第37話 純と買い物

 昼休みの時に、大垣純から連絡が入った。

 隣の席に座る男たちが『フォーフォレスト』の動画を見ているのを横目に、その内容を見る。


 内容は、放課後に会おうという誘いであった。

 断る理由はない。

 もちろん、会うに決まっている。

 隣の奴らに対して少し優越感を覚えながら返信する俺。

 いまだにあの大垣純と会っているなんて、知り合いだなんて夢みたいだ。

 

 もしかしてこれ、ドッキリとか?

 そんな考えが一瞬頭をよぎるが、芸能人でもない俺がそんなものにかけられるわけもないと冷静になる。

 嬉しさが込み上げてくる。

 最初あの子たちを助けた時にこんなことになるなんて思ってもみなかった。

 人助けはするもんだね。


 学校が終わり、俺は純との約束の場所へと急いだ。

 集合場所は大きな駅の近くのショッピングモール。 

 その入り口へ行くと、彼女は俯いて待っていた。

 帽子とサングラスをつけており、見た目からは分からないし大垣純と周囲の人たちは気付かないだろう。

 実際、彼女に声をかける者もいないし、見向きもしない。

 トップアイドルなのにな……

 意外と有名人なんか、こんな風に目立つ場所に行ったりするものなのかな。


「おまたせ」

「あ、こんにちは」


 俺が来ると、純はパッと明るい顔を向ける。

 それだけで恋に落ちてしまいそうな……反則的な笑顔だ。


「で、どこに行きたいの?」

「あの……この中にあるショップに行きたいんです」

「そうなんだ。じゃあ向かおうか」

「あ、その……すいません。我儘言ってしまって。急に誘ってしまって」


 純は申し訳なさそうに頭を下げる。


「いいよ。俺も誘ってもらって嬉しいしね」

「う、嬉しいだなんて……嬉しいのはこっちです! 拓斗くん、忙しいのに急な誘いに来てくれて……本当に嬉しいです」

「いや、忙しいのはそっちでしょ。俺は一般人で、普段は暇してるよ。友達も少ないし」

「でも、今話題の『ジャスティスイグナイト』じゃないですか。やることだっていっぱいありますよね?」

「純と会うのだって大事なことの一つだよ。身体を休めるのだって必要なことだしね」


 純は顔を赤くする。


「わ、私なんて根暗で一緒にいたら気が滅入って、身体どころか、心まで疲弊してしまいませんか?」

「どこまで卑屈なんだよ。そんなことないよ。純と遊ぶのは楽しいよ」

「…………」


 俺から顔を背け、ショッピングモールへと向かう純。

 いきなり歩くんだな、この子。


「どうしたの?」

「な、なんでもありません! わ、私だって拓斗くんと遊ぶの楽しいです……」

「あ、ありがとう」


 その言葉は嬉しかった。

 あの大垣純から楽しいなんて言われて、喜ばない人なんていないだろう。

 あ、おじさんは喜ばないかも知れないな。

 だってあの人、有名人とか興味ないもん。

 まぁ俺も人のこと言えないけど。

 『フォーフォレスト』以外のことはあんまり知らないからな。


 純の隣を歩き、ショッピングモールへ入って行く。

 特に会話をすることなく、ただ進んで行く俺たち。

 でも気まずさはない。

 穏やかで幸せな空気が流れている。


「あ、あれです」


 中に入り、エスカレーターを使い地下一階へと降りると、すぐそこに枕の専門店があった。


「枕……枕買いに来たの?」

「はい……向日葵がお勧めしていたので……やっぱり良質な睡眠がしたいので」


 身体を休めるのも大事だと言ったけれど、それは純の方に必要なことかも知れない。

 だって彼女はハードスケジュールで……こうして他人と買い物に行ったりする時間は少ないらしいし。

 ならば睡眠の質を上げ、身体を効率的に休める方法があれば俺だってそうするだろう。

 と言うか、枕一つで睡眠が良くなるものなのか?


 店に入ると、店員が商品の説明をする。

 どうやらこの店は、この場で購入してそのまま持って帰るというようなシステムではなく、自分に合った枕を作ってもらうという、少し変わった店のようだ。


 純は質問に答えたり、身体の状態を調べてもらったりで、自分の枕を作ってもらうための作業が進んでいく。

 俺は暇だから外に出て待っていようかと思ったが……彼女が服の袖を話してくれない。

 一人で話をするのは無理らしく、この場にいてほしいということだろう。

 少し涙目でそう訴えかけてくる純。

 可愛いにも程がある。


 仕方なく俺は、終わるのをその場で待つことにした。


「では、商品が出来次第、お宅の方へ送らせてもらいますね」

「あ、ありがとうございます」


 時間はそれなりにかかったが、注文は問題なく終えた。

 人と会話するのが苦手なのか、店を出ると純は大きくため息をつく。


「お疲れ様」

「あ、ありがとうございます。自分の勝手に付き合わせちゃって……」

「いいよ。気にしてない。それより、あっちの方で休めるみたいだから行かない?」

「ぜ、是非! あ、付き合わせちゃってるので私がお金出します!」

「そんなのいいって。純と一緒にいるだけで楽しいし、気にしなくていいから」

「…………」


 純は俺の袖を離さないまま歩き出す。

 また急に歩き出すんだな、純は。


「わ、私も一緒にいるだけで楽しいです。こんなの初めてで……えっと……なんでもありません」


 顔を赤くしてそんなこと言ったら……勘違いするぞ。

 付き合ったりとな、好意を抱いてもらうなんて考えてないけど、勘違いしちゃうよ?

 俺も俺とて顔を赤くしながら、純に袖を引かれながら歩くのであった。

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