第2話 大崎博之

 学校が終わり夕方時。

 大きな駅の近くにある大きなビル。

 その大きなエントランスから階下へ続く細く小さな通路がある。

 俺はその通路をボーッと眺めていた。


 あれこそが【ダンジョン】へと続く入り口。

 ビルの下に地下迷宮がある。

 いや、その逆だ。

 迷宮がある場所にビルを建てたのだ。


 いつでもここに来られるように。

 いつでも援護に来られるように。

 いつでも【ダンジョン】に潜入できるように。

 そのために大きな駅をここに造り、ビルを建てた。


 【ダンジョン】内でモンスターの数を減らしている限りは被害が表に出ることはない。

 それが分かっているからこそ、人の流れが多くなるように都市開発を進めたと聞いている。

 どの方面からもここに流れ着けるようにと、そんな計算があるようだ。


 ま、俺には関係ない話か。

 だって俺は援護に行けるような力を持ち合わせていない。

 何も持たないモブなのだから。


 俺は溜息をつき、そして歩き出す。


 駅から徒歩五分分。

 早くもなく遅くもない速度で歩いて五分だ。

 そこはラブホテルとマンションとが乱立している地域で、俺はそこにある一棟のマンションに足を踏み入れる。


 玄関はオートロック。

 持っている合鍵を使い、自動扉を開く。

 すでに一階にとまっていたエレベーターに乗り、三階に上がる。

 三階に到着するとエレベーターは自動的に、再び一階へと戻っていく。


 エレベーターを下りて廊下を歩くとすぐ目の前に線路が伸びており、丁度電車が通りかかり、ガタゴト大きな音を立てる。

 そこそこ揺れも生じるが、だが気にするようなレベルじゃない。

 俺は電車を気にすることなく、三〇二号室へと移動した。


 部屋に備えられたチャイムを押す。

 だが返事は無い。


「また夢中になってるな……」


 俺は合鍵を使い、玄関の鍵を開け、中へと入る。

 家の中は2LDK。

 玄関に入るとトイレとバスルームが左手にあり、右手に部屋の扉がある。

 正面にはリビング。

 家の中は清潔に保たれており、ゴミ一つ見当たらない。


 俺は靴を脱ぎ、リビングに向かい、その奥右手にあるもう一つの部屋に入る。

 そこはリビングや廊下と違い、ゴミが散乱している汚い部屋。

 その汚い部屋の一番壁際に一人の男性がいる。


 乱雑に伸ばした黒髪は肩にかかるほど長く、身体は病的と言って過言ではないほどに細い。

 服の上から白衣を纏い、腰には子供用の変身ベルトを巻いており、大人であるはずの彼の細い腰に問題なく装着されている。

 

 俺が来たことにようやく気付いたのか、彼は眼鏡をくいっと上げこちらの方を見た。


「タク。来てたのか! 来てるなら来てると言え! 言わないと分からないだろ。お前は俺が超能力者だとでも思っているのか?」

「超能力者というより、並み以下じゃない? どれだけチャイム押したと思ってるんだよ」

「え? そんなに押してた? 押してたら気づくはずだろ~」

「それが気づかなかったから並み以下でしょって話。普通は気付くからね」


 彼の名前は大崎博之おおさきひろゆき

 俺の叔父にあたる人だ。


「まぁ、おじさんの場合は、集中してたら周りの声が聞こえなくなるみたいだけど」

「そうなんだよ、タク。集中してたのよ、俺。で、何に集中してたと思う?」

「何って……そんなの一つしかないでしょ」

「そう! 俺はたった一つのことに全てを注ぎ、そして人生をかけているのだ!」

 

 天に指差し、大袈裟にそう言うおじさん。

 俺は笑いながら話を続けた。


「相変わらずだな。で、今日はなんで呼び出したのさ?」

「なんでだと? なんで分からんだ!?」

「分かるわけないよね!? 俺だって超能力者じゃないんだよ」

「これから正義のための戦いを始めるというのに、超能力の一つぐらい習得しとかんでどうする!」

「そんな簡単に習得できる物じゃないから、超能力は!」


 俺が呆れ返っていると、おじさんは俺の横を通り過ぎ、リビングの方へと歩いて行ってしまう。

 おじさんに続き俺もリビングに戻ると彼は冷蔵庫を開けて、一本のペットボトルをこちらに投げてくる。


「ありがとう」

「そんなの美味いかね?」

「美味いね。最高に美味いね」

「……ま、趣味趣向なんて人それぞれだからいいけどよ」


 おじさんの家に常備されてもらっている俺用の飲み物。

 それはドクターペッパー。

 赤黒い液体が入っているペットボトルの口を開けると、プシュッと炭酸が弾ける音が鳴る。

 少し乾いた喉を潤すためにドクターペッパーを一口。


「うん。やっぱり美味いね」


 微妙に科学薬品のような味と香りがするような気がするが、それでも美味い。

 理由は分からないけど、癖になるんだよな。


「それより話を聞かせてよ」

「ああ。そうだな」


 おじさんはニヤリと笑いながらノンアルコールビールを口に含む。


「くぅ~~! いいね! 美味い美味い、最高だよ!」

「…………」


 おじさんはノンアルコールビールを台所に置き、そしてポケットを携帯から取り出して俺に見せる。


「タク。俺が話すことと言えば、これしかないだろ? そうだろう?」

「ま、そうだよね」


 分かってはいたけど、やはりその話か……

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