第17話 究極の選択

「こっ、紺野先輩!? 一体何をしてるんですか!?」


「いつも頑張っている風見君に対して、少しご褒美をあげようかなと思っただけよ」


「ご褒美なんていりません!? それよりも心臓に悪いのでやめましょう!? 早く俺の上からどいて下さい!!」



 紺野先輩に上からのしかかられているせいで、彼女の柔らかい部分が俺の体に押し当てられている。

 正直何でこんな事になっているかわからない。この状況に頭が混乱している。



「(このほのかに香る柑橘系の匂い。紺野先輩は香水をつけてたのか)」



 これだけ密着されてやっとわかる程の微弱な香り。

 このぐらい近距離でないとわからない程の匂いだけど、その匂いのせいで俺の心臓が余計に高鳴った。



「それは駄目よ、だって私が満足してないから」


「ぐっ!! どうすれば紺野先輩は満足してくれるんですか?」


「そうね。貴方が私の質問に答えてくれたら満足できるかも」


「質問‥‥‥ですか?」


「そうよ。ねぇ、君。貴方は私のことが好き?」


「へっ?」


「だから貴方が私の事をどう思っているか聞きたいのよ」



 妖艶な笑みで俺に迫る紺野先輩に対して、俺は為す術がない。

 こんな魅力的な女性に下の名前で熱っぽくそんな事を言われた日には、世の男ならうっかり『好きです』と言いたくなってしまうだろう。現に今の俺がそうなっている。



「ねぇ、どうなの? 君。答えてよ」


「そんなことを言われても‥‥‥」



 何とか逃げようと画策するけど、紺野先輩が俺の体に絡みついているので逃げられない。

 こうしている間にも紺野先輩の顔が徐々に俺の顔に近づいてくる。

 どうやら俺に逃げ場はないみたいだ。



「それなら質問を変えるわ。さん。貴方はどっちが好き?」


「何でそんなことを答えないといけないんですか!?」


「答えてよ、君。さん、どっちの方が女として魅力的だと思う?」


「紺野先輩も茅野も両方魅力的なので答えられません!!」


「そんなありきたりな答えは求めてないわ。私はどっちの方が好きか優劣をつけてほしいの。どっちもいいなんて曖昧な答えはナンセンスよ」



 近い。紺野先輩の顔が間近に迫っている。もう少し近づけばお互いの額と額がぶつかりそうな距離だ。



「(正直な話をすれば、俺は紺野先輩よりも茅野のことが好きだ)」



 中学時代からの片思いには蹴りはついているけど、それでも俺は茅野の事が好きだ。

 だからこの先輩に『好きです』と言うことはできない。



「(紺野先輩にどんな意図があろうと、この気持ちだけは裏切れない)」



 紺野先輩に迫られて改めて思ったけど、どうやら俺はものすごい茅野の事が好きらしい。

 こんなに美人で綺麗な先輩を前にしても、俺の頭の中には茅野の影がちらついている。



「(茅野がいる限り、俺が紺野先輩の事を好きになることは絶対にないな)」



 何故なら俺は茅野の事が好きだから。だから何があっても、紺野先輩を選ぶことはないだろう。



「さぁ、どっちなの? 風見君。、それともさん?」


「紺野先輩、俺は‥‥‥‥」


「ありがとう、風見君。その答えは言わなくていいわよ」


「えっ?」



 いきなりどうしたのだろう。先程まで俺にアプローチをしていた熱っぽい雰囲気はどこへやら、紺野先輩はあっさりと俺から離れてしまった。



「一体どうして‥‥‥」


「目的が達成できたからもういいわ」


「目的って何ですか?」


「それは内緒よ。じゃあ私は自分の教室に帰るわね」


「はい」


「またね、風見君。次は君がいる時に会いましょう」



 紺野先輩は立ち上がるとそう言い残し、教室を後にする。

 彼女はなにか収穫があったようでにやりと笑った後、俺には目もくれず一目散に教室から出ていった。



「何だったんだ、今の?」



 本当にあの人の考えてることはよくわからない。

 嵐のように来て嵐のように去っていく紺野先輩に対して、俺はあっけに取られていた。



「あっ!? 言い忘れたわ」


「何ですか?」


「ごめんなさい、風見君。これから大変だと思うけど頑張ってね」


「何を頑張るんですか? 俺が頑張る事なんて何一つありませんよ」


「それは後でわかるわよ。またね」



 それだけ言い残し、今度こそ紺野先輩は教室からいなくなった。

 紺野先輩のいない教室は静かだ。先程の騒がしさは何処へ行ったのか、クラス内からは足音一つ聞こえてこない。



「全く。あの人は何がしたかったんだろう」



 たぶん葉月と昼食を取りたかったのは本当だろう。だけど葉月が好きなのに、俺に迫る理由がまるでわからない。

 あの人なりの考えがあるとは思うけど、何故そのような行動をするに至ったのか。その理由が俺には全くわからなかった。



「(だがあの人はあれでいい)」



 嵐のように現れて嵐のように去っていく。俺にとって紺野先輩とはそういう人だ。

 確かに振り回されることは多いけど、葉月の時とは違い何故か悪い気がしない。

 たぶんそう思う理由は葉月の時のように我儘を言うわけでもなく、自分が悪ければちゃんと謝ってくれる所だろう。

 だから俺はどうしてもあの人の事が嫌いにはなれなかった。



か。あの人は本当に葉月の事が好きなんだな」



 最後にそう言い残していくあたり紺野先輩らしい。



『私が好きなのはあくまで葉月である。だから貴方に興味はないから、勘違いしないように』



 要約すると先程の紺野先輩はこんなことが言いたかったんだと思う。

 改めて紺野先輩がどのぐらい葉月の事が好きかわかった気がした。

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