第151話 母との会話

 夕日が沈み始めて空がまどろみ始めた頃、茅野家が止まっている宿泊施設に移動した俺達はバーベキューをしていた。

 網の前では葉月達が楽しそうに肉を焼いている。

 その姿を俺は椅子に座り、少し離れた所から眺めていた。



「平和な光景だな。数日前の事が夢みたいだ」



 合宿で茉莉や司と出会い、ついさっきまで一緒に練習をしていた事が夢のように感じる。

 実際今まで起こった事が夢で、こうして結衣達と楽しくキャンプをしている方が現実のように思えた。



「夢じゃないですよ、俊介先輩」


「茉莉!? 聞いてたのか!?」


「はい、それはもうバッチリ。先輩の独り言を聞いていました」


「恥ずかしい所を見られたな。今言った事は忘れてくれ」


「それは無理な相談です。今の音声はボイスメモに録音もしてあるので、あとで司さんに聞かせます」


「司に聞かせるなよ。あいつに笑われるだろう」



 ただでさえ司にはよくわからないことでいじられるんだ。

 だから出来ればこのことをあいつには伝えないでほしい。



「ふふっ、今のは冗談ですよ」


「茉莉の言葉は冗談に聞こえないんだよ」



 彼女なら本当にボイスメモで俺の独り言を録音していてもおかしくない。

 そしてそれを司に聞かせて、土産話をする光景がありありと想像できる。



「それより茉莉はあっちで肉を焼いている人達の所に行かなくていいの? 俺といても面白い事はないよ」


「私は構いませんよ。あっちは小谷松先輩達に任せましょう」


「わかった」


「隣に座ってもいいですか?」


「いいよ。好きな所に座ってくれ」


「それじゃあ失礼します」



 茉莉は断りを入れると、俺の隣に座る。

 こうして茉莉が隣に座っていると昨日の夜の事を思い出す。



「昨日もこうして、俺の隣に座ってたな」


「はい! なんだかんだ、俊介先輩と一緒にいると落ち着くんですよね」


「そんなに俺の事を持ち上げなくてもいいよ。それよりも俺に何か話があるんじゃないの?」


「やっぱりわかりますか?」


「わかるに決まってるだろう。何年茉莉の先輩をやってると思ってるんだ?」



 茉莉が俺の側に来るという事は、何かしら俺に話したいことがある時だ。

 それは大抵相談事が多いけど、俺にお願いをする時もある。



「実は私、俊介先輩に紹介したい人がいるんです」


「紹介したい人? それは誰だ?」


「どうも。貴方が俊介君ね」


「ゆっ、結衣のお母さん!?」



 俺の目の前に現れたのは茅野結衣の母親である。

 いきなり挨拶されたので、思わず立ち上がってしまった。



「いつも結衣がお世話になっています」


「こちらこそ、いつも結衣‥‥‥結衣さんには助けてもらっています」



 何度見ても思う事だけど、結衣の母親は大学生と言われても納得できるほど見た目が若い。

 実際俺もさっき初めて挨拶した時、少し歳の離れたお姉さんと勘違いしてしまった。



「中学時代から俊介先輩は結衣先輩にお世話されているんですよね」


「おい、茉莉!! 余計なことを言うな」



 いきなり結衣の母親に悪印象を持たれるだろう。

 だからここで余計なことを言うのはやめてくれ。



「ふふっ、俊介君って本当に面白い人なのね」


「はぁ?」


「実は私、貴方と1度話をしてみたかったのよ」


「俺と話したいって、どういうことですか?」


「それは今説明するから、隣に座っていいかしら?」


「はい、どうぞ」


「俊介君も座っていいわよ。立ったままじゃ話しにくいでしょう」


「わかりました。では失礼します」



 結衣の母親が座ったので、俺も座った。

 そして結衣の母親かのじょが俺に話しかけるのを待つ。



「俊介君、いつも娘と一緒にいてくれてありがとう」


「いえいえ。俺の方こそ、いつも結衣さんがいてくれるおかげで毎日が楽しいです」


「そう。結衣も貴方と同じことを言っていたわ」


「えっ!? 結衣はなんて言ってたんですか!?」


「最近だとショッピングモールで君と買い物した時の事やプールで遊んだ時の事をよく話してくれるわ。学校に行っていた時も、俊介君と一緒に遊んだ事をよく話してくれるの」


「結衣が、俺の話をしてるんですか?」


「そうよ。家に帰って来た時よく貴方の話をしているから、どういう人なのすごく気になってたの」



 意外だ。結衣は俺の事ではなく、葉月のことをよく両親に話しているかと思った。

 だが実際は俺のことばかり両親に話しているらしい。これはどういう事だろう。



「だから俊介君。これからも結衣が迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくね」


「こちらこそ、よろしくお願いします」



 結衣の母親に頭を下げられたので、俺も反射的に深々と頭を下げてしまった。

 見る人が見れば、俺が結衣の母親かのじょに謝っているように見えるかもしれない。

 現に頭を下げる前、茉莉は微笑ましいものを見るように俺の事を見ていた。



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