第五話【撃ちたくても実際は撃てないものだ】
天狗騨記者が喋り出している。
「改憲派の皆さんが憲法9条の弊害として口癖のように言うフレーズがあります。『この憲法の制約で相手が撃ってくるまで撃てない』と。9条を守ろうとすると初撃は必ず相手側からなので被害が出ないとこちらは何もできない。それを解っている相手側はやりたい放題という訳です」
改憲側がウムウムとしかし厳しい表情で肯いている。
「ただ、今回のウクライナ危機でこれが絵空事だと明らかになりました」
「どういう事です?」改憲側の論客が訊いた。ことばは丁寧語だが声に怒気が含まれている。
「ウクライナには憲法9条は無いんですよ!」
「ハ?」
訊いたその男はあまりに露骨に(バカかコイツは)という表情をした。しかし天狗騨は相手の表情などまるで気にしない。
「今回『ロシア軍に不穏な動きアリ』と、アメリカが事態の二ヶ月くらい前からしきりと情報を流していました。明らかに不自然なくらいの大部隊が国境近辺に集結しているのにウクライナ軍は坐しているだけ。なにもしなかったじゃないですか。これはなぜですか?」
「そんなものは当たり前だ。先に攻撃すると悪党になるからだ!」
その答えは改憲側からではなく護憲側から出た。しかし天狗騨、慌てず騒がずこう言った。
「それは憲法9条など無くても9条的価値観に縛られるという意味ですよ」
護憲側はたじろぎ、そして「改憲側には何も言えんのか?」と悪態をつき始めた。しかし天狗騨、それを気にする風も無く次に改憲側を指さしこう言った。
「彼我の戦力差を比べ明らかに自軍が劣勢の場合、『なにかをしなければ』と思っても軍事的にできる事はありません。攻められて初めてゲリラ戦的な戦闘ができる程度です」
改憲派一同は固まっていた。
「日本が対峙するのもウクライナと同じくロシア連邦、そこに加えて中華人民共和国! 日本と比べてどちらが軍事的優位にあるかは火を見るよりも明らか! まして両国とも独裁国家にして核保有国です。こうした国々がいかに不穏な動きを見せようとこちらから撃てるものではない。撃たれて初めて反撃として撃てる程度です。今の日本の現状を嘆き『相手が撃ってくるまで撃てない』などと言ってもそれは憲法問題などではなく純粋に軍事力の優位劣位の問題ですよ!」
そうして天狗騨がまとめの結論に取りかかる。
「現実的には、現行のままの憲法9条などあっても無くても状況は変わらず同じじゃあないですか? 9条改憲は『占領憲法を否定してやったぞ!』という自己満足でしかありませんよ」
『現行憲法のままだと日本はこの先困った事になるぞ!』、という〝改憲の大義〟が実はまるで意味が無かった事を指摘された改憲派は困り果てた。
こうして天狗騨は改憲派をやっつけてしまい会社(ASH新聞)に求められた最低限の役割を果たしたのだった——と、その時、
「ちょっと待った」と田原総一朗が手刀を切った。「今の話しだと憲法9条の話しが純粋な軍事の話しにすり替わってない?」
「すり替わるどころか大いに関連性ががありますから」
「それ、説明してくれる?」
「有り体に言って日本国が滅んでしまったら日本国憲法第9条も当然消えて無くなる。9条を守ろうと思ったらまずこの日本を守らねばなりません。現実問題として一定水準以上の軍事力が無ければ守れやしませんよ」
いよいよこの『朝まで生テレビ』スタジオ内は混沌としてきた。天狗騨のせいで『護憲VS改憲』といった単純な二項対立の構図から逸脱を始めてしまったからだ。
ここで田原総一朗、「天狗騨さん、『非武装中立』ってことば聞いた事ある?」と訊いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます