第5話

 今日も一日、教室は玲奈を中心にして騒がしかった。

 こうして迎えた放課後、ふと「先輩っ」と声をかけられた。

 その声はとても聞き覚えがあり、なんならつい最近聞いたことのある声だった。


 俺は声をかけられた方を見ると、目を大きく開く。


 そこには、昨日コンビニでレジ打ちをしており俺に声をかけてきた。


 春風桜さん……だよな。

 驚いた、まさか同じ学校の生徒だとは。


 ネクタイを見る限り、緑色のため一つ下の後輩である。


 一体、なぜ俺に声をかけたのだろうか。

 ゴムを二箱も買ったからか?


「えーっと、君はなぜ俺に声を……」

「先輩っ、少し場所を変えてお話しませんか?」


 少し昨日より目が死んでいるように見える。

 まるで、初めて話した時の玲奈のようだ。

 いや、多分気のせいだ。


「ここじゃあ、話せない話か?」

「はい、先輩のためにも……人気がないところがいいです」


 なんとなく察しがついた。

 どうやら、この子が話そうとしているのはゴムの件のようだ。

 

 やれやれ、めんどくさいことになってしまったな。

 しかし、やはり昔会ったことがあるような顔だ。


「わかった、屋上でいいか?」

「はいっ」


 俺はスマホでトークアプリを開き、玲奈に『すまん、少し用事ができた』と送りスクールバッグを手に持ち席を立ち上がる。


 多分、なぜ二箱もゴムを買ったのか聞かれるのだろう。

 なぜ知りたいのかさっぱりわからないのだが。


 教室を出る時、玲奈と目があったため、アイコンタクトで『ごめん!』と言っておいた。


 うん、多分伝わってないであろう。



 屋上は昼休みこそ人気があるところだが、放課後になると皆部活やらで忙しくなり人気がなくなるスポットだ。


 屋上へとやってくると、俺はフェンスに寄りかかり春風に向かって。


「よし、それでなんだ? なんとなくゴムの件だと思うけどさ。俺、用事があるんだ、早く話を終わらせたいから要件を言ってくれ」


 用事とはもちろん、玲奈とすることだ。

 玲奈を癒せるのは俺だけだ、早く彼女を癒さなければ。


「先輩っ、私です。春風桜です、覚えてないですか?」


 聞き覚えはある、だが彼女との記憶が全く持ってない。


「すまない、多分初対面だ」

「そ……んな」と下を向く春風。


 めんどくさいな、なぜそう俺が悪いみたいな顔をしやがるんだ。


「私っ、先輩の名前わかります。霧島梓木ですよね!!」

「なっ、なんで知っているんだ」


 全く面識がないはずなのに、なぜぼっちの俺の名前をフルネームで知っていやがるんだ。


「ふふ、やっぱり、先輩……私ですよ! 春風桜。昔、先輩に助けてもらった人です。中学二年生の頃、先輩が中学三年生の時の返事が知りたいんですっ!」


 何を言っているんだ、こいつは……俺が中学三年生の頃の返事が知りたい?

 さっぱり意味がわからない。

 虚言癖か?


「なんだ、それ。全く覚えてない、すまない」

「……そうですか、私、中学二年生の時に先輩に告白したんです」


 あー、そんなことがあったのかもしれない。

 なんとなく思い出した気がする。

 が、やはりわからない、彼女を俺が助けただ?


「そうなのか、全く覚えてないけど。ごめんな……」


 そう告げると俺は春風の横を通り過ぎ、屋上を後にした。


 やれやれ、彼女は一体何者だったのだろうか。

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