第19話 悲しいキスをして
「起立!! 気をつけ!! 礼!!」
『先生!! さようなら!!』
「おう、みんな。気をつけて帰れよ」
昼休みの騒動から時間が経ち、帰りのショートホームルームが終わった放課後。
俺はいつものように帰りの準備を始めた。
「さてと。早く行くか」
学校指定のバッグに教科書を詰め込んでいると、俺の前には見慣れた顔の奴が現れる。
そいつは額に大きな絆創膏を張り、口をへの字に曲げていた。
「俊介~~!!」
「何だよ、いきなり人の名前を呼んで。気持ち悪い」
「気持ち悪いってなんだよ!! 僕は俊介に話したいことがあって来たのに!!」
俺の机をバンバン叩く葉月は、いつもより不機嫌そうな表情をしている。
大きくて綺麗な目を釣りあげて、俺の事を睨みつけていた。
「どうしたんだよ、そんな怖い顔をして? 端正な顔が台無しだぞ」
「そんなことはどうでもいいの!!」
「わかった! 授業中おやつが食べられなかったから機嫌が悪いんだろ? それなら1人でコンビニに行って買ってきたらどうだ?」
「そうだね。そろそろお菓子を食べないとお腹の方が‥‥‥って違うよ!! それにもうおやつの時間過ぎてるし‥‥‥‥ってそうじゃないの!!」
「一人でノリツッコミをして忙しい奴だな。お前は」
「こうなったのは俊介が僕の事をからかうからでしょ!!」
いけないいけない。あまりにも威圧感のない睨み方だったので、つい面白くなってしまい葉月の事をからかってしまった。
何故だろう。なんか葉月に睨まれても虚勢を張っているチワワみたいで全く怖くないんだよな。
「(俺がこう思うようになったのも、きっと紺野先輩達のせいか)」
あの紺野先輩が発する恐ろしいぐらいのプレッシャーや、鬼の形相で俺の事を追いかける親衛隊の連中と比べたら葉月に睨まれた所で大したことはない。
俺の感覚がバグっているとしか思えないけど、今更葉月に睨まれた所で動じる俺ではなかった。
「ちょっと俊介!! 僕の話を聞いてるの!!」
「ちゃんと聞いてるよ。ちなみに質問だけど3時のおやつの時間が過ぎてなければ、葉月はお菓子を食べていたのか?」
「もちろんだよ。この時間は合法的に甘いものが食べられる唯一の時間だからね」
「お前は幼稚園の子供かよ!!」
おやつの時間にお菓子を食べるなんて発想、どんなに遅くても普通は小学生までだぞ。
俺達もいい大人なんだから好きな時に好きな物を食べればいいのに、何でそんな律儀に時間を守る必要があるんだよ。
「何で俊介はいつも僕の事を子供扱い‥‥‥って、そんなことはどうでもいいんだよ!!」
「子供扱いしたことはどうでもいいのかよ」
「どうでもよくないよ!! それよりも俊介はどうして僕の事を助けてくれなかったの!!」
「助ける? お前の身に何かあったっけ?」
「惚けないでよ!! 今日の昼休みに僕が連れ去られた事、忘れたとは言わせないよ!!」
「あぁ、あの時の事か」
「もしかして忘れてたの!?」
「忘れてたわけじゃない。ただ思い出したくなかっただけだ」
むしろあの昼休みに行われたゲリライベントである校内鬼ごっこを思い出したい奴なんているのか?
縄とガムテープを持ち、鬼の形相で目を血ばらせながら走る親衛隊の姿など二度と思い出したくない。
「僕はあの時酷い目にあったんだから助けてよ!!」
「嫌だよ」
「即答!?」
「当たり前だろ? むしろ何で俺がお前を助けないといけないんだ?」
むしろ俺はあの騒動に巻き込まれた側なのだから、一言ぐらい謝るというのが筋というものだろう。
それなのに何で俺が葉月に怒られないといけないんだよ。普通立場が逆だろう?
「それはもちろん、俊介が僕の親友だからに決まってるじゃん」
「人を騒ぎに巻き込んでおいて助けなんて求めるんじゃない。自分の尻ぐらい自分で拭け」
「そんなぁ!? 僕は紺野先輩と食事をしていただけなのに、何でこんなことになるの!!」
「それが問題なんだよ。お前は周りの目をもう少し考えて行動しろよ」
再三俺が紺野先輩の親衛隊は過激だと忠告したにも関わらず、それを無視して紺野先輩と仲良く食事を取っているから悪いんだろう。
至近距離から2人の惚気姿を見せられた俺としては、葉月が親衛隊に制裁をされても当然の事としか思わない。
やるとしても人気のない教室で2人きりの時にしろ。あんな姿を公然の場で見せられれば、普通の人間なら殺意しかわかないはずだ。
「あれは僕のせいじゃないでしょ? 何を言ってるの? 俊介は?」
「お前こそ何を言ってるんだよ!! あれは100%、いや200%お前のせいだろう!!」
お前のせいで俺がどれだけ被害を被ったと思っているんだよ。
好きでもない人に抱き着かれて究極の選択を迫られた挙句、残りの時間昼食も食べられず親衛隊の連中に追いかけられる事になったんだぞ。
「全く。あの鬼ごっこのせいで、俺がどんなトラウマを植え付けられたと思ってるんだ」
「何かあったの?」
「予鈴がなって親衛隊の連中から逃げ切った直後、あいつ等が俺に向かって言ったんだよ。『風見、今度会ったら覚えてろ!!』って」
「それは確かに怖いね」
「あぁ。だから昼休みが終わった後の休み時間とか、怖くてトイレにもいけなかった」
「それはご愁傷様」
「誰のせいだと思ってるんだよ!!」
正直俺は放課後のこの時間も親衛隊の連中が襲撃をしてこないか気を張っている。
昔小学生の時に『不審者が多いから夜道には気をつけろ』と言われていたけど、こんな真昼間から不審者に気をつけることになるとは思わなかった。
「それは紺野先輩と何かしていた俊介が悪いんじゃないの?」
「違うわ!! 今日の昼休みの出来事が全てお前のせいじゃないって言うのなら、一度病院に行って頭の中を検査してもらえ!!」
「病院で検査しなくても大丈夫だよ。僕の頭に問題なんてないから」
「なぜそう思う?」
「だって僕は生まれてから1度も病気に罹ったことがないんだよ。体は生まれつき丈夫だから、病気なんてあるはずがない」
「駄目だこいつ。もう手の施しようがない」
馬鹿は風邪を引かないというけど、それはまさに葉月の為にある言葉だろう。
もう俺が何を言っても駄目だ。こいつに普段の行動を改めろって言い聞かせるのは諦めるしかない。
「俊介? 何でそんなにがっかりした顔をしているの?」
「お前は何も気にしなくていい。俺が色々と間違っていたんだ」
そうだ、そうだったんだ。こいつの事をまともに相手にしている時点で間違っているんだ。
最初から適当にあしらっておけばよかったのに。俺は一体何をしているんだろう。
「はいはいはい。2人共、喧嘩はそこまでにしなさい」
「こっ、紺野先輩!? いつの間にいたんですか!?」
「さっきからいたわよ。それにしても相変わらず風見君と仲がいいわね、葉月君は」
「もちろんですよ。だって僕と俊介は親友ですからね」
「悪いが俺はお前と親友になった覚えはない」
このフレーズを何度言えば葉月に伝わるのだろう。
俺と葉月は親友という関係ではない。葉月が俺を一方的に親友扱いしているだけだ。
「そんなこと言って、俊介はツンデレなんだから」
「風見君は本当に頑固な性格をしているのね」
「頑固なんかじゃありませんよ。俺は正論しか言っていません」
「正論ね。私からすれば、それは風見君の主観的な意見でしかないと思うけど」
「何とでも言ってください。俺は自分の言ったことを曲げるつもりはありませんから」
誰がなんと言おうと俺はこの意見を変えるつもりはない。
以前平松先生にも同じことを言われたけど、2人共俺と葉月の関係を勘違いしている。
「まぁ、風見君をいじるのはこのぐらいにしておきましょう」
「今のは俺の事をいじってたんですか?」
「そうよ。だって私がここに来た目的は葉月君なんだから。風見君はそのおまけという所ね」
「そうだと思いましたよ。だけど面と向かってそう言われると悲しいです」
わかってはいた。紺野先輩が葉月目的でこの教室に来たことなんて、わかりきっていたんだ。
きっと葉月がいなければ、俺もこの人と関わる事なんてなかっただろう。
幸か不幸か葉月がいるせいで、この人に名前を覚えられてしまった。
「それで紺野先輩、僕に用事って何ですか?」
「う~~ん。やっぱりいつ見ても葉月君って格好いいわね」
「紺野先輩、何を言って‥‥‥」
『チュッ♡』
紺野先輩は葉月の側に近づいたかと思うと、その頬に優しくキスをするのだった。
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