第5話 エーテルマスター

 【エーテルマスター】……

 名前だけ聞くとカッコいいし、強そうにも思えるけど、一体どんな能力なのだろう。


「【エーテルマスター】はな、【スキル】に分類される能力だ。通常は【ギアプログラム】で自身の【エーテル】を使って能力を発現させるんだよ」

「うん」

「でだ……【エーテルマスター】というのは、自身の【エーテル】ではなく、宙に、大気に、世界に溢れる【エーテル】を使用することが可能となる能力なのだ!」

「ってことは……自分の力が弱くても、力を使えるってこと?」

「そう言うことだ! それに考えてみろ。普通の奴らは自分の【エーテル】を武器に戦うのに対して、お前は世界の力を使えるんだぞ? ガス欠を起こさない、何百キロでも何千キロでも走行できる車に乗ってるようなもんだ。無敵にもほどがあるだろ!? な?」


 ガス欠を起こすことがない車……

 永遠に力を自動的に供給できるってことか。

 そんなとんでもない能力を……俺が?


 心が落ち着かない。

 今すぐ走り出したいし気分。

 そして戦いをしてみたい気分が溢れる。


「それで、こんなのどこで手に入れたの? 特別製なんでしょ?」

「メールで送られてきた」

「メールでって……誰から?」

「知らん! だが、凄まじい能力を秘めていることだけは理解している。


 いいのかよ、そんな怪しいの使って。


 でも、【エーテルマスター】とは、どれほどの力があるのだろうか。

 興奮するあまり、俺は何も考えずに拳を突き出した。

 気分は最強のヒーロー。

 一撃で全ての敵を粉砕する、無敵の存在。


「ぶおぉおおおお!?」

「え?」


 俺の拳が空気を裂き、おじさんが衝撃に吹き飛ばされる。

 彼は台所に頭をぶつけ、飲みかけのノンアルコールビールが床にこぼれてしまう。


「え、あれ? どうなってるの?」

「言っただろ! そいつは世界に溢れる【エーテル】を使うって! お前の想いに応えて、【エーテル】は力を貸してくれる。今変なこと考えて拳出しただろ!?」

「なるほど……そういうことか」


 ヒーローの力を想像して振るった拳。

 俺の思考に応じ、【エーテル】が力を貸してくれたってわけか。

 しかし、パンチを出しただけでこの威力……

 もっと自分を鍛えて強くなったらどうなるんだろうか?

 

 考えるだけでワクワクが止まらない。

 目の前に可能性の道が開かれていることに、どこまでも喜びが加速する。


「で、どんなこと考えてたんだよ?」

「あ、ちょっとヒーローのことをイメージしてたんだ」

「そうか……ならよし! それは男としては大事なことだからな!」


 おじさんは鼻血を出しながら、俺の肩に手を置く。


「性能のテストは終わったようなもんだ……だから次は、実戦テストと行こうじゃないか!」

「実戦って……まさか」

「そのまさかだよ! 行くぞダンジョン! 待ってろモンスター! 未来の最強ヒーローとなるため、出陣だぁあああ!!」


 

 ◇◇◇◇◇◇◇


 駅近くにあるビルにやって来た俺たち。

 俺とおじさんはビルのトイレに入り、そこで携帯を取り出す。


「変身……アクセス・ギアプログラムぅううううう!!」


 おじさんがヒーローの変身ポーズを取りながらギアプログラムを起動する。

 彼の姿は俺と全く同じ。

 だが色は俺の白とは真逆の、黒をベースにしたものであった。

 俺もおじさんと同じく、ギアプログラムを立ち上げる。


「よし! では行くとするか!」

「ああ。なんだかワクワクするね、おじさん」

「おじさん言うな! 俺はジャスティスイグナイト1号! この姿をしている時はお前のおじさんなどではない! 同士だ! 戦友だ!」

「そうだった……ごめん、1号」

「おう」


 トイレから出る俺たち。

 周囲と比べて変わった格好をしているはずなのだが……誰も気にとめることはない。

 この駅付近ではこういう恰好をしている【ウォーリア】が多いからだろう。

 ちょっとしたコスプレみたいな恰好なのに、これだけ目立たないのも少し寂しい。

 

 そのままダンジョンがある通路に向かい、奥へと進んで行く。

 すると警備員のような人が一人おり、彼の後ろには大きなエレベーターがあった。


「君たち、あまり見ない格好だけど……新人さんかい?」

「あ、はい……今日から【ウォーリア】始めましゅ。おねがいしゃす……」


 おじさんはとても小さな声でそう言った。

 あまりに小さい声に少し戸惑うその人に、俺が代わりに話す。


「今日が初めてなんだけど、どうすればいいのかな?」

「ああ。やっぱり新人さんなんだね。じゃあこのアプリを携帯に登録してくれるかな」

「ういっす……」


 話を聞いていたおじさんは、指示されたアプリを携帯にダウンロードする。


 おじさんは、慣れた人となら普通に会話……普通ではないかもしれないが、会話をすることができるのだが……初対面の人にはとてつもなく人見知りを発揮してしまうのだ。

 普段はうるさいぐらいなのに、驚くほどの人見知り具合。

 俺は苦笑いしながら、同じようにアプリをダウンロードする。


「【ウォーリアパスポート】か……」

「そのアプリを立ち上げて、そこでデータの読み込みしてごらん」


 エレベーターの前に、あまり見たことのない機械が置いてあり、そこには携帯一台が置けるぐらいのスペースがあった。

 そこに携帯を置くと――ピッと何かを読み込む音がする。


「これで【ウォーリア】としての人生が始まったようだね。君たちの検討を祈るよ」

「ありがとう」


 警備の人は俺たちに敬礼をする。

 俺たちはその人に頭を下げてエレベーターに乗り込む。


 エレベーターに乗ると、自動的に下へと下がっていく。

 凄い速さで下がっているのを感じるが……どこまで続いているのだろう。

 何もしないまま一分程経過し……そしてとうとう扉が開く。


 扉の先には大きな魔法陣のような物だけがポツリ寂しくあった。

 俺とおじさんは魔法陣に足を踏み入れる。

 すると世界がグラリと揺れ始め、浮遊感のようなものを覚える。


 そして気が付くと――俺たちは別の場所にいた。


「おお……ここがダンジョンか!」

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