第10話 臨海結希

 女性二人は俺に抱きついたままキャーキャー言っている。

 柔らかいし良い匂いがするし、正直嬉しいんだけど……おじさんの視線が痛い。 

 痛すぎて辛い。

 だから離れてほしいのだけれど。


「おい。さっさと撤退するぞ。また何かあってからでは遅いからな」

「りょうかーい。またあんな化け物出たら、生きて帰れる保証もないしね」


 二人とは別の女の人……

 この三人の中では一番背の低い子。

 その子が可愛らしくもあるが、しかし冷たい声で彼女たちにそう言う。


 彼女はリーダーなのだろうか。

 二人は素直にその子に従い、そして俺から離れる。


「助かった。礼を言う」

「いや、礼なんていいさ。君たちが無事だった。それだけでいいんだよ」

「…………」


 その子は最期にペコッと頭を下げると、踵を返し、一緒にいた二人と共に近くにあった魔法陣の中へと入って行った。


「バイバーイ。またねー」

「また会おうね、ヒーロー君」


 三人を包み込む魔法陣の光。

 すると彼女たちは、光の粒となって消えてしまった。


「……俺たちも帰るか」

「そうだね。とにかく、皆無事で良かったよ」

「まったくだ。一時はどうなるかと思ったぜ」

「……最初から信じてるって言ってたよね?」

「ははは! 信じていたさ! だから生き残ったんだろ?」

「本当、調子がいいよね」


 ◇◇◇◇◇◇◇


 彼女たちと同じように魔法陣に乗ると、俺たちはダンジョンの入り口へと戻って来てた。

 エレベーターが目の前にあり、魔法陣以外は何もないコンクリート造りの真四角の空間。


「今日は疲れたし、明日また俺の家に集合な」

「ああ。分かったよ」


 エレベーターに乗り、俺とおじさんはお互いの自宅に向かって歩き出す。

 今日あったことを思い出し、俺はニヤニヤと笑う。

 周りから見たら気持ち悪いかもしれないけれど……でもいいんだ。

 今日は俺の特別な日。

 特別になれた特別な日だ。

 

 俺の家は駅から歩いてニ十分ほど。

 最寄り駅は別だが、今日は歩きたい気分だから歩いて帰って来た。

 

「ただいま」


 何の変哲もないマンションの一室。

 そこの二〇五号室。

 玄関を開けると、中からバタバタと音がする。


「おかえり」


 顔を出したのは妹の結希ゆうき

 ツヤツヤの黒髪で、頭に二つお団子を作っている。

 背は高くもなく低くもなく、女子としては平均的なものであろう。

 だが中学三年生になっておいて、平均以上に俺に甘えてくる困った奴。


「お兄ちゃん。ちょっと」

「ん? どうした?」


 ブカブカの服を着ている結希。

 彼女は服のせいで見えない手を招くような形をとる。

 俺は妹に促されるまま彼女に近づく。


 俺が眼前まで接近すると、結希は突然俺に飛びついて来た。


「ん。暖かい」

「暖かいのはいいけどちょっと近づきすぎじゃないか?」

「近い……? じゃあ適正距離は?」

「……それもそれで分からないな」

「なら、これが私たちの適正距離。それでいい」


 あまり抑揚のない声。

 だが、甘えているのは分る。

 しかし、いつまでこんなことをするつもりなのだろう。

 まさか大人になるまで甘えてくるなんてないだろうな……

 

 俺は少し不安になり、結希の頭を撫でながら言う。


「適正距離は高校生までな」

「分かった。高校生になったらもっと近づく」

「これ以上近づく!? 物理的に不可能なんだけど」

「なら、常識を超えるのみ。それだけの話」

「それだけの話って、それだけことができないんだけど?」


 俺は嘆息し、そして抱きついたままの結希の体を引きずってリビングへ向かう。

 あ、ちなみに結希とは血のつながりが無かったりする。

 両親が連れ子同士で再婚したのだ。

 そしてその両親が他界してしまったので、今は二人暮らし。

 なんか自分のことながら、複雑な家庭環境だな……


 ◇◇◇◇◇◇◇


「タク。携帯貸してみ」

「ん」


 初めてダンジョンに行った翌日。

 天気は晴。

 空には飛行機雲が見えている。


 おじさんはパソコンの前で俺に携帯を渡すように言ってきたので、俺は何も考えずに手渡した。

 するとおじさんはパソコンと俺の携帯をケーブルで繋ぎ、なにやら操作を始め出す。

 これは見ていて、何をしているのか分からないな……

 【ギアプログラム】のことなんだろうけど、如何せん素人すぎて意味不明。


「で、何してるの、それ?」

「分からんのか?」

「分からんから聞いてるんだよ」


 おじさんはため息を一度ついてから説明をしだした。


「お前の【ギアプログラム】のレベルアップだよ。【エーテル】が高くなったから、新しい能力や強化が可能になった。分かる? パワーアップイベントってわけ」

「パワーアップイベントか……ちょっと早すぎない? だいたいそういうのって折り返し地点を過ぎた後ぐらいでしょ」

「それは映像作品。これは現実。現実のレベルアップは何度もあるよ」


 キーボードをカタカタ操作するおじさん。

 画面を見ながら俺と話をし、キーボードの方は一切見ていない。

 手元を見ないでよくそんな速く打てるものだな、と俺は感心する。

 人格に難ありだけど、やはりこっち系の技術は高いようだ。


「それで、どんな風に強化したい?」

「強化……逆にどんな風に強化できるの?」


 キーボードを打つ手を止め、眼鏡を指でくいっと上げ、そして片頬を上げて言う。


「お前の思い通りにどんな風にでも、だ」

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