測って選んできつね色の愛されプリン
洗い物を終えた羽菜は、玉藻に尋ねてみた。
「ねえ、タマモ。料理する時にあったら便利なものって何かな」
「ふむ。便利な物。2つあるのじゃ! ひとつ目はやっぱりこれなのじゃ」
と、言うと印を結んでムニャムニャ唱え、神通力でデジタルスケールを取り出した。
「
「そうだね。基本的には見ながらかなー」
「うむ。慣れないうちは何をどれくらい使うのかわからんでな。まずはレシピに書いてある通りの物を、秤や計量カップでざっと測って、どれくらいの分量なのかを実際見てみるのじゃ。デジタルスケールは使いやすいしわかりやすいから超オススメなのじゃ。えー、続きまして2つ目ー」
玉藻はスケールを懐に仕舞うと、気持ちよさそうに切り出した。通販番組のMCじゃん。羽菜はそんな風に思ったが、とりあえず黙って聞くことにした。
「2つ目。実はもう羽菜殿は持っているのじゃ」
「え。なんだろ」
「タイマーじゃ! スマホ殿に付いてるじゃろ。さっきも使った奴じゃ」
「あー。なるほど。今度は量じゃなくて時間を『測る』わけね」
「うむ。スマホ殿なら音声認識機能があるから、レシピに書いてある時間を読み上げるだけでOKじゃ。超お手軽で便利じゃ」
確かに。専用のキッチンタイマーを用意するという手もあるが、スマホがあるならスマホのタイマーの方が手軽だ。音声入力であれば、レシピやフライパンを見ながらタイマーをセットできる。身近にあるのに、気が付かなかった。
「デジタルスケールとタイマーね。OK。秤の方は買ってみる。それにしてもタマモ、880歳のお爺ちゃんのくせに、レシピとかスマホとか、良く知ってるね」
「ふふふ。当たり前じゃ。なにせ最近、わが神社の参拝客がめっきり減ってお賽銭はカツカツ。信仰の強さが元手の神通力もよわよわ。ご飯もろくに買えず、お腹が空いた時には駅北の図書館に行って、レシピ本を読み漁って空腹をしのいでいたのじゃ! おかげでいろいろ知識が増えたのじゃ。はっはっは」
「明るくかわいそうな事言ってる」
「むむ! と、とにかく、2つの『測る』道具があると良いのじゃ。特に羽菜殿にとっては」
「私にとって?」
羽菜にとって。なんだろうか。一人暮らしだと便利とかなのかしらん。羽菜が思案を巡らせていると、玉藻が目を糸のように細めて微笑んだ。
「まずは実践してみるのじゃ。卵が余っていて牛乳もある。丁度いいのじゃ。甘味処アル・モンデ、開店なのじゃ!」
甘味。ということは何かスイーツを作るのだろうか。玉藻はいきなりフライパンをスケールに載せてスイッチを押した。そして砂糖をどさっと入れる。秤を見ると60gを差している。さらに水を大匙一杯入れると、ガスレンジに載せて火を点けた。
「カラメルを作るのじゃ」
と、言ったっきり何もしない。たまにフライパンをゆするだけだ。そのうちフライパンから煙が上がって来る。
「ちょっとタマモ! 大丈夫なの」
「うむ。カラメルは焦がすくらいが丁度いいのじゃ。頃合いかの」
フライパンの上では、砂糖がぶくぶくと泡を立て、うっすら茶色に色づいている。火を止め、大匙2杯程のお湯を入れると、ジュッ! と大きな音がしてお湯が飛び散った。
「あちちち。いっつもこうなるのじゃ。暴れカラメルめ」
さらにフライパンをぐるぐる回していると、暴れていた茶色の砂糖水は落ち着き、とろりとしたカラメルになった。
「えー、カラメルってこう作るんだ」
「うむ。砂糖を焦がしていい感じに薄めるだけじゃ。焦がす時にヘラなどで混ぜたくなるが、混ぜずにおくのがコツじゃ。混ぜると空気が入って冷えて、急に飴のように固まってしまうのじゃ」
タマモは、茶碗蒸しを作った湯飲み茶碗を洗ってよく拭き、その中へとカラメルを注ぎ入れた。
「さ、次はメインのプリン部分じゃ」
ボウルを秤に載せ、全卵ひとつと、黄身のみをひとつ割り入れる。箸をボウルの底に付けたままちゃかちゃか動かして混ぜる。秤は80gを差していた。
「どうしようかのう。まずはオーソドックスに行くかの。羽菜殿。80かける2じゃ」
「え、160」
「うむ。では牛乳を160暖めるのじゃ」
先ほどカラメルを作ったフライパンに牛乳160mlを入れ、沸騰はさせないように軽く暖める。さらに砂糖を入れると、軽く混ぜ合わせた。
「プリン作りの黄金比というのがあってな、卵・牛乳・砂糖の分量を1:2:0.5の割合で混ぜるのがスタンダードなのじゃ。じゃから今回は砂糖は40gじゃな。さっきカラメルを作った分の残りがちょっとフライパンにあったから、気持ち少なめにしておいたのじゃ」
暖めた牛乳をボウルに注ぎ、静かに混ぜ合わせて卵液を作る。その卵液を茶こしで2回ほど
「うむ。あとは茶わん蒸しと同じじゃ」
フライパンへと布巾を敷き、茶碗を置いてアルミホイルで蓋をする。茶碗の半分ほどのお湯を注いで火を点けると、菜箸を一本挟んで蓋をした。
「茶わん蒸しの時の感じから行くと、この茶わんとこのプリン液の量だと15分くらいかの」
「了解」
羽菜はスマホで15分のタイマーをかけた。
「プリンってこれだけでできるんだ」
「うむ。基本は卵・牛乳・砂糖だけじゃ。混ぜていい感じに蒸すのじゃ。で、蒸しあがったら冷やして食べるのじゃ」
「へー! 作る手順、茶わん蒸しとすごい被るね」
「ほぼ同じじゃの。プリンの方がスが入ると見た目に目立つので、良く濾して空気を抜いてなめらかにするくらいなのじゃ。でもまあ、おうちで作るものじゃから、スくらいはご愛敬なのじゃ」
そうこうしている内にタイマーが鳴った。玉藻は茶わんを傾けて蒸し具合をチェックする。良さそうだ。粗熱を取って冷蔵庫へ入れ、食べるのは夜のお楽しみという事になった。
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その日の夜、羽菜が本を読んでいると目の前に突然タマモが現れた
「羽菜殿! そろそろプリンじゃ! お稲荷特製プリンなのじゃ!」
「うわ、びっくりした。玄関から入ってきてよ」
「すまんすまん。楽しみ過ぎてつい」
冷蔵庫から茶わんを取り出すと、水で濡らしたスプーンでプリンのきわを押さえて剥がす。1周ぐるりと押さえたら、今度はもう少しスプーンを深く入れてぐるり。皿を茶碗の上に載せ、くるりとひっくり返すと、ぷるんとプリンが皿の上に現れた。
「うわー! 本当にプリンだ!」
「うむ。カラメルもいい感じじゃ」
2人は匙を手にしたまま、ぱちんと手を合わせる。
「「いただきます」」
茶わんから取り出したばかりのプリンは、ぷるぷるのツヤツヤだ。上からするりと匙を入れると、その部分に載っているカラメルがとろりと流れ落ち、匙の上のプリンを包む。口に入れるとほわっと卵が香り、ぷるぷるの食感と甘さがやってくる。続いてやってくるのは焦がしたカラメルのほろ苦い甘さ。どれも舌に心地良い。
「うん。おいしい! 自分で作れるものなんだね。プリン」
「うむ。ちゃんと測ればそこまで事故は起きないのじゃ。慣れないうちは、蒸し過ぎ注意なのじゃ」
「へー、今度やってみる。どうせ卵買っちゃうし」
「ふふ。それが良いのじゃ」
玉藻はうんうんと頷く。
「その時は羽菜殿。いろいろと量を変えて試してみるのが良いのじゃ。卵を増やしたり、牛乳を減らしたり、あとは牛乳の代わりに生クリームを使ったり」
「ええ、面白そうだけど失敗しそう」
「うむ。選んだ量やモノによっては事故るかもしれぬの。ふふ。でもな、羽菜殿」
そこで玉藻はいったん言葉を切ると、羽菜を見つめた。
「測ることというのは、その料理や材料を『知る』事じゃ。そして、量や材料を変えてみるという事は、その料理に対して『選ぶ』事じゃ。何かを知る、そして、何かに対して選ぶ。自分でそういう事をしてみるということが、『好きになる』事に繋がると思うのじゃ」
「何かを。……好きに」
「うむ。羽菜殿は、『何かを好きになれないのはおかしい』と考えてしまうところがあるようじゃ。そして、怖くなって何もできなくなってしまうところが。でもそれは、好きになり方を知らないだけじゃ。自分から知って、選ぶ。相手の事を少しずつ知って、相手のために選ぶ。そうやって自分の気持ちを少しずつ確かめて積み重ねていく。それがやがて、確信できる好きへと繋がるのではないかな。羽菜殿にとっては」
「私にとっての『好き』」
好き。好きになる。確かに羽菜は、好きになりに行かないところがある。好きとは、ドカンと急にやってくるもので、そうでない場合は本当に好きではないのだ、と思うところが。後から好きになりに行くのは、なにか卑怯、と思う所が。
だが、玉藻はそれでも良いと言っている。それも「好き」へのなり方だと。たぶん。まだよく飲めこめないが、そんな風に。
本当に不思議な子だ。いや、神様なのかな。羽菜は目の前て嬉しそうに匙をくるくる回すこぎつねを見つめていた。
「ときに羽菜殿」
「え」
「きつね色ってあるじゃろ。あれって、どんな色じゃと思う」
「どんな色って、タマモの髪みたいな?」
「うむ。じゃが世間ではきつね色というと、このカラメルのようにちょっとこんがりした色というイメージのようじゃ。失礼じゃ。儂たちはこのプリン部分のように、もうちょっと明るい色なのじゃ」
玉藻はプリプリ怒っている。
「ふふ、じゃあ、混ぜちゃえ!」
「ああ! プリンとカラメルが混然一体となっておる! なんてことを! おいしい。うむ、おいしいがなんてことを!」
玉藻は憤慨しながらプリンに夢中になっている。
「混ぜてもおいしい。そうじゃ! 羽菜殿、このまかないの名前は何にするのじゃ」
「そうね。じゃあ、アル・モンデ特製、2色のきつね色の愛されプリン、で」
「うむ。きつね色はプリンの方だけじゃがの!」
羽菜は目の前でくるくると匙を回す神様を見て、くすくすと笑っていた。
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