002 プロローグ 後編
あれから一週間が経ちました。プリエマは最後までわたくしをお茶会に誘ってきましたが、わたくしは五強なんかよりもトロレイヴ様とハレック様の絡みが見たいのですわ。
そんなこんなで、やっとのことでプリエマを送り出して、わたくしはお二人をお迎えするためにおめかし用のドレスに着替えます。
あ、お父様とお母様にはご招待するのがアトワイト伯爵家とアルトロワ伯爵家の次男だということはお伝えしておりますが、プリエマには伝えておりませんでしたわね。
まあ、いいでしょう。
お茶会にあんなにこだわっているぐらいですもの、もしゲーム知識があっても、狙いは五強の内のどなたかでしょうね。
着替えを終えたわたくしは、玄関付近にある待機部屋で、お二人の到着を待ちます。
なんだかソワソワしますわね。
ああ、お二人が到着するのが待ち遠しいですわ。
わたくしは礼儀がなっていないとわかりつつも、ソファーから立ったり、座ったり、部屋の中をうろついたり、窓辺に行って馬車が来ていないか確認したりしておりました。
「グリニャックお嬢様」
「な、なにかしら、リリアーヌ」
流石に見ていられなくなったのか、リリアーヌが声をかけてきます。その声に、ぎくりと体を硬直させ、ギギギと音がしそうなほどゆっくりと首だけをリリアーヌに向けました。
「もう少し落ち着いてお待ちになってはいかがですか? 到着予定時間まであと三十分はございますよ」
「そ、そんなことわかっておりますわ」
でも、待ち遠しいのだから仕方がないではありませんか。
「グリニャックお嬢様、まるで恋する乙女のようでございますよ」
「そ、そう? そんなことないと思いますけれども」
恋というよりは、腐ですものね。
ああ、そうですわ。こんな時は考え事をするのが一番ですわね。
……今日お二人は別々に来るのでしょうか? それともご一緒に?
ご一緒の場合、馬車の中には二人っきりでしょうか? 従者を連れて来ていれば違うのでしょうけれども、もし二人っきりでしたら、どんな会話をなさっておいでなのでしょうか。
軽くつつき合いとかしていたりして。
あらやだ、なにそれ。目の前で見たいですわ。
ああ、どうしてこの世界にはスマホがないのでしょうか。あればこっそり隠し撮りできますのに。
せめて魔法があれば、なんとしてでも記憶術のような魔法を覚えて記録いたしますのに、生憎この世界には魔法はないのですよね。
いえ、はるか古代はあったようなのですが、魔王と勇者、そして聖女が戦った後から廃れていってしまい、今はもう伝説のものになってしまっておりますわね。
はあ、全く以て残念ですわ。
どこかに落ちてないでしょうか、伝説の魔法の本。
まあ、ゲームにも魔法の要素は全くありませんでしたし、無いのでしょうね。
あれば、ヒロインであるプリエマが関わらないはずがありませんもの。
錬金術は存在しているのですけれどもね、あくまでも錬金術ですし、魔法とは違うものですわ。
……錬金術で保存できるものを開発していただくというのもワンチャンありですわね。
確か攻略対象の中に、将来錬金術師を目指す方がいらっしゃったはずですし、その方にコンタクトを取って、今から最高の環境を整えて錬金術に専念していただくというのはどうでしょうか?
いえ、駄目ですわね。貴族の人間は、どんな身分の者も、十五歳から十八歳までの間は必ず貴族の学園に通わなくてはいけませんものね。
まあ、『オラドの秘密』はその学園が舞台なのですけれどもね。
学園生活では、わたくしとプリエマはウォレイブ様の婚約者候補筆頭となっており、姉妹仲が微妙になっているのですよね。
まあ、そのせいでグリニャックはプリエマを虐めるわけなのですけれども、乙女ゲームの中ではそんなに大したことはされておりませんわよね。
一番大きな出来事と言えば、五強のどなたから贈られてきたドレスを、ズタボロにしたことぐらいでしょうか。
……その程度の事で、修道院送りにします? 普通はしませんわよね。よくて家でしばらくの間謹慎とかその程度のはずですわ。
やはり、どこかからか圧力がかかったとみるのが正しいのでしょうか。
それとも、ゲームの中では出ていない細やかないじめがあったとか?
うーん、五強のクライマックスでもそれ以上の罪の暴露等はありませんでしたし、全くもって謎ですわね。
我がエヴリアル公爵家の力を削ごうとしている勢力がいるのでしょうか? それに五強が関係しているとか?
「グリニャックお嬢様、馬車が到着したようでございます」
「はい! 今参りますわ」
考え事をしていたら、すっかり時間になってしまったようですわね。
慌てて、けれども走らずに若干の早歩きで玄関に向かいますと、丁度トロレイヴ様とハレック様がドアから入ってくるところでした。
やはり一緒の馬車でしたのね、これは妄想が捗りますわ。
「ようこそおいで下さいました、トロレイヴ様、ハレック様。今日はゆっくりと楽しんでくださいませ」
「お招きありがとう。これ、つたないものだけれどお土産だよ」
「まあ、ありがとうございます」
「私も、トロレイヴと被ってしまったが、お土産だ」
「同じものを選ぶだなんて、お二人は仲がよろしいのですね」
わたくしは、深紅の薔薇をお二人から受け取って、それをリリアーヌに渡します。
「わたくしの部屋に飾っておいてくださいませ」
「かしこまりました」
リリアーヌはそう言って一礼すると、わたくしの部屋の方に足早に歩いて行きました。
お二人はそれぞれ侍従を連れてきているようで、馬車の中で二人っきりということではなかったようですわね。ちょっと残念ですわ。
「今日は我が家自慢のガーデンテラスにご案内しますわ。今日は天気もいいですし、テラスから見える薔薇の花が綺麗に見えることでしょう」
「それは楽しみだね。ねえ、ハレック」
「そうだな、私達のような貴族の端くれが、公爵家にお邪魔できるなんてそうそうないだろうしな、堪能させてもらおうか」
お二人はそれぞれそう仰ってわたくしの後をついていらっしゃいます。
ああ、わたくしの見えないところで、どんな絡み方をなさっておいでなのでしょうか、振り返りたいですわ!
でも駄目ですわよね、淑女たるものエスコート役は立派に果たさないといけませんもの。
わたくしは振り返りたい衝動を何度も我慢してなんとかガーデンテラスに到着しました。
「これは、すごいね」
「ああ、ここまでとは。流石エヴリアル公爵家だな」
「毎日庭師が丁寧な仕事をしていてくれるおかげですわ」
二階のガーデンテラスから見下ろした中庭は、丁度薔薇の時期で色々な色の薔薇が、ありとあらゆるところに咲き誇っております。
わたくしは、いくつかある家の中庭の中では、やはりこの薔薇の中庭が一番好きですわね。腐女子なだけに!
……コホン。とにかく、お二人とも感激なさってくださっていただけたようで何よりですわ。
さて、お二人に席を勧め終えましたら、あとはお父様とお母様がいらっしゃるまで、わたくしがすることってほぼありませんのよね。
お茶や菓子などは程よいタイミングでリリアーヌやドミニエルが出してくれますし、することと言えば、お二人の観察……基、お話を振る事ぐらいでしょうか。
「お二人は以前からのお知り合いなのですか?」
「そう、家も近いし、父親同士の仲が良くてね、ほぼ生まれた時からの付き合いだよ」
「なんでも、どちらかに娘と息子が生まれたら結婚させようと約束しているみたいだよ。生憎どちらも男兄弟だけど」
「そればかりは仕方がありませんものね」
まあまあまあまあ! お二人はそれぞれの親に認められた仲なのですね。性別さえ乗り越えれば結婚していたかもしれないと。ああ! 滾りますわ!
「まあ、両親もまだ若いんだし、可能性は捨てきれないんじゃないか?」
「そうだね」
いいえ、お二人に妹が出来ることはありませんわ。なんせ、お二人の家族のプロフィールまで暗記しておりますもの、間違いございません。
ああ、でもだからこんなにお二人は仲睦まじいのですね。はあ、お二人が並んでお茶を飲んでいらっしゃる……眼福ですわ。
「グリニャック様は、男兄弟とか欲しいと思ったことはないのかい?」
「男兄弟ですか? 考えたことがありませんわね。けれども、もし弟が生まれたら、わたくしは婿を取るのではなく、どこかの家に嫁がなくてはいけなくなりますわねえ」
まあ、生まれないのですけれどもね。
「グリニャック様を娶れる家なんて限られているんじゃないか?」
「そうだね、他の公爵家か王族か、悪くても侯爵家と言ったところだよね」
「他国に嫁ぐという可能性もあるぞ」
「そっか、その時はついて行こうかな」
「え?」
「ずるいぞトロレイヴ、私もその時は一緒について行く」
「まあ!」
一緒に、一緒に、一緒にですか! いつまでも離れたくないということですわね。
「ん? 嬉しそうだね、グリニャック様」
「ええ! それはもう。お二人が一緒にいて下さるのなら、これ以上の事はございませんわ!」
ああ、出来るならその光景を余すことなく目に焼き付けたいですわね。
「あはは、そう言ってもらえると嬉しいな」
「そうだな、すごく嬉しい」
ああもうっ、本当にお二人は相思相愛ですわね。その間に誰かが付け入る隙なんてないんですわ。
そんな感じに楽しくおしゃべりをしていると、お父様とお母様がいらっしゃいました。
「やあ、楽しんでいるかい?」
「初めまして、エヴリアル公爵様、公爵夫人様。僕はトロレイヴ=ハール=ブールマンと申します」
「初めまして、私はハレック=キウス=アルトロワと言います。エヴリアル公爵様、公爵夫人様」
お二人が席を立って挨拶をすると、お父様は「まあ座りなさい」と優しくおっしゃいました。
「この間はうちのグリニャックがお世話になったそうで、大変感謝しているよ」
「大したことはしていませんよ」
「そうですよ。起き上がるのに手を貸しただけです」
流石に足に直接触って介護をしたとは言いませんのね。まあ、いくら五歳とはいえ、令嬢の肌に、しかも足に直接触れるなんてあまりいいことではありませんものね。
「いやいや、医者の話では的確な応急処置のおかげで大事に至らずに済んだという話だ。君たちが手配してくれたのだろう?」
「それは、そうですね」
「ならば、やはり感謝しなければいけないな」
お父様の感謝の意に、お二人は気圧されたらしく、揃って膝の上で指をもじもじさせています。
(マジ天使! かわいいかよ!?)
「本当に、グリニャックの事ではお世話になりました。ありがとうございます。わたくし達はこれで失礼しますけれども、二人とも自分の家だと思ってゆっくりくつろいでいってくださいませね」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「ありがたく、ゆっくりさせていただきます」
二人が座ったままそう言ったのを確認して、お父様とお母様はガーデンテラスから立ち去って行きました。
ああ見えてお忙しい方々ですもの、そろってこのお茶会に顔を出す時間を捻出してくださっただけでもありがたいというものですわ。
それに、お父様のおかげでお二人の意外な一面が見ることが出来ましたし。
あー、眼福でしたわぁ。お父様グッジョブ!
「慌ただしい両親で申し訳ありません」
「いや、流石は公爵様だね。うちの親とは威厳が違ったよ」
「そうだな、トロレイヴの父親はどっちかっていうと気やすい感じだからな。まあ、顔はトロレイヴにそっくりなんだけど」
つまり、未来のトロレイヴ様がいらっしゃるということでしょうか! ああ、お会いしたいですわ。
「そういうハレックは母親似だよね。将来美人になってモテまくるんじゃないかな?」
「それをいったらトロレイヴだってそうだろう」
まあまあ! お互いに嫉妬しておりますの? うふふ、なんてすばらしい光景なのでしょうか。お互いに独占欲がにじみ出ていますわね。
今日お茶会を開いて正解でしたわ。プリエマに邪魔されることもなく、二人をこんなにも鑑賞できますもの。
そういえば、プリエマの方はどうなっているのでしょうか? わたくしが居なくてもちゃんと紅茶被りイベントが発生しているといいのですけれども。
「ん? どうかしたのかな、グリニャック様」
「何か気になる事でもあるのか?」
「あ、いえ。実は今日、妹がウォレイブ様のお茶会に呼ばれているのですが、何も粗相をしなければいいと思って」
いや、本当は紅茶被りイベントが起きて欲しいんですけれどもね。
「そうなのかい? グリニャック様は招待されていなかったのかい?」
「ええ、わたくしは招待されておりませんわ。なんせ、ウォレイブ様との会話なんて、先日のお茶会での最初の挨拶程度でしたから、誘う価値もないと思っているのでないでしょうか?」
「「そんなことはない(よ)」」
まあ、息ぴったりですわね。
「ウォレイブ様は見る目がないね。こんなに綺麗なグリニャック様に目をかけないなんて、ありえないよ」
「全くだ。グリニャック様の妹のプリエマ様は確かに可愛らしい方だが、私はグリニャック様の方が好きだ」
「あ、それ僕も言おうとしていたのに!」
「まあ、お二人ともありがとうございます。お世辞でも嬉しいですわ」
わたくしがそう言いますと、二人は揃って、「お世辞じゃないんだけど」と仰ってくださいました。
本当にお優しい方々ですわね。
「まあ、今日のお茶会がうまくいきましたら、プリエマはウォレイブ様の婚約者の第一候補になれるでしょうし、是非ともがんばって欲しいものですわ」
本当に、下手にゲームの記憶があって、無理やり逆ハーレムなんて望まれた日には、目も当てられませんものね。
一途に恋する方を想っていただきたいものですわ。まあ、誰かは存じ上げませんけれども。
「グリニャック様は大公妃になりたいとは思わないのかい?」
「思いませんわね」
「どうしてだ? 今よりもいい暮らしができるんじゃないか?」
「そんなものいりませんわ。わたくしは今の暮らしに十二分に満足しておりますもの」
健康な体に生まれて、毎日おいしい食事を食べれて、その気になれば外に買い物に行くこともできるのですもの、これ以上の贅沢なんて望みませんわ。
「わたくし、こうしてお二人と過ごせているだけで、それで満足ですわ」
にっこりと本心から言いますと、お二人とも少しだけ頬を赤く染めてしまいました。
あっ、もしかして、お二人の関係が知れたと思って照れてしまったとか? かっ、かわいいですわ!
ああ神様。この世界に転生させてくれてありがとございます。
今ならこのまま修道女になってもいいぐらいに感謝しておりますわ!
そんな感じに楽しい雰囲気のままお茶会は終了し、お二人は
はあ、今日一日だけお腹いっぱいと言った感じですわね。
幼いころのお二人をこんなに堪能できるなんて思っても見ませんでしたわ。
お二人を見送って自室に戻ってみれば、リリアーヌの手で活けられた深紅の薔薇の花がありました。
わたくしはその花弁にそっと触れて、本日の事を反芻いたします。
…………ほんっっっっっとうに、眼福な一日でしたし、色々なお話を聞くことが出来ました。
お二人はもうこんな時期から、二人で一緒にこの国を支える騎士になろうと約束を交わされているのだとか。
それがあの懐古イベントに繋がりますのね。
ああ、考えるだけで顔がニヤついてしまいそうですわ。
リリアーヌとドミニエルがいるのですから、まだまだ気を引き締めておかなければなりませんわね。
わたくしはさり気なく自分の頬を叩いて気合を入れ直して、もう一度深紅の花弁に触れます。
ああ、この花弁に触れているだけで胸が高鳴りますわ。
二人別々に選んだと仰っておりましたが、揃いの深紅の薔薇を選ぶ当たり、やはりお二人は通じ合っているのですわね。
「ねえ、リリアーヌ、ドミニエル」
「「なんでございましょうか、グリニャックお嬢様」」
「今日いらしたお二人の事どう思いました? 素敵な方々だと思いませんか?」
「グリニャックお嬢様はお二人の事をお気に召していらっしゃるのですか? でしたらまたお茶会にお呼びになればよろしいのではないでしょうか?」
「まあ! リリアーヌ、ナイスアイディアですわ! と、言いたいのですがお呼び出しする口実がありませんもの」
わたくしは自分で言ってしょんぼりとしてしまいます。
『オラドの秘密』の幼少期懐古イベントは今日で終わってしまいますし、本編が始まった時には、プリエマはもちろん、
やはり、今日の事は良い思い出として胸にしまっておくべきなのでしょうか。
わたくしがそう思い、アンニュイなため息を吐き出したところで、屋敷の玄関の方が何やら騒がしくなっていることに気が付きました。
プリエマが帰って来たようですわね。
わたくしはプリエマを出迎えるのに、玄関に行くため、花弁から指を離して部屋を出ました。
玄関に近づいて行けば行くほど、玄関先の騒ぎが大きくなっていることに思わずため息を吐いてしまいます。
何をどたばたと騒いでいるのでしょうか、淑女たるものいつも冷静であれと、あれほどお母様に教えられておりますのに。
そう思いながら、階段を下りて行けば、騒ぎの中心、プリエマが見えました。
生憎お父様もお母様も、もう用事で家を出てしまっておりますので、暫定的に執事長がこの家の責任者になるのですが、その執事長ですらオロオロとしているのが見えます。
一体何があったというのでしょうか。
「何事です」
階段を下りながらそう声をかけますと、一斉にわたくしに視線が集まります。
その視線の中には、なんとウォレイブ様もいらっしゃいました。ざわつきの原因はウォレイブ様でしたのね。
そりゃあ、いきなり何の準備もしていない状態の所に第三王子がいらっしゃったら、みんな驚きますわよね。
しかも、プリエマも肩を抱くようにしていますし…………。
って、はあ!? 肩を抱く!? 何してくれていますの? まだ嫁入り前の、婚約者も決まっていない五歳児の小娘なのですよ。
「ご機嫌よう、ウォレイブ様。この状況を説明していただいてもよろしいでしょうか?」
階段から下りて玄関前まで行くと、カーテシーをしてからそう尋ねます。
顔を上げて改めてプリエマの姿を確認すると、スカートに紅茶の染みが出来ているのが分かります。
ああ、わたくしがいなくてもちゃんと紅茶被りイベントは起きましたのね。
そういえば、その時のお茶会での選択肢で一番好感度が上がった方が送ってくださるという所までが、懐古イベントでしたかしら?
「やあ、ご機嫌ようグリニャック嬢。実はボクが主催したお茶会でちょっとした騒動が起きてしまってね、ご覧の通り、プリエマ嬢のスカートに紅茶がかかってしまったんだ」
「そうですか。それでわざわざプリエマを我が家まで送って下さったのですか? お心遣い感謝いたします」
「いや、ボクの管理不行き届きだったよ。申し訳ない」
ウォレイブ様はそう言って、プリエマの肩から手を離しますと、わたくしに向かって頭を下げていらっしゃいました。
「お止しになってください、たかがドレスのスカート一枚ではありませんか。我が王国の王子に頭を下げていただくほどの物ではございませんわ」
「だが……」
「そのようにお気になさるのでしたら、プリエマをまたお茶会に誘ってやってくださいませ」
「「え」」
「プリエマもその方が喜びますでしょう。ね、プリエマ」
わたくしがそうプリエマに言いますと、プリエマは鈍い顔をしていましたが、ウォレイブ様の目が自分の方に向いたことが分かると、途端に笑みを浮かべて頷きました。
「はい、お姉様。私、もっと王宮の色々な中庭を見てみたいですわ」
「そうか、プリエマ嬢がそれでいいというのなら、また今度お茶会を開こう」
「わあ、嬉しいですわ」
「よかったですわね、プリエマ」
表情は喜んでいますが、目が若干空ろになっているプリエマに向かってそう言って、わたくしはウォレイブ様を見ます。
「ではご足労ありがとうございました。お帰りはくれぐれもお気をつけてくださいませ」
「ああそうだな。……そうだ、もしよければグリニャック様もお茶会に参加してみないか?」
「いいえ、折角のお話ですが、わたくしはお誘いを受ける理由がございませんので、お断りさせていただきますわ」
「え、お姉様一緒に行きましょうよ」
プリエマがここぞとばかりに誘ってきますが、聞こえないふりを致します。
「どうぞ、プリエマの事をよろしくお願い致します」
わたくしは、もうお帰り下さいという意味を込めて、深々とカーテシーを致します。
すると、流石に諦めたのか、目の先でウォレイブ様の靴が踵を返すのが見えました。
玄関の扉が閉まったのを確認してから、カーテシーをやめ、改めてプリエマを見ます。
見事なまでにスカート部分に紅茶がかかっていますわね。どうやったらこんなにかかってしまうのでしょうか?
「プリエマ、お父様とお母様が帰ってくる前に着替えたほうが良いですわ。誰にやられたのだと、またお父様が騒ぎそうですもの」
「は、はい」
プリエマはそう言って、若干駆け足気味に二階への階段を昇って行きました。
残されたわたくしは、一緒に残っている執事長を見て、深くため息を吐き出します。
「執事長、なんという体たらくですか。ウォレイブ様がいらっしゃったからと言って、いえ、それだけではありませんけれども、だからと言ってあのように慌てるのは如何なものでしょうか。お父様に知られてしまえばお叱りを受けてしまいますわよ」
とはいえ、この執事長は先代の執事長から任務を引き継いだばかりで、まだ若いのですわ。
ゲームの中では攻略対象の一人になっております。十年後には完璧で立派な執事長になっているのですが、今はまだまだといった感じなのですね。
「申し訳ありません、グリニャックお嬢様。お叱りは如何様にも受けましょう」
「真面目ですわね。黙っていてくれとはいいませんの?」
「それでは旦那様への不義理になってしまいますので」
「そうですか。では自分で報告をなさいませ。わたくしから言うことは致しませんわ」
「かしこまりました」
執事長は深々と頭を下げると、まだざわついている使用人の収拾にあたりました。
はあ、折角いい気分でしたのに、台無しですわね。
そういえば、
五強というのは、ゲームのジャケットにも登場しているウォレイブ様を含む、高位貴族の子息の方々ですが、攻略自体は難しくはないのですよね。
まあ、確かに要求されるパラメーターは高いのですが、真面目にゲームを進めていればちゃんとクリアできるレベルのものですし、むしろ、ジャケットに登場していない、そのほか約三十人の攻略の方が難しいのですよね、身分差とか、年齢差とかいろいろあって。パラメーターも、それに特化したものを上げたりしなくてはいけませんでしたしね。
……まあいいですわ。プリエマは勝手に恋愛していればいいですわ、わたくしは今日の事を胸に秘めて、十年後にまたお二人にお会いできる日を楽しみにしておりますので。
さて、この十年は忙しくなりますわね。令嬢ネットワークの構築を致しませんといけませんので、色々なところのお茶会に参加しなくてはいけませんわ。
そこで、同志を見つけることが出来るといいのですけれども……。
匿名で、薔薇本を出版して、令嬢達に広めるのもいいかもしれませんわね。
なんといってもこの世界には美形が多いのですから、自分好みのカップリングを見つけるのはいいことですわ。
そうと決まれば、早速作業に取り掛からないといけませんわね。
大丈夫ですわ、こう見えても前世ではBLの漫画を描いてweb投稿しておりましたのよ。
あ、でもこの世界には漫画という文化はありませんわね。そうなると小説でしょうか?
うーん、まあ何とかなるでしょう。小説が書けなくても、最悪そのように思考を誘導していけばいいだけの話ですものね。
うふふ、待っていてくださいませね、トロレイヴ様、ハレック様。十年後にはお二人の関係が少ないかもしれませんが、それでも受け入れる人がわたくし以外に出来るように努力いたしますわ!
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