第45話 入場

 葵たちは特等席から俺の試合を見るらしく、一般人とは別の入り口へと向かって行った。

 彼女らがいなくなり、結希がニコニコ笑顔で俺の隣に立つ。


「えっと、あの子たちは殺してもいいのかな?」

「いいわけないよね!? なんでそんな怖いこと言うんだよ……」

「だってお兄ちゃんに触れてたじゃない? そんなことする女は、死刑がいいと思うんだ」

「なんで俺に触れただけで死刑なんだよ……だったら、結希だって死刑になるんじゃないか?」

「その法律は私にだけ適応されません」

「独裁的すぎやしないか……」


 俺は呆れながら、結希と五十鈴ちゃんを列の最後尾までエスコートする。


「じゃあ俺は別のところから入るから。おじさん。結希のこと頼むよ」

「頼まれたくはないがな……」


 青い顔で俺に手を振るおじさん。

 結希と五十鈴ちゃんも俺に手を振ってくれている。


 俺は駅の方に戻り、トイレの中でジャスティスイグナイト2号の姿へ変身し、そして会場の方へ向かった。


「ああ! ジャスティスイグナイトだ!」

「本物だ! 2号だ!」


 俺が姿を現せた瞬間、会場入りしようとしている人たちが大騒ぎ。

 こちらに向かって駆けて来る。


 おじさんたちの方を見ると、三人は人の波にもみくちゃにされていた。

 だが、前に並んでいる人たちがいなくなっていくので、前の方へと進む様子。


 助けに入らないといけないかなと思っていたけど……なんとかなってるな。

 しかしこんな大人数に囲まれたらたまったもんじゃない。


 俺は地面を蹴り、空高く舞う。


「うお!?」

「なんてジャンプ力だ!?」


 バカみたいに雪崩れ込んで来ていた人たちを飛び越え、会場の横手にある関係者用の入り口へと瞬時に移動。

 俺が飛び降りて来たことに、スタッフらしき男性が目を点にさせていた。


「あの、今日出場予定のジャスティスイグナイト2号です」

「あ、はい、話は聞いてます……」


 男性はハッとし、自分の仕事を思い出したのか、背後にある扉を開いて俺を招き入れる。


「こ、こちらへどうぞ」


 俺が通されたのは、六畳ぐらいの部屋で、着替えができるようロッカーがあり、他にはお菓子や飲み物が用意されている場所であった。

 ここが控室か。

 外からアップテンポの音楽が聞こえてくる。


「…………」


 俺は椅子に座り、そして置いてあった飲み物を手に取る。

 仮面をかぶっているが、しかしおじさんがこんな時のためにと、口元が開くように改良してくれていた。

 首の横にあるボタンを押すと仮面の口元が左右に分れ、俺の口が表に顔を出す。


 目の前にある鏡を見ると、なんだか覆面レスラーみたいな印象を受けた。

 飲み物を口にする。

 そしてこれから戦いが始まるんだなと考えていると……とてつもない緊張がやって来た。


 足がガタガタ震える。

 心臓がバクバクいっている。

 飲み物を持っている手から力が抜けそうになる。


 ああ……直前になって緊張が……

 いつものことだよな、これって。

 なんでこんな緊張してしまうのだろうか。


 それから自分の心臓音を聞いて、冷や汗をかきながら自分の出番を待った。

 時間はどれぐらい経ったのだろう。

 控室の外にあるトイレに何度も足を運びながら待っていたが、時間を見ることはなかった。


 そしてとうとう控室をノックする音がする。

 

「はい!?」


 座っていた俺は飛び上がり、ノックに返事をする。


「ジャスティスイグナイト2号さん。そろそろ試合の時間です」

「わ、分かりました」


 ガチガチの動きで廊下へ出る俺。

 俺を呼びに来てくれたのは女性スタッフ。

 彼女に誘導され、俺は廊下を歩き出す。


 どこを曲がってどこを進んでいるのか分からない。

 そんなことを考えている余裕はなかった。

 控室に一人で帰れと言われても絶対に不可能。

 帰りも誘導してもらうことにしよう。


 道を進んで行くと、多くの人の気配を感じる。

 そうか。

 そろそろ試合会場か。


 歩いている廊下の先に、大きな空間が顔を見せる。

 照明があまり使用されていないのか、奥の方は暗い。

 こんな暗い中を歩いていかないといけないのか。


「では、入場コールの後に入場してください」

「は、はい」


 さらに心臓が高鳴る。

 もう口から飛び出してしまうのではないだろうか。

 そう思えるぐらい跳ねていたし、そして吐き気までする。


 うう……こんな状態で戦わないといけないのか。

 負けたくないけど、自分の力を出し切れるだろうか。


『それでは本日の主役の一人、ジャスティスイグナイト2号入場!!』

「どうぞ!」

「え、ええっ!?」


 まだ心の準備は整っていない。

 なのに俺は促されるまま会場へと入って行くことに。

 

 俺が入場すると、割れんばかりの歓声が起こる。

 期待の新人とでも想ってくれているのだろうか。

 ありがたいことだが、しかし今の俺の心臓には悪すぎる。


 会場に入ると、周囲は観客席。

 そして中央には大きな白い空間がある。

 他には何も無い、ただの白い空間。。

 そうか、ここで俺は戦うのか。


 すでにヴァイス・ガンナーは入場を済ませており、中央付近でレフェリーと共に俺を待っているようだった。

 俺は大歓声の中、やはりガチガチの足でそちらへ向かっていく。

 今すぐ逃げ出したい気分だけど……そんなわけにはいかないよね?

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