My Nightmare
燕尾あんす
beginning the Nightmare
Prolog
夢を、見ていた
おぼろげな視界の中に見える炎に包まれた家々
響く悲鳴 慟哭 そして逃げ惑う人々
住み慣れた、見慣れた景色は全く別の様相を呈していた
この世界には、私の物心着いた頃から人と袂を分かつ存在 悪魔がいた
魔物や異形、化け物、呼び名は様々だが
どれも一様に[人を襲う]
そして
この大陸の四大国の内の一角
【ルグリッド公国】の最も東に位置する此処は
私の住む村、ハンドベル
そのハンドベルも三年前、悪魔の襲撃を受け惨劇の舞台となった
この夢はその時の記憶だ
見慣れた人たちの見慣れない悲壮な表情
とにかく魔物たちから逃れようと
ひたすらに、もつれる足を懸命に動かし逃げ惑っていた
村の数カ所に、悪魔から身を隠すための避難壕が点在する
皆がそれを目指し走っていたが
私の目当てはそれではなかった
知った顔とすれ違いながら、すれ違う度に悪い予感が頭を埋め尽くさんと肥大していく
『はぁ…はぁ‥お母さん…』
息を切らし目まぐるしく視界を動かしながら母を探していた
寝静まろうとした矢先のこの騒動
騒ぎに気付いた私たち母娘は最初は一緒に逃げていたが、東の小屋に住む足の不自由な人がいる一家が逃げ遅れていることに母が気付き
私に先に避難壕に向かえと告げその一家を助けに向かった。
始めは言う通りに避難しようとしたが、途中で引き返して東の小屋に進路を変え走り出した
母は技術者だった、身体も細く決して体力のある方ではない、人手は少しでも多い方がいいだろうと思った
母の体力面も引き返す要因の一つだが
単純に心配だった
私のたった一人の家族だ
もう息も切れ切れで体力も心も、擦り切れそうな状態
走っても走っても耳に入り込む誰かの叫びが、悲鳴が心までも磨耗させていく
だがやっとだ
目的の家が視界の先に捉え間もなくというところで
母を見つけた
その家の扉、数m前で泣き叫ぶ子供を抱き抱えるようにうずくまっていた
状況は最悪だった
母越しに見た家屋は所々、不自然にペンキを撒かれたように赤黒く色づき
母の足元にも赤い血が、ポツポツと小さく地面に滲み入っていた。
なによりその傍らには
骸骨のような異形な生き物が
青黒く目を鈍く光らせながらが二人を見下ろしていた
その骸骨の右腕は武骨な槍のような、剣のような、とかくどうあっても他の生物を傷つけ殺めるための腕
その腕がこの後どうなるかを想像してしまい
不快な汗が吹き出し身体を急速に冷やしていくのを感じた
同時に自分の脚が動くのを感じた
皮肉にもそれを合図とするかのように
悪魔のその腕は振り上げられ
そして突き付けられた。
私は、母とその骸骨の間に飛び込んでいた
何を考える余裕もなかった
胸に強い衝撃がぶつかり
その衝撃はそのまま胸から背中に抜け、妙な熱を感じさせた
身体の中を異物が通り抜ける感覚が
ただただ不思議で
悪魔の腕に貫かれた自分の胸部を
なぜだか冷静に見下ろしていた
自分がこんなに早く走れるなんて知らなかった
本当に大切な人を守るために命をかけられるなんて知らなかった
死ぬのがこんなに身近なものなんだと気づかなかった
我ながら呑気なものねと
笑いたかったけど
口の中に何かが込み上がってそれすら難しいことにさせた
胸にまたも熱を感じたと思ったら
悪魔が腕を引き抜いていく所だった
私はゆったり地に伏せた
胸の傷から何かが溢れていく
そして溢れていく度に何かが近づいてくるのを感じた
耳の奥に何か声が届いたが良く分からない
周りが静かになっていく気がした
気付けばあの悪魔も姿を消している
視界が滲み始めたとき、私を抱き抱える感触がした
私を呼ぶ声が聞こえた
一番見慣れた顔の、一番見慣れない泣き顔
一番聞き慣れた声の、一番聞きなれない
掠れ、声になり損ねているような声
「ミザリー…どうして…」
どうしてって…家族じゃない
声にならないのは私も同じだった
何か言わなきゃと思えば思うほど
喉を埋め尽くす液体にむせてしまう
腕をとられている感触も少しずつ薄れていく
視界はもうなにを捉えることもできない
最後に受け取れたのは薄氷よりも薄い朧気な声だった
「ミザリー……なんで‥死んでしまうの…?」
(嗚呼…もう終わりなんだ…でも…お母さんを守れたのなら…)
そんな当時の台詞を遠くに聞きながら
目が薄く開いてきた
木目の天井がぼんやり目に入る
ソファに横になって眠っていた
辺りは明るく陽光が視界の端の窓から部屋の中に差し込んでいる
身体を軽く動かすと
ガチ‥
と金属音が耳に入るが、もう慣れた
上半身を起こし
『ふぅ…』
息つく
また、この夢だ
記憶の再現のような夢
私は ミザリー・リードウェイ
夢の中で名を呼ばれたのは、私
つまりこれは、私の悪夢だ
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