機械の身体
* 当作品は視点が切り替わることがございます、該当するキャラクター目線として沿って読んで頂ければ幸いです。# another side は第三者視線となります。
# misery side
夢から醒めた私は目を薄く開いたままソファに身体を預けていた
外はもう昼に差し掛かる頃合で
遠くで人の話し声や犬の鳴き声、のどかな生活音が聞こえてくる
平和な村の日常の中にいる、そんな感覚の中でも人々の心には未だ闇が巣食っている。
世界には数十年以上前から悪魔、魔物、異形の者、呼び名は様々だが人に害なす者達が存在している
神出鬼没かつ残忍なそれらは人々を容赦なく絶望の淵に陥れる
三年前、この村 ハンドベルもその例に漏れず災厄に見舞われた
私も命を失い、結果的に唯一の家族を失った
思わず右手に力が入る
〈ガチッ〉
『…何度見ても…イカスわね…』
皮肉めいた独り言を吐き捨て
見下ろした自分の右腕は鈍い灰色の鋼…つまりは機械仕掛けの腕だった
右腕だけではない
左腕も、胴も、右脚も左脚も、あまつさえ髪の毛さえも鋼の繊維で造られ、私の身体は全てが鋼の作り物だった
せめてもの救いは頭部から顔、首、胸部から胴体、腰周りが肌色の樹脂のようなものでコーティングされており
剥き出しの鋼の部分である両肩から両の手の指先、両の大腿部から脚の指先を衣服等で隠せば
一見は生身の人間に見えるということだけだった
三年前に母を庇い死んだはずの私は、半年前この家の地下室で目覚めた
記憶は空白の二年と半年分以外は生前のまま
違ったのは生身であることを捨て去った機械の身体と二年と半年の時の間、私を置き去りに歩んだ世界だけだった
覚め切っていないような、まどろんだ感覚の中
半年前、目覚める際に聞こえた誰かの
深い夜からのような、暗い底の奥から聞こえてくるような声を思い出す
「汝が魂は、汝を思う者の血肉と魂で呼び戻された。その生命を抱いて果てに向かって駆けるがいい」
聞き覚えはなかったその声が誰のものなのかは私にはわからなかった
推測でしかない、推論でしかないし確かめる術はない
『私を思う者の魂…』
その時
ドアの向こう 家の外から砂利を踏む足音が近づいてくるのを聞いた
私は今の服装が胸元を覆うチューブトップにズボンというラフさを思い出し、ソファの背もたれに掛けてあった服を手に取る
首を通し、右腕、そして左腕を通し終わったのと同じタイミングで家のドアがノックされるのを聞いた
正確に言えばノックされながら扉が開かれていくのを見て、聞いた
こんなドアの開け方をするのは
そもそもこの家を訪ねてくるのなんて一人しかいない
ドアの陰から短めの赤毛
右頬には顎から目にかかりそうなほどの大きな傷のある、だがいかつい傷の割に幼い顔立ちの少年がこちらを覗き込んでいた
『ビー、、ノックし終わってから開けなさいって…』
私は襟元から髪を外に引っ張り出しながらこぼしたが
「この時間ならミザはいつも起きてるから良いじゃないか」
悪びれる様子もない
私が座っているソファの向かい合わせにあるチェアに座ると持っていた革の鞄を膝に乗せ、中から厚いノートを取り出して傍らにある小さな机に置き始めた
彼は ベイカー・アドマイル、子供の頃からの幼馴染みだ
ビーはあだ名で子供っぽいからと嫌がるが呼びやすいのでそう呼んでいる
子供っぽいあだ名のお返しなのか彼も私のことをミザと呼んでいるが、別に気にならない。
「えーと…今日は再確認のために腕周りを見せてもらおっかなぁ」
手元のノートを捲りながら決定事項のように零している
『見るのは別に良いんだけど、ちゃんと理解できてんでしょうねアンタ』
ビーは顔を上げると心外だと言わんばかりに目を見開いた
「理解できるかどうかも見なきゃ分かんないんだよ?そもそもミザの身体には謎が多いんだ…アリス先生の手記も秘密保持の為か肝心な所には触れてないしさ」
彼の言うアリス先生とは、私の母の事だ
機械の技術者だった母は非常に優れた技術を持っており、以前はルグリッド公国に属する機械技術者だったとか
私のこの機械の身体も母が造ったもの…らしい
「そもそもウルベイル鋼を加工する技術さえ解明されてないし…」
『…ウルベイ…なによ?それ』
「ウルベイル鋼!ウルベイル鋼は現時点で地上最硬の金属と呼ばれている物質だよ、だけどその硬さ故に加工する術が未だに謎のままなんだ。あんまり謎なもんで、魔界からの落し物だなんて噂もあるくらいだよ」
ずいぶん早口でまくしたてるものだと
私は右腕を軽くあげ、眺めて見たが良く分からない
機械に興味があり母の弟子となり学んでいたビーと違い、私はてんで興味がなかった
それは今も変わらないが
『でも私の身体はそのウルベイル鋼で出来てるんでしょう?謎でもなんでもないじゃない』
「全てがそうって訳じゃないよ。可動的に大事な部分や構造的に重視されている箇所、大まかな外装にはウルベイル鋼が使われてるけど…だから、その加工した方法をアリス先生が手記や研究日誌とかって形で残してないんだよ」
どうやら肩を落としたようだ
手元のノートを何するわけでもなくぱらぱらとめくり始めた
「ミザの身体を作っていたって思われる三年前から半年前に至るまでの期間、アリス先生はこの家の地下にこもりっきりと思えばどこかに外出してたって話もあるし…動向も良くわかってないし」
今度はノートを手に取り膝の上に何度も振り下ろし始めた
拗ねているのだ、こういう所は十八歳になっても変わらない
『まぁ…とにかく解明できるとすればアンタしかいないんだから頼むわ…一番弟子さん?』
とりあえずなだめるしかない
「ん…まぁそうだね…僕だって先生には認めてもらえてたんだから可能性はあるんだ…うん!」
『簡単なやつ…』
思わずこぼしてしまったが、やる気に溢れ始めたビーには聞こえていない
ビーは私の腕周りを、取り外せる外の装甲?を工具を使い外し中の構造部分を手元のノートにメモしながら調べ始めた
半年前目覚めた私と再会した時
機械の身体を見て最初は状況も飲み込めず、言葉も出せずにいたビーだが、すぐに機械の身体に興味を持ち始めそこからこんな風に自分なりに調査をしている
「それにしても…やっぱりミザの夢の話の通りなのかもしれないね。」
真剣な顔で調べていたビーが不意に声をかけてきた
『なにがよ?』
聞き返す私の問に顔を上げて答えた
「魂うんぬんって話さ、ミザの身体の構造的に常に電力を供給してないとあっという間に供給不足で機能停止してしまう。だけどミザの身体はどこかに繋がれてる訳でもないし電力を貯蓄するバッテリーがある訳でもない、不可解な魂って要素が駆動するための電力を補ってあるとでも無理矢理に納得するしかないんだよ」
と言いつつも技術者の本能なのか、それを認めたくないらしい。
首を傾げながら難しい顔をしている。
『結局、なにもわかってないってことね』
解析も進捗著しくない
しかしてお構い無しに
外の陽は当たり前のように落ち始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます