第16話 2人だけの秘密
「本当に君は土下座をするスピードが速いわね」
「面目ありません」
俺の頭上から紺野先輩のため息が聞こえてくる。
たぶん彼女は俺の情けない姿を見て呆れているのだろう。
「(だけど今はそんなちんけなプライドを持っている場合ではない)」
俺は葉月と違って平穏な人生を生きたいんだ。
あいつみたいに天国と地獄の両方味わうスリリングな生活なんてまっぴらごめんである。
「(新衛隊の連中に拉致られるぐらいなら、土下座なんて安いものだ)」
これで切り抜けられるかわからないけど、少しでも紺野先輩に誠意を見せたはず。
あとは彼女の判断を待とう。願わくば穏便に事を収めて欲しい。
「風見君」
「はい」
「さっきから言ってるけど、別に私は怒っているわけじゃないのよ。それに土下座もしなくていいわ」
「えっ?」
「とりあえず顔を上げなさい」
「わかりました」
素直に俺が顔を上げるとそこにはしゃがんだ姿で俺のことを見つめる紺野先輩がいた。
こうして近くで彼女の顔を見ると、学校の男達が彼女に魅了される理由がよくわかる。
「(凄く綺麗だ)」
そのぐらいこの人の容姿は整っている。
キリっとしている格好いい目に女優かと思うぐらい小さい顔。そして薄いけど柔らかそうなその唇に目がいってしまう。
「(茅野も可愛いと思うけど、紺野先輩はその対極の美人という言葉が相応しいな)」
茅野が日本を代表するアイドルだとしたら、紺野先輩は海外のランウェイを歩ける一流のモデルに例えられるだろう。
どちらも分野は違うけどそれぞれの頂点を極めているという点では同じだ。その容姿は比較しようがない。
巷ではどちらが1番可愛いかよく議論されているけど、それはさっき茅野が作って来たマフィンの味と同じように人の好みによるので一概に比較は出来ない。ようは議論するだけ無駄という事だ。
「ちょっと風見君。私の話を聞いてるの?」
「はい!? もちろんです!?」
いけないいけない。今は紺野先輩に見とれている場合じゃない。
この人が何を考えているのかを理解しないと。場合によっては池に沈められるだけじゃ済まされないぞ。
「私はね、ただ知りたいだけなの」
「何をですか?」
「茅野さんの事よ」
「茅野の事ですか?」
「そう」
紺野先輩が俺に聞きたい事はわかっている。あとはどう話をはぐらかすかだ。
だが彼女には全て俺の考えを見透かされている気がしてならない。
嘘を言ったらそれこそ本当の事を話すまで、この問いかけは続けられるだろう。
「茅野さんって、絶対に葉月君の事が好きでしょ?」
「うっ!?」
「どうなの? 風見君」
どうしよう、ここは正直に話すべきか? 紺野先輩が茅野の事を疑っている。
茅野から直接好きな人の名前を聞いたことはないけど、彼女は十中八九彼女は葉月のことが好きだろう。
この学校に入って初めて俺に話しかけた時、彼女は葉月関連の相談を俺にしてきたのでそれだけは間違いない。
「何でそう思うのですか?」
「よく風の噂でその話を聞くから、その真偽を確かめようと思ってね」
「そんな噂が校内で流れているんですか!?」
「そうよ。でもあれだけ葉月君と一緒にいれば、誰でもそう思うでしょう」
「確かにそうですね」
知らなかった、巷でそんな噂が流れているなんて。
俺が知らなかったという事は、きっと茅野もこのことは知らないはずだ。
「この噂を知らないのは、噂をされている本人達ぐらいな物よ」
「葉月は本当に罪作りな男だな。こんな綺麗な人達が好意を寄せてくれるのに気づかないなんて」
「全くよ。時々アプローチしているこっちが馬鹿らしくなるわ」
「ははは、そうですよね」
俺だって葉月に対してよく呆れているのだから、当の本人達はそれ以上のもやもやを抱えているに違いない。
少し不貞腐れた表情をする紺野先輩を見ればそう思ってしまう。
文句ひとつ言わずに辛抱強く葉月と接しているのは茅野ぐらいだ。
「でもね、風見君。そんなことはどうでもいいのよ」
「えっ!?」
「今聞きたいのは茅野さんの事よ。話を逸らさないの」
「わっ、わかりました!!」
話を逸らして一難去ったと思ったけど、どうやら事はそう上手くは行かないらしい。
目の前の紺野先輩は俺のことなんてお構いなしに言いたいことをぶつけてくる。
「さっきのマフィン、あれは茅野さんが葉月君の為に作って来たんじゃない?」
「それは俺もわからないです」
「惚けないの。これは私の予想だけど、あのプレゼント作戦は風見君が一枚噛んでるものだと私は踏んでいたんだけど違うかしら?」
駄目だ。全てこの先輩にはバレている。もしかしたら俺が茅野の恋を応援していることも、この人には見透かされてるのかもしれない。
「風見君、黙ってるだけじゃわからないわよ。返事をする時は『はい』か『いいえ』で答えなさい」
「すいません」
「この際全て洗いざらい話した方が楽になるわよ。ほら、言って見なさい」
確かに話せば楽になるかもしれない。だけどその事を話すと、茅野を紺野先輩に売ってしまうことになる。
だから絶対に口を割るわけにはいかない。俺は意思が強いのだ。
紺野先輩相手でも茅野との約束は絶対に守る。絶対にだ。
「黙ってたらわからないわよ、風見君。これが最後通告よ。茅野さんは葉月君のことが好きなのよね?」
「‥‥‥‥‥‥はい、そうです」
駄目だ!! あまりの恐怖でつい口を滑らせてしまった!?
このおしゃべり口め。茅野が紺野先輩の恋敵であることを当人にバラしてどうするつもりだよ。
「ふむふむ、なるほどなるほど。そういうことね」
「紺野先輩は何でそんな事を俺の口から聞きたかったんですか? そんなに聞きたい直接茅野に聞けばいいのに?」
「ちょっと疑問に思う事があってね」
「疑問に思うことですか?」
「そうよ。だから貴方の口からその話を直接聞きたかったの」
「意味がわかりません」
俺の口から茅野が葉月に思いを寄せていることを聞いて何になると言うんだ。
それを知った所で紺野先輩の特になる事なんてないのに。何の意味があるのだろう。
「紺野先輩は茅野の何が気になるんですか?」
「それは秘密よ。ひ・み・つ」
「秘密って言われると余計に気になりますね」
「貴方には関係ないわ。それよりも‥‥‥これは‥‥‥」
駄目だ。こうなると紺野先輩は何も言わない。俺がこれ以上質問してもこの人は何も答えてくれないだろう。
現に今も独り言をつぶやいている。そしてひとしきり独り言を言い終えると俺の事を見た。
「そうね‥‥‥せっかくだから試してみようかしら?」
「えっ!?」
今紺野先輩が俺にしか見えないように笑ったぞ。
この悪魔のような笑みは絶対に何かよからぬ事を企んでいる時に出る笑いだ。
「(まずい!! 早くここから逃げないと!?)」
「
「うわっ!?」
俺の名前を大声で叫んだ紺野先輩は一切の躊躇もなく、俺の事を床に押し倒すのだった。
------------------------------------------------------------------------------------------------
ここまでご覧いただきありがとうございます
この作品が面白い!! 続きが気になるという方は、ぜひフォローや★★★の評価、応援をよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます