第146話 モブ達の意地

「よし! いいペースだぞ!! 絶対に離れるなよ!!」



 あれから湖を数周周り、残すところラスト1周となる。

 さっきまで座っていた監督も椅子から立ち上がり、俺達を見ていた。



「いいか!! 最後はフリーペースだ!! これが合宿最後の練習だから悔いが残らないように、全員気合を入れて走れ!!」



 監督に活を入れられ、俺達の集団が分裂する。

 その声を聞いて真っ先に先頭に出る人がいた。



「お先!」



 まず集団の先頭に飛び出したのは司である。

 各自のペースになった瞬間、目に見える勢いでスピードを上げた。



「司!!」


「悪いな、俊介!! 今回もトップは俺がもらうぞ!!」



 急激にペースを上げた司の後ろに俺は必死についていく。

 息も絶え絶えになりながら、司の後ろにくっついていった。



「(司のやつ、いつもよりペースが早くないか!?)」



 一昨日‥‥‥いや、昨日の夜一緒に走っていた時よりも走るペースが速い。

 正直このペースで残り4km持つのか? 昨日走った5000mの入りの1000m並のスピードだぞ。



「ちっ!? まだついて来るのか」


「まだ?」



 司は何を言ってるんだ? こいつの無茶苦茶なペースについていってるのは俺しかいないはずだ。



「待て、司!! 今日は絶対に逃がさないぞ!!」


「!?」



 見知らぬ人達の声が聞こえ後ろを振り向くと、集団にいた何人かの人達が俺達の後ろにいた。



「(全員目をギラギラさせながら、司の事を追ってるな)」



 その迫力に思わず俺も後ずさりそうになる。

 昨日はなかったハングリー精神が彼等に宿っているように見えた。



「お前等、まだついてきたのかよ!!」


「当たり前だろう!! お前1人にいい格好させるわけにはいくか!!」


「2年生の実力者はお前だけじゃないって所、ここで見せてやるよ!!」



 そうか。今司の後ろに着いてきている人達は俺と同学年なのか。

 よく見れば後ろの人達が着用しているランニングシャツは見たことがある。

 あれは今司が着ているものと同じものだ。



「(この人達はきっと昨日まで俺達がずっと2人で競り合っているのを見て、苦虫を噛みしめていたに違いない)」



 司はまだしも無名校の人間にまで置いて行かれるなんて、彼等のプライドが許さないはずだ。

 だから彼等もこんなに必死に走るのだろう。両腕を振って歯を食いしばり、必死になって俺達について行こうとする。



「悪いけど、今回は俺と俊介の勝負の場なんだよ!! モブはすっこんでろ!!」


「うるせぇ!! どっちがモブか、ここではっきりさせてやる!!」



 後ろの選手が声をあげたのと同時に、司のペースが更に上がる。

 どうやら司にはまだ余裕があるようで、俺達の事を笑って見ていた。



「今日こそお前に勝つからな!! 覚悟しろ!!」


「へへっ。やれるもんならやってみな」


「(勝手に喧嘩を始めるのはいいけど、俺の事を忘れないで欲しいな)」



 いや、むしろ忘れていても問題ないな。むしろ同じ高校同士、勝手に揉めててほしい。

 これで司のペースが乱れ、後半ペースが下がるようなら俺の勝率が上がる。



「(せひここは彼等に頑張って欲しい)」



 願わくばここで司の体力を消耗させてほしい。

 だが事はそう簡単に進んでくれなかった。



「着いてこれるならついて来いよ!! 俺と風見俊介がお前達の事なんて返り討ちしてやる!!」


「ちょっ、待て!? 俺を不毛な巻き込むな!?」



 喧嘩をするなら、司1人で勝手にやっててくれ。

 何でお前が売った喧嘩に、俺まで巻き込まれないといけないんだよ!?



「風見俊介‥‥‥」


「絶対お前達に勝つ!!」


「司と風見、今に見てろ!!」


「ほら、言わんこっちゃないよ」



 巻き込み事故は葉月だけで十分なのに、何故俺の周りは自分の喧嘩に俺をまきこみたがるんだろう。

 少しだけ後ろを見ると、目に闘志の炎を燃やして数人の人が俺達の後ろにピタリと着いてきている。

 その全員がボソボソと『司』とか『俊介』とか呪詛のように呟いて怖い。



「(この状況、まるで親衛隊に追われている時みたいだ)」



 あの時の状況と違うのは、例え追いつかれたとしても捕まってお仕置きされないことだ。

 だから気楽に構えてられるのだが、あの人達の目を見ていると、どうしてもその時の事を思い出してしまう。



「面白くなってきたな、俊介」


「俺は全く面白くないよ」



 こうして予期せぬ形でレース顔負けの迫力ある対決が始まったのだった。



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