第四話【さっそく荒れる討論会場】

「——私はこの空気自体に非常に懸念を持っているんですが、それでも憲法9条を敢えてロシアのウクライナ侵攻と絡めるのなら、プーチン(ロシア大統領)のようなリーダーが選ばれたとしても他国への侵略ができないよう縛る事ができる条項があれば、必ず戦争のブレーキになってくれる。それが憲法9条なのです」

 前の論客が喋り終わった。大学教授である。ここで田原総一朗は天狗騨記者に振った。


「天狗騨さん、どう思った?」


「『この憲法は〝侵略国家日本〟を縛るために造られた』なんて、こんな所で本当の成立理由を披露しても護憲側が益々不人気になるだけですね」


 護憲側に座った天狗騨が護憲論者をこき下ろしたのだからたまらない。その大学教授は顔を真っ赤にして天狗騨に「向こう側へ行け!」と怒鳴り散らし始めた。これに護憲派弁護士も、護憲派野党政治家も荷担する。護憲側の仲間割れに改憲側はニヤニヤと顔に笑みを浮かべている。


 しかし天狗騨、場の空気を一切読まずにこう言った。

「『今から隣国を侵略します』なんて宣言して戦争する政治リーダーはいません。いない者をどうやって縛るんです?」


「侵略者はいる! プーチンだ!」護憲派野党政治家が思わず口走る。


「プーチン自身はそんな事はひと言も言っていませんね。『これは侵略ではなく自衛のためなのだ』と政治リーダーに言われてしまったら法律では縛りようがありません。それを許さじと今度は『自衛のため』も否定したらさらに護憲側から人が離れていきますよ」


 田原総一朗がスッと割って入ってきた。

「天狗騨さん、率直に言ってあなたが〝護憲側〟に座っているの、『本当にそっち側か?』って思うんだけど。いかにも改憲してしまいそうな雰囲気だけど」


「いや、田原さん。私はバリバリの護憲派で、『一言半句憲法9条を変える必要はない』という意見の持ち主ですよ」


「あなた、ASH新聞でしょ。会社から言われてるんじゃないの?」


「言われてますね」「おイッ天狗騨っ!」

 天狗騨のボケと左沢のツッコミにスタジオ内が苦笑いの混ざり込んだ爆笑に包まれた。一方的に改憲側から。


 しかし田原総一朗は改めて厳しい目で天狗騨の顔を見、手をせわしなく動かし出し、同時に口も動かし始めた。

「今、対話が通用しない国際社会の厳しい現実を日本人は目の当たりにしてる。『戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認』を規定している憲法9条を放置して国を守れるのか、という不安の声に改憲派ならあっさり答えられるの。『改正しろ』って言っておけばいいから。しかし天狗騨さん、護憲派ならどー答える?」


「今〝国際社会の厳しい現実〟と言いました?」


「言ったけど」


「この際現実論で行くというのは良いことです! とかく憲法9条が絡むと神学論争に陥り現実を置き去りにしてしまう」


 ここでさっきの大学教授がまたも突っかかって来た。

「憲法は『戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認』を規定してるんだ! 現実を持ち出し憲法を無視する超法規的な動きを推進するなど許される事ではないっ!」


「しかしその憲法、『自衛権は否定していない』、とされていますね。『国際紛争を解決する手段として』と条件付きで否定しているだけで。そして近現代の戦争の動機などいっつもいつも百パーセント『自衛のため』なんですよ」


「そっ、そんな粗野な考え方はアカデミズムでは通じないっ!」


「なんならそのアカデミズムとやらの世界で今からでも『日本国憲法第9条は自衛権の存在も否定している』と言ってみたらいいじゃないですか。憲法改正が成った暁には第一の功労者になれますよ」「天狗騨ーっ!」と小声で左沢。


 この天狗騨の発言でこのスタジオ内は怒号と罵声が飛び交う修羅の場に堕ちた。とても知識人の集まっている場とも思えない。天狗騨記者が喋り出すと毎度この体たらく。そんな護憲側のさらなる仲間割れの様子をさらにニヤニヤ改憲側が眺めている。


「いやもうその話しはその辺でいいから」田原総一朗がたまらずブレーキを掛けた。大学教授やそのシンパ達は憤懣やるかたないという感情を隠そうともせず、態度で悪態をつき続けていた。


「天狗騨さん、今し方『現実論で行くというのは良い』と言ったよね? 正直解らない。現実論でいったら護憲派の方が不利になるんじゃないの?」


「いいえ。今回のウクライナ危機で改憲派の言う事にまやかしがあるのが解りましたよ」


 今までニヤニヤ笑っていた改憲側の顔つきがこの発言で一気に豹変した。

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