第17話 ドラゴン

 影の大きさが足音と共に大きくなっていく。

 近づいて来ている……もうそこまで来ている。

 皆の緊張感がヒシヒシと伝わり、体が重く感じる。


「ど、どうしよっか……」

「逃げるしかないんじゃない?」

「そうだよね……逃げよう、2号。このままじゃ私たち」

「死んじゃうよ?」


 そうだ。

 逃げればいいんだ。

 それだけのことだ。


 イエローとピンクの言葉に、俺は冷静さを取り戻す。


「撤退ぃいいいい! 逃げるぞ! 今すぐ逃げるぞ!」


 おじさんの叫び声と共に、俺たちは一斉に踵を返す。

 バカ正直に相手する必要なんてないんだ。

 このまま何とか逃げ切ってみせる。

 ここはあのエリアマスターがいた場所のように逃げられないわけじゃないんだ。


「!?」


 だが、不可解なことが起きる。

 俺たちが走る先の道が閉ざされてしまう・・・・・・・・

 天井から新しい壁が降りてきて、道をふさいでしまったのだ。


「な、なんじゃこりゃぁああああ!?」

「道を塞がれた……どういうこと?」


 レッドは落ち着いた声で状況を確認しているようだが……しかし答えは見つからない。

 おじさんは壁の前で大慌てとなっており、売王左右している。


「逃げ道を塞がれた……何が起きてるんだ?」

「分からない……でも、あれから逃げられないのだけは確かみたいね」


 俺はレッドの言葉に振り向く。

 道を曲がってこちらに来ていた者の姿が視認できる。


 黒光りする鱗。

 悍ましい瞳は赤く、その牙は剣のように鋭利であった。

 歩くだけで爪痕が地面に残り、四本の足は俺たちの体よりも遥かに大きい。


「……ドラゴン……ドラゴンじゃねえか……」


 おじさんがポツリと声を漏らす。

 モンスターの名前は分からないが、見た目はまさしく、ドラゴンと呼ばれる者であった。

 漫画や映画なんかで出て来る、ドラゴンの姿そのものだ。


「ドラゴンって……何階層の敵?」

「知らない? 私聞いたことない」

「私も聞いたことない……え? こんなところに出て来るモンスターじゃないよね?」

「こんなところに出て来るモンスターじゃないし……私たちが叶うようなモンスターでもない。絶望的だ……こんなの相手に生き残る可能性なんて……」


 おじさんも含め、その場にいる全員が絶望しているようだった。

 俺も心が折れそうだ。

 だってそうだろ?

 こんな化け物、ダンジョンに侵入して二回目が戦うような相手じゃないんだから。

 

 ボクシングジムに通い始めて、二日目で世界チャンピオンと戦うようなものだ。

 相手が悪いなんて話じゃない……そこには絶望しかない。

 誰がどう見たって、勝てるような相手じゃないのはハッキリしてる。


「なんで……なんでこんなことになっちゃったの!?」

「私たち何か悪いことした!? ただ私たちは人気が欲しかっただけなのに!」


 イエローとピンクが、泣き声で叫ぶ。

 レッドも考えは同じらしく、俯いて震えている。

 もう一人のグリーンにしてもそう。

 口数は少ないが、しかし死ぬのは絶対に御免。

 そう考えているのだろう。


 そりゃそうだ。

 誰だって死にたくない。

 出来る限り生きていたいに決まってる。


 だから俺は諦めない。

 諦めるわけにはいかないんだ。


「1号……ヒーローなら、こんな時どうする?」

「ヒーローって……」


 おじさんは俺の言葉にハッとする。


「当然……ピンチを切り抜け、弱き者を助けるに決まってるだろ!」

「なら、そうしよう」


 俺はドラゴンに向かって一歩前に出る。


「ジャスティスイグナイト! どうするつもり?」

「どうするつもりなの?」

「死にたくないって泣いてる女の子が四人もいるんだ……戦うに決まってるだろ。そして勝つ」

「そうだよな……俺もどうかしてたぜ! 何が何でもお前を信じるって決めてたのに……クソッ! さっきまでの自分を殴り倒したい! お前ならできる……できるにきまってるってのによ!」

「ありがとう。そう言ってもらえるだけで力が湧いてくるよ」


 おじさんは身体と声を震わせながら、携帯をこちらに向ける。


「俺たち『ジャスティスイグナイト』は始まったばかり! こんなところで終わる運命にあるはずがない! お前は勝利を納め、さらなる名声を得るのだ! 後は勝つのみ! 大勝利!」


 さっきまで慌てふためいていた人のセリフには思えないな……

 でも、切り替えの早さはおじさんのいいところだ。

 おじさんに感化されたのか、四人は少し気持ちを落ち着かせているようだった。


「2号……勝てるのか?」

「勝てなかったら君たちは死ぬ。だから絶対に勝つ。それだけさ」


 レッドは少し落ち着きのない、しかし冷たい声で続ける。


「なら……信じる。君の力を信じるよ。前の時と同じように、強敵を倒してくれるということを」

「ああ。任せてくれ!」


 信じろ……自分を、力を。

 俺の勝敗には五人の命がかかっているんだ。

 負けるわけにはいかない。

 何が何でも勝利を手繰り寄せろ。


 俺は勝利を心に抱き、いまだこちらに接近して来るドラゴンと対峙した。


「来い……お前を倒してやる!」

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