乙女ゲームに転生したけど、推しキャラカプ観察に忙しいので勝手に恋愛ゲームしていてください【再掲】
茄子
始まりの時間
001 プロローグ 前編
デジャヴという物を感じたことはございますか? わたくしは今まさにそのデジャヴを感じている所でございます。
場所は、我がアトワイト王国が誇る王宮の一角、
この中庭は、その名が表す通り、桔梗が美しく咲き誇る場所で、今もわたくしの目を紫色の可憐な花が楽しませてくれております。
いえ、デジャヴを感じたのはこの花にではありません。このお茶会の中心人物、この王国の第三王子と、わたくしの双子の妹が楽しそうに話している場面を見たからでございます。
(あ、これ『オラドの秘密』のヒロインがメインヒーローの第三王子と出会う場面じゃないでしょうか?)
そう、そうしてふとわたくしは前世なる物を思い出しました。
前世のわたくしは、所謂オタク女子というものでございまして、それも腐った部類に入る系のオタク女子でございました。
まあ、そうなったのもしかたがないのでございます。
なんといっても前世のわたくし、体が弱くて病院の敷地から一歩も出たことが無いぐらいなのです。
今世の体はとりあえず丈夫そうでよかったですわ。
ともかく、そんなわたくしに親しいお友達が対面で出来るわけもなく、ネットの世界にはまり込んだのは仕方がないことだと思います。
そうして、出会った友達から教えられたのが禁断の薔薇の世界でございました。まったく、初めて知った時の衝撃と言ったらありませんでしたわね。
こんな世界もあるのかと、まさに目から鱗が落ちる感覚でした。
それからというもの、友人の勧めもあって色々なものに手を出しました。
同人誌をわたくし自身が買いに行くことは出来ませんし、ネットで注文するぐらいだったのですけれどもね。
あ、一応わたくしの前世は十八歳を前に死んでいるので、健全な本ばかりを購入しておりましたよ。
そして、わたくしの前世のお友達が最後に勧めて下さったのが、この『オラドの秘密』という乙女ゲームでございました。
なぜ腐女子なのに乙女ゲームを? とお思いの方、乙女ゲームにはそれはもう美形の殿方がわんさかいらっしゃいますのよ。
誰と誰をカップリングしようかと、悩んでしまうほどでございます。
『オラドの秘密』にもそれはもう美形のキャラクターが多く登場しまして、一応公式のメインヒーローはこのアトワイト王国の第三王子、ウォレイブ=ヨルバ=アトワイト様なのですが、他にも三十人ほどの殿方が登場致します。
いずれも個性ある美形でございまして、思わず涎が出てしまうようなゲームでございました。
いえ、乙女ゲームの中で、他の殿方を気にかけているようなセリフを仰っていたりするものですから、妄想が捗ったと言いますか、とにかく、腐女子にも、まっとうな女子にも人気の乙女ゲームでございました。
そんな『オラドの秘密』には当然ながらヒロインが登場します。
それが、今わたくしの目の前で、ウォレイブ様と楽し気に会話をしている、プリエマ=サノワ=エヴリアルでございます。
あ、申し遅れました。わたくしはグリニャック=メール=エヴリアルと申します。
『オラドの秘密』の中では、ウォレイブ様を含む五強と言われるキャラクターを攻略する際に、妹の邪魔をする、所謂悪役令嬢の役なのですよね。
それもその五強のキャラクターに関わると、もれなく処刑こそされませんが、ヒロインであるプリエマを虐めた罰として、この国の北の最果て、国境付近にある厳格な修道院に幽閉されに行く途中、
せっかく丈夫な体をもって生まれたのですし、今世は長生きをしたいので、妹の邪魔をするつもりも、もちろん虐めをするつもりもございませんわ。
むしろ、わたくしは五強と言われる方々よりも、その次に人気のあるキャラ推しでございますので、その方々を影から見守るだけで満足なのでございます。
それにしても、『オラドの秘密』の中では、確かこのシーンでわたくしはプリエマがウォレイブ様と楽しそうに話しているのを見て、それが気に入らず邪魔しに入るのでしたわね。
もちろん、そんな事は致しませんけれども。
そもそも、このお茶会自体がウォレイブ様の婚約者候補を決めるためのお茶会なのですし、推しでもないキャラの前にわざわざ出ていく必要性を感じませんわ。
プリエマにはせいぜい頑張って、ウォレイブ様との王道ストーリーを全うしていただければそれで結構でございます。
もちろん、わたくしに関係のないところで、ですけれどもね。
それにしても、『オラドの秘密』でのグリニャックはどうして二人が楽しそうに会話をしているのに割って入ったのでしょうか?
双子なのに、一人だけ王子様と話していてずるいと、五歳児ながらに感じたのでしょうか。
まあ、そうですわよね。
それまでグリニャックとプリエマは、何でも共有するか分け合っていましたものね。
前世の記憶が戻ったせいか、五歳児のお子様はわたくしの恋愛の対象外ですし、折角楽しそうに話しているのに水を差す気も起きませんわ。
それよりも、わたくしはキョロキョロと周囲を見渡します。
あのキャラクターもこのお茶会に参加しているはずなのですが、どこに居らっしゃるのでしょうか?
あ、この間の思考は約一秒間の間に行われたものと思ってくださいませ。
いくら五歳とはいえ、公爵家の令嬢がただ茫然と周囲を見て考え事をしているだなんて、あってはなりませんもの。
まあ、あまりキョロキョロするのも良くはないのですけれどもね。
そんなわけで、表面上は無邪気にお菓子を食べながら、視線だけはハイエナのように、目当てのキャラクターを探しております。
そうしたら、会場の端の方の席にいらっしゃいました!
(やばい! 推しカプで座ってる! 尊い!)
わたくしの最推しはトロレイヴ=ハール=ブールマン様というお名前でして、漆黒の髪に、炎で照らした糖蜜を溶かしたような金色の瞳をお持ちの、乙女ゲームのメイン舞台になる学園では騎士科に所属なさるホスト系美丈夫でいらっしゃいます。
そして、お隣にいらっしゃるのは、トロレイヴ様の次に推している、ハレック=キウス=アルトロワ様でいらっしゃいます。
ハレック様は青みがかった黒髪に、炎を映し出したような銀色の瞳を持った、トロレイヴ様とはまた違った感じの儚い系美形でいらっしゃいます。
今はまだ、その面影があると言った感じですけれども、将来が今から楽しみですわ。
お二人は、幼馴染でいらっしゃって、共にこの王国を支える双璧になろうと誓い合った仲なのでございます。
二人のどちらかを攻略する際に懐古イベントでその誓いのシーンが見ることが出来るのですが、それに歓喜した腐女子は数知れず、と言った感じでございます。
ああ、それにしても流石は幼馴染設定。お茶会でも一緒に過ごしていらっしゃいますのね。
今日のメインはウォレイブ様でいらっしゃいますから、多くの令嬢がウォレイブ様の方に視線を向けておりますので、お二人に視線を向けているのはわたくしぐらいなのではないでしょうか。
わたくしはさり気なさを装って、あわよくば二人の会話内容を聞きたいと、徐々に距離を詰めていきます。
その際、プリエマの視線を感じましたが、気にしてはいられませんわ。
なんといっても推しカプが目の前で楽しそうに話しているのですから、その光景を目に焼き付けたいと思うのは仕方がない事でございますよね。
もちろん、鼻息荒く今すぐ近づきたいのを我慢しつつ、さり気なく、あくまでも自然に近づいて行きます。
やっと二人の会話が聞こえそうな距離まで近づけた時、わたくしはウォレイブ様に駆け寄ろうとした令嬢の一人にぶつかられて、転んでしまいました。
「痛っ」
「あら、ごめんあそばせ」
その令嬢はそう言ってウォレイブ様の方に駆けよっていきました。
わたくしも早く立ち上がってお二人の所に行こうと思ったのですが、残念な事に転んでしまった際に足をひねってしまったのか、なかなか立ち上がれません。
このような場でいつまでも地面にしゃがみこんでいるだなんて無作法を、お母様に知られてしまったら、お叱りを受けてしまいますわね。
けれども、足はズクズクと鈍い痛みを発しておりまして、まだ少し動けそうにありません。
おかしいですわね、丈夫な体で生まれたはずですのに、転んだ程度で捻挫するなんて、予定外ですわ。
そういえば、公爵家ではプリエマと共に、蝶よ花よと育てられていましたし、転んだことなんて、今世では初体験ですわね。
もちろん前世でも転ぶなんてことございませんでしたので、受け身を取ることもできずに、無様に転んでしまったというわけですね。
さて、本当に立ち上がれませんがどういたしましょう。
「大丈夫かい?」
「え」
耳触りの良い、ボーイソプラノがわたくしの耳に入ってきまして、そちらの方を見ますと、なんとトロレイヴ様とハレック様がいらっしゃいました。
(きゃあぁぁぁ! 近い! 近いよ! かわいいよ! かっこいいよ! やばい、マジでやばい!)
などという内心の叫び声をひた隠しにして、わたくしはトロレイヴ様とハレック様を見ます。
「足を、捻挫してしまったようで……」
「それは痛いだろうに、ほら、つかまって」
「え?」
そう言われて、わたくしは左右それぞれの腕をお二人に持たれて、肩に回されます。
「ゆっくり立ち上がるからね、痛かったら言ってね」
「は、はい」
(なにこれ!? 天国? これは夢で天国なの!?)
内心、心臓バクバク状態でございます。
まあそれをひた隠しにして、二人に連れられて、先ほどまで二人が座っていた席に座らされました。
「あ、あの。ありがとう、ございます」
ああ、わたくしの顔は今頃真っ赤でしょうね。ええ、自覚がありますとも。
仕方がないでしょう、いくら五歳児とはいえ、推しが二人、目の前にいるのですよ、あまつさえ、肩を貸して下さったのですよ。
頭の中は混乱真っただ中ですわよ。
公爵令嬢としての意地でなんとか、表面上は取り繕っておりますけれども、顔の赤みを抑える術なんてまだ習っていませんもの、しかたがありませんわよね。
「今、冷やすものを持ってこさせるからね」
「まったく、ぶつかってそのまま走っていくなんて、淑女として如何なものかと思うな」
ああ、推し二人がわたくしを心配してくださっています。やはりこれは夢なのでしょうか?
けれども、ズクズクとした足の痛みが、夢ではないと言っているような気がいたします。
「あの、わたくしはグリニャック=メール=エヴリアルと申します」
「ああ、僕はトロレイヴ=ハール=ブールマンだよ。こっちは」
「私はハレック=キウス=アルトロワだ。エヴリアル公爵家の令嬢なら、向こうの輪に加わらなくていいのかい?」
「妹が楽しそうに話しておりますし、わたくしが居なくても大丈夫だと思いますわ」
むしろ、今この空間から出たくありません。
我が公爵家としては、どちらかがウォレイブ様と婚約を結べればいいのですし、わたくしがいない方が、むしろとんとん拍子に話が進むのではないでしょうか。
あ、お二人の家の爵位は伯爵家になっておりますが、それぞれ次男でいらっしゃいますので、爵位は継がずに、騎士になることを目標になさっておいでですのよ。
「そうかい? ならいんだけど、君みたいな綺麗な子と話が出来る機会なんて、僕達にはそうそうないし、嬉しいんだけどね」
「ま、まあ……」
(いやぁぁぁぁぁ、五歳児で既に天然ホストォォォ! かわいかっこいい!)
「確かに、グリニャック様は美しいな」
(いえいえいえいえ! あなた方の方が美しいです!)
「わたくしなんて……妹に比べれば冷たい印象を持たれる色ですし……」
そうなのですよね、プリエマは蜂蜜を溶かしたようなふわふわのハニーブロンドに萌黄色の瞳を持っているのに対し、わたくしは銀髪のストレートヘアーに冷たいサファイアのような青い瞳を持っているのです。
そのせいか、どうしてもプリエマの方が可愛らしい印象を持たれてしまいますのよね。
それにしても、推しから『綺麗』と言われますと、この色を持って生まれてよかったと思ってしまうのですから、不思議ですわね。
「ちょっと失礼するよ」
「え、きゃっ」
「ごめんね、でも早く冷やさないと」
「トロレイヴ、淑女の足に触るのだから、先に声をかけるべきだろう。事後承諾とはいただけないな」
「まあ、大目に見てよ、ハレック」
(はわわわわっ。トロレイヴ様の手がわたくしなんかの足に触れてっ! きゃぁぁぁぁぁっ!)
内心、大歓喜! なのですが、表面上は顔を真っ赤にして戸惑っているようにだけ見えるでしょうね。
あ、でも捻挫をして熱を持った足首に当てられたタオルの冷たさが心地いいですわね。
パニックになると、途端に冷静な部分が出てきたりするものなのが不思議ですが、そう思えてしまったので仕方がありませんわ。
「あの、自分でします、ので……その」
「あ、ごめんね。嫌だった?」
「い、いえ! そのようなことはございませんわ!」
「そう? ならもう少しじっとしていてね」
「は、はい……」
その言葉に、わたくしが動けなくなってしまったのは、仕方がない事ですわよね。
なんと言いましても、推しのお願いですもの。
それにしても、間近で見るトロレイヴ様、この頃はまだ美丈夫というよりも可愛らしさが勝っておりますのね。あ、まつげ長い。
「ああ、これならもう少し冷やせば傷みも引くだろうな」
ハレック様もトロレイヴ様と顔を並べて、わたくしの足の捻挫具合を確かめます。
(近い! 推し達の顔が近い! 眼福ですわ!)
思わず涎が垂れてしまいそうですわ。
まあ、公爵令嬢としてのプライドでそのような真似は致しませんけれどもね。
「お二人は、あちらの輪に加わらなくてよろしいのですか?」
わたくしはそう言って、プリエマのいる方を見ます。
そうしますと、二人は肩を竦めました。
「あそこにいる令嬢達の目的はウォレイブ王子だろうしね、僕たちが行っても冷たい目で見られるだけだよ」
「そんなことはないと思いますけれども」
「いやいや、実際にたかが伯爵家の次男が何しに来たんだっていう目で見てくる令嬢は多いんだ」
「まあ! そんなの許せませんわ」
どこの誰ですか、わたくしの推し達にそのような視線を向けたのは!
「あはは、グリニャック様は優しいね」
「そうだな、ウォレイブ様に熱を上げる様子もないし、妹の……」
「プリエマですわ」
「プリエマ様とは大違いだ」
あらあらあらー? 何気にプリエマの好感度が下がっているのでしょうか?
「まあ、爵位的にも、プリエマはウォレイブ様の婚約者候補第一位になりそうですものね」
「君はいいのかい?」
「え?」
「その、プリエマ様に先を越されて悔しくはないのかい?」
「まさか、悔しいなんて、そんなことあるはずがありませんわ」
プリエマがうまい事ウォレイブ様を引き付けているおかげで、こうして推しの二人と会話出来ていますしね。
「ということは、グリニャック様は女公爵を目指しているのか?」
「え」
ああ、まあプリエマがウォレイブ様に嫁いで大公妃になれば、わたくしが公爵家を継ぐことになりますので、そういう風に思いますわよね。
「今言われて気が付きましたけれども、そうなりますのね」
けれども、実際はゲームの中では五強に関係すると、もれなく不幸な事故で死んでしまうのですけれどもね。
あの場合、公爵家はどうなるのでしょうか?
まあ、今世では関わり合いになろうとも思いませんし、関係ありませんわね。
「じゃあ、グリニャック様と結婚した子息が女公爵の伴侶になるのか」
「なんだ、トロレイヴ。なりたいのか?」
なんですって!?
あ、禁断の恋の隠れ蓑に使うには確かに丁度いいのかもしれませんわね。
お二人の愛の手助けならいくらでもいたしますわよ!
「まさか、僕には荷が重すぎるよ。まだ、ね。そういうハレックだって」
「私は、別に……」
あらあらまあまあ! 何でしょう、お二人だけで分かち合っているようなこの会話。まさか目の前でこんな甘い会話が繰り広げられるなんて、夢のようですわ。
その後も、わたくしたちは三人で楽しく話してお茶会の終わりの時間を迎えました。
早めに冷やしていただけたおかげか、足の具合はだいぶ良くなったのですが、心配だからと、お二人は馬車までそれぞれ片手ずつ引いて歩いてくださいました。
手汗とかかいていませんわよね。
「お二人とも、ありがとうございます。このお礼は後日必ず致しますわ」
「気にしなくていいよ」
「そうだ、淑女を護るのが騎士の役目だからな」
まあ、すでに騎士道に目覚めていらっしゃいますのね。ご立派ですわ。
けれども、これを機会にお二人の会話をもっと聞きたい願望が強くて、出来ればわたくしにかまわず、お二人だけで会話をなさってくださるのがいいのですが、お優しいお二人はわたくしが会話についていけないと感じると、すぐに話を変えてくださいますのよ。
もう紳士ですわ。五歳児にしてホストで紳士とか、将来が怖いですわよね!
ああ、こんなんだから前世のわたくしはお二人のカップリングにどっぷりはまってしまったのですわ。
「ではグリニャック様、お気をつけてお帰り下さい」
「そうだな、足もちゃんと治療したほうがいいだろう」
「お気遣いありがとうございます。家に帰ったらすぐにでも致しますわね」
足の治療はもちろんですが、お二人をお礼のお茶会にお招きする招待状を準備しなければいけませんわね。
できればプリエマのいない日がいいのですが、いつがいいでしょうか。
えっと、確かこのお茶会の後にまたウォレイブ様に個人的にお茶会に誘われる懐古イベントがございましたわよね。あれっていつでしたかしら? 一週間後だったように思いますが、プリエマに確認を取ってから、お二人にお茶会の招待状をお送りいたしましょう。
ちなみに、乙女ゲームの中ではわたくしもウォレイブ様のお茶会に招待されておりますが、今回は挨拶以外の接触を一切持たなかったので、誘われることはないでしょうね。
ヒロインであるプリエマはそこで、五強と言われるキャラクターに遭遇するのですわ。
そんな事を考えつつ、家の家紋の入った馬車に御者の手を借りて乗り込めば、既にプリエマが居りました。
「あら、早かったのですね、プリエマ」
「あ、お姉様。途中から姿が見えませんでしたけれど、どこに行っていましたの?」
「ちょっと」
わたくしが言葉を濁しておりますと、プリエマは心ここにあらずと言った感じに、うっとりと目を細めます。
「それにしても、夢のような時間でしたわ」
「それには同意ですわ」
推しカプを堪能できましたものね。
「ウォレイブ様ってば、私の髪の毛を褒めてくださいましたのよ」
「そうですの、よかったですわね」
「ああでも、その後に侯爵家の令嬢が割り込んでいらっしゃって、そこからはあまり楽しい会話は出来ませんでしたわ」
「それは残念でしたわね」
わたくしが介入しなくても、イベントは他の方が代行して無事に進んだようですわね。
僥倖ですわ。このままわたくしの与り知らぬところでイベントを進めていって、勝手に幸せになってくださいませ。
まあ、プリエマが誰狙いになるかはわかりませんけれどもね。
「そうそう、お口直しというわけではないのですが、ウォレイブ様にお茶会に誘っていただけましたの」
「あら、そうですの」
「よろしければお姉様もご一緒に」
「いえ、招待を受けていないわたくしが行くなんて無作法をするわけにはいきませんわ。プリエマ一人で楽しんでいらっしゃいまし」
「そうですか?」
あら、なんだか不服そうですわね。
「他にも招待されたご令嬢はいませんの?」
「いるにはいますが、お話したことのない方ばかりで、私不安なの」
「そうですか。けれども、わたくし達は双子といっても違う人間なのですもの、いつも行動を同じにしているわけには参りませんわ」
「そうですか……」
ものっすごく不服そうですわね。そんなにわたくしにお茶会に参加してほしいのでしょうか?
……そういえば、わたくしが参加している場合、プリエマのドレスに誤って紅茶をかけてしまうという思い出イベントがありましたわね。
でも、普通誤って紅茶がかかるなんてありますかしら? 普通は座ってお茶を飲んでいるのですよ?
そうですわよね、いくら思い出イベントとはいえ、不自然極まりないイベントですわよね。
ゲームの中の
まさかとは思いますけれども、プリエマも前世の記憶があって、そのイベントを起こそうとしているとか?
まさかね、そんなにほいほい前世の記憶持ちが生まれるなんてありえませんわよね。
「ちなみに、お茶会はいつ開かれますの?」
「一週間後です」
「そうですか」
「……それだけですか?」
「ええ」
「……行きたいと思いませんか?」
「いいえ、別に」
「だってだって、王子様や将来その臣下になるご子息が集まるお茶会なのですよ」
「だから、なんですの?」
そんなものより、わたくしはトロレイヴ様とハレック様をお呼びしてのお茶会を開きたいのですわ。
「お姉様、変ですわ」
「まあ、失礼ですわね。親しき仲にも礼儀ありという言葉を習ったばかりでしょう」
「だって、変だもの」
それ以降、プリエマは一切口を利きませんでした。まさか本当に前世のというか、この乙女ゲームの記憶持ちなんてことはないですわよね?
そうだとしたら色々と面倒そうなので止めていただきたいですわね。
わたくしは、推しカプがいちゃついているのを見るので精いっぱいなのですから。プリエマの方まで構っている余裕はありませんわ。
そうして、沈黙が続く中、わたくしはどうやってお二人をおもてなししようか考えていると、いつの間にか屋敷に到着したようです。
考え事をしていると、時が過ぎるのが早いですわね。
まあ、王宮から我が家までは馬車で十分程度の距離なのですけれどもね。
屋敷に到着すると、プリエマはさっさと御者の手を借りて馬車を下りて屋敷の中に入って行きました。
今日の事をお父様やお母様に報告したくてたまらないのでしょう。
わたくしは足の事もございますので、御者の手を借りてゆっくりと馬車を下りて、ゆっくりとした歩調で屋敷の玄関に向かいました。
玄関先では、わたくし付きのメイドと侍従が待機しております。
「足を捻挫してしまいましたの。応急手当はしていただけましたが、念のためお医者様を呼んでください」
「まあ、大丈夫ですかグリニャックお嬢様」
「ええ、大事ありませんわ。けれども、念のためお医者様に診ていただいたほうが良いと言われたものですから」
「そうですか、早速手配いたします。旦那様と奥様が休憩室でお嬢様方のお帰りをお待ちですが、如何なさいますか? プリエマお嬢様はもう向かわれたようですけれども」
「足の治療が終わったら向かうとお伝えしてください」
「かしこまりました」
メイドのリリアーヌはそう言って傍に居た侍従のドミニエルを見ます。
あ、これは部屋まで担がれていくフラグですわね、わかります。
そして、予想に違わず、わたくしはドミニエルにお姫様抱っこをされて自室まで運ばれました。
自室に戻ったわたくしは、寝室ではなく居間のような場所にあるソファーに下ろしてもらい、お医者様の到着を待ちました。
そうすると、リリアーヌに報告を受けたからでしょうか、お母様とお父様、ついでにプリエマも部屋にやって来ました。
「ああ、可愛いグリニャック。可愛そうに足を捻挫したんだって? 痛かっただろう。お父様に話してごらん。可愛いグリニャックをこんな目に遭わせたのは誰だい?」
「まあ! 足がこんなに赤くなって、痛かったでしょう、可哀そうに、わたくし達の可愛いグリニャック」
途端に賑やかになりましたわね。
「お父様、わたくしを転ばせた相手はよく見ておりませんでしたのでわかりませんわ。お母様、もう痛みはだいぶ引いておりますので大丈夫ですわ」
「お姉様、怪我をしていたのなら、馬車の中でどうして仰ってくださらなかったのですか」
いや、貴女はそもそもわたくしの話を聞く気がなかったでしょう。
「ごめんなさいね、言い出しにくくって」
「今度から遠慮なくいってくださいね。二人っきりの姉妹じゃないですか」
「そうですわね、ありがとう」
そう言いながら、わたくしの方を心配そうに見ている両親に目を向けます。
お父様は明るいブロンドヘアーに澄んだ緑色の瞳の美丈夫で、お母様は銀髪に深い藍色の瞳を持った超絶美人でございます。
今はこんなに可愛がっていますのに、たかだか妹を虐めたぐらいで、その可愛い娘を北の国境付近の戒律の厳しい修道院に幽閉しようとしますでしょうか?
どこかからか圧力がかかったのか、今後わたくしよりもプリエマの方が可愛くなっていくのかどちらかですわね。
まあ、我が家に圧力をかけられる家なんて、五強の方々ぐらいでしょうし、他のキャラクターを攻略するときには修道院送りになんてなりませんし、まあ、圧力がかかったのでしょうね。
そうだと信じたいですわ。ゲームの中では一切登場しませんでしたものね、このお二人。
「そうだ、グリニャック。怪我のせいでほとんどウォレイブ様と話が出来なかったようじゃないか、一週間後にプリエマがウォレイブ様にお茶会に誘われているんだ、一緒に行ったらどうだい?」
「お父様、生憎わたくしはその招待を受けておりませんの。招待を受けていない者を、例え姉妹であっても連れて行くなんて無作法、してはいけないのではないでしょうか。ねえ、お母様」
わたくしの問いかけにお母様は頷きます。
「確かに、急に人が増えるだなんて、相手方に迷惑なだけですわね。でも、今から参加したいというお手紙を書いてみたらどうかしら?」
「ああ、それはいい考えだな」
あら、話が変な方向に向かっておりますわね。軌道修正をいたしませんと。
「お父様、お母様。わたくしが怪我をした時に親身になってお世話してくださった方々が居りますの。その方々をお招きしてお茶会を開こうと思っていますのよ、丁度一週間後に」
「あら、もうお約束してしまいまいましたの?」
「ええ」
嘘ですけど。
「なら仕方がないですわね。いくら公爵令嬢とはいえ、コロコロと予定を変えるのは良くありませんものね」
「そうか。そういう事ならば仕方がないな。儂もその世話になったという者たちに礼を言わなくてはいけないな」
「そうですわね。わたくしからもお礼を言わなくては」
「そんなにかしこまった席にするつもりはないのですけれども……」
わたくしは、自然に絡むお二人を間近で堪能したのですわ!
「まあ、そういうわけだ。寂しいかもしれないが、プリエマ一人でウォレイブ様のお茶会に参加しなさい。他の令嬢も来るのだろう? 女友達を作るいい機会じゃないか」
「そうですわね。誰しもが最初は不安なものです。これも立派な淑女になるための試練ですわよ」
「……わかりましたわ」
二人の言葉に、プリエマは渋々と言った感じに頷きます。そんなにわたくしに参加してほしかったのでしょうか?
うーん、やはりプリエマもこの『オラドの秘密』の知識を持っているのでしょうか?
ちなみにわたくしは、推しのトロレイヴ様とハレック様の選択肢とそれに対する各種台詞、イベントのタイミングにその台詞まで暗記しておりますわ。
ああ、今でも脳内でイケボが再生されてくるようですわ。
はあ、何度思い出しても、トロレイヴ様がハレック様に対して仰った、『僕の隣にはいつもハレックがいてくれるから安心なんだ』という台詞にはしびれますわ。
ハレック様もトロレイヴ様に対して『トロレイヴは掛け替えのない存在さ、唯一無二ってやつだな』という台詞にも胸が震えますわ。
まさしくお二人は相思相愛というやつですわね。
今日もお二人にしかわからないようなアイコンタクトをなさっておいででしたし、それを見るたびに胸がトキメキましたわ。
前世のわたくしは、
うふふ、妄想しただけで涎が出てしまいそうですわ。
「お母様、お父様。お医者様がいらして治療を終えたら、早速正式なお誘いのお手紙を書こうと思うのですが、当日はガーデンテラスをお借りしてもよろしいですか?」
「ああ、構わない。あそこだったら万が一雨に降られても濡れないしな」
「そうですわね、この季節は薔薇が綺麗に咲き誇っておりますし、目で見ても楽しんでいただけますわね」
「ありがとうございます」
許可がいただけましたので、わたくしは早速当日にお出しするメニューなどを考えます。
といっても、まだ五歳ですので、こんな感じにしたいとリリアーヌに伝えて、それをリリアーヌがシェフに発注すると言った感じなのですけれどもね。
「なんだか、お姉様だけずるいわ」
プリエマがなにかほざき、コホン、言い始めましたわね。
「そうだ! ウォレイブ様のお茶会を一緒に我が家でやればいいのではないかしら? ね、いいでしょうお父様、お母様」
んな無茶な。いくら我が家が公爵家とはいえ、ウォレイブ様がお決めになったことをそう簡単に変えられるはずがございませんのに。
「可愛いプリエマ、それは無理だよ。いいじゃないか、王宮の美しい庭を堪能しておいで。我が家の庭はいつでも見ることが出来るだろう?」
「それはそうですけれども……」
「プリエマ、わたくしの分まで楽しんで来ていらっしゃいね」
「……わかりましたわ」
またもや渋々といった感じにプリエマは頷きます。いい加減、わたくしとお茶会をするのを諦めていただきたいものですわね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます