ様達を独り占めしていますし、お話で忙しくて王妃様へのご挨拶を忘れているのではないでしょうか」
「まあ、そんな……」
だとしたら、残念過ぎますわよ、プリエマ。
ウォレイブ様狙いなら、王妃様の不興を買うような行動をするなんて、愚の骨頂ですわ!
我が家と致しましては、プリエマにはぜひともウォレイブ様と婚約をしていただいて、権力を強めたいところなのですけれども、これではなかなか難しいのではないでしょうか?
帰ったらお母様に報告しなければなりませんわね。
プリエマには悪いですが、これもプリエマの将来の為ですわ。
まあ、本当にプリエマがウォレイブ様狙いかはわからないのですけれどもね。
帰りの馬車の中で本命が誰なのか聞くのもいいかもしれませんわね。
すると、王妃様はスッと席を立ちあがりました。
「わたくしはこれで失礼いたしますが、最後まで皆さん楽しんでいってくださいね」
そう言って、わたくし達の返事を待たずに、王妃様は次のテーブルに向かって行かれました。
行く先々でお茶を飲んでいたのでは、お腹がいっぱいになってしまうのではないでしょうか?
そう思って、王妃様が飲んでいたカップを見ますと、確かに口はつけていらっしゃいましたが、飲んだ量はごく少量のようでした。
なるほど、こうやって量を調節するのですわね、勉強になりますわ。
「それでは、わたくし達もこの辺で失礼いたしますわ」
「あら、もっとゆっくりなさってもよろしいのではありませんか?」
「いえ、三人の邪魔をしては悪いですもの」
アンジット様方はそう言って席を立つと、子息方の集まっているテーブルの方に歩いて行かれました。
そうですわよね、このお茶会は大きなお見合い会場みたいなものですものね、他の子息への顔繋ぎは大切ですわよね。
わたくしはそう思うと、まさかそんなことはないだろうと思いつつ、トロレイヴ様とハレック様を見ます。
「お二人は、他のご令嬢の所に行かなくてよろしいのですか?」
「僕達はこのままで構わないよ」
「そうだな、他の令嬢に興味はない」
まあ! そうですわよね、やっぱりそうですわよね! 二人は想い合っているのですから、他の令嬢になんか目が向かなくて当然ですわよね!
ああもうっ、これだからトロレイヴ様とハレック様のカップリングは止められないのですわ!
「そうだ、せっかく
「そうだな、いつまでも座ってお茶を飲むのも、もったいないしな」
「……わたくしもご一緒してよろしいのですか?」
「もちろんだよ」
「グリニャック様がいなかったら話にならないだろう」
「そんな……」
お二人が二人っきりでせっかく中庭デートをするチャンスですのに、わたくしがいては邪魔じゃないでしょうか?
……あ、いえ、これは逆にチャンスかもしれませんわ。トロレイヴ様とハレック様の甘い会話を目の前で聞けるかもしれませんもの!
「……お二人がそう仰ってくださるのでしたら、ご一緒させていただきますわ」
わたくし達は、席を立って、中庭の中を散策する為歩き始めました。
「アガパンサスの花の色は、グリニャック様の目の色によく似ているよね」
「そうだな、とても美しい」
「ありがとうございます」
美しいのはお二人の金と銀の瞳ですわ。確か、ゲームの公式ブックにも、お二人は一対の存在なのだと書かれていましたわよね。
まさに公式が認めたカップリングなのですわ!
「そうだハレック、今度ハレックの家に行ってもいいかい?」
「いいけど、何か用事でもあるのか?」
「用事がなくちゃいっちゃいけないのかい?」
「そんなことはないけど、いいよ、トロレイヴならうちの親も歓迎するだろうしね」
「じゃあ、近日中にお邪魔させてもらうよ」
「……」
(なになになに!? 今の会話! 親しさアピールタイムなの!? ああ、涎が出そう!)
わたくしは、お二人から一歩下がって後をついて行きます。
お二人の会話をこうして生で拝聴できるなんて、なんていう幸運なのでしょうか。これだけでもお茶会に参加した意義があるというものですわ!
それにしても、二人の仲はご両親公認なのですね。互いの家を行き来する仲なのでございますのね。
なんて尊いのでしょうか! これは国宝級の会話ですわ、一言一句忘れないようにしないといけませんわね。
「それにしても、家に帰ったら忙しくなるね」
「そうだな、まずは両親を説得しなければいけないしな」
ま、まさかのご両親へのカミングアウトでしょうか!? そんな、早すぎませんか!?
ああ、でも若さゆえに気持ちを抑えられないという可能性もございますわね。
わたくし、全力でご協力させていただきたいですわ。
「グリニャック様は、まだ婚約者を決めていないんだよね」
「え、ええ。申し込みはありがたいことに沢山いただいているのですが、どの方にするかは悩んでいる所ですわ。お父様とお母様は、わたくしが女公爵としてしっかり業務に励むのであれば、わたくしが気に入った方を婚約者にして構わないと仰ってくださっているのですけれども、なかなか……」
そんなことよりも、わたくしはトロレイヴ様とハレック様の観察で忙しいので! あ、あと布教もですわね。
「そうなんだ。僕も立候補しようかな」
「あ、ずるいぞトロレイヴ、私だって立候補するつもりでいるんだ。抜け駆けは許さないぞ」
「あ、あらまあ……」
それは、わたくしとの婚約を隠れ蓑に、お二人の仲を深めたいということでしょうか?
……ああ、なんということでしょう。お二人は無意識下にでも、わたくしが二人の仲を応援していることに気が付いているのかもしれませんわね!
けれども、婚約者にできるのは一人というのが常識ですわよね、そうなりますと残された方には必然的に別の婚約者が出来てしまうことになってしまいますわね。
それでは、折角の二人の仲が邪魔されてしまうかもしれませんわ。
うーん、どうにか二人を一緒に婚約者にする方法はないものでしょうか?
家に帰ったらお父様とお母様に相談してみましょうか?
「お二人に申し込まれましたら、わたくし迷ってしまいますわね。でも、がんばりますわ」
そうですわよ、何とかなる方法があるはずですわ。わたくしが頑張ってお二人の仲を守らずに、誰が守るというのですか!
「僕は負ける気はないけどね」
「私もだ」
「お二人の事はわたくしがお守りいたしますわ」
わたくしの言葉に、お二人が揃って首を傾げました。
(きゃぁぁぁっ! シンクロの首傾げキターーーーーー! かわいい! かわいすぎる!)
「守るのは僕たちの方だと思うんだけどな」
「そうだな」
はあ、お二人は本当に仲がいいんですのね。何をするにも一緒で、シンクロまでして……。心が通じ合っている証拠ですわ。
それにしても、アガパンサスの花をバックしたお二人の麗しい事といったらありませんわね。
もちろん、まだ六歳ですので、可愛らしさが勝っておりますけれども、思わずため息と涎が出て来そうですわ。
そういえば、王宮の離宮には四季咲きの薔薇が自慢の離宮もありましたわよね。
我が家の薔薇も自慢ですが、王宮の薔薇はまた一段と美しいのではないでしょうか? それを背景にしたお二人の絡みを見てしまったら、わたくしの理性が持たないかもしれませんわ。
「そうだ、グリニャック様の好きな花はなにかな?」
「薔薇ですわね」
あ、つい即答してしまいましたわ。
「色は何色が好きなんだ?」
「何色でも好きですが、以前いただいた深紅の薔薇はお二人に頂いたせいか、より一層好きになりましたわ」
深紅の薔薇の花言葉は、死ぬほど恋い焦がれています、でしたかしら? お二人にはぴったりな花言葉ですわよね。
……ああなるほど、実はお互いに贈ろうと思って購入したはいいけれども、やはり贈るのは照れくさくて、わたくしに下さったのでしょうか? だとしたら、サシェにして二人にあの薔薇をお返し出来たのは良かったかもしれませんわね。
なんといっても、お二人の想いがこもっているんですもの。
「黒色の薔薇は好きかな?」
「黒、ですか? 嫌いではありませんわ」
「そうかい、じゃあ今度は黒色の薔薇をプレゼントさせてもらおうかな。一か月後ぐらいにグリニャック様はお誕生日を迎えるんだよね」
「ええ、そうですわね」
「じゃあ、私も黒の薔薇をグリニャック様にプレゼントしようかな」
「あ、ずるい。僕が先に言ったのに」
「なんだ、何を贈ろうと、私の勝手だろう」
「もうっ!」
黒の薔薇の花言葉は、貴方はあくまで私のもの。決して滅びることのない愛、永遠の愛でしたかしら? 本当ならお互いに贈り合いたいところを、わたくしに贈るということで我慢するのですわね。
またサシェにしてプレゼントしたら、喜んでくださいますでしょうか?
うふふ、やっぱりお二人の仲は永遠に滅びることのないものなのですわね。
ああ、どうしたらお二人の仲を問題なく応援することが出来るでしょうか?
本当にお父様とお母様に相談してみなくてはいけませんわね。
隠れ蓑の婚約者になるとはいえ、わたくしが出しゃばってお二人の関係を崩すような真似はしてはいけませんし、難しいですわね。
「きゃっ!」
考え事をして歩いていたせいか、足元がおろそかになって躓いてしまいました。
咄嗟に前にいらっしゃるお二人に手が伸びてしまいます。すると、お二人も慌てたようにわたくしの手を取り、支えて下さったおかげで、転ぶという無作法な真似をしなくて済みましたわ。
「も、申し訳ありません。ありがとうございます」
「構わないよ。グリニャック様はしっかりしているように見えるのに、なんだか可愛らしいね」
「足の方は大丈夫か? また捻挫してはいないか?」
「ええ、大丈夫ですわ」
その時、わたくしはしっかりとお二人の手を握っていることに気が付いてしまい、慌てて手を離そうとしたのですが、なぜかお二人は手を離してくださいませんでした。
わたくしが首を傾げてお二人を見ますと、お二人は耳を少し赤くしていらっしゃいました。
「また転んだら危ないから、手を繋いでいようか」
「そうだな、危ないからな」
「まあ」
なんて紳士的なのでしょうか、流石ですわね。
六歳児にして騎士道だけではなく、紳士的だなんて、本当に将来が楽しみでなりませんわ。
「あ、ありがとうございます。けれども、わたくしの手など繋いでは、ご迷惑ではないでしょうか?」
「そんなことないよ」
「ああ、トロレイヴの言う通りだ、気にしなくていい」
ああ、もうっ! なんてお優しいのでしょうか! このお二人が将来はこの国を守る双璧になろうと誓い合うのですわよね。
うっ……想像しただけで涎が出そうですわ。お二人の前ですし、意地でもそのようなはしたない真似はいたしませんけれどもね。
「そうですわ、わたくしの誕生日パーティーには、是非お二人にご参加いただきたいのですが、ご迷惑でしょうか?」
わたくしは、ふと思いついたことを口にいたします。
言ってから、図々しいかもしれないと思いましたが、お二人のお顔には満面の笑みが浮かびました。
ま、眩しいですわ。
「もちろん、参加させてもらうよ。こっちからお願いしようと思っていたぐらいなんだよ」
「私もだ」
「そうですか! では後ほど招待状をお送りいたしますわね」
これでまた、お二人を生で見る機会が出来ましたわ!
誕生日パーティーにはお茶会友達も何人も誘う予定ですし、改めてお二人の仲の良さをアピールしなければなりませんわね!
中庭の散策を終えて、会場に戻りますと、ウォレイブ様方のいる方がなんだか騒がしくなっておりました。
「何かあったのでしょうか?」
「さあ、なんだろうね」
「王妃様は静観しているようだし、大したことではないと思うけどな」
確かに、王妃様は注目さえしていますが、特に手を出しに行く様子はありませんわね。
わたくし達三人は、情報を集めるために、騒ぎの中心の方に少しですが近づいて行きます。
「あら、グリニャック様……と、トロレイヴ様にハレック様。手を繋いでどこに行っていらしたのです?」
アンジット様が近くに来てそう仰られて、初めてまだお二人と手を繋いでいることに気が付いて、慌てて手を離しました。
お二人はなんだか名残惜しそうな顔をなさっておいでですわね。何故でしょうか?
あ! もしかしてわたくしを通しての間接手繋ぎのつもりだったのでしょうか?
そうですわよね、実際にお二人で手を繋ぐなんてそうそうできませんものね。
うふふ、わたくしも少しはお二人のお役に立てたようで何よりですわ。
「ちょっと、中庭の散策に。それで、なにかありましたの?」
「ああ、グリニャック様はご存じないかもしれませんけれど、いつもの事ですわよ」
「いつもの事?」
わたくしは首を傾げます。お茶会の度にいつもこのような騒ぎが起こっているのでしょうか?
「ええ、ウォレイブ様方を独占するプリエマ様に文句をつける令嬢が、必ずなぜか現れるのですわ。そして、それを庇うウォレイブ様方という構図ですわね」
「まあ、そうなのですか」
もしかしなくとも、『オラドの秘密』の中ではその役はわたくしの役目だったのかもしれませんわね。
まあ、今のわたくしはそのような事致しませんけれども。
「そんなにプリエマはウォレイブ様方を独占しているのですか?」
「そうですわねえ。私には雲の上の方々ですので、気にはなりませんけれども、侯爵家以上の方々は気に入らないようですわ」
「そうですか、皆様をご不快にするような行動をとるのは良くない事ですわよね」
「あ、あの。グリニャック様が気になさることはないのではないでしょうか?」
「いいえ、ロリゼット様。我が家の教育がなっていないせいで、このような事になっているのですもの」
本当に、プリエマの行動については、お母様にご報告しなければなりませんわね。
あ、もしかして。『オラドの秘密』の中で、あくまでもグリニャックとプリエマが婚約者
プリエマってば、本当にウォレイブ様狙いなのでしたら、もっとちゃんとしなければ、いつまでたっても婚約者候補から抜け出せませんのに……。
そんな事を考えていると、騒ぎは次第に落ち着いてきました。本当にいつもの事なのでしょう、皆様何事もなかったかのように、またお茶やお菓子を楽しんでいるようですわ。
結局、色々な事がありましたが、お茶会は最終的には何事もなかったかのように無事に終わり、わたくしは王妃様に挨拶をして会場を後にして馬車に乗り込みました。
プリエマはまだ来ていないようですわね。
しばらく、……十分ほど待っていると、馬車の扉が開き、プリエマが入って来ました。開かれた扉の向こう側には五強の方々がお見送りでしょうか? いらっしゃいました。
プリエマは、扉から顔が見えるようにして手を振って、まるで別れを惜しむかのように扉を閉めました。
「プリエマ」
「お姉様、早かったのですね」
「そうでもありませんわよ。それよりも、今日のお茶会について、いくつか聞きたいことがあるのですけれども、よろしいかしら?」
「な、なんでしょうか?」
わたくしの言葉に、必要以上にプリエマが怯えたように返事をします。
「まず、主催者である王妃様へのご挨拶が遅れた件です。お茶会のマナーを徹底して教えこんでいただくように、お母様にご報告いたしますわね」
「そ、それは……」
「次に、今回のお茶会は大規模なお見合いのような物です。それなのにもかかわらず、ウォレイブ様方を独占していたということは、あの方々の中にプリエマの本命がいるということでよろしいのでしょうか?」
「……」
プリエマは黙りこくってしまいます。
「プリエマ?」
促すように名前を呼べば、プリエマは小さな声で何かを言います。
「聞こえませんわ、はっきり仰いなさいませ」
「わ、私はそんなつもりなんかじゃなくって……」
「ではどんなつもりで、ウォレイブ様方を独占していたのですか? わたくしはてっきりプリエマはウォレイブ様に気があるのだと思っておりましたわよ」
「お姉様こそ、ウォレイブ様達の事を何とも思っていないのですか?」
まるで、そんなはずはないと言った感じにプリエマが聞いてきます。
わたくしは溜息を吐きながらはっきりと口を開きます。
「ございませんわね」
「そんなはずありません!」
「……どうしてそうおもうのですか?」
「だ、だって。そういうものでしょう?」
「意味が分かりませんわね」
わたくしは深くため息を吐き出します。
馬車の中にはわたくしとプリエマだけではなく、それぞれの従者が一緒です。
わたくしが今回連れて来たリリアーヌも呆れた様な空気を出しておりますわね。あ、プリエマの従者も同じような反応をしておりますわ。
従者にまで呆れられるなんて、相当ですわよね。
やはりこれはお母様にご報告しなければなりませんわね。
「だって、お姉様は私に嫉妬して虐めてこなくちゃ、ストーリーが進まないもの」
「……」
ああ、これは決定的ですわね。プリエマもこの『オラドの秘密』の知識がありますわね。
「意味が分かりませんわ。とにかく、貴女は公爵令嬢なのですから、早く婚約者を決める必要がございますのよ。どなたが本命なのかは存じませんけれども、ちゃんと節度のあるお付き合いをなさいませ」
「……はい」
ものすっごく不服そうですわね。
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