第9話 レッドオーク

 ドシンドシン音を鳴らせて近づいて来るモンスター。

 その足音だけで怖気が背中を走り、足がすくむ。

 おじさんも女の人たちも皆恐怖に体を硬くし、身体を震わせていた。


「おじさん……こいつは?」

「レッドオーク……動画で見たことあるが……はははははは! 俺たちはここで終わりだよ! ここで死んでゲームオーバーだぁああああ!」


 おじさんは混乱しているのか、泣きながら笑い出す。

 目の前にいるモンスター……レッドオーク。


 人間の中でこれほど大きな者は存在しないであろう。

 それぐらい桁外れの大きさ。

 俺の身長は、相手の腰ぐらいまでしか届いていない。

 豚のような顔に、たるんだ肉体。

 だが、相撲取りのようにその中身は筋肉の塊だと思う。

 両手に一本ずつ持った巨大な斧。

 こんな物を軽々と持ち上げられるのだから、ぜい肉ばかりでは不可能だ。

 名前が示す通り、身体全体が赤色に染まっており、そしてなにより見るだけでも背筋が冷えるその凶悪な瞳。


 俺は息をのんで、レッドオークを見上げていた。


「タク……次は異世界で冒険をしようぜ」

「死ぬ前提で話してる!? いや、まだ生きてるんだから、最後まで諦めないで戦わないと……」

「諦めも肝心だぞ。諦めたら楽な自堕落な生活ができるんだからな」

「自堕落なんてしないで、もっと高みを目指すんでしょ? だからこんなところで負けてられない……死んでなんていられないよ!」


 俺は恐怖心を無理矢理抑え込み、レッドオークに向かって走り出す。

 相手の動きも遅くはない。

 走り出した俺に反応し、左手に持つ斧を持ち上げる。

 そして俺の肉体を叩き割ろうと、全力で振り下ろした。


 こんなの喰らったら、割れる程度じゃすまないな。 

 これを食らえば、一瞬で木っ端みじんだ。


 俺は冷や汗をかきながら、その斧を回避してみせる。

 斧は地面を叩き、軽く揺れが起きた。

 レッドオークは足腰がしっかりしているのだろう、そんな揺れ程度では微動だにしていない。

 

 しかし、隙はできたように思える。

 斧を叩きつけ、一瞬だが体が硬直しているようだ。

 俺は斧の右手から相手の懐に入り込み、走るそのままの勢いで蹴りを放つ。


「グボォオオオ!!」

「え?」


 俺の蹴りにレッドオークが身体をくの字に折り曲げる。

 意外と……効いてる?


 蹴りが通用したことに、俺は自分のことながら唖然とする。

 唖然として、その場で固まってしまっていた。


「2号! お前ならやれるぞ! お前なら勝てる! 俺は最初からお前のことは信じてたからな!」

「さっきまで今世のことは諦めてたくせに」

「あ、あんなのは冗談だ! 俺はお前が生まれた瞬間からお前を信じてたからな!」

「信じるのが早すぎだよ!」

「早かろうが遅かろうが、とにかくお前があいつを倒してくれることだけは信じてるぞ!」


 なんて都合のいい人だ。

 でもおじさんと同じく、俺も俺とて自信が溢れていた。

 その図体と視線に怯えていたけれど、でも勝てない相手じゃない。

 俺なら、勝てる。

 勝ってみせる!


「ゴオオオオオァアアアアア!」


 右手に持った斧を振り回し、さらに左の斧で追撃を仕掛けてくる。

 だが俺はそれを冷静に避けてみせ、レッドオークと少し距離を取った。


「あ、あの! 私たちになにかできますか?」

「いや。あれは俺だけで倒してみせる。あれを倒せたら、俺はきっとこれからも上を目指し続けられる気がするんだ……ただのモブでしかなかった俺が、輝けるかもしれないんだ」


 俺は拳を握り締め、レッド―オークを見据える。


「俺はここで未来を掴んでみせる。ここでやらないと、俺は本物のヒーローになれない!」


 俺は勝利を念じる。

 この化け物を倒せるだけの力が欲しい……

 未来を突き進むだけの自信が欲しい……

 俺にならできるということを――照明したい!


 【エーテル】が右手に集まるを感じる。

 いける……俺ならできる。

 おじさんが託してくれた力なら、こいつに勝てるはずだ!


「グオオオオオオ!」

「!!」


 レッドオークが左手の斧を投擲する。

 斧はこちらに向かって飛翔し、そして俺の首を狙おうとしていた。

 

 避けるか……いや、ダメだ。

 俺の後ろには、おじさんも、女の人たちもいる。

 

 こいつ、そこまで計算して投げたのか……

 モンスターも頭が回るんだな。

 俺は驚嘆しながらも、しかし冷静に相手の斧を迎え撃つ。


「この力なら――必ず防げる!」


 俺は右拳で斧を殴りつけ――粉々に粉砕する。


「な……なんて力なの!? あの斧を壊してしまうなんて」

「うおおおおおおお!」


 女の人が驚愕の声を上げている。

 俺は彼女の言葉を耳にしながら、全身全霊で駆け出した。


 レッドオークは右腕を振り上げ、俺の首を狙う。

 これを左拳で叩き壊し、がら空きとなった相手の腹部に、渾身の拳を叩き込む。


「ゴゥオオ――」


 俺の一撃に、レッドオークの体が壁際まで吹っ飛んで行く。

 そのまま壁に突き刺さり、そしてピクリとも動かなくなってしまった。


 俺は興奮した状態で、相手が動き出さないか視認する。

 が、動く気配は感じられない。

 完全に、完璧に勝利したようだ。


「ふー」


 安堵した俺は大きく息を漏らす。

 すると背後から二人の女の人が、俺に飛びかかってきた。


「凄い凄い! なんて凄いの!」

「あんなの一人で倒しちゃうなんて、君凄いね!」

「あ、いや……あはは……」


 女性の柔らかい体を背中に感じ、俺の心臓は爆発しそうになっていた。

 妹以外の女の人とこんなに近づいたことないし……恥ずかしい。


「……羨ましいぞ、コノヤロー!」


 おじさんは戦いを携帯で撮影していたのか、そのまま抱きつかれる俺に携帯を向けたまま、何故か泣いているようだった。

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