第46話 出場権を賭けた戦い

『皆、聞いてくれ……ありえねえことが起こっちまった。いや、起っちまったからありえちまってるんだが……とにかくありえねえ』


 マイクを握り、会場中の観客に語り掛ける男性。

 名前は確か……マイク岩城だったと思う。

 

 アフロ頭に髭を生やした、推定三十歳ぐらいの男。

 彼は宇宙の誕生でも垣間見たかのように、驚きの表情を浮かべている。


『なんとなんと……まだ五階層に到達した程度の【ウォーリア】が、この【バトルウォーリア】に出場しちまったんだぜ! そんなのありえるかい? いいや。ありえるわけがない。なかったんだ。なのにこの男はそれをやり遂げちまった! そう、彼こそは今話題の超戦士――ジャスティスイグナイト2号だ!」


 大歓声。

 観客の声を聞いているだけで胃が痛くなってくる。

 いつか慣れるものなんだろうか、こういうのって。


『ああそうそう。皆にサプライズがあるんだった! 皆驚け……ジャスティスイグナイト2号より驚けよ! なんと、最強最高最上のアイドルが、今日はこの会場に来てくれてるんだ!』


 周囲から「誰だ?」なんて声が聞こえてくる。

 皆誰が来たのか気になるらしく、ザワつき始めていた。


『今日来てくれたゲスト――最強アイドル様に来てもらうぜ! さあ入って来てくれ! 大垣純ちゃん!』


 大垣純が、上階の扉から登場する。

 俺が入場した時よりも会場が騒ぎ、電気を通されたかのように皆の声がビリビリと体中に響く。


『皆さん! こんにちは! 大垣純です! 今日は皆さんと【バトルウォーリア】を楽しむために、いっぱい勉強してきたよ! 皆も一緒に、今日の戦いを盛り上げていこうね!』


 純コールが巻き起こる中、純はゆっくりと階段を下りてマイク岩城の隣の席まで移動する。

 そして俺の視線に気づいたのだろう、控えめではあるがこちらに手を振ってきてくれた。


 俺も手を振り返そうと考えるが……しかし、彼女のことを考えると手を振り返すのは悪手だと感じる。

 アイドルである純が、俺なんかと知り合いだったら大ごとになりかねない。

 男の影があり、その上相手が『ジャスティスイグナイト』なんて……どう考えても彼女に迷惑しかかからないであろう。

 それなりに俺は有名みたいだし、記者に追いかけ回れるのは目に見えている。

 考え過ぎかも知れないけど、でも最悪の事態も想定して行動しなければ。

 だからここは手を振りたい気持ちを抑え込み、俺はペコリと頭だ下げた。


 純はそんな俺に笑顔を向けてくれる。

 ああ。本当に可愛いな。

 彼女の笑顔を見ているだけで緊張が和らいでいくようだった。


 俺は深呼吸し、ヴァイス・ガンナーの方を向く。

 

「え?」


 彼の方を向くと――彼の体が大きく跳ねた。

 上空から何かが飛び込んで着て、彼を頭の上から殴りつけたのだ。

 ヴァイス・ガンナーは吹き飛んで行き、純たちがいる方の壁へ打ち付けられる。


『えーっと……』


 突然のことに、マイク岩城も戸惑っている様子。

 ヴァイス・ガンナーを倒し、俺の前に一人の男が姿を現せた。

 

 全身黒ずくめの……まるで忍者や暗殺者を思わせるような恰好。

 顔には鬼の仮面をかぶっており――その奥の冷たく赤い瞳が俺を見据えていた。


「ジャスティスイグナイト……貴様は危険だ。ここで消させてもらう」

「消すって……いきなり出てきてどういうつもりだ!?」


 問答無用。

 男は両手に一本ずつ刀を手にし、俺へと襲い掛かってくる。


「だから、どういうつもりなんだよ!」

「見たままのつもりだ。お前を殺す。それだけだ」


 男の動きは、これまで戦ってきたモンスターのどれよりも速かった。

 瞬時に俺との距離を詰め、こちらの腹を切り裂こうと二本の刀を振るう。


「くっ!」


 俺は武器を顕在化させ、咄嗟に相手の攻撃を防ぐ。

 キィンという金属音が空間をこだまする。

 周囲は突然の出来事に、氷のように固まってしまっていた。

 

「皆楽しみに来ているというのに、なんでこんな時に来るんだよ!」

「お前を殺すのは今日だと決めていたからだ。嬉しいだろ? 周囲の視線を浴びたまま死んでいけるのは」

「嬉しいね! あんたの顔を全国に流せられるのは!

「!?」


 相手を後方へと強引に飛ばす。

 距離が少しできた。

 俺は最高速を持って、敵の背後へと回る。


「化け物か!」

「非常識な奴に言われたくない!」


 蹴りを奴の背に放つと、奴は体を九の字にして吹っ飛んで行く。

 そのまま壁に突き刺さり、二秒ほどして地面に落ちる。


「まさか……ここまでの力を有しているは……」

「お前が誰か知らないが、悪党の好き勝手やらせるつもりはない!」

「俺が悪党だと? 悪党はお前だろ」

「誰が悪党だ! 俺はヒーロー目指してるんだ。そんな存在になんてなるか!」

俺たち・・・の正義の前では、お前だって悪党だ。悪や正義など、人の立ち位置、そして考えでコロコロ変わるものなのさ」

「そうだとしても、俺は間違ったことはしていない。ただ戦って、それだけしかしていないんだ。俺が悪いなら、他の【ウォーリア】だって悪いってことになるだろ」

「そうはならないのさ」


 男は刀を構え、トントンと軽く跳ね始める。


「問題はお前が常識外れの力を有していること。それこそが悪なのだ」

「意味わからない。とりあえず、さっさとお前を倒させてもらう。話はそれからだ」

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