003 五強に遭遇しました

 あの夢のようなお茶会から半年、わたくしは令嬢を集めたお茶会を積極的に開いて、少しずつではありますが、同志を増やすべく努力を欠かしませんでした。

 そんなある日の事です。

 お父様とお母様、そしてわたくしとでアフタヌーンティーを頂いていると、珍しく今日は顔を出していなかったプリエマが、行儀悪くドアを大きな音を立てて開けて入ってきました。

 途端にお母様の方から冷気が漂ってきます。五歳とはいえ、公爵令嬢ですものね、教育には厳しいのです。

 中には甘やかして、わがままな令嬢に育ててしまう家もあるそうですが、我が家では確かに甘やかしては下さいますが、しつけに関しては厳しくされておりますので、わがままになるようなことはございませんでしょう。

 むしろ、淑女たるもの、公爵令嬢たるものはどうあるべきかと、毎日詰め込まれている状態です。

 それだというのに、プリエマはそんな事も忘れたかのように、ドアを大きな音を立てて、足音も立ててこちらに近寄ってきました。

 せっかくの数少ない、家族水入らずのアフタヌーンティーの時間に顔を出さずに何をしていたのでしょうか?


「プリエマ、何事です」


 ああ、お母様。微笑みこそ崩してはいらっしゃいませんけれども、怒っていらっしゃるのがお声でわかりますわ。


「お姉様ひどいですわ」


 プリエマはお母様の怒気に気が付くことなく、いえ、スルーしているのでしょうか? とにかくいきなりわたくしを責め始めました。


「何がひどいのですか? 主語が分かりませんわ」

「私が先日行ったお茶会で、ウォレイブ様から頂いた髪飾りをどこに隠したのですか!」

「髪飾りですか? そのようなものを頂いたことすら知らないのですが、どこかに置き忘れているのではなくて?」


 わたくしは、手にしていたカップをテーブルに戻して、首を傾げてプリエマを見ます。


「そうだぞ、プリエマ。いきなり姉であるグリニャックを疑うなんて、してはいけないぞ」

「で、でもお父様。今朝お姉様が私の部屋に入って行くのを見たとメイドが申しておりましたのよ」

「あら、わたくしは朝からお父様の執務室に居ましたが、いつのことでしょうか? それに、そう言ったというメイドとは誰の事です?」

「そ、それは……メイドの名前なんていちいち覚えてなんていられません」


 あ、お母様から漂ってくる冷気が強くなりましたわ。

 流石に、今の年齢でこの屋敷で働いている使用人全員の顔と名前を一致させろと言うのは無理があるかもしれませんが、少なくとも、仕えている家の令嬢と会話をできる立場にあるメイドの名前と顔ぐらいは覚えておかなければなりませんわよね。


「で、でも! お姉様以外に考えられません!」

「なぜそう思うのですか?」


 お母様の冷たい声に、初めてお母様が怒っていることに気が付いたのか、プリエマの顔が引きつります。

 けれども、それでもたどたどしくはありますが、プリエマは口を開きました。


「だ、だって……私ばっかりがウォレイブ様のお茶会に呼ばれて、お姉様は呼ばれないから、それで嫉妬して……」

「嫉妬などしておりませんよ。むしろ、このままプリエマがウォレイブ様に気に入られて、婚約者の地位に納まってくれれば我が家も安泰だと思っておりますわ」

「う、嘘です!」

「本当ですわよ」


 プリエマはあくまでもわたくしが嫉妬して髪飾りを隠したことにしたいようですわね。何を考えているのでしょうか?


「グリニャックのいうことは本当だ。今朝、儂の執務室に来ていたのも、今後のこの家の後継問題についての話をするためだ。具体的には、グリニャックに来ている婚約の申し込みの件だな」

「そ、それではお父様の執務室に行く前に私の部屋に来たのではないでしょうか」

「あら、わたくしは九時からお父様の執務室にいましたのよ? 貴女、その時間は部屋にいたでしょう?」

「……」


 あ、ついにプリエマは何も言えなくなったみたいですわね。


「プリエマ、もう一度部屋を探していらっしゃいな、勘違いしてどこかに置き忘れているのでしょう」

「……はい、お母様」


 プリエマはお母様の冷たい声にすごすごとリビングルームから出ていきます。

 いったい何しに来たのでしょうか?


「そうそうグリニャック」

「なんでしょうか、お母様」


 プリエマがいなくなって、さてお茶を飲み直そうかと手を伸ばした途端にお母様に声をかけられて、慌てて手を膝の上に戻します。


「今度王妃様主催のお茶会が王宮で開かれます。プリエマと一緒に出席するように」

「お茶会、ですか?」

「ええ、伯爵位以上の子息令嬢を集めて行われる大規模な物です」


 伯爵位以上! つまりトロレイヴ様とハレック様もいらっしゃるかもしれないということですわね!

 わたくしは思わず鼻息が荒くなりそうなのを、お母様の前だということを思い出して、ギリギリのところで抑え込みました。

 うふふ、それにしてもまたあのお二人に会えるかもしれないと思うだけで、胸がときめいてしまいますわね。

 思わず頬が紅潮してしまうのを感じますわ。


「グリニャック、嬉しそうですわね」

「ええ、それはもう」


 トロレイヴ様とハレック様にお会いできるかもしれないのですもの、これが嬉しくなくて何を嬉しいというのでしょうか!

 お茶会でも、お二人がいかにすばらしいのかを、仲良くなった令嬢に伝えておりますのよ。

 生憎、腐女子仲間はまだ出来てはおりませんけれども、二人がどれほど素晴らしいかを理解してくださる令嬢は少しずつ増え始めております。

このまま腐女子への道に開眼していただけないでしょうか?

 わたくしの浮かれた様子をお母様とお父様は咎める事はなさいませんでした。むしろ微笑ましそうに見守ってくださいました。

 ああ、今から楽しみで仕方がありませんわ。半年も経ちましたし、子供の成長は早いですから、お二人もそれ相応に成長しているのでしょうね。

 ゲームの中でも、学年を重ねるたびに色気を増していきましたし、半年前にお会いした時もすでにその兆候がありましたし、本当にもしお二人も参加してお会いできるのだとしたら、わたくしの心臓は持ちますでしょうか。


「お母様、お茶会当日はどんなドレスを着て行けば良いでしょうか?」

「そうですわね、涼やかな印象のドレスがグリニャックには似合うのではないかしら? 丁度仕立てたドレスがあったでしょう? あれにしたらいいと思いますわ」

「あ、あれですか?」


 あのドレスは、トロレイヴ様とハレック様をイメージして作ったドレスですので、薄い黒、でもわずかに青みがかったレースの生地を重ねたノースリーブのスカートドレスで、金糸と銀糸で薔薇の刺繍が施されたものになっております。

 あれをお二人の前で着るだなんて、あからさま過ぎるのではないでしょうか?

 わたくしの趣味がお二人に知られてしまったら、侮蔑の視線を向けられてしまうかもしれませんわ。

 前世のわたくしはそのような体験はございませんでしたけれども、友人がそのような体験をしたと言っておりました。それはもう耐えがたいものなのだそうですわ。

 まあ、それでもその友人は開き直っておりましたけれどもね。


「あのドレスですか? あれは令嬢を集めたお茶会で着るつもりで作ったドレスですし、腕と肩が出ておりますので、子息がいる場所で着ていくのは少し恥ずかしいですわ」

「あら、それでしたら、ストールを羽織ればいいではないですか」


 お母様の意見にお父様も頷いておりますので、着ていくしかなさそうですわね。

 ああ、なんだか恥ずかしいですわ。お二人を意識しているのがバレバレにならなければいいのですけれども。

 わたくしは頬が熱くなるのを感じて、膝の上に置いておいた扇子を手にして顔を仰ぎます。


「ブールマン伯爵の子息と、アルトロワ伯爵の子息も来るのかもしれないな」

「そっそうですわね」


 お父様の言葉に思わず声が上ずって、顔がさらに赤くなってしまいます。鼻息は……大丈夫ですわね。

 わたくしのそんな様子を見て、お父様が「ふむ」と何か納得したように頷きました。

 お母様もわたくしの事を微笑ましいものを見るかのような笑みで見ていらっしゃっていますわ。

 そんなに顔が赤いのでしょうか、淑女としてこれは何とかしなければなりませんわね。


「今後、お父様の後を継ぐ者として、もっと勉強しなければなりませんわね」

「グリニャックが、前向きに儂の跡を継いでくれると考えていてくれて嬉しいよ」

「あらだって、我が家は公爵家でございましょう? 早めにこういった対処はしておかなくてはいけませんものね。プリエマが家を継ぎたいと思っているようには見えませんし」

「そうだな、プリエマはウォレイブ様方にご執心のようだしな」


 あら、お父様達から見てもそう見えますのね。それでしたら、やはりプリエマの狙いは五強の中の誰かなのでしょうか?

 まあ、本編学園がスタートしてどうなるかはわかりませんけれどもね。


「まあ、女公爵になるための教育は早めにするに越したことはないからな」

「そうですわね。婚約者に関してはまだ焦って決めることもございませんわね」

「はい、がんばりますわ」


 お父様とお母様の言葉が遠くに聞こえてきます。

 半年ぶりにお目にかかるトロレイヴ様とハレック様はどのようになっていらっしゃるのでしょうか。

 わたくしの事を覚えておいてくださいますでしょうか?

 ああ、そうですわ。お二人から頂いた深紅の薔薇で作ったサシェをお二人にお渡しするというのはどうでしょうか?

 お二人がお揃いの品を持っているなんて、思わず涎が出てしまいそうですものね。

 ああ、お二人から頂いた薔薇はドライフラワーにしてサシェに致しました。あのお二人から頂いたものを捨てるなんて出来ませんもの!

 わたくしは、お父様とお母様の会話を遠くに聞きながら、半年経って成長したお二人の姿を想像して、思わず甘い溜息を吐き出してしまいました。

 溜息を吐いたことに気が付いて、慌ててお母様を見ますが、相変わらず微笑ましいものを見るような目で見てくれています。

 よかったですわ、怒られなくて。


「お茶会はいつ開かれるのですか?」

「半月後とのことです。暑い時期ですし、アクス離宮で行われるとのことです」

「まあ、あのアガパンサスの花が美しいことで有名なアクス離宮ですか。楽しみですわ」


 アガパンサスの花はわたくしの目の色に似ておりますし、なんだか親しみがわきますのよね。

 ……アガパンサスの花言葉は確か、恋の訪れやラブレター、知的な装いでしたかしら。

 恋の訪れ! ああ、なんてお二人にぴったりな花なのでしょうか!

 あ、いえ。けれどもお二人には愛の花の方が向いておりますかしら? けれども、まだ幼いですし、愛にはまだ早いかもしれませんわね。やはり恋が丁度よいぐらいでしょうか。

 今は自分の気持ちに気づき始めた頃合いで……。

 ああ! 妄想が止まりませんわ。

 わたくしは思わず扇子を持ったまま両頬に手を当ててニヤきそうになる顔を隠します。


「グリニャックが本当に楽しそうで何よりですわ」

「そうだな、本当に楽しみにしているようだな。さて、儂も忙しくなりそうだな」

「そうですわね、旦那様。グリニャックが問題なく女公爵が務まるよう、わたくしも教育にさらに力を入れますわ」

「ああ、儂も領地経営などの知識をグリニャックに教えなくてはならないな」

「ええ、どなたをお婿に向かえても構わない様に、盤石な体勢を整えませんとね」


 はあ、どのぐらいお二人の色気が増しているのでしょうか。けれども、まだお二人は五歳……いえ、お誕生日を迎えたはずですし、六歳ですわね。六歳なら色気もありますけれども、まだ幼い可愛らしさが残っている時期ですものね。今ある瞬間を楽しみにしなくてはなりませんわ。

 ああ、もう本当にどうしてこの世界には記憶術の魔法やスマホがないのでしょうか。錬金術師の方々に支援をすることを、前向きに検討しなければなりませんわね。

 あの攻略キャラクターは生憎男爵家の出身ですし、なかなかコンタクトが取れないのですよね。

 学園に入ってからならコンタクトを取ることもできるとは思うのですが……、なんせ、錬金術科の講師ですものね。

 何とか今から接触できないものでしょうか?

 ああ、でも今はまだ学園の学生でいらっしゃいますし、錬金術を学び始めたばかりといった頃合いですわね、そう考えますと、まだコンタクトを取るのは早いのでしょうか?

 うーん、下手にゲームの知識があると先走りしてしまって考えがまとまりませんわね。


「どうしたグリニャック、急に難しい顔をして」

「いえ、我が家御用達の錬金術師を雇うのもいいかもしれないと思いまして。けれども、名のある方はもうどこかの家に雇用されていたりしておりますでしょう? ですから、まだ若い方を雇ってみるのはどうかと考えておりましたのよ」

「錬金術師か、儂はそのような怪しげなものはあまり好きではないが、グリニャックがそういうのなら、協力しないでもないぞ」

「本当ですか! けれども、まだ考えている最中ですので、考えがまとまりましたら、改めてお父様にお願いに参りますわね」

「わかったよ、儂達の可愛いグリニャック」


 お父様はわたくしの答えに満足してくださったようですわ。

 ああ、それにしても、本当にお二人にお会いできるのが楽しみでなりませんわね。

 いきなりご挨拶しても大丈夫でしょうか? 無遠慮な女だと思われないでしょうか?

 わたくしは、今度はドキドキとする胸の鼓動を抑えるように、胸に手を当てます。


「お母様」

「なにかしら?」

「わたくしの方から、いきなり伯爵位の子息に声をかけるというのは、無作法になりますでしょうか?」


 わたくしの問いかけに、お母様は楽しそうにコロコロと笑いますと「大丈夫ですよ」と言ってくださいました。

 なにか、おかしなことを言ってしまったのでしょうか?

 まあ、とにかく。わたくしの方から声をかけても無作法にはならない、ということが分かっただけでもよかったですわ。


「お母様、お茶会のマナーをもう一度学び直したいのですが、よろしいでしょうか?」

「ええ、いいですわよ。お茶会には王妃様もご出席なさいますし、次期女公爵として恥じない行動をしなくてはいけませんものね」

「はい、お母様」


 わたくしは気合を入れ直しました。

 トロレイヴ様やハレック様の前で、万が一恥をかいて評価を落とすような真似は出来ませんものね。


「わたくし、がんばりますわ」


 王妃様が主催なさるお茶会でしたら、家の派閥が違って、なかなかお茶会に招待できない令嬢も参加なさるでしょうし、薔薇愛を広めるいいチャンスですわよね!

 他の令嬢に馬鹿にされないためにも、完璧な、お母様のような礼儀作法を身に付けなければなりませんわ。

 明日から、いいえ、今日から頑張らないといけませんわね。


 それから一週間、わたくしはお母様の指導の元、お茶会のマナーについて一から改めて学び直しました。

 プリエマも誘ったのですが、乗り気ではなく、最初の一回参加したきり、それ以降は別の事をしているようでした。

 つい半年前までは、何をするのも一緒でしたのに、前世の記憶が戻るとこうも変わってきてしまうものなのですね。しかたがないとはいえ、少し寂しくもありますわ。

 まあ、プリエマはプリエマで、お茶会に対して何か思うところがあるようですし、そっとしておきましょう。


「お姉様、お茶会楽しみですね」

「そうですわね。王妃様も参加なさるそうですし、緊張してしまいますわね」

「大丈夫ですわよ、王妃様ってばとってもお優しいのですよ」

「あら、王妃様と面識がありますの?」

「はい、ウォレイブ様にご紹介していただきました」

「そうですか」


 ウォレイブ様のお母様は側妃様ではなく、王妃様でいらっしゃいますものね。それも一人息子。

 いくら公爵家の令嬢とはいえ、頻繁にお茶会に誘っているとなれば、気になって顔を合わせるのも仕方がないことなのかもしれませんわね。


「王妃様はどんな方なのですか?」

「ウォレイブ様によく似た、お優しい方ですわ」

「ご趣味などは」

「さあ?」


 ……本当に、顔を合わせただけなのかもしれませんわね。

 うーん、事前に王妃様の情報が手に入っていたら、話をスムーズに出来ると思ったのですが、これでは駄目ですわね。

 まあ、お母様からある程度の情報は頂いておりますので、かまわないのですけれども、プリエマも、将来義母になるかもしれない方に、もう少し興味を持った方がいいと思うのですが、どうなのでしょうか?

 そう思って、対面しているプリエマを見ていますと、見慣れない髪飾りを付けていることに気が付きました。


「プリエマ、その髪飾り、綺麗ですわね」

「そうです! これ、ウォレイブ様に頂いたものなのですよ」


 ああ、この間騒いでいた髪飾りでしょうか?


「先日無くなったと言っていたものですか? 見つかったのですね」

「あ……。え、ええ。お母様のおっしゃる通り、わたくしの勘違いでしたわ」

「そうですか。今後は騒ぐ前に、ちゃんと確認をするのですよ」

「わかりました、お姉様」


 プリエマは面白くないという様に、頬を膨らませました。まったく、まだまだ子供ですわね。

 といっても、一か月後の誕生日を迎えてもまだわたくし達は六歳なのですから、子供でおかしくはないのですけれども。

 けれども、プリエマは公爵令嬢として、もう少し落ち着きを持ったほうが良いと思いますのよね。

 そんな事を考えているうちに、馬車は王宮に到着いたしました。

 まずはそれぞれの従者が下りて、外から手を差し出して来ましたので、わたくしはドミニエルの手を借りて馬車を下りました。

 そこで目にした光景に、思わずクラっと眩暈がしそうになりました。きらきらと眩しすぎたのでございます。物理的に。

 そこにはウォレイブ様をはじめとした五強が揃っておいででした。

 流石はパッケージになるほどの方々。こんな幼少期からまばゆい輝きをお持ちですのね。

 プリエマを迎えに来たのでしょうか、プリエマを囲んで早速楽し気に話していらっしゃいます。

 遅れてわたくしが馬車を下りたことに気が付いたプリエマが、妙に嬉しそうな顔でわたくしを手招きしております。

 そのようなみっともない真似お止しなさいと言いたいのですが、ウォレイブ様方の手前、ぐっと言葉を飲み込んでプリエマ達の方に向かいます。


「お姉様、皆様をご紹介いたしますわ。ウォレイブ様はご存知ですわよね」

「ええ、半年ぶりになります、ウォレイブ様。いつも妹のプリエマがお世話になっております。先日は髪飾りまでいただいたそうで、目にかけて下さっていて、わたくしも嬉しゅうございます」


 わたくしはカーテシーをしながらそう言います。


「ああ、グリニャック嬢。久しぶりだな、頭を上げてくれ。相変わらず麗しいな」

「まあ、そのようにお褒め頂き嬉しゅうございますわ」


 社交辞令なのがバレバレですわよ、ウォレイブ様。

 顔を上げて、久々にウォレイブ様をみますと、相変わらず艶やかな栗色の髪に、エメラルドグリーンの瞳が美しい、美少年でいらっしゃいますわね。


「それでね、お姉様。こちらが、ネデット=ゾット=セドリウス様ですわ」


 セドリウス公爵家のご長男でいらっしゃいますわね。

黒から白へのグラデーションがかった腰まであるロングヘアを肩のあたりでふんわりと結っていらっしゃって、目の色はアメジストのような紫色ですわね。

 我が公爵家とは派閥が違いますので、要注意と言った感じでしょうか。


「それで、こちらがアルエノ=ザール=エルヴィエ様ですわ」


 エルヴィエ侯爵家の次男ですわね。お父様はこの国の宰相をなさっておいでです。

 漆黒のような黒髪に、灰色の瞳をお持ちの方です。

 この方の家も我が家とは別の派閥ですわね。敵対しているわけではありませんけれども、やはり要注意でしょうか。


「それで、こちらがベルナルド=ヤニック=ドナシャン様ですわ」


 ドナシャン侯爵家の長男ですわね。我が家と同じ派閥ではありますが、野心家で人を蹴落としてでも上を目指す思考をお持ちの方ですわね。

 銀色の髪の毛にスグリのような赤い瞳の方です。


「最後に、こちらがジョアシル=ヨーム=ジェレーズ様ですわ」


 現国王の弟君、ジェレーズ大公のご長男ですわね。お父君に似て温厚な方ですが、プライドがお母君に似て異常に高いのですよね。

 青から紫へのグラデーションの髪とカッパー色の瞳を持っていらっしゃいます。

 皆様、個性豊かな方々ばっかりですわね。


「皆様、グリニャック=メール=エヴリアルと申します。いつも妹がお世話になっているそうで、ありがとうございます。今後も妹の事をよろしくお願いいたします」


 わたくしはカーテシーをして、四人に頭を下げます。

 ああ、値踏みされているような視線を感じますわね。

 たっぷり三秒数えてから頭をあげると、やはり、わたくしの事を値踏みしているような感じですわ。なぜでしょうか?


「プリエマ嬢。それにグリニャック嬢。アクス離宮に案内するよ」

「ありがとうございます、ウォレイブ様」


 わたくしは先行して歩く六人から一歩引いて歩いて行きます。

 はあ、眩しい集団ですわね。一緒にされたくありませんわ。

 わたくしは、あくまでも裏方の存在でありたいのです。そう、裏からひっそりと、トロレイヴ様とハレック様のことを眺めていればそれいいのですわ。

 ウォレイブ様に案内されること十分。やっとアクス離宮に到着いたしました。

 そこには既に集まっている子息令嬢がいらっしゃいまして、それぞれ小さな集団を作って会話をしておりますわね。

 わたくしはまずは王妃様にご挨拶をしなければいけませんわね。


「ウォレイブ様、わたくしは王妃様にご挨拶をしてまいります。ここまで案内してくださってありがとうございました」

「ああそうだね。母上と君は初対面なんだったね」

「ええ、そうですわね。プリエマ、貴女はご挨拶しなくていいの?」

「私は後でしますわ」

「……そう」


 本来ならば、主催者である王妃様に真っ先にご挨拶すべきでしょう。だからお茶会の授業を受けろとあれほど申しましたのに、受けないからマナーがなっていないではありませんか。

 これはお母様に報告する必要がありますわね。

 それはともあれ、わたくしは視線を集める集団から離れて、アクス離宮でお茶会の会場になっている中庭が一望できる場所にお座りになっている王妃様のもとに向かいます。

 うーん、流石は王妃様ですわね。ただそこに座っているだけなのに威厳が違いますわ。

 緊張する思いを隠しながら、わたくしは王妃様に近づき、出来る限り優雅にカーテシーをします。


「お初にお目にかかります、王妃様。エヴリアル公爵家が長女、グリニャック=メール=エヴリアルでございます」

「初めまして、貴女がグリニャック様なのですね。ベレニエス様からお噂はかねがね伺っておりますわよ」

「まあ、お恥ずかしゅうございます」


 ベレニエスというのはお母様の名前ですわ。確か、王妃様とはお茶会仲間と言っておりましたわよね。

 いったいどんな話をしているのでしょうか?


「立派な女公爵になれるように今から努力をしていると、自慢げに話しておりましたよ」

「まあ、そうなのですか。皆様のご期待に応えることが出来るよう、精一杯頑張りたいと思いますわ」

「がんばりなさいませ」

「では、これで失礼いたします」

「ええ、楽しんでいってくださいね」


 わたくしはもう一度カーテシーをしてから、王妃様の元から離れていきます。

 少し歩いて会場全体を見ますと、やはり令嬢は五強の所に集まっている方がほとんどですわね。集まっていない方々も、五強の方々が気になっているようですわ。

 さて、そんな事よりもトロレイヴ様とハレック様はどこにいるのでしょうか?

 そんな事を考えながら、会場内に用意されているテーブルに座って紅茶が出されるのを待っていると、わたくしの周りに、次第に各家の子息が集まってまいります。

 それぞれ自己紹介をされますが、皆様見知ったお名前ですわね。

 それもそのはず、皆様わたくしに婚約を申し込んできた方々なのでございます。

 プリエマがウォレイブ様の婚約者になりそうだという噂が広まっておりますからね。女公爵になりそうなわたくしに、婚約を持ち込むのは自明の理という所なのでしょう。

 とはいえ、あまりにも多くの子息に囲まれてしまい、わたくしは表面上優雅に見えるように微笑んでおりますが、内心では困っております。

 それに、この状態ではせっかくの王室御用達のお茶とお菓子を楽しむ余裕がございませんわ。

 そんな風にわたくしが困っておりますと、わたくしの耳に美しいボーイソプラノが聞こえてきました。


「君達、グリニャック様が困っているじゃないか。少しは遠慮というものをしたらどうなんだい?」

「そうだぞ、子息が寄って集って話しかけては、グリニャック様がお茶会を楽しむ余裕が無くなってしまうじゃないか」


(きゃぁぁぁっ! 久しぶりの生トロレイヴ様とハレック様!)


 相変わらずの麗しさですわ。


「なんだお前たちは、ボク達はグリニャック様と楽しくおしゃべりをしているんだ。邪魔をしないでくれ」

「楽しくかい? 僕にはそうは見えなかったな」

「全くだ。令嬢の心の機敏に疎いなんて、騎士道に反するな」

「な、なんだって!」


 あ、これはいけませんわね。騒ぎになりかけておりますわ。


「皆様、落ち着いてくださいませ」

「しかし、グリニャック様。この者たちはあまりにも無礼ではありませんか?」

「皆様とお話するのはとても楽しいものですわ」


 わたくしの言葉に、トロレイヴ様達に食って掛かっていた子息がそれ見た事かと、トロレイヴ様達を見ます。


「けれども、もう少し落ち着いてこのお茶会を楽しみたいのも事実ですわ。せっかくアクス離宮に来ることが出来たのですもの、色々な花々を愛でるのもいいのではないでしょうか?」


 遠回しに、他の令嬢に話しかけて来いと言いますと、わたくしの周りに集まっていた子息たちの顔色が変わります。

 わたくしの不興を買ったと勘違いなさったのでしょうか?


「皆様とのお話、とても楽しゅうございましたわ」


 にっこりとそう言うと、若干顔が青ざめていた子息たちの顔色が戻ったと言いますか、若干赤くなりましたわね。


「けれども、他の令嬢も皆様とお話したいと思っているのではないでしょうか? わたくしが独占しては申し訳がないですわ」


 だからとっとと解散しろ。と副音声付きで言いますと、渋々と言った感じに集まって来た子息方が離れていきます。

 その様子に、ほっと一息吐くと、わたくしの左右にそれぞれトロレイヴ様とハレック様がお座りになりました。

 すぐさま、王宮付きのメイドがお二人分のお茶を用意しているのが見えますが、わたくしの内心は、推しに挟まれて今にも破裂しそうでございます。


「グリニャック様、お久しぶり。差し出がましい真似をしてしまったかな?」

「いいえ、トロレイヴ様。少し対応に困っておりましたので、助かりましたわ」

「全く、グリニャック様が困っているのを見抜けないなんて、揃いも揃って節穴ばかりだな」

「わたくし以外にも花は沢山咲き誇っておりますのに、わざわざわたくしに集まらなくてもよろしいのに、皆様必死でしたわね」


 わたくしは少し前までの光景を思い出して苦笑を浮かべてしまいます。

 まったく、皆様女公爵になりそうなわたくしに取り入ろうと、本当に必死でしたわよね。

 ……はて、トロレイヴ様とハレック様はなぜここに座っているのでしょうか?

 お二人で楽しく過ごしていればよろしいのに……。

 あ、サシェをお渡しするタイミングは今ですわね。


「あの、以前いただいた薔薇でサシェを作りましたの。よろしければお二人にお持ちいただきたいと思いまして持ってきたのですが、受け取っていただけますでしょうか?」

「え、わざわざ持ってきてくれたのかい?」

「ええ、ご迷惑でしたでしょうか?」

「そんなことはない。嬉しいよ」


(きゃぁぁぁっ! その笑みが眩しくて目が潰れそう!)


 わたくしの顔が赤くなっていきます。

 わずかに手が震えますが、必死に手にしている小さなハンドバッグからサシェを二つ取り出します。


「三つ分のサシェが出来ましたのよ」

「ということは、残りの一つはグリニャック様が持っているのかな?」

「そうか、そうなるとお揃いになるのだな」

「ええ」


 お二人はそう言って嬉しそうにサシェを受け取ってくださいました。

 ああ、お揃いのサシェをトロレイヴ様とハレック様が持っておりますわ。ああ、もうっなんて眼福なのでしょうか。

 お二人はそれぞれ懐に大切そうにサシェを仕舞いますと、まばゆい笑みをわたくしに向けてくださいました。


「ありがとう。大切にするね」

「ああ、宝物にする」


 お揃いだからですわね!

 二人の思い出の品になれば、作った私も報われるというものですわ!

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