第20話 紺野陽子の目的
「ちょっ、紺野先輩!? 教室の中で何をしてるんですか!?」
突然の紺野先輩の奇行に俺は目を見開き驚いてしまう。
いや、俺だけじゃない。このクラスにいるクラスメイトや野次馬、紺野先輩以外の全員が驚きの声をあげていた。
「あば!? あばばばばばばばば!?」
「どうするんですか紺野先輩!? 葉月の奴、頭の処理が追いつかなくてショートしてますよ!!」
顔は真っ赤になってるし、明らかに人の口から出てこない言葉を発している。
間違いない。今自分の身に起こっている出来事が処理しきれなくなり、完全に脳がショートして使い物にならなくなっている。
「(いや、今は葉月の事を気にしている場合じゃない!! 周りの連中を何とかしないと、俺の身が危うい!!)」
周りを見渡すと俺の予想通りの光景が広がっている。
クラス内外にいる男達が俺達の事を見て、悲鳴と怨嗟の雄たけびをあげていた。
『ど゛う゛し゛て゛な゛ん゛だ゛よ゛お゛お゛ぉ゛お゛!゛!゛!゛』
『紺野先輩にキスされるなんて‥‥‥小谷松葉月、許すまじ!!」
『何故‥‥‥何故風見は奴の暴走を止めなかった!!』
『これは風見君も裁判にかける必要がありそうで~~~す』
「ちょっと、待て!? どう考えても俺は無関係だろ!?」
キスをしたのは紺野先輩でされたのは葉月のはずなのに、なんで俺の名前が挙がるんだよ!! 俺はこの問題とは無関係なはずだ!!
そもそも俺はただ紺野先輩が葉月にキスする所を見ていただけで、立場上は
「全く、みんな何をそんなに驚いてるのよ」
「紺野先輩こそ、自分がやったことを自覚してないんですか!?」
「もちろん自覚ぐらいあるわ」
「だったら何でそんなに余裕でいられるんですか!? 俺にはわかりませんよ!!」
口ではなかったとはいえ、葉月の頬にキスをしておいてなんでそんな表情を浮かべられるのだろう。
今も辺りを見回しながら楽しそうに周りの反応を伺っている。
「風見君はわかってないわね」
「俺の何がわかってないと言うんですか!?」
「欧米ならキスなんて挨拶みたいなものなんだから、気にしちゃダメよ」
「そっ、そうですよね!? キスなんて挨拶みたいなものですよね!?」
「葉月?」
「そうよ、葉月君。だからキスをされたとしても動揺しちゃダメ。これはちょっとした挨拶なんだから気にしたら負けなの。わかった?」
「はい! わかりました!」
何でこいつは都合のいい時だけこんなに素直なんだろう。紺野先輩に簡単に懐柔されてやがる。
それに何で紺野先輩の事をチラ見した後ちょっと照れているんだ?
見ているこちら側からすれば殺意しか湧いてこない。
「ねぇ、風見君」
「何ですか、紺野先輩?」
「私ね、時より思うことがあるのよ。葉月君のこういう鈍感な所、どうにかならないかしら?」
「全くです。それに関しては同情します」
紺野先輩にはご愁傷様としかいいようがない。彼女の思いはいつ葉月に届くのだろう。
「(いつも葉月に対して積極的にアプローチしているのに、あいつは全くそれに応えるつもりがないな)」
これじゃあ紺野先輩がピエロのようで可哀想だ。
時々紺野先輩と接していて思うけど、彼女は葉月のどこを好きになったのだろう。
「そういえば紺野先輩」
「何?」
「葉月といちゃついている所悪いですけど、紺野先輩のご用件とは一体何ですか?」
「そんなの決まってるでしょ? 聡明な風見君ならわかると思うんだけど?」
「いや、言ってくれないとわからないですよ。俺はエスパーじゃないんですから」
昼休みの時や今回のように紺野先輩は極稀に突拍子もないことをする為、俺でも彼女の行動は予想できない。
もしかしたら昼休みの事を踏まえて葉月と2人っきりになる為、これからどこかに連れ去るつもりなんじゃないかとさえ思う。
「こうしてわざわざ葉月君の教室まで来たのよ。やることなんて1つしかないじゃない」
「何ですか?」
「葉月君と一緒に帰るのよ。その為に私はこの教室に来たの」
「意外と普通な理由ですね」
「貴方、一体私が何をすると思っていたの?」
「昼休みに葉月と一緒に過ごせなかったので、2人っきりになれるようにどこかに攫うのかと」
「風見君、さすがに私もそんなことはしないわよ」
「そうですよね。いくら何でもそこまでは‥‥‥」
「まぁ、帰り道に葉月君と遊びに行くかもしれないけど」
「えっ!? どこに行くつもりなんですか?」
「さぁ、それはどこでしょうね。ふふっ」
紺野先輩のその笑顔が怖い。その表情は何かよからぬことを企んでいるように見える。
茅野が遊びに行こうって誘うのとは違い、紺野先輩が遊びに行こうって言うとアブノーマルな遊びを思い浮かばないんだよな。
どちらも同じ誘い方なのに、何で人によって意味合いが変わってしまうのだろう。
「風見君は私がこれからどこに行くと思う?」
「ホテル? いや、学生はお金がないので体育倉庫とか使う可能性もあるな」
「貴方は私が葉月君に何をするつもりだと思ってるの?」
「それは‥‥‥ここでは言えないです」
「OKわかったわ。貴方が何を考えてるかよくわかった」
葉月の隣に立つ紺野先輩は俺の方を見て呆れている。
先程葉月にキスした時とは正反対の表情を俺に向けた。
「そんなことよりも早く帰らなくていいんですか? うちのクラスのホームルームは終わってますよ」
「確かにそうしたいのは山々なんだけど、まだ葉月君と帰れるって決まったわけじゃないの」
「えっ!?」
紺野先輩が目線で後ろを見るように言う。大方何を指しているか想像がつくけど、彼女の言う通り葉月の後ろを見た。
『小谷松の奴め!!』
『俺達の紺野先輩を独り占めしやがって!!』
『しかもあいつ、紺野先輩にキスまでされてたぜ!!』
『拉致ッチャヲ、拉致ッチャヲ!! 小谷松葉月ニ制裁ヲ!!」
『小谷松君は極刑以外ありえませ~~ん』
『小谷松葉月に制裁を!!』
「また変な奴まで増えているな」
きっとあいつ等全員紺野先輩の親衛隊だろう。よく見ると昼休みに見なかった奴までいる。
「さっきよりも人数が増えていますね」
「昼休みと違って今は放課後だから、みんな集まって来たんじゃない?」
「それもありますけど、これだけ人が多いのは昼休みの騒動が原因でしょう」
あれだけ大きな騒ぎが起きたんだ。紺野先輩の身に何か起こるんではないかと推測して、親衛隊の連中もこの教室に集まったに違いない。
現にその予想は当たっている。さっき紺野先輩が葉月にキスをしたせいで、親衛隊の連中が殺気だっていた。
「こうしてみると、紺野先輩を慕う人達が多いのがわかります」
「どうしてそう思うの?」
「いや、この光景を見ればわかるでしょう」
葉月と紺野先輩の後ろでは、恨みを晴らさんばかりと紺野先輩の親衛隊がうごめいている。
机に突っ伏して葉月のことを睨みつけている奴だけならまだ可愛いものだが、紐やロープにガムテープそれに輪ゴムを露骨に見せびらかす過激派までいる。
「全く、本当に参っちゃうわ。みんな血の気が多くて」
「個人的には輪ゴムをどう使うか興味があります」
葉月を縛るのに紐やロープが必要なのはわかる。だけど持っている輪ゴムをどのように活用するのか非常に興味があった。
「それよりも話を戻すわよ」
「はい」
「私達はこれから帰ろうと思うんだけど、葉月君と風見君は準備出来てる?」
「葉月と風見‥‥‥って、俺もですか!?」
「そうよ。せっかくの機会なのだから貴方も一緒に帰りましょう」
「紺野先輩、その申し出は非常に嬉しいんですが‥‥‥」
「何よ。貴方もしかして私の誘いを断ろうとしているの?」
「実はその事でちょっとお話があって、この後俺は‥‥‥」
「あっ、あのっ!?」
「茅野!?」
少し上ずった高音域の可愛らしい声。
俺達の会話を遮るように勇気を出して声をあげたのは、恋する少女茅野結衣であった。
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