第44話 会場

 【バトルウォーリア】のランキング最下位『ヴァイス・ガンナー』との戦いの朝。

 結希の声で俺は目を覚ます。


「お兄ちゃん、おはよう。今日は【バトルウォーリア】に出るんでしょ?」

「ああ、おはよう。そうだ。とうとう今日なんだな……」


 ベッドから起き上がるなり結希は俺に抱きついてくる。

 朝から風呂に入っていたのだろう、彼女からシャンプーのいい香りがした。

 その香りはとても心地よいもので、また眠りにつきそうになってしまう。

 だが俺は眠気を覚ますように頭を振り、彼女に笑みを向ける。


「俺もシャワーを浴びてくるよ。眠たくて仕方ない」

「あーあ。失敗したな」

「何がだよ?」

「もう少し待ってたらお兄ちゃんと一緒にお風呂に入れたのに」

「入らないよ? 何言ってるの、お前」


 結希の体を持ち上げ、ベッドに座らせる。

 俺は起き上がり、一度大きく伸びをする。


「んん……今日は大イベントのはずなのんい、意外と落ち着いてるよ」

「そんなこと言って、直前になったら緊張するんじゃないの?」

「……その可能性はあるな」


 昔から本番というものが苦手で……本番前までは調子がいいことが多い。

 まさか、ギリギリになって緊張するんじゃないだろうな、俺。


「とりあえずシャワーを浴びて頭をスッキリさせて……それから後のことを考えよう」

「あんまり頭回ってないみたいね」

「ま、寝起きだしね」

「寝起きでも私は頭回るけど?」

「俺は回らないの。じゃあシャワー行ってくるよ」

「いってらっしゃい。おみやげはお兄ちゃんの体でいいから」

「出かけるわけじゃないからおみやげなんてありません。そもそもなんだ、俺の体がおみやげって」


 俺は呆れながら結希の顔を見る。

 彼女はニヤリと笑い、手をヒラヒラさせていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 シャワーを浴びた後、結希が朝食を作ってくれていたので、それを食べてから俺は会場に向かった。

 結希も試合を見に来るらしく、一緒に出かけることに。


 会場は海沿いに作られた特別会場。

 家の最寄り駅から一時間ほど電車に揺られ、会場近くの駅に下りる俺たち。

 駅に到着すると、そこではおじさんと五十鈴ちゃんが待っていた。


「おはよう」

「おう……って、結希もいるのかよ……」

「いちゃ悪いの?」

「悪くありましぇん……」

「結希ちゃん、おはよう」

「おはよう、五十鈴ちゃん」


 女子二人はそれなりに仲が良く、笑顔で会話を始めていた。

 おじさんは俺の隣を歩き、結希を警戒している。


「そんな露骨に嫌がらなくてもいいじゃないか」

「いや、お前は苦手なものはないのか?」

「苦手なものね……しいて言えば、蛇かな」

「じゃあ蛇を前にして、ヘラヘラ笑っていられるか!? 俺は無理だね! 苦手なものは苦手なんだ! 仕方ねえだろ、コノヤロー!」

「気持ちも分からないでもないけどさ……仲良くいこうよ、仲良く」

「仲良くするにしてもしないにしても向こう次第だな。だって俺は威嚇されてる側なのだから」


 結希は俺を誘うからおじさんが嫌だって言っていたけれど……

 結局、二人の仲悪いのは結希の方に問題があるんだよな。

 俺が何言ってもおじさんのことを毛嫌いしているし……

 って、そう考えたら俺のことは関係無くて、ただおじさんのことが嫌いなんじゃないの?


 でもそのことは黙っておくことにしよう。

 だってそれを知ったらおじさんは傷ついてしまうもの。

 メンタル弱いんだから、絶対へこむだろうなぁ……


「意外と緊張してないんだな」

「それ、朝思ったよ。自分ももっと緊張すると思ってたから」

「でもお前直前のところで緊張するんじゃないのか?」

「……それ、結希にも言われたよ」


 まだ緊張はしない。

 でも……もう少ししたらどうなるのだろうか。

 その時のことを想像してもなんとも感じない。

 やはりその時にならなければ分からないものだ。


「ああ! 拓斗くんだ!」

「本当だ、拓斗くんだ!」

「え?」


 会場に到着すると、凄い人の行列ができていた。

 どれだけ人がいるのか見当もつかない。

 そんな中、三人の女性が俺の方に近づて来る。


 純を除いた『フォーフォレスト』のメンバーだ。

 よく俺のこと見つけられたな。

 彼女らは有名人であるが、正体がバレないように深い帽子をかぶっている。


「拓斗!」

「会いたかったよ!」


 そんな葵と向日葵は左右から俺の腕を取る。

 それを見た結希が、目から炎を放出するかのように、熱すぎるぐらいの視線を二人に向けていた。

 だが、結希の視線に気づかないまま二人は話をする。


「今日は頑張ってね、応援してるよ」

「応援してるから勝ってね」

「負けちゃ嫌だよ」

「拓斗くんなら負けないよね?」

「どうだろう……相手は格上だからな」

「格上でも拓斗くんならなんとかしてくれるよ」

「ずっとそうだったもんね」

「うん。二回も私たちのこと助けてくれたもん」

「だよね。颯爽と助けてくれたもんね」


 そういや、二回も助けたんだっけ……

 レッドオークとドラゴンの時か。

 目まぐるしい毎日だから、遠い昔のことのようにも思える。

 つい最近のことのはずなのに、そう感じれらるなんて、時間って考えれば不思議だよな。

 

 なんて決戦を前にしてまだ緊張をしていない俺は、のんびりした気分で会場を視認するのであった。

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