第244話 少しだけ変化した関係
その後は何だかお互い気恥ずかしくてしばらく顔が見れなかった。
気づけば昼休みが終わり5時間目の授業が始まっており、2人揃って授業をサボってしまった。
「でも、まさか5時間目の授業が数学の平松の授業だったなんてついてなかったな」
その結果休み時間教室に戻って来た所を平松に見つかり注意されてしまう。
そして放課後俺と結衣は生徒指導室に呼び出される事になってしまった。
「私、生徒指導室に入るの初めてだからちょっと楽しみ」
「あそこに行っても,何もいい事はないよ」
お茶の1つでも出してもらえればまた違うが、そんな気の利くような事をあの先生がするはずがない。
あの部屋は1年生の時葉月と一緒に何度か入ったことがあるけど、全くと言っていい程いい思い出がなかった。
「そういえばさっきからやけに教室が静かだな」
「本当だ。いつもは騒がしいのに、今日は静かだね」
「こんな静かなのは珍しいな。何かあったのかな?」
「その疑問、私が答えてあげるわ」
「こっ、紺野先輩!? いつの間にいたんですか!?」
「ちょうど今さっき到着したのよ。それよりもこのクラスを見て、何か足りないものがあることに気づかない?」
「足りないもの?」
「特にないような気がしますけど?」
教室を見回すが、特段変わったことは何もない。
クラスメイト達が楽しそうに過ごしている、いつもの学園の風景だ。
「あっ!? 私、わかったかも!?」
「結衣、何か気づいたのか?」
「もしかしてこのクラスに葉月君がいないんじゃないですか?」
「葉月? そういえば珍しくいないな。あいつはどこに行ったんだ?」
風邪なんて引くようなやわな体はしてないはずだし、一体どこに行ったのだろう。
その疑問に答えてくれたのは他でもない。このクラスに来ていた紺野先輩だった。
「葉月君ならさっき体調不良で早退しちゃったわ」
「あいつが早退!?」
「えぇ、そうよ。それでクラスの様子が気になって、わざわざここまで足を運んだのよ」
なるほど。それで学年が違うのにも関わらず、紺野先輩はわざわざこの教室に来たのか。
それにいつもは教室内で騒いでいる葉月がいないなら、教室が静かな事にも納得だ。
あいつがいないだけでこんなに教室の雰囲気が変わるなんて、普段どれだけ葉月がうるさいかがよくわかる。
「葉月君、体調不良って言ってたけど大丈夫なのかな?」
「たぶん大丈夫よ。久遠さんも付き添いで一緒に帰ったし問題ないはずよ」
「それならよかった」
「それよりも風見君、貴方は大丈夫なの?」
「俺は大丈夫ですけど。何かあったんですか?」
「別に何もないわよ。だけどその様子を見ると貴方‥‥‥いや、貴方達には何かあったんじゃない?」
相変わらずこの先輩は鋭いな。俺と結衣を見て、何かに感づいたようだ。
たぶんこの教室に来たのもそれを確認するのが目的だろう。
そうでなければこの人がわざわざこの時間を使って、俺達の教室に足を運ぶはずがない。
「実は‥‥‥」
「待ってくれ、結衣。それは俺が言う」
「俊介君」
「紺野先輩。実はこの度、俺は結衣と付き合うことになりました」
「まぁ葉月君の様子を見てそうだろうと思ったけど。おめでとう結衣ちゃん」
「ありがとうございます」
「紺野先輩。俺には祝福の言葉はないんですか?」
「そうね。風見君もおめでとう」
なんだか取ってつけたような祝福の言葉だけど、祝ってもらえるだけましだろう。
紺野先輩も喜んでくれているようだし、余計な事を言うの野暮なので口を閉ざしておく。
「結衣ちゃんと付き合うにあたって、風見君に言いたいことがあるの」
「何ですか?」
「せっかく結衣ちゃんと付き合ったんだから、ちゃんと彼女の事を大切しなさい」
「もちろんそのつもりです」
「自分の時間を結衣ちゃんに全て捧げるぐらいの覚悟がないとダメよ。1番怖いのはお互いの時間が合わなくてすれ違いが起きることなんだから。最悪それが別れの原因にもなるの。その事を常に頭に入れておきなさい」
「わかりました」
つまり紺野先輩が言いたいのは、付き合うのがゴールではなくスタートだって事を言いたかったんだな。
結衣と付き合ったのはいいが、これで終わりではない。付き合った後の方が大変なんだから、気を引き締めろと言う事を言いたかったらしい。
「さてと。風見君達に言いたいことも言ったし、そろそろ私は教室に帰ろうかしら」
「もう帰るんですか?」
「だって今日は葉月君もいないし、もうすぐ6時間目の授業も始まっちゃうから。私もこの辺で帰らしてもらうわ」
「わかりました」
「風見君、最後にこれだけは言っておくけど」
「何ですか?」
「もし結衣ちゃんを泣かせるような事をしたら、私と親衛隊が黙ってないからね」
「それも重々承知です」
「ならいいわ。じゃあね結衣ちゃん、風見君とお幸せに」
「はい! ありがとうございます」
それだけ言い残して紺野先輩は帰って行ってしまった。
言いたいことを言って帰っていったようだし、この時間は一体何だったのだろう。
「なんだか嵐のような時間だったな」
「うん。でもそれが紺野先輩の良い所でもあると思うよ」
「確かに。結衣の言う通りかもしれない」
なんだかんだと色々あったけど、あの人はずっと俺と結衣の事を応援してくれたのかなと思う。
今考えればだいぶ俺達の事について色々つっこんだことを話していたのはこのせいだったのかもしれない。
『キーンコーンカーンコーン』
「俊介君、次の授業が始まるよ」
「そうだな。お互いにそろそろ自分の席に戻るか」
ここ最近色々あったが、無事に結衣と付き合うことが出来た。ただこれはあくまでスタートラインに着いたに過ぎず、紺野先輩の言う通りこれからが重要なのだ。
結衣の事を深く知れば深く知る程、彼女の嫌な部分が見えることもあるだろう。ただそれも含めて結衣の事を受け入れる自信がある。
「みんないるな。それでは授業を始めるぞ」
担任の先生が来て6時間目の授業が始まる。
こうしてこの日を境に俺と結衣の関係が少しだけ変わった。
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ここまでご覧いただきありがとうございます。
次話でこの作品のエピローグになります。
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